第69話 あぁ、いつものいい匂いだ~
「もう1人の私って、なに?」
「え、そのまんまの意味だよ。私の中にいるもう1人の私。オセロの相手がいなかったからさ」
「……あの、急に二重人格設定みたいなの出さないでよ。1人オセロしてるだけだよね?」
「そうだけど……1人オセロって言いたくなかったのに!」
この数ヶ月知らなかった秘密を、ここにきていきなり明かされたのかと思った。
まぁ宇月さんは裏表すらないし、二重人格って言われてもピンとこないけど。
「私一人っ子だからさ、やる相手がいなくて。昔はよくこうやって1人で遊んでたんだよ」
「そっか。じゃあ今日は俺が相手してあげるよ」
「ほんとにっ?! やった! じゃあ座って座って!」
オセロなんてこの部室にあったっけな……という、もはや訊くまでもない疑問を抱きながら宇月さんの正面に座る。
「はいっ、じゃあ松村くんは白の方ね」
「途中からやるんだ? てか白が劣勢じゃない?」
自分のコマを受け取り、宇月さんの方を睨む。
「それは、どうだろうね?」
宇月さん、目が泳いちゃってるよ。
オセロは家にもあったので何度か凛とやったことはあるが、あんまり得意ではない。勝ち方もよく分からない。
トントンと駒を置いていく俺に対し、宇月さんは1手ずつ熟考しながら返していった。
「やったぁぁ! 私の勝ち!!」
「くそぉ……。ソロオセラーの実力を侮ってたよ」
主に後半、盤面を一気にひっくり返され、勝敗は大差で宇月さんの勝利となった。
「そ、ソロオセラーじゃないしっ! もう1人の私がいるしっ!」
「でもさぁ、俺途中参加だったから、実力を出しきれてなかったと思うんだよね。てことで、もうひと勝負願います」
「ふふっ、いいでしょう。ソロオセ……じゃなくて、デュオオセラーの私の実力、見せてあげるよ」
そして始めた2回戦。
さっきより慎重に手を打っていったが、残念ながら結果は敗北。
次やったら勝てそうだという淡い期待を胸に、悔しさが拭いきれない俺は、もう一回もう一回と勝負を挑んでいった。
「やった、また私の勝ち!」
「また私の勝ちだね!」
「また勝っちゃった!」
「安定の勝利!」
「負ける未来が見えないかも!」
俺の期待に反し、何度挑んでも宇月さんに勝つことはなかった。途中から敗北回数を数えることすらやめてしまっている。
もしかして宇月さん、相当強いのでは……?
「勝てる気がしない……」
「へへへ~っ」
彼女は自慢げに腕を組んだ。
「なんでそんなに強いの?」
「だって今まで私はもう1人の私と闘ってきたでしょ?そこを今回は、私ともう1人の私、つまり私と私が2人で私なんだよ。戦闘力2倍なんだよ。最強なんだよ」
「そうだったのか」
やばい、意味が分からない。どうして負けたんだ俺。
敗北を最後にして後味は悪かったが、そろそろ下校の時間だ。山の方からヒグラシの鳴く声が聞こえている。
結局今日は誰も来ることはなく、部室でオセロしていただけ。
宇月さんは「今日も充実した部活だったね」とか言っているが、テーブルゲーム部か何かと勘違いしているのだろうか?
彼女がこっそり部室の棚にオセロを格納しているのを横目で見ながら、俺も自分の帰り支度をする。
「ねぇ松村くん。校門のところに女の子がいるんだけど」
「え?」
帰ろうと鞄を担ぐと、宇月さんが部室の窓から外を指差した。
彼女の視線の先には、確かに生武高校の生徒ではない生徒がいた。違う学校の体操着を身に纏っており、誰かを待つかのように玄関の方をチラチラ確認しながら立っている。
遠目だったが、俺はその生徒の正体がすぐに分かってしまった。
……なんでここに?
事情が理解できていない俺は、すぐにスマホを取り出す。
取り出すのとほぼ同時タイミングで、母からメッセージが送られてきた。
長いメッセージの中には、凛の試合についての内容が書かれていた。
試合の途中、凛が怪我をして退場してしまったこと、凛を欠いたことでチームは負けてしまったこと。怪我は病院で診てもらって、大きな問題はないこと。しかし心配なので一緒に帰ってあげてほしい。……そんな内容だった。
「どうしたの?松村くん、大丈夫?」
「ごめん、大丈夫。校門で待ってるのさ、俺の妹の凛だよ」
「そ、そうなの!?……たしかに前にエムパで見た子と似てるかも」
「同じだからね。……今日、妹も一緒に帰ることになっても大丈夫?」
「だ、大丈夫!」
そして宇月さんと一緒に校門の方へ向かう。
宇月さんは、「なんて挨拶しよう」とワクワクした様子だったが、俺は凛の事が心配だった。
怪我は問題はないと言っていたが、引退がかかる試合に最後まで出られず、その間にチームは負けて……。心の方は大丈夫だろうか。
校門の近くへ着くと、凛がこちらに気付いて手を振ってきた。
「お兄、おかえり~。あと……」
凛は宇月さんの方に視線を移す。
「初めまして。松村くんの同級生の宇月明澄です。松村くんと同じ部活で、仲良くさせてもらってます」
宇月さんは愛想よく丁寧に挨拶をした。
キョトンとしていた凛もパァッと明るい顔になり、すぐに宇月さんの手を取った。
「あ、会いたかったです」
そして何故か宇月さんの手を自分の鼻に近づけ、スーッと匂いを嗅いだ。
宇月さんは突然のことに目をパチクリさせているが、凛は匂いで誰なのか確認しているのだろう。……その動物みたいな確認方法やめてほしいけど。
「凛ちゃん、で合ってるよね?」
「はい」
「手……どうしたの?大丈夫?」
宇月さんは自分の手を握る凛の手を見ていた。
凛の左手はギプスで固定されていて、その上から白い包帯が巻かれている。
「ちょっと今日、試合でへましちゃって……」
痛々しいその左手を右手で隠すようにして、凛はえへへ~といつもの緩い調子で笑って返事をした。
「凛、ほんとに大丈夫か?」
「うん。固定されてて痛くないから平気だよ~。骨にヒビが入ってるんだってさ。安静にしてればちゃんとくっつくって」
「そっか……。母さんは?」
「私がこうなっちゃったから、東京行くの延期するって言ってたんだけどね。大事な食事会もあるのに、それで残ってもらうのは悪いし。私のために行ってきてって、逆に追い出しちゃった」
「そっか、分かった。凛も早く落ち着きたいだろうし、とりあえず、帰ろっか」
「うん。……ありがと」
そこから方向が同じなので、3人で帰ることにした。
凛に気を遣ってなのか、宇月さんも歩くペースをかなり落としてくれている。
「松村くん、少し荷物持とっか?」
凛の荷物も担いでいた俺を見て、宇月さんが声をかけてきた。それを見て何故か凛が返事をする。
「そんな、悪いです。お兄に任せておいてください」
宇月さんはその発言を確かめるように俺の顔を覗いた。
「うん、大丈夫。任せておいてよ。こういう時のために筋トレしてるんだから」
「ふふっ。それ、ほんとだったんだね」
「まあね」
「私も何か役に立てそうだったら言ってね、凛ちゃん」
「いえいえ。宇月さんとお話できるだけで嬉しいです。お兄から聞いてたんですけど、想像通りすごく可愛くて綺麗で」
「えっ。ねぇっ、松村くん聞いたっ??」
満面の笑みで興奮気味にこちらを見る宇月さん。
「凛ちゃん、良い子すぎるんだけどっ!」
「あぁ、うん」
「……ていうか松村くん、私の事伝えてくれてたんだねっ」
「まぁ、簡単な情報だけはね」
……宇月さんは気付いていない。
凛には宇月さんの事を可愛い人だなんて伝えたことがない。つまり、匂いだけで美人だと判別されていたことを。




