第4話 馬の状態とかもたぶん重要
「宇月さん、それもしかして今日の昼ごはんなの?」
キュウリにかじりついていた彼女は、ポリポリ音を立てながら無言で親指を立てる。
「えぇ……令和だよ、今」
「松村くん、覚えておいて。令和の女子高生が昼食に摂っていいカロリーはキュウリ一本分なんだよ」
宇月さんは眉間にシワを寄せながらキュウリを食べ続けている。
周りの目があるというのに。ある意味、女子力を犠牲にしたその姿勢、あんたダイエッターの鑑だよ。
「あ、例のコーヒー牛乳、買ってこれたよ」
「おぉ〜う!よくやったね松村くん。パシリの才能あるかもしれないよ」
俺は差し出していたコーヒー牛乳を素早く引っ込めた。
「冗談だよ〜。それにしても、この時間に残ってたなんてラッキーだったよね」
宇月さんが微笑みながらコーヒー牛乳を奪い取る。
「では、早速いただいても?」
「いいよ、心して飲むがいい」
「どれどれ〜……。んん〜おいひぃ……!このコクのある苦味とスッキリした甘さの絶妙なバランス。キュウリの野生感からの開放。たまらないね」
「そう、それはよかったよ」
……宇月さんの摂取カロリーがキュウリ一本分を超えてしまった。
「ところで松村くんの分はどうしたの?」
「それなら、購買で同じコーヒー牛乳を買いに来た可愛らしい少女と出会ってさ。残り2つしかなかったから、1つずつ買うことにしたんだよ」
「そっかぁ、それは残念だったけどラッキーだったね。次は3つ残ってるといいね」
「また俺が買いに行く前提なのね」
昼休みが終わって午後になると、校舎内見学や委員会説明などで瞬く間に時間が過ぎていった。
そして帰りのホームルーム。やっと家に帰れるいう気持ちで先生の話を聞き流していると、俺と宇月さんは佐藤先生から名前を呼ばれた。放課後、職員室へ来るようにとの事だった。
「松村くん、なにやらかしたの?」
職員室へ向かいながら、宇月さんが心配そうな顔をしている。
「俺の心配をするのもいいんだけどさ、宇月さん、君も一緒に呼び出されてるんだからね」
「えあぅっ」
言葉になっていない声を発した宇月さんを横目に、本日2度目の職員室へ入る。佐藤先生は……今度はパソコンで仕事をしているようだ。
「先生、あの、どうしましたか」
「おぉ松山、来たか」
「松村です」
先生はこちらの顔を見ると分かりやすく残念そうな顔をし、深くため息をついた。何も悪いことをした記憶はないのだが、何だろうか。
「先生、松村くんはこの通り深く反省しています」
宇月さんが哀れそうな顔で謎のフォローを入れる。……おい、俺は何もしてないよ。
「ん?何かやらかしたのか?」
「いや、何もしてないと思うんですけど…。何で呼び出されたんでしょうか?」
「あぁ、それな。お前の選んだ6番、あれ全然だめだったんだよ。やっぱりなぁ、血統が違うっていうのもあるし、騎手もイマイチだったり、前走の結果とかをだな……」
……あ、この人もしかして競馬の話をしてるのか。昼休みに聞かれた1から18の数字って馬の番号の事だったのか。学校で何をしてるんだ。
「あのー、それは申し訳なかったです。……もう帰ってもいいですか?」
競馬論をペラペラと話し続ける先生を遮り、会話を終わらせにいく。
「ちょ、ちょっと待った。もう1つ話があったんだ。松山、お前、自分の才能を探してるんだったよな。明日の放課後、二人で書道部の部活動見学に来てみたらどうだ?書道部の顧問、私だし」
なるほど書道部か、確かに墨で美しい字が書けたらカッコいいだろう。小中学校で習字の賞を獲った記憶はないが、この年齢で秘めたる才能が発現するかもしれない。明日見学してみるのもアリだな。
ただ一つ、佐藤先生が書道部の顧問であることは気になるところだけど。
「あれ、先生、賭博部の顧問じゃなかったんですね」
「ああ、こう見えて書道は得意だからな。……松山、お前明日、日直な」
「げっ………」
余計な事を言ってしまった。
「あのっ、先生っ!パントマイム部は、ありますでしょうか……!」
「そんな部活はないよ。宇月、ついでにお前も日直な」
たぶん本人は真面目に質問しているのだろう。話に割って入った宇月さんがとばっちりを受けて少々気の毒だったが、とりあえずお叱りの呼び出しではなかったようだ。
職員室を出ると、宇月さんは頬を膨らませてギロリとこちらを睨んできた。
「んもう、松村くんのせいだよ?私まで日直になっちゃったの」
「ごめんごめん、巻き込んで悪かったよ」
あまり思ってないけどとりあえず謝っておく。
「日直、面倒かもしれないけど。また明日よろしく頼むよ」
「仕方ない、頼まれてやりますかっ」
はにかんで返事をした彼女を見て、俺は少しだけドキッとしてしまうのだった。
登校初日、ビックリイベントは無かったけど、なんだかんだ色々あったな。偶然見かけた可愛らしい女子生徒と隣の席になったり、これからその好奇心旺盛な子と一緒に自分の才能を探すことになったり。明日の書道部見学で、何か掴めるだろうか?
俺はそんな事を考えながら、ゆっくりと歩いて家に帰った。
夕食と入浴をさっさと済ませ、いつもに増して疲れていた体を休めるべく、リビングのソファで横になる。ただぼんやりしているだけだが、俺の至福の時間だ。
ウトウトし始めていると、ガチャリと風呂場の方のドアが開いた。
「お兄、今日は疲れた顔してるね。いや、いつもそんな顔か〜」
妹の凛がタオルで濡れた髪を拭きながらリビングへ歩いてくる。
「妹なんだし、凛も似たような顔だけど?」




