第3話 購買の店員がいつもおばさんだとは限らない
入学式が終わり教室に戻ると、佐藤先生から再び学校生活についての話があった。ついさっきまで畏まった服装だった先生は、いつの間にか上下ジャージ姿になっている。
「この学校は部活動が盛んだ。他の学校では見られないような珍しいものもあるから、見学なり体験入部なりでお気に入りの部活を見つけてみるといいぞ〜」
彼女は一通り説明を終えると、もうそろそろ昼休みになるからと言い残し、チャイム前に教室を出ていってしまった。
部活か……何か入った方がいいとは思うけど、3年間も夢中になって打ち込めるものなんてあるのだろうか。
「ねね。パントマイム部ってあるのかな?」
「いや、ないでしょ。知らないけど」
宇月さんが手で見えない壁を作っている。
「そういや松村くん、中学の頃は部活とかやってなかったの?」
「うん。何か入ろうとは思ってたんだけどね。最初の入部の波に乗れなかったから、結局ずっと帰宅部だったよ」
「か……そ、そっかぁ。やりたい事ないって言ってたもんね」
今可哀想って言おうとしたよね。
「じゃあ明日の放課後、一緒に部活見学いこうよ。ちゃんと予定空けておいてね。松村くんの才能探しはもう始まってるんだから」
「わ、わかったよ。よろしく頼みます」
トントンと話を進める宇月さん流され、ついOKしてしまった。宇月さんと一緒に行動するのは少し目立つかもしれないが、放課後に女子と一緒なんて俺も青春してるじゃあないか。
昼休みのチャイムが鳴ると、宇月さんは自分の机から課題の紙を取り出した。
「まずはこれ、出しにいかないとね」
…………そして俺は今、職員室の前に立っている。宇月さんと一緒に。
「わざわざ仲良く2人で行く必要って」
「女の子1人で行かせるの!? 私、初めての空間って緊張して中々喋れないんだよ。松村くん、ここは男を見せる時じゃないかな」
今がその時なのか……?
宇月さんに物理的に背中を押され、「失礼します」と職員室に入る。
部屋を見渡しながら進むと、昼休みだというのに弁当を食べるわけでもなく、デスクで真剣に新聞を読み込んでいる佐藤先生の姿が目に入った。
「お忙しいところすみません。先生のクラスの松村と……宇月さんです」
俺の斜め後ろから、緊張して固くなっている宇月さんが頭を下げる。
「今朝出された課題を持ってきました」
先生は顔をあげると、俺と宇月さんの顔を順番に見て小さくため息をついた。
「お前ら、課題を早く仕上げるのは良いことだけどなぁ。私の前にカップルのイチャイチャを見せに来たんじゃないだろうな」
「いえ、付き合ってません。全然、全く、これっぽっちも」
宇月さんが真顔で手を横にブンブン振っている。緊張はどこいったんだよ。
「それならいいんだけどな。で、課題は……」
俺が手渡した2枚の紙を確認すると、先生は再び話し始めた。
「ふーん。"才能を探す"ねぇ…。いいんじゃないの?いろんな経験をしてみるのも。……で、宇月は?失くし物って、なんの事だ?」
「それはですね、色々あります。……が、学力とか……!」
そうか、この子の失くし物は学力か。可哀想に。
「宇月、それは今から頑張って取り返そうな」
「は、はいっ、頑張りますっ」
すると先生は手元にあった新聞の方に目をやり、何やら小さい字で数字が並べられたページを確認するとこう続けた。
「よし松島、1から18の中で好きな数字言ってみろ」
「えぇ?じゃ、じゃあ、6で。……あと自分、松村です」
先生はなぜか感心した様子で頷き、「もう戻っていいぞ」とあっさり課題の用紙をデスクに片付けた。
「ふぅ~。なんか突っ込まれるかと思ったけど、案外すぐに終わってよかったぁ」
教室へ戻る廊下を歩きながら、宇月さんが緩んだ顔で話し始める。
「あ、そういや松村くん、コーヒー牛乳の話知ってる?」
「なにそれ?飲むしかないでしょ」
「いや、私まだ何も話してないんだけど」
俺は甘いものに目がない。コーヒー牛乳、なんて良い響きだ。
「実はね、この学校の購買にはコーヒー牛乳が売ってるんだけど、なんでも、それが一般には出回っていない幻のコーヒー牛乳らしいの」
「ほう、それは是非飲んでみたい」
「数量限定だから、いつもは入荷されてもすぐに売り切れちゃうんだってさ。でも今日は入学式だから、特別に普段より多めに販売するんだとか。……というわけで!!」
宇月さんはニッと笑うと、手をグーにして俺の前に付き出してきた。
「じゃぁん!けんっ!!…………」
教室とは反対側の校舎へ移動して1人で購買に行くと、数人グループの生徒が会計を済ませているところが遠目に見えた。
あれが例のコーヒー牛乳だな。
生徒たちがお目当てのコーヒー牛乳を1つずつ手に取り購買を去ると、商品台の在庫状況がすぐに分かった。
な、残り2つだと……!!
俺は今日一番の早足で購買へと向かう。
「おじさ…………」
購買のおじさんに話しかけようとしたその瞬間、同じタイミングで声を発そうとしていた小柄な女子生徒の存在に気が付いた。
そして、目が合ってしまった。
「あっ……」
「コーヒー牛乳、だよね?私もそうなの。ちょうど2つ残ってて良かったよ」
女子生徒は微笑むと、お先どうぞと会計の順番を譲ってくれた。
もちろん初めて会ったが、小さくて気の利くいい子だ。小動物のような可愛らしい見た目をしており、態度は堂々としていて芯の強さが覗える。
なぜかタメ口なのは……俺が童顔ということだろうか?
俺は1つ分のコーヒー牛乳の会計を終え、彼女に軽くお辞儀をして購買を後にした。
教室に戻ると、クラスメイトのみんなは昼食を食べていた。登校初日なのに、すでに少人数のグループを作って談笑する様子も見られるではないか。
初日の昼休みという重要なフレンドマッチングタイムに出遅れてしまった。全てはコーヒー牛乳を買わせた宇月さんのせい……ではなく、じゃんけんに負けた自分のせいか。
目立たないよう、後ろの入口から自分の席に戻る。
隣の席で待っていた宇月さんは、片手でキュウリを持って食べていた。ワイルドに。




