02 紅之蘭 著 『天才紅教授の魔法講義 其の十三』
――紅教授の視点――
朝、目覚めるとき、学生時代の夢を見た。
教授室に呼び出された私は、担当教官である佐藤先生が示す、テスト用紙を見せられた。
先生はおっしゃった。
「紅君、僕は死亡したよ。あのとき僕はね、設問A-50の問題について、講義中に君の質問に応え切れなかった。だから試験中に、解答用紙を見せたのだよ。なのに君は回答用紙に、設問B-03のミスまで直してしまった。――こういうカンニング行為は問題だ」
――え、あの試験って、能力というよりモラル重視の試験だったのかしらん?
定期テストが行われたのは、古代ヨーロッパの劇場のような階段構造の、数百人分の席がある大講堂だった。静謐な講堂では学生達の鉛筆筆記音と、教授の靴音だけが響いている。
テストの用紙にある設問を私が、全部埋めきったところに教授がやって来て、
そういうわけで、佐藤教授教室における百点満点中九十九点の私は、優・良・可・不可のうち可となり、ギリギリ試験に合格した次第である。しかも半年間のペナルティーがついてしまった。
*
わが母校は比高差百五十メートルの丘の上にある。これはエジプト・クフ王のピラミッドとほぼ等しい高さである。
表門と裏門とがあり、表門はジグザグで距離は長いが、踊り場もあって傾斜が緩い。対して裏門は傾斜角七十二度の急勾配となっており、振り向くと踵のほぼ真下に、階段の第一段が見える。裏門の非常階段は学校創設期のころに設けられたもので、そのころの遺構は石段になっている。現在はスチール製で、手すりがついているのは救いだった。
頂上にたどり着くころになると私は、ぜーぜー肩で息をして、手すりに上体の重さをかけてどうにか校舎に入ったものだった。
構内の喫茶店でコーラフロートを飲んでいると、学友達が寄って来て、
「いつもたいへんね」と同情しつつ、我が事ではないので、話しを切り替え、ねえねえ、紅ちゃん、昨日の番組『パピルス』視た? 今回のゲスト俳優さんもイケメンさんだったな」
パピルスに登場するのはスーツ姿の魔法士達で、原石プロダクション所属のイケメン俳優七人で構成されており、別なプロダクションで話題になっている俳優や女優をゲスト出演させる。
たまに苛っとくるのだが、たわいない話しに切り替えてくれるのは、ありがたい。――小・中学生みたいにペナルティーをネタにして、仲間外れのイジメ・リンチをしないところが、ガキとは違う大学のいいところだ。
*
大学院に進み、佐藤教授のもとで助手となり、さらに准教授にまでなったとき、
「紅君、君は結婚しないのかい?」
「私は魔法と結婚しておりますので――」
「エリザベス一世みたいなことを言う」先生が笑った。
「ちまたでは親になって一人前だという。――母親の真似事をしてみるといい。紅君は僕が、昔、有機ゴーレム・プロジェクト臨床実験チームにいたことを知っているね?」
「存じています」
「女の子の結城ゴーレムで、僕たちは縫目フラ子と名付けた」
「フランケンシュタインの女性版ということですか?」
「そうだ。だが実際、フラ子ちゃんには縫目はない。我々の実験成功を祝して名前に痕跡を残したんだ」
たぶん私はジト目になっていたと思う。
「――で、佐藤教授、フラ子ちゃんの養育をなさっていたのですね? 父親役をしていた貴男が突如、その任を放棄して、私に押し付けようという意図は? ――もしかして、私と結婚なさりたいとか?」
「それは絶対ない! 地球の地軸が動いて南極が太陽を向くことによって、南半球が灼熱地獄となり、北半球が分厚い氷河で覆われても、ありえない! ――だがフラ子ちゃんの里親を引き継いでくれるのなら、僕は学長・教授会に君を、教授になるよう推薦してやる」
なんかムカついたのだが、教授の椅子って美味しそうだ。私は恩師の提案を受け入れた。
縫目フラ子は当時十歳の生意気盛りで、バリバリの思春期だった。虐められて引き籠りもしたし、不良彼氏と付き合って万引きもした。――苦労はしたが更生させ、今では立派に私の助手となったのである。
*
教授室の窓を開けると、中庭を歩くフラ子が見えた。彼女は二十四歳になったのだが、見かけは十二、三歳の少女のまま変わらない。
例のごとくメガネ君と仲間達が、彼女をストークしている。
「フラ子パーンチ!」
「わーい、ご褒美っ」
「うわっ、きもっ。――百裂拳!」
「ブビビビビ……」
おおっ、魔法強化を即効で自身にかけ、瞬足移動しつつ、変態どもの鳩尾を連打して沈めてゆく。――立派な娘に育ったものだわ。〝お母さん〟は嬉しいよ。
了




