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第二話


 レティツィア・ロアルディ。それが彼女の本名だそうだ。


 あまり話すのが得意ではないという彼女はゆっくり話し、慎重に言葉を選ぶ。そうするとつっかえることなく、滑らかに話すことができるのだという。


「ロアルディといえば数々の難病の特効薬を生み出したという、あのロアルディ子爵家のことかしら? 魔法薬の功績だけで子爵位を得て、魔法薬専門の商会を持っているらしいわね。ロアルディ商会の品物はうちの店でもいくつか扱っているわ」

「はい。そのロアルディ商会です。製薬は当主である父が統括し、商会の運営は母が。今は薬師として働く兄と姉がいて、私は次女として生まれました」

「製薬の知識はお父様から?」

「四歳のときに専門の先生がつきました。父に師事したのは七歳から。母には八歳から在庫の管理と帳簿の付け方を教えてもらっています」

「まさに英才教育ね」

「幼いころから学ばせて知識と耐性を養うのだそうです」

「ちなみにレティは今、何歳なの?」

「十五歳です」


 嘘でしょう……体が小さすぎるわ。十二歳か、十三歳に見える。この年代の一年は体型が大きく変わる歳なのに。主に食事のせいだろうが、体を動かすことが少なかったせいもあるだろう。青白い肌や筋肉を感じさせない足と腕の細さがそれを物語る。


「それで、いつからなの?」

「私の人生がおかしくなったのは、十二歳のときからです」

「それまではどうだった?」

「少なくとも家族の一員として扱われていたと思います。服も、食べ物も、部屋も生活そのものが良い意味で普通でした。厳しいけれど尊敬できる父、優しく細やかな気配りのできる母、自由人だけれど面倒見のいい兄と、気が強く頭のいい姉。末っ子として何不自由なく暮らしていたと記憶しています」


 主語はなくても話の流れから察したらしい。話していてわかる、口下手だけれど勘は悪くない。おそらくは優秀な薬師候補だったはずだ。それがなぜ、ここまで貶められたのか。


「扱いが変わったのは、ロアルディ家に代々伝わる()()()()を受けたからでした」

「判定の儀とはどういうものなの?」

「十二歳の誕生日を迎えるとロアルディ家で必ず受ける儀式です。祖先が特別に注文したという魔道具によって適性を測ります。魔力量、肉体、資質の三種類を計測し、その結果から本人の魔法薬に対する適性がわかるとされているのです」


 要約すると、魔道具によってどんな薬を作るのに向いているかを判別し、効率よく仕事を割り振るためのものだ。


 魔力量が平均より多い者は()、少ない者は()。そして肉体はわかりやすく()()と。そして、資質は()()で示される。適性を示す結果は六種類。たとえば天と強、資質が白であれば白銀(しろがね)。効果の高い治療薬や回復薬を作ることができる。そして地と弱、黒であれば赤銅(しゃくどう)、痛みを和らげる麻痺薬や麻酔薬を作る適性があるという判定結果が出る。


「レティはどうだったの?」

「天と強、そして黒。青鈍(あおにび)です」

「どんな薬に適性があったの?」


 一瞬、レティが口をつぐんだ。表情に緊張の色が濃く、言うかどうか迷っているという顔だ。フォルテューナは彼女の手を握った。


「言いたくなければ無理して言うことはないのよ?」


 誰にだって、他人に知られたくないことの一つ二つはあるものだ。だけどレティは首を振った。絞り出すような声だったけれど、彼女は躊躇うことなく結果を口にする。


「薬ではありません……毒です」


 フォルテューナは息を呑んだ。


「私は毒を抽出し、新たな毒を生成することに適性がありました」

「それは……」

「しかも、あまりにも適性が高すぎて回復薬と治療薬を作る適性が皆無だということも判明したのです」


 つまり毒特化ということか。


「適性というのは品質を向上させ、効果をあげるもの。つまり高ければ高いほどよく効くということになります。おそらくですが、私の場合、レシピと材料が揃えば作れない毒はないでしょう」

「それは……ある意味ですごいわね」

 

 人を救う使命を負った薬師でありながら、レティは新たな毒を作り出すことができる。薬と毒は表裏一体、薬だって過ぎれば毒となる。麻痺薬や麻酔薬も元は毒を薄めたものだそうだから、薬師の血筋であろうと毒に適性のある者が生まれてもおかしくはないだろう。


 ただなんとなくだけど、彼女がこういう扱いになった理由もわかるような気がした。


「父母をはじめ、家族は震えました。とんでもない悪魔が生まれた、と。ですが同時に家族でもあるから守らねばならないとも考えてくれたのです。共に暮らし続けるには、どうしたらいいのか家族揃って真剣に話し合いました。悪しき心根の者に近づけてはいけないし、利用されてしまうのはもっと哀れだ。そこで私を病と偽って隔離することにしたのです」


 レティは徐々に他人との接触を減らして、最終的には引きこもった。そして家族は、万が一のために備えるとして部屋の外側から鍵をかけたのだ。


「監禁されたわけね。つらかったでしょう」

「父が教えてくれたのですが、長い歴史の中で過去に二人、私と同じ適性を持った娘がいたそうです。ですが彼女達がどのような境遇であったかを記した書物は残されていないとのことでした。命を奪われたのか、それとも一生隔離されたのか……行方も生死すらはっきりとはわからない。ですが利用されて命を奪われるよりも、隔離されたほうがマシだろうと言われました」

「一生隔離なんて、死んだように生きることでしょう。どっちもどっちだと思うわ」

「実感が湧かないから、あまり理解できていなくて。でも幼心に死ぬよりはマシかと思い、彼らの指示に従いました」


 それは家族の愛情だと思ったから。レティは歳に似合わない大人びた表情で笑う。彼女の仔猫のような瞳がほの暗い光を宿した。


「……当時、私には婚約者がいたのです。お茶会に招待された先で知り合った三つ年上の男性でした。勢いのある商家の跡取りで、爵位はありませんでしたが金回りがよく、薬の販路を増やせると考えたのでしょう。両親も乗り気になり、すんなりと話はまとまりました」


 上に兄と姉がいるから家を継ぐ必要もなく、家業が特殊で政治的にも中立な立場をとっていたことも幸いした。相手はレティに一目惚れしたそうで、熱烈に口説いてきたそうだ。レティも彼のことを好ましく思っていたから、婚約がまとまって、あっという間に恋に落ちた。


「これ以上の愛はないだろうというくらいに、深く愛していました」


 ところがレティは病気と偽って隔離されることになってしまった。一生外に出さないということは、結婚なんてできるわけがない。両家の間で結ばれた婚約は当然解消となるはずだった。


「するとどういうわけか、ひとつ歳上の姉が自分の婚約者にしてほしいと父に懇願したのです」


 婚約の継続を望んだのは、姉も彼のことが好きだったかららしい。降って湧いたような好機に、なりふりかまわず飛びついた。


「姉の婚約者の選定は始まっていましたが、まだどの家にも打診していない時期だったので婚約者の変更は可能でした。ですが父は難色を示したそうです。できれば姉には薬師の家に嫁いで欲しいようでしたから」


 適性とは血に宿るとされていた。生まれ順が早いほど血が濃いという考えがあり、姉が薬師の家系に嫁げば、優秀な薬師となれる子が生まれるだろうと父は期待していたのだ。だが気の強い姉は驚くほどの熱意で父を口説き落とした。そして婚約者を変更することとなり、彼は姉の婚約者になった。


「私は愛する彼が姉のものになってしまうのを指を咥えて見ていることしかできませんでした」


 涙を堪えているためか、レティの語尾が震えている。フォルテューナは言葉を失った。


「我が家の場合、天気が良い日は月一度のお茶会を庭で開きます。隔離された部屋から二人のお茶会の様子が見えるのです。姉の楽しそうな笑い声と、愛される幸せそうな顔。それは私のものだったのに……でも生きていられるだけでマシなのだと、……諦めるしかなかった」


 ただ適性が毒だというだけで、この子はどれだけ大切なものを奪われてきたのか想像もつかない。


「病気と偽って隔離されましたが、実際は健康体です。そこで十三歳のときから麻酔薬と麻痺薬の調剤を指示されました。ご存知と思いますが両方とも元は毒。それを薄めたもので、私が唯一、作ることを許された薬でした」


 麻酔薬や麻痺薬の需要は意外とあって、用途は多岐にわたる。病気の治療に使われる対人用、畑を荒らす害獣に使用される動物用、そして魔獣と総称される、人や家畜を襲う害獣に使われる対魔獣用。そして毒生成の最上位である青鈍の適性を持つレティに作れない麻酔薬や麻痺薬はなかった。


「私、製薬の作業がとても好きなのです。原料を刻み、煮出して、調合する。ひとつひとつの工程を積み重ね、作品を作り上げていくような研ぎ澄まされる感覚がたまらない。しかもそれが誰かのためになるのだから、何物にも代えがたい喜びでした」


 そんなレティが作った麻酔薬や麻痺薬はとても評判が良かったという。家族から直接言われたことはないが、使用人が噂しているのを耳にしたことがあったらしい。

 たとえば人に対して使う場合、よく効く麻酔薬や麻痺薬は量が少なくて済む。そのため術後の副作用や副反応が起きにくいそうだ。そして動物や害獣に対して使用する物も、量が少なく済めば費用もかからないし、人間に及ぶ影響も少なくて済む。良いことずくめで、レティが製薬するようになってからロアルディ商会の麻酔薬や麻痺薬が飛ぶように売れ、他国への出荷量も増えた。さらに多数の怪我人を出し、討伐に難儀するような大型の魔獣であってもレティの調合した麻痺薬を使えば容易に駆除できるということで、国から褒賞までもらったそうだ。


「直接聞かされたことではなくても、とても誇らしかった。私の存在は人のためになるのだと証明されたみたいで」


 だが、それがあっても家族はいまだレティを病気だと称して隔離したままだった。家族一丸となって療養中のレティを支えていると世間には公表している。それもこれも、毒特化だとバレたらレティがかわいそうだからと……。


「今思うと、私の存在を知られたことで家名に傷がつくのが嫌だったのかもしれません」


 そしてどういうわけか、作った薬の評判が上がるとともに、レティの生活の質が下がっていった。まず食事の量が減らされて粗末になり、衣服もドレスは取り上げられて作業着代わりの質素なワンピースのみが支給された。当然、使わないのだからとお小遣いももらえず、毎日毎日、朝から晩まで自室にこもったきりで注文票のとおりに薬を作る日々が続く。やがて寝る時間を削らなければ注文を捌くことが難しくなってしまった。


「父や母に訴えても、私を守るためだとしか言わなくて。それどころか、納期が守れないと不機嫌になることもありました。昔はかわいがってくれたのに兄や姉も私とは口をきいてくれなくなり、まるでいない者のように扱うのです」

「だから逃げようと思ったの?」

「それもありましたが、逃げたきっかけは別にありました」


 成人の儀――――ロアルディ家では十五歳を成人とみなす。

 そしてこの日を境として本格的に薬師として仕事に携わるのだ。

 

「本当は盛大に誕生日会を開いて親戚や親しい友人を招いてパーティーを開催するのですが、私は建前とはいえ病気療養中の身です。当然、パーティーなんて開いてくれるわけはありません。ですから、私はひとつお願いを聞いてもらうことにしました。誕生日プレゼントもいらないし、パーティーも諦める。一生わがままを言わない代わりに、ひとつだけ願いを叶えてもらいたいと申し出たのです」

「その願いって、どんなものなの?」

「全身全霊をかけた完璧な毒を作りたかった。願いを聞いた両親は嘆き、兄と姉は蔑むような顔で私を睨んでいましたが、かまいませんでした」


 レシピは浮かんでいる。あとは材料と専用の道具だけだ。なりふりかまわず必死でレティは懇願した。


「毒しか作れないけれど、私だって薬師です。青鈍の適性でどんな毒でも作り出せるのですから、限界に挑戦してみたかった。毒を作るのはこの一度きりでいい。どちらにしろ、材料は両親が揃えるのだから二度と作れないのです。必死にお願いすると両親はようやく許してくれました。そして一回分の材料と、専用の器具が届いたのです」


 途端にレティは、蜜の滴るような甘い微笑みを浮かべた。まるで幸せを噛み締めるように、二度とこない至福の時間を思い出すかのように笑った。


「私の目指す完璧な毒は体内に痕跡を残しません。摂取して、きっかり一時間後に絶命します。苦しみも痛みもありません。ただ眠るように呼吸が止まるだけです」

「できたの?」

「はい、しかもたった一晩で」


 フォルテューナは息を呑んだ。毒と認識されない毒を、まさか一晩で作り上げたとは。


「そして次の日、家族に差し出しながら言いました。これの()()()()()()()()()()()、と」


 ――――当然、できますよね。


 言外にそう匂わせて、レティは部屋を出た。彼らは最後までレティの背中を憎しみのこもった眼差しで睨みつけていたという。彼らの本心は薬師として毒しか生み出すことのできないレティを許せなかったのだ。そして回復薬や治療薬を作れる自分達のほうが上の存在で、人を癒す薬を作れない彼女を格下と思い込んでいた。


「私の存在を下に見ている。本人達は上手く隠しているつもりでしょうが、意外とわかるものです。私の扱いがぞんざいになっていったのもそんな気持ちの表れでしょう。このころになると家族は私に仕事をさせておきながら贅沢をし、好き勝手に出歩く姿を隠さなくなっていました。姉は派手な服を着て婚約者と毎日のように出掛けて行くし、兄は食にこだわりがあるようで良いものを食べることで力が増すのだと自慢しています。母も商談で外出が増えましたし、父も交友関係を広げるために自分の仕事を肩代わりする薬師の数を増やしました。それらの資金はどこから出ているのでしょうね?」


 売り上げに貢献しているはずのレティは、ろくな食事もできず服も買えないというのに。でもそれすら彼らは愛だという。彼女を守るために家の力をつけるのだと。家族にとってレティは職人としての価値しかない。そのことにレティはとうに気がついていた。だから他に術を持たないレティは、自分ができる唯一の方法で愛を返すしかなかった。


「毒に挑むことで、彼らに薬師としての誇りを取り戻して欲しかったのです」


 薬を作るからこそ薬師を名乗ることが許される。優秀な薬師を育てた実績があるからこそロアルディ家には価値があるのだ。その原点となる誇りを、もう一度思い出して欲しかった。


「だから成人の儀に、彼らへ育ててもらったお礼として毒を贈りました」


 それがレティが捧げることのできる唯一の愛だから。


「それで、ご家族はどうされたの?」

「久しぶりに一致団結して解毒剤の制作に取り掛かりましたよ」


 うれしそうに頬を染めて、レティは微笑んだ。


「フォルテューナさん、ちなみに何をもって完璧な毒と呼ぶかわかりますか?」

「なんとなく想像はつくけれど、何をもってとあらためて聞かれると難しいわね」

()()()()()()()()、です」


 レティの毒がある限り、彼らは一生薬師としての義務から逃れられない。

 そう答えて、彼女は悪戯(いたずら)が成功した子供のように笑った。



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