第二話
レティツィア・ロアルディ。それが少女の本名だった。
「ロアルディといえば数々の難病の特効薬を生み出したという、あのロアルディ子爵家のことかしら? 魔法薬の功績だけで子爵位を得て、魔法薬専門の商会を持っているらしいわね。ロアルディ商会の品物はうちの店でもいくつか扱っているわ」
「……っ、はい。そのロアルディ商会です。製薬は当主である父が統括し、商会の運営は母が。今は薬師として働く兄と姉がいて、私は次女として生まれました」
あまり話すのが得意ではないという彼女はゆっくり話し、慎重に言葉を選ぶ。そうするとつっかえることなく、滑らかに話すことができるらしい。
食器を片づけたフォルテューナは、レティの前に紅茶を置いた。
「製薬の知識はお父様から?」
「四歳のときに専門の先生がつきました。父に師事したのは七歳から。母には八歳から在庫の管理と帳簿の付け方を教えてもらっています」
「まさに英才教育ね」
「幼いころから学ばせて薬師の知識と耐性を養うのだそうです」
「ちなみにレティは今、何歳なの?」
「十八歳です」
フォルテューナは息を呑んだ。
十四歳か、十五歳くらいに見えた。
この年代の一年は体型が大きく変わるのに、それだけ栄養状態が悪かったということだろう。それに青白い肌や筋肉を感じさせない足と腕の細さ。体を動かすことが少なかったのかもしれない。
「それで、こうなったのはいつからなの?」
「私の人生がおかしくなったのは、十五歳のときからです」
「それまではどうだった?」
「少なくとも家族の一員として扱われていたと思います。服も、食べ物も、部屋も生活そのものが良い意味で普通でした。厳しいけれど尊敬できる父、優しく細やかな気配りのできる母、自由人だけれど面倒見のいい兄と、気が強く頭のいい姉。末っ子として何不自由なく暮らしていたと記憶しています」
話の流れから家族や家庭のことを聞かれていると察したらしい。
フォルテューナは感心してうなずいた。
話していてわかる、口下手だけれど彼女の勘は悪くない。おそらくは優秀な薬師候補だったはずだ。それがなぜ、ここまで貶められることになったのか。
痛みをこらえる顔で、レティは紅茶のカップを握った。
「扱いが変わったのは、ロアルディ家に代々伝わる判定の儀を受けたからでした」
「判定の儀とはどういうものなの?」
「十五歳の誕生日を迎えるとロアルディ家で必ず受ける儀式です。祖先が特別に注文したという魔道具によって適性を測ります。魔力量、肉体、資質の三種類を計測し、その結果から本人の魔法薬に対する適性がわかるとされているのです」
要約すると、魔道具によってどんな薬を作るのに向いているかを判別し、効率よく仕事を割り振るためのものだ。
魔力量が平均より多い者は天、少ない者は地。そして肉体はわかりやすく強弱と。そして、資質は白と黒で示される。適性を示す結果は八種類。たとえば天と強、資質が白であれば白銀。効果の高い治療薬や回復薬を作ることができる。そして地と弱、黒であれば赤銅、痛みを和らげる麻痺薬や麻酔薬を作る適性があると判定される。
「レティはどうだったの?」
「天と強、そして黒。青鈍です」
「どんな薬に適性があったの?」
一瞬、レティが口をつぐんだ。表情に緊張の色が濃く、言うかどうか迷っているという顔だ。フォルテューナは彼女の手を握った。
「言いたくなければ無理して言うことはないのよ?」
誰にだって、他人に知られたくないことの一つ二つはあるものだ。
だけどレティは首を振った。絞り出すような声だったけれど、彼女はためらうことなく結果を口にする。
「薬ではありません……毒です」
フォルテューナは息を呑んだ。
「私は毒を抽出し、新たな毒を生成することに適性がありました」
「それは……」
「しかも、あまりにも適性が高すぎて回復薬と治療薬を作る適性が皆無だということも判明したのです」
つまり毒特化ということらしい。
「適性というのは品質を向上させ、効果をあげるもの。つまり高ければ高いほどよく効く薬が作れるということになります。おそらくですが、私の場合、レシピと材料がそろえば作れない毒はないでしょう」
「それは……ある意味ですごいわね」
人を救う使命を負った薬師でありながら、レティは新たな毒を作り出すことができる。薬と毒は表裏一体、薬だって過ぎれば毒となる。麻痺薬や麻酔薬も元は毒を薄めたものだそうだから、薬師の血筋であろうと毒に適性のある者が生まれてもおかしくはないだろう。
ただなんとなく、フォルテューナは彼女がこういう扱いになった理由もわかるような気がした。
「父母をはじめ、家族は震えました。とんでもない悪魔が生まれた、と。ですが同時に家族でもあるから守らねばならないとも考えてくれたのです。共に暮らし続けるには、どうしたらいいのか家族がそろって真剣に話し合いました。悪しき心根の者に近づけてはいけないし、利用されてしまうのはもっと哀れだ。そこで私を病と偽って隔離することにしたのです」
レティは徐々に他人との接触を減らして、最終的には引きこもった。そして家族は、万が一のために備えるとして部屋の外側から鍵をかけたのだ。
「監禁されたわけね。つらかったでしょう」
「父が教えてくれたのですが、長い歴史の中で過去に二人、私と同じ適性を持った娘がいたそうです。彼女達がどのような境遇に置かれたか、記した書物は残されていないとのことでした。命を奪われたのか、それとも一生隔離されたのか……行方も生死すらはっきりとはわからない。ですが利用されて命を奪われるよりも、隔離されたほうがマシだろうと言われました」
「一生隔離なんて、生きていると言えないでしょう。どっちもどっちだと思うわ」
「実感が湧かないから、あまり理解できていなくて。でも死ぬよりはマシかと思い、彼らの指示に従いました」
それは家族の愛情だと思ったから。
レティは歳に似合わない大人びた表情で笑った。すると彼女の仔猫のような瞳がほの暗い光を宿した。
「当時、私には婚約者がいたのです。お茶会で知り合った三つ年上の男性でした。勢いのある商家の跡取りで、爵位はありませんでしたが金回りがよく、薬の販路を増やせると考えたのでしょう。両親も乗り気になり、すんなりと話はまとまりました」
上に兄と姉がいるから家を継ぐ必要もなく、家業が特殊で政治的にも中立な立場をとっていたことも幸いした。
しかも相手はレティに一目惚れしたそうで、熱烈に口説いてきたそうだ。
レティも彼のことを好ましく思っていたから、婚約がまとまって、あっという間に二人は恋に落ちた。
「これ以上の愛はないだろうというくらいに、深く彼を愛していました」
ところがレティは隔離されることになってしまったので、結婚なんてできるはずがない。両家の間で結ばれた婚約は当然解消となるはずだった。
「ところがどういうわけか、ひとつ歳上の姉が自分の婚約者にしてほしいと父に懇願したのです」
婚約の継続を望んだのは、姉も彼のことが好きだったかららしい。降って湧いたような好機に、彼女はなりふりかまわず飛びついた。
「姉にも縁談があって、相手の選定は始まっていました。ですがまだどの家にも承諾していない時期だったので婚約者の変更は可能でした。ただ、父は当初難色を示したそうです。できれば姉には薬師の家に嫁いでほしかったからでした」
ロアルディ家では薬師の適性は血に宿るとされていた。生まれ順が早いほど血が濃いという考えがあり、姉が薬師の家系に嫁げば、優秀な薬師となれる子が生まれるだろうと父は期待していたのだ。
だが気の強い姉は、驚くほどの熱意で父を口説き落とした。そして婚約者を変更することとなり、彼は姉の婚約者になった。
「相手の方は、レティに一目惚れだったのでしょう。断らなかったのかしら?」
「隔離されていたので。彼がどのような気持ちで婚約者の変更を受け入れたのか、私には知る術もありませんでした」
涙をこらえているためか、語尾が震えている。
「私は愛する男性が姉のものになってしまうのを、黙って見ていることしかできませんでした」
ただ適性が毒だというだけで、この子はどれだけ大切なものを奪われてきたのか想像もつかない。
フォルテューナは言葉を失った。
「我が家の場合、天気が良い日は月一度のお茶会を庭で開きます。隔離された部屋から二人のお茶会の様子が見えるのです。姉の楽しそうな笑い声と、愛される幸せそうな顔。それは私のものだったのに……でも生きていられるだけでマシなのだと、……あきらめるしかなかった」
レティは一口紅茶を飲んだ。
「病気ということで隔離されましたが、実際は健康体です。そこで十六歳のとき、父から麻酔薬と麻痺薬の調剤を指示されました。ご存知と思いますが両方とも元は毒なのです。それを薄めたもので、私が唯一、調合を許された薬でした」
麻酔薬や麻痺薬の需要は意外とあって、用途は多岐にわたる。
病気の治療に使われる対人用、畑を荒らす害獣に使用される動物用、そして魔獣と総称される、人や家畜を襲う害獣に使われる対魔獣用。
そして毒生成の最上位である青鈍の適性を持つレティに、作れない麻酔薬や麻痺薬はなかった。
「私、製薬の作業がとても好きなのです。原料を刻み、煮出して、調合する。ひとつひとつの工程を積み重ね、作品を作り上げていくような研ぎ澄まされる感覚がたまらない。たとえそれが毒であっても……何物にも代えがたい喜びでした」
このときばかりはレティの顔に笑みが浮かぶ。
レティが作った麻酔薬や麻痺薬はとても評判が良かったという。家族から直接言われたことはないが、使用人が噂しているのを耳にしたことがあったらしい。
「たとえば人に対して使う場合、よく効く麻酔薬や麻痺薬は量が少なくて済むのです。そのぶん術後の副作用や副反応が起きにくい。そして動物や害獣に対して使用する物も、量が少なく済めば費用もかからず、人間に及ぶ影響も少なくて済むのです」
薬師として話すためか、よどみなく、なめらかな口調でレティは語る。
「そういえば、二年くらい前からロアルディ商会の麻酔薬や麻痺薬が飛ぶように売れるようになったわね。品質が格段に上がったと評判になっていたわ」
「適性は品質にも影響します。私は毒の最上位ですから薬の品質が大きく向上するのです。ですから討伐に難儀するような大型の魔獣であっても、私が調合した麻痺薬を使えば効き目もよく、すみやかに駆除できる。国から褒賞までもらったと、使用人が話していました」
「褒賞の話は有名だから知っているわ。あれはレティのおかげだったのね」
「とても誇らしかった。毒特化でも人のためになるのだと証明されたみたいで」
つまりレティが製薬するようになってから、家の価値が上がり、商会の利益は跳ね上がったということだ。悪魔が、金の卵を産む鶏になった。
ここまで話を聞いたところで、フォルテューナは嫌な予感がした。
レティは優秀な薬師。何としてでも家に留めておきたいはずだ。
「人の役に立つことを証明したのに、家族は病気だと称して私を隔離したままでした。『家族一丸となって療養中のレティを支えている』と周囲には話していたようです」
しかもどういうわけか、作った薬の評判が上がるとともに、レティの生活の質が下がっていった。
まず食事の量が減らされて粗末になり、衣服もドレスは取り上げられて作業着代わりの質素なワンピースのみが支給された。
当然、使わないのだからとお小遣いももらえず、毎日毎日、朝から晩まで自室にこもったきりで注文票のとおりに薬を作る日々が続く。
やがて寝る時間を削らなければ注文を捌くことが難しくなってしまった。
「父や母に訴えても、私を守るためだとしか言わなくて。それどころか、納期が守れないと不機嫌になることもありました。昔はかわいがってくれたのに兄や姉も私とは口をきいてくれなくなり、まるでいない者のように扱うのです」
「だから逃げようと思ったの?」
「それもありましたが、逃げたきっかけは別にありました」
ロアルディ家では十八歳を成人とみなす。
成人の儀を行い、この日を境として本格的に薬師として仕事に携わるのだ。
「本当は盛大に儀式を開催するのですが、私は建前とはいえ病気療養中の身です。当然、パーティーなんて開いてくれるわけはありません。ですから、私はひとつお願いを聞いてもらうことにしました。誕生日プレゼントもいらないし、パーティーもあきらめる。一生わがままを言わない。その代わりに、一つだけ願いを叶えてもらいたいと申し出たのです」
「その願いって、どんなものなの?」
「全身全霊をかけた完璧な毒を作りたかった。願いを聞いた両親は嘆き、兄と姉は蔑むような顔で私をにらんでいましたが、そんなことはどうでもよかった」
レティの頭にレシピは浮かんでいる。
あとは材料と専用の道具だけだ。なりふりかまわず必死にレティは懇願した。
「毒にしか適性がないけれど、私だって薬師です。青鈍の適性でどんな毒でも作り出せるのですから、限界に挑戦してみたかった。毒を作るのはこの一度きりでいい。どちらにしろ、材料は両親が揃えるのだから二度と作れないのです。必死にお願いすると両親はようやく許してくれました。そして一回分の材料と、専用の器具が届いたのです」
途端にレティは、蜜の滴るような甘い微笑みを浮かべた。
まるで幸せを噛み締めるように、二度とない至福の時間を思い出すかのように笑った。
「私の目指す完璧な毒は体内に痕跡を残しません。摂取して、きっかり一時間後に絶命します。苦しみも痛みもありません。ただ眠るように呼吸が止まるだけです」
「できたの?」
「はい、しかもたった一晩で」
フォルテューナは息を呑んだ。
毒と認識されない毒を、まさか一晩で作り上げたとは。
「最上位の適性とは誇張でも飾りでもありません。材料さえあれば、あとは手順や工程を完璧にこなせる。それこそが適性を持つ者の強みです」
「つまり試さなくても、完璧にできているのがわかるということね」
返す言葉はなく、レティはただにっこりと笑った。
「次の日、家族に差し出しながら言いました。これの解毒剤を作ってください、と」
――――当然、できますよね。
言外にそう匂わせて、レティは微笑みながら家族に背を向けた。
「家族は私の背中を憎しみのこもった眼差しでにらみつけていました」
「平気なの、レティ?」
「かまいません」
彼らの本心は薬師として毒しか生み出すことのできないレティを許せなかったのだ。そして回復薬や治療薬を作れる自分達のほうが上の存在で、人を癒す薬を作れない彼女を格下と思い込んでいた。
「私の存在を下に見ている。本人達は上手く隠しているつもりでしょうが、意外とわかるものです。売上が増えるにしたがって私の扱いがぞんざいになっていったのも、そんな気持ちの表れでしょう。このころになると家族は私に仕事をさせておきながら贅沢をし、好き勝手に出歩く姿を隠さなくなっていましたから」
姉は派手な服を着て婚約者と毎日のように出掛けて行くし、兄は食にこだわりがあるようで良いものを食べることで力が増すのだと自慢している。
母も商談で外出が増え、父も交友関係を広げるために自分の仕事を肩代わりする薬師の数を増やした。
「それらの資金は、誰が稼いでいるのでしょうね?」
売り上げに貢献しているはずのレティは、食事も足りず、自由はないというのに彼らは愛だと主張した。
「家族にとって、私は職人としての価値しかないのはわかっていました。だから他に術を持たない自分ができる唯一の方法で愛を返すしかなかった」
ああと、息を吐いて。フォルテューナは瞳を伏せる。
「そこまでされても、あなたは家族を愛していたのね」
「はい。愛していました。だからこそ、悔しかったのです」
レティの瞳の奥に、炎が燃え上がった。
「薬師とは、薬を作る者のことです。どれほど名声を得て、財を築いても、薬を作ることを忘れた者に薬師を名乗る資格はないと思うのです」
優秀な薬師を育てた実績があるからこそロアルディ家には価値がある。
その原点となる誇りを、もう一度思い出して欲しかった。
「だから成人の儀に、彼らへ育ててもらったお礼として毒を贈りました」
それがレティが捧げることのできる唯一の愛だから。
「それで、ご家族はどうされたの?」
「ひさしぶりに一致団結して解毒剤の調合に取り掛かりましたよ」
うれしそうに頬を染めて、レティは微笑んだ。
「フォルテューナさん、ちなみに何をもって完璧な毒と呼ぶかわかりますか?」
「なんとなく想像はつくけれど、あらためて聞かれると難しいわね」
「単純に、解毒できないことです」
レティの毒がある限り、彼らは一生薬師としての義務から逃れられない。
悪戯が成功した子供のように、レティは笑った。




