第四話
ちょっと懐かしい人が出てきます
どうして私ばかりがこんな目に。
ラウル・サバティーノは苛立ちながら王城の廊下を歩いていた。なぜこんなに苛立っているのか。それは彼の人生がある日を境に一変したからだ。しかも良くない方向に。
『もう婚約者ではないからですわ』
『今のあなたの婚約者はダリアです』
元婚約者のチェチーリア・クレインは明日の天気を語るよりも軽やかにラウルを地獄に叩き落とした。まず、現実を突きつけられたのはラウルの父だった。
「どういうことだ、話が違うではないか!」
「そんなにあわてて何の話です?」
「何なのだ、あのダリアという娘は! 貴族令嬢として最低限の知識すらないではないか!」
「いまさらですか?」
「おまえ、知っていたのか⁉︎ なぜ言わなかった!」
「言う前に婚約者を変更したのは父上でしょう」
心当たりがあって父は気まずそうな顔で視線を逸らした。
「だ、だが姉と同じくらい優秀だと評判ではなかったか?」
「噂ほど当てにならないものはない。そんなことは父上が一番ご存じではないですか」
マウケーニア王国に嫁いだチェチーリアの評価は、かつての悪評が嘘のように素晴らしいものばかりだった。愛想がなく意地が悪いと言われてきた性格は、今では慎ましく献身的で愛情深いと評判だ。第二王子殿下とともに次々と画期的な政策を打ち出しており、王国の民からは賢妃と呼ばれて慕われているらしい。地味とされた容姿も徹底的に磨かれ、今では輝くばかりに美しいとか。
チェチーリアの評価はセアモンテにいたころとは真逆。つまりダリアが悪意を持って流した噂によって皆が等しく踊らされたわけだ。ならばダリア自身に関するものも同じとは思わないのだろうか。
「チェチーリアは常にトップ争いをしていました。どれだけ悪口を言われても成績を落とすことはありませんでしたよ。そういう芯の強い女性でした。ただ父上からすれば……かわいげがないと見えていたのかもしれませんが」
「だ、だがダリアも常に一、二位を争っていたと」
「たしかにダリアも学院の成績では一、二位を争っていましたよ。……最下位の、ですが」
父はポカンと口を開けた。同じ一位二位争いでも意味は全く違う。やがて父の顔が怒りに染まり、体を震わせた。
「ラウル、おまえは何ということをしてくれたのだ!」
「私を責めるのはお門違いですよ。あのときも言ったはずです。私はチェチーリアとの婚約破棄を望んだことはありませんと」
「ではおまえのあの行動は何なのだ! 婚約者を蔑ろにして婚約者の妹を優先した。婚約を解消する気がないのなら、どうしてあんな行動を取った!」
「……、からですよ」
「なんだ、だからなんだというのだ⁉︎」
「ただ嫉妬してほしかっただけですよ!」
血を吐くようなラウルの告白に父は言葉を失った。もっとチェチーリアに愛してほしい、それ以上は望んでいなかったのに。まさかそんな子供じみた理由だったとは。愚かとしか思えない息子に父は深々と息を吐いた。
「おまえの気持ちはわかった。けれど全てが遅すぎる。チェチーリアは嫁いでしまったからな。だから、せめておまえに選ばせてやろう。これが父としてできる最後の慈悲だ」
揺らぐことのない父の視線が、まっすぐにラウルを射抜いた。
「ダリアと結婚するのなら子爵家は継がせない。あの娘に家を維持する能力はないからだ。多少の資金援助はしてやる。だから平民に混じって二人慎ましく暮らすがいい」
「……」
「ダリアとの婚約を解消してもいい。その場合も好きに生きてかまわないが、おまえは王太子殿下から課された制約により他の女性と結婚はできないから承知しておくように」
父のくれた選択肢はそっくりそのまま王太子の突きつけた内容と同じだった。ラウルだってずっと考えてきたのだのだ。どちらが最善なのか、この期に及んでもラウルには答えが出せなかった。ああ、どこで選択を間違えてしまったのだろう。ずっとそればかりが気になって前に進めない。
そして残酷な現実はクレイン伯爵家にも容赦なく襲いかかっていた。第二王子妃を輩出した家なのに両親とダリアがチェチーリアにしてきたことが表沙汰になって、誹謗中傷が止まず、家の評価は底辺まで落ちていた。
「お父様、どうして外出してはいけないのですか!」
ダリアは憂さ晴らしに買い物に行こうと思っただけだ。部屋から出ることを禁じられるような悪いことはしていない。
「自分の行動を振り返ってみなさい。それが外出を禁じる理由だ」
「どうしてよ、私は悪いことをしていないわ! 全てはお姉様が悪いのよ!」
食ってかかると、父は失望したように深々と息を吐いた。どうして、どうしてよ。姉がいなくなってから何もかもがうまくいかない。今までなら評判の悪い姉になりすませば多少なりともハメを外せたものを、その手は使えなくなってしまった。
私が外出できないのも散財を咎められるのも、どれもこれもお姉様の嫌がらせ。それなのにどういうわけか父も母も兄も私を責めるのだ。私は悪くないのに、どうしてよ!
「おまえの虚言をいまさら誰が信じると思うか?」
「お、お兄様……」
「久しぶりに家に帰ってきて、なんの騒ぎかと思えば。まだこんなくだらないことで騒いでいるのか」
「くだらないことではないわ! 私は今もお姉様に嫌がらせされているのよ!」
ダリアは静かに涙を流した。たしかにその姿は可憐だが、性根までそうとは限らない。イヴァーノは深々と息を吐いた。ラウルはバカだ。我が妹ながら、こんな性悪を選ぶなんて。
「おまえはいつになったら覚えてくれるのかな。お姉様ではなく、チェチーリア・モンタルク公爵令嬢だ。結婚された今はチェチーリア・マウケーニア第二王子妃殿下になられている。もう我々とは無関係の人間なのだよ」
「ですからそれが間違いなのです! なぜお姉様がエドガルド様と結婚されるのですか!」
地味で冴えない姉は、腹立たしいことに第二王子妃として隣国に嫁いでいた。エドガルド様の妻には私がなるはずだったのに。どうして誰も認めてくれないのよ!
「チェチーリア様はマウケーニア王国の第二王子妃としての務めを立派に果たしている。エドガルド様を献身的に支えて数々の施策を打ち出し、賢妃と称えられているそうだ。学院で最下位の成績を争うおまえに同じことができるのか?」
「そ、それは……。ですがやり方は違ってもエドガルド様を妻として支えていくことくらい私にもできます!」
私には、この美貌と社交性があるもの! エドガルド様の苦手分野を補って彼の地位を盤石なものとすることができる。ダリアは胸を張って嫣然と微笑んだ。そうよ、社交が苦手なお姉様こそエドガルド様には相応しくないの!
「お兄様、お姉様を取り戻しましょう!」
「は、何を言って……」
「お姉様はエドガルド様を騙した悪女です。そんな卑劣な人間は第二王子妃に相応しくありません。あらゆる手を尽くして身柄を取り戻し、相応の罰を受けさせなければ」
「……おまえは、自分が何を言っているかわかっているのか?」
「もちろんですわ。妹に譲ることができないのはお姉様に人として欠陥がある証拠です。姉が妹よりも幸せになるなんて許されるわけがありません。ですから王子妃に相応しくないと申し上げました」
「姉ならば自分の幸せすら妹に譲れということか?」
「そうです、だって姉は妹に譲るのが義務なのですもの。妹の幸せのためならば、自らの幸せを手放してでも尽くすことこそ姉の役目。私の幸せこそがお姉様の幸せなのです。お父様とお母様は常々そうお姉様を教え諭し、迷える私を導いてくださいました」
真面目な顔でダリアがそう答えるとお父様とお母様の顔色が一気に悪くなった。お兄様は私と両親の顔を見比べて深々とため息をつく。ダリアは首をかしげた。おかしいわね……今までは、これでうまくいっていたじゃない!
「救いようがないな」
ダリアがうまくいっていたのは、チェチーリアの犠牲があったからだ。イヴァーノの鋭い視線に両親は揃って目を逸らした。父と母はそれすら教えなかったのか、もしくは妹が理解できないほど狂っているか。どちらにしろ、彼らはもうダメだ。
「おまえは他国に嫁いだチェチーリア第二王子妃殿下を排除するような発言を繰り返している。このままではマウケーニア王国との関係を損ねる要因となりかねない。妹だろうと、このまま放置するわけにいかなくなった」
「……お兄様?」
イヴァーノは覚悟を決めた。これは家族という甘い幻想に囚われていた兄の失態だ。もっと早いうちに手を打てば、家名を汚すこともなく心優しい妹を悲しませたまま嫁がせることもなかっただろうに。
「あなた達には心底失望しました。もう家族とは思いません」
イヴァーノは懐から一枚の紙を取り出した。広げると、それは玉璽が押された命令書だった。内容に目を通した父が肩を震わせる。
「王命……しかも家督継承だと⁉︎」
「これよりクレイン伯爵家の当主は私です」
涼しい顔をしてイヴァーノは最後のカードを切った。彼の視線が顔色を失った両親を捉える。
「父上と母上は領地の別邸に移っていただきます」
「な、なんだと⁉︎」
「領内での自由は保証しますが領外への移住は認めません。また政治的な活動も禁じます。当然、当主ではありませんので家の差配に手出し口出しも無用に願います」
いわゆる引退勧告だ。領地経営に携わることすら許さない。監視をつけて、徹底的に権限を削ぐつもりだ。それを察したようで、父は真っ赤な顔で怒りを露わにした。
「偉そうに言うが、おまえが王城に務めている間は誰が領地を守るのだ⁉︎」
「王太子殿下から直々に事務官を派遣してもらうことになっています。出来高制ですので、経営が潤えばそれだけ相手の給与に跳ね返る仕組みにしました。その代わり、収入が悪ければ契約期間に関係なく解除することにします。私は直接経営に携わることはしませんが四半期ごとに監査は自ら行う予定です」
「……」
「お手を煩わせることはいたしません。どうぞごゆるりと余生をお過ごしください」
問題のあるダリアを切り捨てることすらできないのだから父は当主として有能とは言いがたい。早々に諦めて甘やかすだけだった母も同様。期待なんてできないのだから邪魔さえしなければ十分だ。使用人に合図を送ると、手荒く両親が連れ出されていく。
「この恩知らず、人でなし!」
「もちろん、そう呼ばれることは覚悟の上です」
騒ぐ両親に冷たく言い放って、青ざめたダリアに視線を向けた。
「ダリア、おまえはシュゼループ修道院へ行きなさい。相手方に話はつけてある」
「なっ! い、嫌よ! 第一、私には婚約者がいるじゃない!」
「ラウルとの婚約は解消する。向こうも君の扱いには手を焼いていたようだから喜んで応じてくださるだろうね。身に覚えはあるだろう?」
「そ、それは……」
兄の責めるような視線からダリアは目を逸らした。昔から勉強が苦手な彼女は、癇癪と持ち前の愛嬌を武器に教育と名のつくものから逃げてきたのだ。そしてとうとうそのツケを払うときがきた。
「君は淑女教育すら適当で、一般教養もどこまで学んでいるか怪しい。もちろんその先にある高等教育なんて当然無理だ。いくら外面がよくたって中身の薄っぺらい娘に第二王子妃どころか子爵夫人すら務まるわけがない」
「だからって淑女の墓場になんて行きたくありません! そこまでの悪事を働いたわけではないじゃないですか!」
「今までおまえがしてきたことを含めてそう言える?」
「もちろんです、私は悪くありません! 全部ノロマで不器用なお姉様が悪いのよ!」
「だから救いようがないんだ」
自分が悪いと反省したのなら、まだ助けられたのに。イヴァーノは固く拳を握った。
「ダリア。善悪の区別がつかないおまえは身分に関係なくご令嬢方に危害を加える恐れがある。トラブルを起こす前に家の存続を脅かすような存在を排除するのが当主の仕事だ」
これは本来は父親がすべきことだった。そのほうが傷は浅くて済んだのに。娘かわいさに先送りにしたせいでイヴァーノが自分の未来を犠牲にしてでも手を下さなくてはならなくなった。そのことに彼らは気づいているのだろうか。
「っ、そんな! 私とお兄様は家族ではありませんか!」
「ならば君は姉に何をした? 姉は家族ではないとでも?」
「で、ですが私は!」
「養女となった時点でチェチーリア様は公爵令嬢だ。身分差とは貴族にとって当然守るべきもの。淑女としての常識が理解できないからこそ修道院に行くのだよ」
「嘘よ、嫌だ! イヤだ、イヤダイヤダアアアアアア!」
本気だと悟ったダリアは貴族令嬢の仮面すらかなぐり捨てて暴れ出した。護衛に抑えつけられてもなお激しく暴れる娘を両親は我を忘れて見入っている。イヴァーノは眉を顰めた。自我を失って暴れる姿は、まるで魔物のようじゃないか。この魔性の娘にクレイン家はずっと支配されてきた。イヴァーノはダリアの醜態で嘘のようにおとなしくなった両親の耳元で囁いた。
「これで理解できたでしょう。私達はチェチーリアの犠牲のもとに家族として成立していたのです。チェチーリアを失えば、当然家族ごっこが続くわけがない」
「……」
「歪な関係は自分の代で終わらせます。それがせめてもの償いです」
誰に対する償いかは、あえて言わないけれど。
両親は何も言い返すことはなかった。護衛をつけて両親を領地に送り、暴れる妹を修道院へと送り届けて。イヴァーノは重い足を引きずりながら婚約解消を伝えるためにサヴァティーノ伯爵家へと向かった。ダリアの教養のなさを呆れていたサヴァティーノ伯爵は渡りに船とばかりに嬉々として受け入れたため、つつがなく両家の婚約は解消された。
チェチーリアのことがあって疎遠になっていたイヴァーノは淡々と手続きを終えただけで、ラウルに一瞥もくれることなく背を向ける。影を負ったような暗い表情がどうにもたまらなくなって、ラウルは馬車に乗り込む彼に駆け寄った。
「イヴァーノ!」
「……何か?」
「申し訳なかった。私が不実な態度をとったせいでクレイン家はチェチーリアを失った」
するとイヴァーノは呆れた表情で深々と息を吐く。
「謝罪する相手が違います。あなたが謝罪すべきはチェチーリア第二王子妃殿下です」
「だが、それは……」
「無理だからといって私に謝罪されても困りますよ。ご存じのとおりに、もはや妃殿下と私は他人です。私に許す権利はありません」
「……」
「それにこの程度で謝罪した気になられても不愉快ですからね」
言外で許さないと言っているようなものだ。棘のある言葉にハッと顔をあげた。こんな冷たい言い方をするような男ではなかったのに。凍りついた表情を動かすこともなく、踵を返した彼の背中を見送って父は深くため息をついた。
「優秀な男なのに。もったいないことだな」
「父上?」
「彼は家族を切り捨てた。国にとっては忠義でも、貴族はそう思わないだろう。家を存続させるには、きれいごとばかりではうまくいかないこともあるからな。評判が地に落ちたクレイン伯爵家と親戚関係になっても旨みはないし、後ろ暗いところのある貴族はイヴァーノとの婚約を避けるだろう。もう結婚はできないかもしれんな」
家族すら切り捨てる非情な男。父がダリアを切り捨てることができなかったばかりに彼は自分の手を汚すしかなかった。イヴァーノは一生孤独なまま、茨の道を歩むことになるだろう。暗い表情で呟いた父はラウルに厳しい視線を向けた。
「言っておくが、おまえに彼をかまう余裕はないぞ?」
「……っ、わかっております」
婚約が解消されたことでラウルは平民になることが決まってしまった。家を出て一人で暮らす準備をしなければならない。結局、ラウルは自分の未来を自分で決めることもできなくなってしまった。
そこからさらにうまくいかないことが重なった。将来的にはラウルが貴族でなくなると知った仲間の騎士達が明らかに彼を軽んじるようになったのだ。馴れ馴れしく触れてくる同僚の手や、ネチネチといたぶるような上司の嫌味。遠慮や配慮がないということは、本人が思っていたよりも深くラウルの神経を逆撫でした。こんな苦しい思いをしなければならないほど、私が何をしたというのだ!
そんな環境の変化に苛立つ彼の耳が応接室の会話を拾ったのは偶然だった。
「魔道具店ですか?」
「ああ、先日の夜会で貴族令嬢が面白おかしく噂するのを偶然小耳に挟んだ。なんでも、いらなくなった愛を買い取ってくれるという店があるらしい」
「なんですか、その怪しい店は!」
声と話し方から判断してクラウディオ王太子殿下と第一騎士団所属のアルセニオ・ジョルダン侯爵子息のようだ。アイツ、最近調子に乗っているよな。苛立った様子でラウルは眉を顰めた。
第一騎士団でも腕の立つアルセニオは王太子殿下の護衛を務めることが多く、元から目立つ存在だった。しかも彼は最近婚約者ができたそうで将来的には裕福な伯爵家に婿入りするらしい。相手の女性は彼の初恋の相手で、神が認めた恋人同士と評判だ。同じ騎士でありながらアルセニオは不幸な自分とは対極にいる。余計に腹立たしくて無意識のうちに聞き耳を立てていた。
「なんという店なのですか?」
「店の名前はわからないそうだ。ただスウォル通りにあって、荒屋と教会の間に建っているらしい」
「スウォル通りの、教会?」
「そうだ、何か知っているのか?」
「ジュリエッタの葬儀が行われた教会がスウォル通りにありました」
「それはまた、すごい偶然だな」
「なんでもその教会は愚弟の浮気現場を目撃したジュリエッタが道に迷ったとき、たまたま見つけたそうです。たいそう気に入っていたと話していたために葬儀を執り行う会場に選ばれたと聞いています」
「なるほど。もしかするとジュリエッタ嬢が何か知っているかもしれないな」
「聞いてきましょうか?」
「ああ、助かるよ」
ラウルは唇を噛んだ。婚約者まで使って自分の評価を上げたいのか。チェチーリアさえいれば、私だって!
「もし、店の存在が明らかになったら査察に入りますか?」
「そうだな。愛を買い取るという甘い言葉で誘い込んで若い貴族や平民から金を巻き上げるような悪質な店である可能性もあるからね。取り扱う商品が正規のものか、適正な価格かくらいは調べてもいいだろう」
「承知しました。部下に場所を特定するよう指示を出しておきます」
許可するという意味でうなずいたクラウディオは腕を組んだ。
「愛を買い取る、ね。想像もつかないが……愛を失うと人はどんなふうに変わるのだろう?」
「そうですね、わかりやすく相手に興味を失うとかでしょうか?」
「愛されていると思って油断していたら、突然愛していませんと捨てられるわけか。婚約者ができたばかりの男からすれば恐怖だろうなぁ」
「そんな恐ろしいこと考えたくもありません」
からかうようなクラウディオの台詞にアルセニオは顔色を悪くする。
……愛を買い取ることで相手に興味を失う?
ラウルは叫びそうになった口元を押さえた。チェチーリアの冷ややかな眼差し、感情を削ぎ落としたようなきれいな笑顔。あれだけ深く愛していたラウルに手のひらを返したようなそっけない態度をとった理由にも説明がつく。
そうか、チェチーリアはその怪しい店で愛を買い取ってもらったのだ。両親をけしかけてラウルの婚約者をダリアに変更させたのも、なるべく自分に瑕疵がない状況で高い身分の相手に乗り換えるため。チェチーリアは第二王子妃になるためラウルへの愛を捨てたのだ。
なんて計算高い女だ!
きっかけさえあれば、愛は容易く憎しみへと変わる。ラウルは歯噛みした。清廉と思われた彼女の裏の顔がこれほど醜いものだったとは。私を踏み台にして幸せになるなんて許せない。不当に奪われた我々の愛を取り戻さなくては!
そうすれば、全ては元どおりになる。
ラウルは歪んだ笑みを浮かべ、足早にその場を後にした。
チェチーリアのお話で、このあたりの結末を書かなかったのはここに繋げていくためでした。消化不良に感じていた皆様には大変お待たせいたしました!お楽しみいただけるとうれしいです。




