31話 番外編 キリリとの……
「ありゃ、2人とも寝ちゃったのか?」
ダンジョンに潜らない休日。
お昼を食べた後、オレ達は自室リビングで私的な茶会を開いていた。
テーブルを挟んだ向かい側に座ったアリスとレムが、午後の暖かな日差しに負けて気付けばソファーに横になって眠っていた。
アリスがレムを抱き枕のように抱きしめ眠る。
レムも嫌がる素振りを見せず、彼女に抱きつき目を閉じていた。
(アリスの髪の毛は銀色で、レムは黒。目鼻立ちも似ていないのに、こうして仲良く並んで眠る姿はまるで本物の母子のように見えるから面白いよな)
変な感心をしていると、お茶を入れ替えてきたキリリが部屋に戻ってくる。
すぐにソファーで眠るアリス達に気付き、溜息を一つ漏らす。
「まったく姫様は……。今日は日差しが暖かで気持ちが良いのは分かりますが、ソファーで寝るなんて行儀が悪い。レム様が今後マネするようになったらどうするつもりなのですか」
「まぁまぁ、今日ぐらいはいいじゃないか。この陽気だけじゃなくて、アリス達もダンジョンに潜って疲れが溜まっているんだよ。疲労を抜くためだし少しぐらい行儀が悪くてもいいじゃないか」
オレはフォローを口にしつつ、アイテムボックスから毛布を取り出し2人にかける。
ベッドに運ぶことも考えたが、途中で起こしてしまう可能性が高いため諦めて、毛布を選択した。
「もうっ、シュート様は色々甘すぎます」
「はははは……」
キリリの指摘に笑って誤魔化す。
前世の記憶が蘇ったせいもあり、この世界の基準と比較しても基本態度が甘い自覚はある。
だが現状、大きな問題が起きていないのだから、気にするほどではない。
(例え重大な問題が起きても『スキル創造』があれば大抵どうにかなるっていう心の余裕があるせいかな)
自己分析しながら毛布を掛け終えると、反対側ソファーに座り直す。
キリリも新たに淹れ直したお茶を置き、隣に座った。
「――考えてみると、キリリと2人っきりって珍しいな」
「私は従者で、姫様と基本一緒にいますからね。レム様が来てさらに賑やかになりましたから」
「ああ、確かに……。アリスとの付き合いは長いのか?」
「はい。私のスキル構成が姫様と相性が良かったので子供の頃から従者として取り立てて頂いたのです」
何気なく会話を振る。
キリリは両手でカップを支え、過去を懐かしむように目を細めた。
「初めて姫様とお会いした時は『こんな綺麗で美しい人がこの世に居るなんて』と驚き、そんな人の従者として取り立てられたことに、子供ながら舞い上がってしまいました。当時の姫様は見た目だけは、物語に出てくる理想のお姫様そのものでしたから」
途中から手にしているカップが小刻みに揺れ出す。
「そして実際に従者としてお仕えしたら、色々酷い目に遭いましたが。なんでかアイスバーグ帝国皇帝の三女なのにお茶会や綺麗なドレス、宝石などに興味を示さず、格闘技、剣術訓練などの戦闘技能ばかりに興味を示したんですよ。それならまだ理解の範疇なのですが……姫様はサバイバル訓練なども積極的におこなったんですよね。子供時代、姫様に付き合わされて蛇の頭を切り落として、皮を剥いで食べさせられたのはいいいいいい思いいいいい出ででででで」
「キリリ、落ち着け無理しなくていいから」
辛い過去を思い出し、彼女が静かに震えだす。
子供の頃からアリスに振り回されてきたんだろうな……。
オレはキリリに思わず同情してしまう。
彼女はカップをソーサーに戻すと、フォローを口にする。
「気遣ってくださってありがとうございます。とりあえず姫様には色々振り回されたり、苦労しましたが、良い思い出も多いので結果的には従者として取り立てて頂いてよかったです。シュート様と出会うことも出来ましたから」
「キリリ……」
「結果、一部姫様以上に厄介な出来事に色々巻き込まれもしましたが……」
「ごめん、本当にごめん」
彼女が胃の辺りを抑えて、儚い表情で笑みを浮かべる。
そんな薄命美人的な笑みを前にオレは思わず謝罪の言葉を口にしてしまう。
実際、アリス&キリリと出会って色々な厄介事に巻き込んでしまった。
剣聖しかり、準亜神や準亜神剣『クリムゾン・ブルート』、レム問題、尊厳解放など――挙げだしたら切りがない。
そんなオレの謝罪に彼女は可笑しそうに笑う。
先程までの今にも消え入りそうな酷薄な笑みではなく、悪戯が成功したような楽しげな笑い声だった。
「確かに色々厄介事や胃が痛くなる思いはしましたが一度だって恨んだ事も、後悔した事もありませんよ。だから、謝る必要などありません。それに――」
同じソファーに座るキリリが距離を縮めて、オレの肩に自身の頭を乗せる。
彼女には珍しく、オレに甘えてきた。
アリスとは違う匂いが鼻をくすぐり、体温、重さが右肩越しに存在感をアピールした。
普段はアリスの手前、ここまであからさまに女性として甘えてくることはない。なのに珍しく2人っきりのためか、キリリが甘えてきたのだ。
「シュート様が引きこもっていた私に言ってくれたじゃないですか? 『責任を取る』って。あの言葉が本当に嬉しくて……。他の人に言われても『馬鹿にするな』と怒りますが、シュート様だからこそ嬉しかったんです」
キリリの耳が赤い。
恥ずかしがっているのか、いつもより声の調子も高く、一部早口だったり、躓いたりしながら告げる。
「私は十分立場を弁えているので、たまに構ってもらえれば満足です。なのでシュート様は本命の方を大切にして頂ければと。私はたまに構ってもらえればいいので、本当ですよ?」
何度も同じフレーズを口にする。
本心で口にしているのだろうが、感情はまだ整理が付かない部分もあるのだろう。キリリはまだ14歳だ。完璧に感情をコントロールすることなど出来るはずがない。
オレは微苦笑を漏らしつつ、彼女の手を握る。
手のひら越しにキリリの体温が上がったのを感じ取った。
「大丈夫、例え本命が出来てもキリリを蔑ろにするつもりはないよ。オレは誰か1人じゃなくて、皆と幸せになりたいから」
「シュート様……」
彼女が顔を上げる。
前髪から覗く瞳は喜びの涙で潤み、頬は嬉しそうに赤く上気していた。
重ねた手もオレだけじゃなく、キリリの方から感情の高ぶりを訴えかけるようにギュッと強く握り返してくる。
午後の温かい日差しに照らされ輝く、アリスとはまた違った魅力を持つキリリとオレは暫し見つめ合う。
その見つめ合いも長くは続かなかった。
どちからは分からないが、互いに距離が縮む。
先にキリリが目を瞑り、長い睫を震わせ、唇を受け入れる態勢を作った。
そしてオレもさらに距離を縮め――。
「…………」
「「ッ!?」」
オレとキリリが同時に気配に気付く。
パッと離れ、テーブルを挟んだソファーに視線を向けると――いつのまにか目を覚ましていたアリスが頬を膨らませていた。
「ひ、姫様ッ。お、起きていたら声ぐらいかけてくださいよ。びっくりするじゃないですか」
キリリは小言を口にしつつ、オレから距離を取り手櫛で髪の毛を整え、衣服を直す。
別にやましいことはしていないはずなのに、オレ自身も気まずく何も言えない。
キリリの言葉にアリスが拗ねた口調で、
「……あんな良い雰囲気の2人を前に声をかけるなんて出来るはずない」
「き、気持ちは分かります。非常に分かりますが、今度からは声をかけてください――って姫様、そんなに拗ねないでくださいよ」
「……別に拗ねていないし」
「完全に拗ねているじゃないですかっ」
子供の頃からの付き合いのためキリリは表情変化に乏しいアリスの様子が手に取るように分かるようだ。
未だ眠るレムを前に声量を落とし、アリスとキリリはやりとりを交わす。
女性同士のやりとりに嘴を挟む勇気はない。
オレは黙って沈黙を選び、微苦笑を漏らす。
こうしてダンジョンへ入らない休日をオレ達は平和に過ごすことが出来たのだった。
スキルマスターを読んでくださってありがとうございます!
まずはキリリ編!
本編を書いていると、こういう各キャラクターの可愛いシーンを書くのが疎かになりますが、こうして書くと楽しいですね!
キリリも普段、胃痛&ツッコミ役のイメージですが、ちゃんと乙女乙女する落差が個人的には非常に可愛いと思っております。
皆様は如何でしたでしょうか?
次はアリス編になるので是非是非お楽しみに。
では最後に――【明鏡からのお願い】
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感想もお待ちしております。
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