第9話 声が聞こえる
「えっ……?」
目の前にいるアンデットの言葉に、ベルは困惑していた。
輝きの子というワードに心当たりなど無かった。
「申し遅れました。私はノーフと申します。さぁ、共に参りましょう。我が主がお持ちしております」
「主……?」
ノーフは外見に似合わぬ紳士的な態度で、ベルに手を差し伸べてきた。
ベルは何が言いたいのか、さっぱり理解できなかった。
しかし、一つだけ分かる事がある。
このノーフというアンデットは、ベルを狙ってここまで来たのだ。
「私が狙いなの……? どうして私を狙うの!?」
「理由は話す事は許されていないのです。安心をして下さい、輝きの子よ。貴方の命を奪おうとは思っていませんから」
ノーフはチラリと横にいるアンと子ども達を見た。
子ども達はアンを中心として、一つの塊のように寄り添い合っていた。
子ども達は恐怖で体を震わせており、アンも困惑した表情でベルとノーフを交互に見つめていた。
その様子を見ていたノーフは何か思いついたようにニヤリと笑う。
その表情はイタズラを思いついた子どもの様だ。
「私もあまり手荒な真似はしたくないのですが……」
ノーフは左手を差し出す。
左手にできた傷口から黒い血が流れだし、ポタポタと床に溢れる。
黒い血に濡れた床は、パンパンと小気味よく爆ぜた。
ノーフは差し出した左手をアンと子ども達に向ける。
「私の血は爆発性がありましてね……。こういうに触れた物体は爆発してしまうのです。もし私と共に来ないというのならば、この血をあの方々に浴びせなければなりませんねぇ」
子ども達から悲鳴があがり、体を縮こませる。
ベルは心臓の鼓動がドクンドクンと早くなっていくのを感じた。
ノーフはベルの命は奪わないと言ったが、その言葉が本当であるか確証がない。
かといって、このまま応じなければみんなが殺されてしまう。
ベルは顔をあげ、覚悟を決めてノーフに近づく。
「わかった。どんな目的があるのか知らないけど、ついていくよ。だから……、みんなには手を出さないで!」
ベルの言葉を遮るように、アンが叫ぶ。
「ダメよ! ついていったら、 殺されるに決まっているわ」
「おっと、黙っててくださいね。余計なことをするなら永遠に喋れなくなりますよ」
ノーフの左手に黒い血が球状に集まっていく。
その様子を見たベルは必死に叫ぶ。
「やめて! 言うことを聞くから、みんなには手を出さないで!」
ノーフは血を集めるのをやめ、ベルを見下ろしながら、ニヤリと口角をあげる。
「それでは参りましょう。輝きの子よ」
ノーフはごつごつとした傷だらけの手を差し出す。
ベルはその手は取ろうとして躊躇した。
いつのまにか体が震えていた。
自分はどうなってしまうのだろうか。
なぜ自分を狙うのか、自分をどうする気なのかが全く分からないのが怖かった。
恐怖で瞼に自然と涙が溢れてきた。
(アニー、詩朗、助けて……)
ベルは心の中で呼ぶ。
自分と初めて親友になってくれた少女と、自分を守ってくれた少年の名を。
もうダメかと思ったその時。
空気を切り裂いて何かがノーフのこめかみに命中した。
「な、にっ……!」
命中した何かは瞬く間に膨張し、粘着性のある泥となってノーフの視界を防いだ。
突然の事にたじろぐノーフ。
目を塞いでる泥を取ろうと頭へと手を伸ばすも、次々と攻撃が命中していく。
頭、手、腕が泥で包まれていき、ノーフの体を拘束していく。
「ベルッ!」
ノーフを攻撃した者がベルの名を呼ぶ。
ベルはその声と姿を見た瞬間、心の底から安堵した。
「アニー!」
ベルが親友の名を呼んだ。
アニーはそれに応じるかのようにうなづく。彼女の持つディペラートの粘着弾が、ノーフの動きを封じたのだ。
「みなさん、伏せて下さい! ファイアボール!」
アニーの背後から別の女性の声が聞こえた。
眼鏡をかけた金髪の少女────クレティアだ。
次の瞬間に握り拳ほどの火球がゴウと音を立て、アンと子ども達の頭上を通り過ぎてノーフに命中した。
「ぐぅうぅ……!」
ノーフは体が炎に包まれ、苦悶の声を上げる。
ノーフが苦しんでる隙に、アニーは素早くベルに駆け寄る。
ベルはよほど怖かったのか、目元が真っ赤になっていた。
「ベル! 大丈夫!?、怪我はない?」
「アニー……。良かった、来てくれたんだね。私は無事だよ」
ベルは弱々しくも微笑む。
「アニー、クレティア! 今の内に子ども達を連れて逃げるぞ!」
アニーの背後からサリーの声が響く。
サリーとクレティアはもう既に、アンと子ども達を下の階へと避難させ始めていた。
「ベル、私たちも今のうちに逃げよう」
「うん」
アニーはベルの手をひいて、サリー達の元へと駆け寄ろうとする。
しかし。
「させませんよ」
冷酷な声とともにノーフの体を包んでいた炎が爆発により弾け飛んだ。
その衝撃によりアニーとベルは、サリー達がいる位置とは逆の方向に吹き飛ばされた。
衝撃で二人とも悲鳴をあげる。
「きゃっ!」
「この私に歯向かうとはただでは済みませんよ……」
ノーフは自らの黒い血を全身に巡らせ、爆風で自身を拘束していた泥と炎を弾き飛ばしたのだ。
ノーフは爆煙をまといながら、ベルとアニーに近づく。
サリー達とベル達の間にノーフが割り込み、分断する形になってしまった。
助かったと思いきや、再びピンチになってしまった。
ベルがアニーの腕にしがみつく。
しがみついたベルが震えているのが、肌で感じとれた。
「行かせねぇ、ロックシュート!」
「ファイアボール!」
サリーとクレティアがそれぞれ呪文を叫ぶ。
サリーは土属性の人ひとり分の大きさの岩塊を、クレティアは火属性の拳大の火球をノーフ目掛けて放つ。
「目障りですねぇ……。ブラッディスフィア」
対するノーフは左手で発生させた黒い血の球を、迫りくる岩塊と火球へと放り投げ相殺させる。
ぶつかる瞬間、けたたましい爆音と衝撃が広がり、ノーフ以外の全員が目をつむる。
ノーフは全く動じずに、ため息混じりに吐き捨てる。
「私も忙しいのでね、あなた達を相手にしてる暇はないのですよ」
「くそ、あいつ微動だにしてねぇ! 」
「あぁ、つまらない。こんなつまらない事しに来たのでは無いのです。あなた方の相手はこいつらにやってもらいましょう」
ノーフの体のあちこちに傷口が走る。
その傷口からいくつもの手や足、頭が這い出てきた。
「何ですか、あれは……。気持ち悪い」
クレティアは正直な気持ちを口にした。
確かに目の前で広がる光景は不気味きわまりない。
サリーは努めて冷静に答える。
「別段、驚く事じゃないさ。セカンド級のアンデットは体内に配下となるファースト級のアンデットを潜ませている事があるんだ。よくセカンドがファーストの群れを引き連れているのは、それが理由さ」
サリーの説明の通り、ノーフから這い出てきた手や足の正体は、ファースト級のアンデットだった。
多数のファースト達が狭い廊下にひしめきあい、今にもサリーとクレティアに襲いかかろうとしている。
その数、16体。
「あなた達の相手はそいつらにしてもらいます。 私はやるべき事をやることにしましょう」
ノーフがくるりとベル達の方へと振り返った。
サリーが叫ぶ。
「アニー! その子を連れて逃げるんだ。 こいつらは俺たちで何とかする!」
加勢に入りたいところだが、今はベルを守る事が先決だ。
アニーはベルの手を取る。
「分かりました! ベル、逃げるわよ。反対側にも下に降りられる階段があったよね」
ベルがこくんと、うなづく。
「じゃあ、走るよ!」
アニーはベルの手をひいて、全力で駆けだした。
それを見て、ノーフもアニー達を追いかけた。
アニーはベルの手をギュッと握りしめた。
(この子は私が守らなければ────)
その固い決意を込めて。
目の前に男がいた。
男の姿は影がかかっていて、よく見えない。
男は何か呟くと、漆黒の鎧を纏った魔人へと
その姿を変えた。
何度もこんな夢を見ているな、と有木詩朗はため息をついた。
男はいくつもの影と戦っていた。
男は無駄なくまるで機械のように、影を処理していく。
男はその腕を鎖へと変え、影を縛りあげる。
男はその手から円形の刃を発生させ、敵を切り裂く。
男は迷うことなく影を蹴散らしていく。
まるで、詩朗に自身の戦いぶりを見せつけるように。
やがて、全ての影を倒した男はこちらへと振り返る。
つり上がった赤い双眸が詩朗を見つめていた。
「教えてくれ」
詩朗が、男に疑問をぶつける。
「あんたは一体何者なんだ? 俺をこの世界連れてきたのは、あんたなのか?」
男は何も答えない。
「俺に何をさせたいんだ。俺は────、どうしたらいいんだ!?」
詩朗の問いを遮るように男の姿が水面のようにぼやけて、消えた。
答える者は誰もいなかった。
どれくらい時間がたったのだろうか。
詩朗は夢から覚めると、外から何やら騒がしい声や音が聞こえてきた。
「何があったんだ……?」
詩朗の疑問に答えるように、向かいの牢屋から声が聞こえてきた。
「何かが街に侵入してきたのかもな。……それこそ、アンデットとかな」
「カウロス」
声のした方に視線を向けると、カウロスが壁に持たれかかっていた。
目の下にはクマができており眠そうだ。
「ア、アンデットって、そんな。警備とかってどうなっているの?」
「この街は周りを城壁で囲まれている。さらに衛兵も見張りでいるが……、強力なアンデットが攻めてきたら、それも無意味だろうな」
どこか他人事のように話すカウロス。
その目には覇気がなく、視線も定まっていなかった。
ベルやアニーの事がすぐ頭に浮かんだ。
まだ出会ってまもないが、この世界に来て初めて親しくなったから心配するのは当然の事だ。
その時、詩朗の頭の中に声が響いた。
(助けて────)
「え?」
突然の事に顔をあげ、困惑する詩朗。
声はなおも続く。
(助けて。詩朗、助けて!)
「ベル!?」
間違いない、ベルの声だ。
なぜベルの声が聞こえるのかは分からないが、助けを求めているのは間違いない。
先程カウロスが推測していたとおりにアンデットが侵入してきて、ベルが襲われているのかもしれない。
「どうしたんだ、お前。急に大声をだして」
カウロスが怪訝な表情で詩朗を見つめる。
「声が、声が聞こえたんだ! ベルの声が」
「……可哀想に。牢屋に入れられたストレスで幻聴が聞こえ始めたか」
「違うよ! 本当に聞こえるんだってば!」
カウロスからすると確かに詩朗は危ない奴に見えるかもしれない。
だが、詩朗には幻聴だとはとても思えなかった。
「ベルってのは、さっき小窓によじ登っていた女の子か」
「そうだよ! 助けなきゃ!」
「助ける? ふっ、牢屋に閉じ込められているお前に何ができる?」
「何で、そんな他人事みたいなんだ。街がアンデットに襲撃されているかもしれないんだろ? さっきベルから話を聞いたけど、アニーが────、妹が心配じゃないのか」
詩朗の言葉にカウロスは俯きながら、呟く。
「心配したって何の足しにもならない。……今の俺にできる事なんて、何もない。お前だってそうだろ」
本当にそうだろうか?
ベルの声が聞こえるのに。
ベルが助けを求めているのに。
自分には何もできないのか?
(握手。友好の証として、感謝の表しとして。友達になってほしいんだ)
(俺が? 分かった。ベルが望むなら)
詩朗は自身の右手を見つめ、先程のベルとのやり取りを思い出す。
(ふふっ、これで私と友達だねっ)
(あぁ……、そうだね)
あの時感じた温もりを蘇り、右手を固く握りしめる。
彼女は友達だと言ってくれた。
ならば、助けに行くのが筋じゃないのか。
詩朗は思い出す。
夢の中の男が呟いた言葉を。
今まで分からなかったのは、きっと決意が足りなかったから。
「……わかった気がする」
詩朗は立ち上がり、顔をあげる。
その表情には確かな決意が宿っていた。
「俺のやるべき事が……。俺のしたい事が」
その時、詩朗の胸の中から黒い水晶のようなものが飛び出した。
詩朗はそれを右手でキャッチする。
今まで詩朗にあった迷いが霧のように晴れた瞬間であった。
そして、ある言葉を叫びながら、水晶を胸に突き刺す。
「魔装瞬着!」
瞬間、赤黒い光が詩朗を包みこみ、牢屋の檻を弾き飛ばした。
「な、何だ!?」
突然の事に、今まで無表情だったカウロスもさすがに驚いた。
光が収束すると、そこには────。
全身を包む漆黒の鎧。
刺々しい装飾。
悪魔のごときつり上がった赤い双眸。
そして、胸元に黒い水晶をはめ込んだ魔人がそこにいた。
「お前、その姿は」
「案内してほしい」
「は?」
「案内してほしいんだ。カウロス。ベルは孤児院に戻るって言ってた。きっと、そこにいるんだ。でも、俺はここの街の事よく知らないから……。だから、案内してほしいんだ」
「何を言っているんだ。俺は罪を犯して、ここにいるんだ。できる事なんて────」
「今出すから!」
詩朗はカウロスの牢屋に近づき、檻を両手で掴む。
すると、檻は粘土できているかのように簡単にひしゃげた。
それを勢いよく剥がした。
これで、何もできない理由はなくなった。
「お、お前! 脱獄なんてしたら!」」
暴れるカウロスの言葉を無視して、カウロスを無理やり背中におんぶする。
「おい、やめろ。この歳で、この格好は……」
「そんな事言ってる場合じゃないでしょ! しっかり掴まってて!」
詩朗はカウロスを抱えたまま通路に通じる扉へとダッシュし、その勢いで扉を蹴飛ばす。
強固な扉はあっけなく破れ、詩朗とカウロスは通路へととびだした。
こんな大胆な事ができるなんて、詩朗自身も信じられなかった。
全身に漲る力のせいだろうか。
まずは外に出るため刑務所内を疾走する。
途中、看守らしき人達ともすれ違ったが、無視して先に進む。
そうしているうちに外に出られた。
次に孤児院を見つけるため見晴らしのよい建物を探す。
詩朗は周囲にある建物から、一番高そうな建物に向かってジャンプした。
ひとっ飛びで建物の屋上へと踊り出る。
詩朗はそこから街を見下ろす。
「ここがリンボシティ……」
洋風の街並みを取り囲むように城壁があった。
そして、その城壁から煙が上がっていた。
「カウロス、孤児院ってどこにあるんだ?」
「こ、この街には、孤児院は一つしかない。見ろ、あそこだ」
カウロスが指さした方向に暖かな紅茶色の建物があった。
そして、そこからは煙が上がっていた。
何かあったのかは明白だ。
「場所は教えた。なぁ、もう俺を降ろし」
「よし、行くぞ!」
「聞けよ、人の話! うおっ!? 急に走り出すなっ……!」
こうして魔人とそれに背負われた銀髪の少年は夜の街を駆けだした。




