第14話 少女は語りだす
(うわぁ……。女の子の家に来るのって初めてだな……)
アニーの屋敷に招かれた詩朗は同年代の女の子にこうして誘われた事がなかった為、変に意識していた。
その為目の前に紅茶が差し出されたのにろくに手をつけられていなかった。
「あら、どうしたの? 飲まないの」
白を基調とした部屋着に着替えたアニーが不思議そうに尋ねる。
ツーサイドに束ねていた髪は下ろしてあり昼間の活発なイメージと違って、お淑やかな印象を受けた。
「あぁ、ごめん。ちょっと緊張しちゃって」
飲まないのは失礼だと感じ、紅茶に口をつける。
すっきりとした味わいが喉を潤した。
「そういえば、ベルは?」
「シャワーを浴びてもう寝ちゃったわ。あぁ、そうだ。はい、着替え。ここにおいておくわね」
「至せり尽せりで、なんだか悪いな」
「当然よ。だってあなたは命の恩人なんだから。ふふ、なんだかこうして自分の家で誰かとお喋りするなんて久しぶり」
アニーは楽しそうに笑っているが、詩朗は気になっている事があった。
「自分の家で誰かとお喋りするなんて久しぶり」と言っていたが、アニーは一人で暮らしているのだろうか。
気になると言えばカウロスの事もだ、彼はどうして捕まったのか。
ベルからは少し話を聞いたが、詳しい事情はよく分かっていないままだ。
詩朗は恐る恐る聞いてみる事にした。
「あの気を悪くしたらごめん。ここにはアニーだけで暮らしているの? あとはカウロス、アニーのお兄さんがどうして捕まっているのかも知りたいのだけれど 」
「……そうね、話さないといけないわね。ちょっと長くなるけど、構わないかしら?」
詩朗はこくりと頷いた。
アニーは小さく「ありがとう」と呟いて、語り始めた。
「私の一族はね、代々銀を操る特殊な魔法を使える家系なの。あなたも聞いた事があると思うけど、特殊魔力者って奴ね」
牢屋にいた時にクレティアが話していたなぁと、ぼんやりと思い出す。
「私の父は有名な戦士だった。昔ワラキアが一つの国になる前に、それぞれの地方で争いがあった時に活躍していたと言われているわ。そして、私の兄さんも将来有望な戦士だった。騎士団でもトップレベルの実力を持っていたのよ。」
そんな風に誇らしげに家族の事を語る彼女は、どこか哀しそうに見えた。
「でも、私は二人のようにはなれなかった。私には魔力がなかったから……。普通の魔法すら使えなかったの。そのおかげで小さい頃はよくいじめられたわ」
「それは……、ひどいな」
どこの世界でも、こういうものがあるのかと嫌な気分になる。
「でも辛かったけど、私はそれでも良かった。兄さんや母さんが優しくしてくれたから。私の父はあまり私の事が好きではなかったみたいだけど……」
「それで、アニーのお兄さんはどうして捕まったの?」
「私の兄さんは密かに魔力を人に与える方法を調べていたみたいなの。自分の体を使って人体実験してまで。……そのせいで捕まったのよ。魔力なんてなくても、兄さんと母さんがいればそれで良かったのに、莫迦な人」
アニーはひと呼吸おいて再び語り始めたが、その声には悲しみが入り混じっていた。
彼女は泣いていた。
「そして、その頃にアンデッドと魔人がこの世界を侵略し始めた。私の父は戦士として他の地方に派遣されて、母さんはアンデッドに……、殺された。そんな時に兄さんは側にはいなかったの。莫迦な事して捕まったせいで」
彼女は瞳から大粒の涙が流しながら、膝の上においた手をぎゅっと握りしめていた。
思い出すだけでもつらいのだろう。
その様子を見るだけで詩朗はいたたまれない気持ちになり、アニーをなだめる。
「ごめん、アニー。もういいよ、もう話さなくていいから」
「ううん、話させて。こうして誰かに聞いてもらいたかったの。そんな事があって辛かったけど……、それでも私が今までやってこれたのはベルのおかげね。あの子は私が無魔力者でも関係なく慕ってくれたから。あの子にはすごく感謝している」
それを聞いて、ベルとアニーが仲が良いのも納得した。
お互いに相手の事を思いやれるなんてすごくいい関係だなと感じると共に、 自分にもそんな関係を築きたかったと少し羨ましく思う。
アニーは机に置いてあったディペラートを取り出し、詩朗に見せた。
「これは、母さんの形見なの。母さんは魔道具の開発者で、私に護身用にってディペラートを持たせてくれたの」
「そうだったんだ」
「うん。それで、私決めたの。自分にできる限りでベルを、ベルがいるこの街を護ろうって。 それが私のやれる事だと信じて。そのために騎士団に入ったの」
「そっか。そんな理由があったなんて」
自分と変わらないくらいの子が今の地位に着くまで、相当な苦労があったはずだ。
それは詩朗が想像しているよりも、ずっと苦しい事で。
「ごめんなさい。あなたにこんな話をしてしまって」
「……別に謝る事なんてないよ」
話もひと段落ついたところで、部屋のドアをノックする音が響いた。
ドアを開けて部屋に入ってきたのは、酷く蒼ざめた顔をしたベルだった。
「どうしたの? 具合が悪いの?」
アニーが心配すると、ベルは「ううん」と首を横にふった。
「何かが……、街に入り込んでいる感じがするの。あの時と、あのアンデッドが街に襲ってきた時と同じ様に、胸がざわつくの」
「あのアンデッドって……、ノーフの事?」
アニーが質問すると、ベルはこくりと頷いた。
それを聞いたアニーは、顎に手を置いて考え事をしている。
「そう言えば、あのノーフってアンデッド……、ベルの事を『輝きの子』って呼んで狙っていたのよね」
「何だそれ? どういう意味なんだろう」
詩朗は聞いてみるも、二人とも分からないらしい。
ベルに関しては不思議に思う事がある。
ノーフが街を襲ってきた時、何故ベルの助けを求める声が聞こえたのか今だにわかっていない。
「きっとアンデッドが、また街を襲おうとしているんだよ。このままだと、また大変なことになっちゃう。今も感じるの」
「ベル、それって場所って分かったりしない?」
「分かるよ、アニー。あたし案内する」
「わかった。ベルが感じるって場所に行きましょう」
「俺も行くよ」
詩朗は壁に掛けていた紺色のパーカーを羽織る。
「私、ちょっと着替えてくるわ。さすがにこの姿で外に出るわけには行かないし。ちょっと待ってて」
アニーは着替るために別室へと移動した後、ベルが唐突に話しかけてきた。
「詩朗、怖くない……?」
「へ? 何が?」
「アンデッドと戦う事」
「あー、めちゃくちゃ怖いよ。あいつらやたらグロい造形してるし、俺は喧嘩慣れしてるわけじゃないから、どう戦ったらいいか分かんないし、でも……」
詩朗は胸に手を当て、ひと呼吸おいてから、
「でも、アンデッド達や魔人と戦うことが、俺がこの世界でやるべき事なんだと思う。きっと魔人に変身できるようになったのも、そういう事なのかなって」
「やるべき事……」
ベルは詩朗の言葉を受けて、どうやら深く考え込んでいるようだった。
「待たせたわね」
アニーが動きやすいゴシックな服に着替えて戻ってきた。
机の上においてあったディペラートを腰のホルスターにしまい、彼女は言った。
「さて、行きましょうか────、アンデッド探しに」
その姿は先程まで泣いていた少女の面影はなく、覚悟を決めた戦士のものだった。
「ベル、この辺かしら?」
「うん、この方角から気配がしたんだけど……、今は何も感じないの」
詩朗達はベルがアンデッドの気配を感じたという城壁の近くまで来ていた。
ベルは何者が街に侵入してきたと言っていたが、頭上にそびえる城壁には誰かが入ってきた痕跡はなかった。
街も不気味なほどに静かだ。
先ほどから、アンデッドが潜んでいないか探しているが、そのような気配もない。
ベルが申し訳なさそうに呟く。
「本当に感じたんだけど……、私の気のせいなのかな?」
「別に疑っていないわ。あおノーフとか言うアンデッドはベルの事を『輝きの子』って呼んでいたわ。そのアンデッドを感じる力と何か関係があるはず」
「でも、何だろうな。『輝きの子』って」
「うーん、全く見当もつかないわね……」
三人が話ながら探索を続けていた時、
「待って」
ベルが立ち止まり、目の前の地面を指差した。
「あそこに何かいる」
ベルはそう訴えるも、見たところ何の変哲もない地面だ。
「変わった所はなさそうだけどな……」
「試してみましょ」
アニーはディペラートを構え、ベルが指差した場所へ弾丸を撃ち放つ。
「ぐぎゃああああ!!!!」
弾丸が当たった場所から野太い悲鳴が上がり、地面がまるで水の様に波打つ。
そして、水面のようになった地面から皮膚のない痩せた狼のようなアンデッドが姿を現した。
「こいつ、セカンド級だわ!」
「ベル、下がってて!」
アニーと詩朗がベルを守ろうと立ち塞がり、ベルも二人の影に隠れた。
攻撃を受けたアンデッドが唸り声をあげる。
「いっでぇええ……。何故、おれの居場所が……」
アンデッドは言い終わらないうちに、ベルを見つけると口を大きく開いてにやけた。
「なるほどぉ、『輝きの子』か。 こりゃ探す手間が省けたぜ!」
この言葉で確信した、このアンデッドはベルを狙ってこの街に侵入したのだ。
「詩朗!」
アニーが詩朗の目を見て、呼びかけた。
その眼差しを受けて詩朗は頷く。
────やるべき事は分かっている。
詩朗が決意すると共に、詩朗の体内から黒い水晶が飛び出し、それを掴んで叫ぶ。
「魔装瞬着!」
叫びと共に水晶を胸に突き刺すと、赤黒いオーラが詩朗を包んだ。
やがてオーラが弾け飛び、夜よりも黒い鎧を纏った魔人────、ヴァニキスが姿を現した。