第13話 リンボシティ探索
「えー、コホン。詩朗殿、お待ちかねの検査結果が出ましたぞ。えー、何々、『貴方の健康状態はすこぶる良好でした。これからも健康状態を維持できるよう努めてください』っと、良かったですな! 詩朗殿、評価オール5ですぞ! 」
「いや、何の評価? 成績表じゃないんだから」
検査が終わって2日後、詩朗は牢屋に戻っていた。
今日の身体検査の結果次第では、ここから出られる手筈になっていた。
それでジェルマンが検査結果を伝えに、牢屋に来ているというわけだ。
詩朗がジェルマンと話していると、鉄格子の向こう側からぼそりと声が聞こえてきた。
「……誰かいるのか」
「あっ、カウロス。起きたんだ」
鉄格子の向こう側に視線を向けると、カウロスが相変わらず眠そうにこちらを見つめていた。
ノーフを倒した後、カウロスはおとなしく 牢屋に戻ったそうだ。
再び同じ牢屋に入れられるとは思わなかったが。
「頭痛は治ったの?」
「多少はマシになったが、少し痛みはあるな」
カウロスは調子の良くない顔で呟いた。
結局カウロスとは頭痛で常に寝てばかりいるせいで、あまり話ができていないでいた。
「あぁ、そう言えば今日出る検査の結果次第だけど、ここから出られるかもしれないんだ」
「……そうか。俺には関係ない事だ」
低いテンションのまま事務的に答えるカウロス。
「あっ、そうだ。まだちゃんとお礼言っていなかった」
「お礼?」
「お礼とは何ですかな?」
カウロスは目を見開いてキョトンとする
「あの時は案内してくれてありがとう。あと無理に連れ出してごめん」
「いや……、わざわざ改まって言われるほどの事はしていない」
「礼儀正しいですなー、詩朗殿」
カウロスはお礼を言われたのが、そんなに意外だったのか困惑しているようだった。
少し考えた後、口を開いた。
「……そんな事を気にするなんて、お前は少し変わっているな」
「はは、確かに魔人になれるくらいですからな。ちょっとどころでは済まないですぞ」
「……あと、さっきから気になっていたが、会話に入ってくるこいつは何だ。なんだこの不審者!?」
普段眠そうにしているカウロスが、珍しく慌てた様子で目の前のトカゲ男を指さした。
指さされた不審なトカゲ男は、
左を見て。
右を見て。
「はて、 不審者とは一体……?」
ジェルマンはまるでさっぱり分かりませんと言いたげに、両手を広げた。
その様子に思わず、カウロスもツッコむ。
「どう見ても貴様しかいないだろ!」
「何ですと! この紳士たる我輩の何処に不審な要素が」
「貴様の頭に被っているものを見てみろ! おい、詩朗。何で普通にこんな奴と話しているんだ」
「いや、検査中もずっとこんな感じだから、もう慣れちゃって……」
実際、身体検査の時もこんなテンションなので、変に絡むと疲れるだけなので、スルーしてた方がいいと気づいたのだ。
「ジェルマン。それより、身体検査の結果はどうだったの?」
「先程話した通りですぞ。健康状態は良好で、身体に何も異常はありませんぞ」
「何もないって、そんな。納得できないよ」
「詩朗殿の気持ちも分かりますぞ。急に自分の肉体が変化できるようになったのは、何か原因があるはずだと。しかし、何度調べても、分からなかった。我輩の力不足ばかりに、申し訳ない」
先程のテンションとは打って変わって、深々と頭を下げるジェルマン。
それを見て、なんだか申し訳なくなる。
「頭をあげてよ、ジェルマン。分からなかったなら、仕方ないよ」
そう言いつつも、詩朗は釈然としない気持ちを抱えていた。
魔人に変身できるようになった秘密が分かれば、何故この世界に来たのか分かるかもしれないと期待していただけに、内心かなり落胆していた。
「それじゃ、ここから出られないの?」
「それに関しては大丈夫ですぞ。身体には感染症、持病などの問題は見られなかったですからな。もう外には出ていいですぞ。我輩がお連れしましょう」
「え、本当に」
外に出られると聞いて、落ち込んでいた気持ちが反転して、嬉しい気持ちに変わる。
ジェルマンは鉄格子の鍵を開け、詩朗を通路へと連れ出す。
詩朗は通路へと出る瞬間にちらりとカウロスの方を向いた。
カウロスの人柄を全て知ったわけではないが
彼の事は悪い人ではない気がしていた。
短い間だったが、挨拶ぐらいするべきだ。
「これでお別れみたいだ、カウロス。」
「……ふん、罪人に別れの挨拶などいらない。気にせず、行け」
詩朗は頷くと、牢屋の扉を閉めた。
ジェルマンに連れられて、外へ出ると眩しい陽射しが目に入ってきた。
その眩しさに思わず、目が眩む。
「おぉ。 やっと来たか。待ちくたびれたぜ」
目が慣れてくると、そこには赤いバンダナを巻いたサリーが気さくに話しかけてきた。
その隣には、日の光を反射して輝く銀髪をツーサイドにしたアニーがいた。
そして、そのすぐそばには────。
「詩朗!」
「うわっ!」
ベルが、詩朗に抱きついて来た。
かなりスピードで抱きつかれたので、思わずよろめく。
「詩朗、会いたかった! ずっとお礼が言いたくて……、私も、アニーも、みんなを助けてくれてありがとうっ!」
「なんだ、何も泣く事はないだろ」
ベルの顔は涙でぐしゃぐしゃに濡れていた。
ベルの頭を優しく撫でる。
そんな二人の様子を見て、アニーが微笑む。
「この子、ずっとあなたに会いたがってたのよ」
「そっか……」
こうやって喜ばれるなんて、思いもしなかった。
あの時自分がした事は間違っていなかった。
「アニー、まずは街の案内でもしてやってくれ。俺とジェルマンはこれから会議がある。」
「了解しました。団長」
「ああ、任せたぜ。今日はここでお別れだ。またそのうち会えるだろう」
「分かりました。あの、ありがとうございます。いろいろと掛け合ってくれたみたいで」
「当然の事をしたまでさ。アニー、後はよろしく頼むぜ」
「了解しました。 団長」
ベルが詩朗の手をぐいぐいと引っ張る。
「詩朗、 早く行こう! 私が案内してあげるっ」
「おぉ。そんな引っ張らんでも────。サリーさん、ジェルマンまた今度会いましょう!」
「では失礼します。 って、ちょっと待って二人とも!」
詩朗はベルに引っ張られながら、サリーとジェルマンマンに別れを告げた。
やがて詩朗達の姿が見えなくなったのを確認すると、サリーは話を切り出した。
「ジェルマン、話したい事がある」
「ええ、構いませんとも」
「一週間後、『異獄の森』に突入する事が決定した。目的は憤怒の魔人ユニコールの討伐と
『異獄の森』の中心部にある〈イブツ〉の破壊だ」
ジェルマンがサリーの方に振り向く。
鉄仮面に遮られ、その表情を伺う事は出来ないが、おそらく驚いているのだろう。
「それまた急な話ですな。すると当然、詩朗殿を戦わせるのですな。憤怒の魔人と」
「……そうなるな。本当はこんな事をさせてたくねぇんだけどな。俺達の都合に付き合わせているだけだ」
サリーは苦虫を潰したような顔で呟いた。
「 最近、アンデッドが頻繁に出現するようにになってきている。恐らく〈イブツ〉が活発になってきたからだろう。────奴らが本格的に動き出す前に、こっちから潰しに行く。激しい戦いになる。お前も『異獄の森』に行く事になるはずだ。覚悟しておいてくれ」
「はっ。必要とあれば、我が身いくらでも捧げましょう」
トカゲ頭の紳士は深く頭を垂れた。
サリー達と別れた後、アニーとベルの案内で街を見て回る事になった。
まずは人の多い大通りを見て回る事にした。
ノーフが襲ってきたあの日は、夜だった事もありあまり街の風景をみれなかったが、建物が温かみのある赤茶色をしており、さらに店の看板や人々の交流が盛んな事もあって賑やかな印象を受けた。
大通りには商店が立ち並び、街の住民達は買い物を楽しんでいた。
その中で詩朗は一つの事に気づいた。
「どうして看板の文字が読めるんだろう……? 初めて見る文字なのに」
街の看板には見た事もない文字が並んでいたが、詩朗はまるで初めから知っていたかのようにスラスラと読む事ができた。
今更ながら、アニーやベルとも言葉が通じるのも変な話だ。
どんなに人種が近くても、言葉くらいは違うものだろうに。
これも魔人の力のおかげだろうか?
仮にそうだったとして、そのおかげでこうして交流が出来ているのでありがたい話ではあるのだが。
とりあえず、気にするは後回しにして、今は観光を楽しもう、そう思った詩朗の横を奇妙な馬車が通り過ぎた。
それは一見すると、一般的な馬車の構造をしているが、馬車を引いているのが馬ではなく金属製の四足歩行歩行のロボットのようなものになっている事だ。
詩朗は奇妙な馬車を指差して、隣にいるアニーに問いかける。
「アニー、あれは何なの?」
「あぁ、アレはライドゴーレムって言うのよ。ゴーレムってのは魔力によって動く人形の事よ」
「へぇ……。そうなんだ」
「詩朗がいた所は、こういうのなかったの?」
ベルが興味津々に問いかける。
「まぁね。俺がいた所はああいう魔法の類いはなかったな」
「魔法が無い世界なんて信じられないけど、本当にあるのね……」
その後も街を散策する一行に一際大きい建物が目に入った。
その建物には、6枚の羽を形どったシンボルが
掲げられていた。
興味が湧いて、アニーに質問してみる。
「アニーはアレは何?」
「アレはベルーア教の教会よ」
「ベルーア教?」
「そう。大昔にこの世界に災厄が起きて、大地が荒れ果てた時に別の世界から舞い降りて、災厄を追い払い、荒れ果てた大地を浄化したと言われる女神の事よ。それ以来人々から信仰されているのよ」
「6枚の羽のシンボルは?」
「女神を模したものよ。女神は6枚の羽を纏っていた存在だと言われているわ」
「へぇ。女神か」
そう言えば、ラスティーユも「女神の加護があることを祈るよ」みたいな事を言っていたなとぼんやりと思い出す。
そのまま教会の前を通り過ぎようとすると、ベルが何か思い出したようにアニーに声をかけた
「アニー……。ちょっと行きたい所があるの」
「……えぇ。分かったわ」
アニーも何か察したようで、詩朗に「ちょっと付き合ってもらえる?」と尋ねてきた。
特段他に行くところもないので、そのまま二人に付いていく事にした。
そのまま二人について行くと、教会の横にある墓地へと辿りついた。
ここまで来ると、ベルの目的が察する事ができた。
そう────、ここは詩朗が初めてこの世界に来た日に、死んでしまったベルの友達が眠っているのだ。
ベルは墓の前に来ると、瞼を閉じて静かに手を合わせた。
その瞼にはうっすらと涙が滲んでいた。
「つい昨日、葬儀が終わったばかりなの。本当はすぐにでも行うつもりだったけど、ノーフとかいうアンデッドが街を襲ってきたのもあって、葬儀が遅くなってしまったから」
詩朗の隣にいたアニーが語りかけた。
紅色の瞳は憂いの色をおびていた。
「ここはベルの友達だけじゃなく、今までアンデッドに殺された人々が眠っているの」
「殺されたって……。ここにある、お墓全部が!?」
アニーは黙って頷く。
詩朗は墓地をもう一度見渡す。
墓はかなりの数があり、敷地いっぱいに嫌になるくらいびっしりと並んでいる。
墓石の数は百くらいでは収まらなそうだ。
詩朗は唖然とする。
「これだけの被害があったなんて……」
「この街みたいにまともに暮らしていけるだけ、多分マシな方だと思う。けど……それももう限界かもしれない。他の地方はアンデッドと魔人が現れてから、行き来が難しくなっているし、状況が分からない」
「どういう意味?」
言葉の意味が理解できず、首をかしげた。
アニーは詩朗の瞳を真っ直ぐ見つめて、言い放った。
「リンボシティから北の方角にね、憤怒の魔人ユニコールが支配する森があるの。私たちはそこを『異獄の森』と呼んでいる。アンデッド達もそこで生み出されていると聞くわ」
「そのユニコールって言うのは、ここを襲ったりはしないの?」
アンデッドだけでも大変なのに、それよりも強い魔人相手でも、街が滅びていないのはどうしてだろうか。
純粋な疑問だった。
「そうね。魔人が本気を出したら、とっくの昔に滅んでいると思う。けど、それは魔人が何かを育てているらしいの」
「育てている? 何を」
「────〈イブツ〉。『異獄の森』の中心部にあるソレを私たちはそう呼んでいるわ。魔人達が何のために育てているのかは分からない。ただ一つはっきり言えるのが────、それが育った時、私たちは全員死に絶えるという事よ」
墓地を後にする頃には、すっかり日も沈みかけていた。
夕闇が街をゆっくり包んでいく。
「そういえば、今はベルはどこに住んでいるの? こんな言い方はアレかもしれないけど、孤児院は燃えてしまったし」
「孤児院の子達は知り合いの家に泊まったり、騎士団の施設で寝泊まりしているよ。私はアニーの家に泊まっているの」
さっきまでと打って変わって、ベルは朗らかに答えた。
「そっか。あ、そういえば、俺って今日はどこに泊まればいいのかな? 何かラスティーユさんは住まいを用意すると言ったけど」
「あぁ、それなら私の家に泊まればいいわ」
「へ?」
アニーはさも当然のように言ったが、詩朗はどきりとした。
「だってそっちの方がいいでしょ。あなた一人にするわけにはいかないし」
アニーはからかうように笑った。




