7:プロローグ
彼と彼女の恋物語は、こうして、終わった。
だけど、物語が終わっても、人生は続いていく。エピローグの後でも、彼と彼女は生きていかなければならない。
ロランはシンシアと別れたあと、国外に渡った。結局、そこでも彼は冒険者を続けることになる。『剣聖』に散々しごかれたのだ。どこでも彼は一流の冒険者としてやっていけた。皆口々にロランの剣技を褒めたたえる、のだが。
「―――――相変わらずブッサイクな太刀筋だね」
『剣聖』にはお気に召さなかったらしい。仕方ない、相手が悪いとロランはその懐かしい声を聞いて内心で苦笑した。
声の方向を向く。金の髪に金の瞳。人形のような造形。見間違える筈もない。シンシアだった。
まさかの再会だった。
お互い生きていれば、いつかはまた会うだろうとは思っていたが。しかし、まさかこんなにも早く出会うとは。
「……ブッサイク、ですか。そう、ですか。まあ仕方ないですね」
「なーに、その反応。つまんない!」
「別に、貴女を楽しませたいわけではないので」
「ていうか、誰かに剣をちゃんと習えば? まあ、そんなツテがあればだけど!」
(そんなツテねえよ!この街にきてまだ1週間だぞ、こんちくしょう! あと、昔ならともかく今のオレに剣を教えれる人間なんて殆どいねえわ、てめえのお陰でなぁ!)
ちなみに。
ロランはドラゴンの住む谷に突き落とされた事などについては普通に恨んでいる。そのお陰で強くなれたことは理解しているが、それとこれとは話が別だ。
それでも、言葉の最後に「糞がァ!」とつけないだけ、普通に恨んでいても、心の底から恨んではいないのだろう。
「師、ですか。残念ながら、思い当たる人はいませんね。では失礼します」
そう言い、ロランはシンシアの前から……というか滞在している街から去る。お互い気まずいだろうと、気を回したからだった。
また、ロランは内心首を傾げていた。
(……殺されても文句言えねえと思ってたけどな)
なにせ『魅了剣』で思いを捻じ曲げたのだ。だが、『剣聖』の心はロランが思っていたよりもずっと広かったらしい。
とはいえ、いくら懐が広いといっても、流石にあっちはロランの顔なんて見たくないだろう。次はなるべく遠くの街に行こう、とロランは決心する。
しかし。
次の街に行っても。
その次の街に行っても。
その次の次の街に行っても。
ロランはシンシアと再会した。
流石にロランもおかしいと気づく。
「こんなに頻繁に会うなんて偶然じゃないですよね。もしかして、オレのこと追いかけてきてる?」
殴られるの覚悟で、そう問いかけると。
シンシアの表情が固まった。長い長い沈黙の後、やっと彼女は答える。
「……うん」
「あと、誰かに剣を習う事をやたら勧めてくるのって、言外に私が師匠になってもいいよって言ってる?」
「……うん」
その表情を見て、ロランは思い出す。『魅了剣』で彼女を虜にしたとき、なんて言っていたか。
「お前の口が悪いのってさ。面と向かってオレと話すと恥ずかしいのを、誤魔化そうとしてるからだったりする?」
「……うん。……その、『魅了剣』を使って下さい」
『魅了』から、始まる愛もあるのだろうか、なんてロランは腰の『魅了剣』を見て思う。自分はどうするのが、正しいのだろう。
『魅了剣』は思いを捻じ曲げる。しかし、今回のケースでは彼女自身がそれを望んでいるのだ。
(究極の2択だな、糞がっ!)
そんなことを考えていると。
「――――おい! 見てくれたまえよ! 遂に『魅了剣』を手に入れたぞ!」
ロランたち2人の耳音にやたらと騒がしい2人組の冒険者の声が聞こえてくる。
青い髪の性別のはっきりしない中性的な少年に、赤い髪を束ねた何処かで見たような顔つきの少年。赤髪の少年は相棒に己の剣を自慢しているようだった。
その鞘の色合いに、ロランは酷く見覚えがあった。あってしまった。
「いやいや。どうせそれも偽物だろ? 市場では『魅了剣』の贋作が無茶苦茶出回ってるって聞いたぞ。さきっぽから出るのはただの水らしい」
「ふはは! 残念だったな! こいつはちゃんと本物さ! 既に効果は試し済みだ! それ見てみなよ! こちらが偽物。こっちが本物。ほら、微妙にガリアの紋章の色が違うだろ?」
「一度贋作掴まされてたのかよ……。でも、確かにな。紋章の色が違う。本物の方が鮮やかだな」
「この『魅了剣』を使って僕はヒモになる!」
「なんとも情けない宣言だ」
「兄さんが領民を惨殺しまくるサイコ野郎だと判明して、侯爵家はとり潰し。僕は手にするべき栄光を奪われた! だけど、この不遇の日々も今日で終わるのさ!」
「はいはい精々頑張ってな」
「では、これからキミに『雫』を振りかけてみよう! 『魅了』されればキミは女! されなければ男だ!」
「そんなことをしてみろ。ぶっ殺すぞ」
そんな会話をしながら2人組の冒険者はロランたちの横を通り過ぎる。
なんだか、赤髪の少年は運命の悪戯というか、ロランとは本来決して交わることのない線がこの瞬間交差したような気がするが、今は放っておく。それどころではない。
「…………」
「…………まじかあ」
ロランは呆然として呟く。
次いで己の腰にある、『魅了剣』の贋作、であろうものに目を向ける。思い返せばこの剣を買った際、店主の目線は不自然だった。あれはもしかすると「贋作を売ったけどバレないよな?」的な視線だったのかもしれない。
そもそも、自分はシンシアにしか『魅了剣』を使っていない。そして、あの赤髪少年は、「既に効果は試し済み」と嘯いた。どちらが本物で偽物か。誰にだってわかる。
ロランは彼女を見る。
シンシアの顔は最早林檎のように赤い。目は羞恥で潤んでいた。いかにガリアの魔剣といえど、こんな感情を一からつくれるものか。
「その……『魅了剣』を使って……くださ……い」
「いや必要ねえだろっ!!」
シンシアは最初からロランが好きだった。それが『魅了剣』によって表面化しただけに過ぎなかった。
「う……う……う、あう……うわあああ!!!」
羞恥からか、ロランから逃げ出そうとするシンシアの手首を掴む。いつかの逆だなとロランは思った。なんだか可笑しかった。
そして、ちゃんと掌と掌で繋ぎなおす。
手を繋いだまま、2人は歩き出した。
「とりあえず……行くか」
「…………何処へ?」
「何処へでも!」
ずっと手を繋いで生きていこう。
「オレたち2人なら無敵だぜ! きっとな! どこの糞共がやってきても斬り捨てれる!」
言いながらロランの脳裏に幾つかの単語が浮かぶ。
『終滅剣』『救世剣』『ガリアの姫』『創造神アダム』『モンテ・ロリスとの盟約』。
その意味は分からない。
分からないが、確かなことがひとつある。
シンシアと共にいる限り、数多の困難な自分を襲うだろう。
間違いなく地雷女だ。あらゆる意味で、これほど厄介な女は中々いない。
だけど、仕方ない。
自分を魅了した女が地雷だっただけだ。自分が魅了した女が地雷だっただけだ。
そう割り切って、ロランは歩く。
幸せなんて分からない。あの侯爵貴族だって、結局最後まで繁栄を謳歌することはできなかったようだ。
この道がどこに続いているのかなんて分かりっこない。
それでも生きよう。
誰かの思惑も、無駄に壮大な背景も、予め定められた運命も、あるかもしれないけど。それでも生きよう。2人で手を繋いで、生きていこう。
恋のお話は終わった。
恋は咲いて、散り、その結末を迎えた。
だから、次のお話なんて決まり切っている。
次は――――愛のお話だ。
一方的に想いを押し付けるのではない。
2人で進み、2人で生きていく愛のお話。
「……んふふ」
「あん、どうした?」
「なんでも。ただ、ロラン。愛してるよ」
「そうかい」
それはまだ、始まったばかり。
「俺もだよ」
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