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小話:いつかまた

ブクマ、評価ありがとうございます。これで完結になります。


 何故、あの時、側から離れてしまったのか。

 何故、あの時、あの女の動きを止められなかったのか。


 何度も何度も繰り返し繰り返し、自問する。


 何故、何故、何故。


 彼女がいなくなることをあんなにも恐れていたのに。

 彼女が傷つくことをあんなにも恐れていたのに。


「・・・笑って。きらきら王子様がそんな顔して可笑しいわ」


 薄っすらと瞳を開け、口元に笑みを浮かべた彼女の最後の言葉。

 倒れた彼女を地面に崩れる前に抱き留めたけど、命が流れていくことを止めることができない。よほど強力な毒なのか、体に力が入らないようだ。先ほど抱きしめたときには、ほんわりと暖かく彼の心を幸せで満たせてくれたのに。

 抱きしめた体からどんどん温もりが失われていく。


「マリーベル」


 彼女の言うように笑みを浮かべようとするが、上手くいかない。笑みを作ることなど、造作もないはずなのに。

 あと半年で、婚儀だった。何度も試着させられた婚姻のドレスも出来上がりつつある。お互いの瞳の色を持つ宝石を使ったお揃いのピアスももうすぐできる。あと少しで。彼女は彼と一緒に長い時間を歩んでいくはずだったのに。


「マリーベル」


 彼女の名前を呼ぶけど、彼女はもう何も返してくれない。

 ほほ笑みを浮かべたまま、彼女は逝ってしまった。


 彼の愛したただ一人の彼女は彼を残していなくなってしまった。

 胸を抉る、痛みに呼吸ができなくなる。


 何故、何故。


 彼女がいてくれるだけでよかったのに。


*********


 執務室で積まれた書類を捌きながら、彼は友人であり側近でもある男の言葉を流していた。


「おい、聞いていないだろう!」


 とうとう、我慢ができなくなったのか、声を荒げる。テオドールは仕方がなく、書類から顔を上げた。


「聞いているさ。遊びはやめて、正妃を取れっていう話だろう?」

「・・・わかっているじゃないか。お前はもう30歳になるんだ。王太子として正妃を取り、子を作ることも義務だ。いつまでもふらふらしやがって」


 レオンの苦言に、テオドールは苦笑した。友人の言うことはもっともだ。

 彼の婚約者だった彼女を亡くして10年。よくここまで放っておいてくれたなというのが正直な感想だ。特に直系王族の王子が自分一人であることを考えると、両親もよく何も言わなかったと感心する。そのついでに、この10年のうちにもう一人くらい王子を産んでほしかった。だが、いつまでも逃げているわけにはいかないのも事実だ。


「・・・ただな、問題がある」

「お前の女性関係の清算なら、俺が率先してやってやる」


 唸るように告げるレオンに、テオドールは今度こそ声を立てて笑った。


「そうじゃない。俺、勃たないんだ」

「は?」

「色々な女で試したけど、今のところ、マリーベル以外、勃たない。結婚してもいいが、恐らく子供はできないだろうな」

「はああああ????」


 幼い頃からの友人である彼の爆弾告白に、レオンは絶叫した。


 話はとても簡単だ。

 マリーベルはテオドールにとって唯一だったからだ。


「俺のはきっと精神的なものだ。マリーベルが病死であったら、きっとこんなことにはなっていないんだと思う」


 テオドールは少し目を伏せる。

 誰よりも何よりも大切だったマリーベル。

 今でも、10年前と同じ以上に愛している。その気持ちは変わることがなかった。そして、どうしてあの時にという気持ちも拭えていない。


 どうしてあの時、離れてしまったのか。

 どうしてあの時、助けられなかったのか。


 今でさえ、マリーベルを思い出すと同時に尽きない後悔が湧きだしてくる。

 もちろん、テオドールも何人もの女性と接触し、試した。王族としての役割はよく理解していたから。だが、どれほど相手を替えても、どうしてもその気にならない。薬を使っても無理だった。というか、キスさえも気持ちが悪くてできない。マリーベル相手なら、いくらでも愛を囁いていられるのに。

 そして、また初めに戻る。

 

 どうしてマリーベルがいないのかと。


「はあ、お前のマリーベルに対する愛情は重すぎる」


 レオンが疲れたように呟く。そして、しばらく考えるように目を閉じた。


「まあ、そんなわけだから、どちらかというと父上に側室でも勧めて、もう一人くらい子供を作ってもらうようにした方が現実的だな。俺はつなぎでも構わないし」

「・・・そんなこと、俺から陛下に言えるか」

「ははは、そうだな。じゃあ、俺から言っておくよ。息子は不能になったので、側室をもらって子供作ってくださいとな。母上にはもう子供は産めないだろうから」


 酷い息子だ。自覚はある。

 自嘲気味に笑みを浮かべ、どこか困ったようなレオンを見つめた。流石の親友も、テオドールの異常な状態には気が付いていなかったようだった。


「テオ、・・・マリーベルに似ていたら、どうなんだ?」


 レオンが言いにくそうにテオドールに尋ねる。テオドールは少し考えるように唇に指をあてた。


「どうだろうな。今までマリーベルに似た女ななんていなかったからわからないな。ただ、他の女よりも気持ちが悪くないかもしれない」

「気持ち悪い、って・・・あんなに夜会とかで密着していたのに?」

「まあ、あれはあっちがすり寄ってきているからそんな風に見えるかもな。流石に気持ちが悪いから離れてくれなんて言えないだろう?」


 至極真面目な顔をして告げる親友に、レオンはもう何も言えないのか、ただため息をついた。


「なんにせよ、俺には結婚は無理だ。変な女と結婚して、誰かと子供を作られたら国が乱れる」


 テオドールは話はこれで終わりだというように、再び書類に取り掛かった。

 

******


「ごきげんよう」


 入ってきた彼女は優雅にお辞儀をするが、その挨拶はなんだか喧嘩腰だ。たおやかそうな風情にも拘らず、その強い視線が彼女をそんな風に見せない。

 テオドールと言えば、呆然として彼女を食い入るようにいきっていた。


「マリーベル?」


 そう、それほど彼女はよく似ていた。しかも、失った頃のマリーベルに。淡い金の髪に、少し幼く見える整った顔立ち。全体的に華奢なのに、腰の括れも胸の張りも男の視線を引き付ける。


「おいおい、忘れたのか?これはリリーシアだ。俺の末の妹だ」

「リリーシア・・・」


 まだ衝撃から立ち直れない。テオドールはじっとレオンの傍らにいる彼女に視線を注いだ。

 よく見れば、確かにマリーベルではなかった。

 髪の色はマリーベルよりも濃く、すこし波立っているし、瞳の色が全く異なる。マリーベルは紫色であったが、彼女は翡翠色だ。それに、マリーベルよりも少し・・・いやかなり気が強そうである。


「お久しぶりですわ。テオドール様。まさか、お姉さまに間違えられるとは思いませんでしたけど」


 リリーシアは可笑しそうに笑みを浮かべてテオドールを見る。


「・・・リリーシアはマリーベルとあまり似ていなかったはずだ」

「うふふふ。そうですね、テオドール様の好きなふわふわドレスとこの髪型をしていなければ、きっと似ていませんよ。最悪なことに、これを用意したのは愚兄ですわ。文句なら、そちらにどうぞ」


 テオドールはようやく笑みを浮かべた。


 これは、マリーベルではない。

 マリーベルはこんなにも攻撃的な言葉は発しなかった。


「それで、不能になったというのは本当ですか?すでに30代ですもの。妖精になりまして?」


 ずばりと核心を突く。そのあけすけな物言いに、レオンの方が引きつった顔をした。男性の方が繊細なのかもしれない。


「リリーシア、もう少し言葉を何かにくるめ」

「あら?男性は一度も使わないと魔法使いになってその後、妖精になるんでしょう?テオドール様はすでに魔術師ですから、魔法使い飛ばして妖精だと思ったのですが?それとも神の域ですか?」

「リリーシア・・・それ間違っている」


 レオンがぐったりとしながらも、否定した。


「そうだ、俺は童貞じゃないぞ。マリーベルとすでに色々経験済みだ。一層のこと、あの時、お茶会など出さないようにするために子でも作ってしまえばよかったかと思う」


 テオドールは真面目にリリーシアの言葉を否定する。レオンはそちらにも反応した。


「お前、マリーベルに手を出していたのか!?」

「当り前じゃないか。当時俺はすでに20歳だぞ?愛している女が傍にいるのに手を出さないなんて、あるわけがない。何のために王宮に住まわせていたんだと思う?他に変な虫がつかないようにするのと、愛を深めるために決まっているじゃないか」


 テオドールは激昂する友に不思議そうな視線を向けた。レオンは今更知った事実に嘆くが、それもすでに10年前の話だ。


「お兄さま、今更ですわ。テオドール様のお姉さまに対する愛情は知っているでしょう?」


 リリーシアも呆れたように自分の兄を見つめた。


 4歳のマリーベルへ求婚し、5歳で婚約。

 そのまま王宮へと拉致った。

 両親……主に父と兄とテオドールとの話し合いの結果、半分は実家で暮らすことに決まった。


 そして、テオドールはにこやかにマリーベルに対して自分の色のドレスや宝石を身に着けさせ、独占欲を示してきた。幼いころからその様子を見ているリリーシアにしてみたら、手を伸ばせば触れるところにいるのに何もないとは考え難かった。

 しかも、姉にしてもそれを拒否するわけでもなく、嬉しそうにテオドールの愛情を受け入れるものだから、周囲も止められない。幼いながらも、なんとも重いともいえる二人の関係であった。


「それで、お前がわざわざマリーベルに似せてリリーシアを連れてきたのはどういうことだ?」


 テオドールはレオンを見たまま、尋ねた。


「・・・マリーベルに似ていたら、大丈夫なのかを知りたかったからだ」

「ふうん。それで、大丈夫ならそのままリリーシアを正妃に据えるのか?」


 つまらなそうにテオドールは告げると、執務机にある書類を手にした。

 正直、レオンの案に乗るつもりはない。たしかにリリーシアはマリーベルに似ているだろう。姉妹なのだから。だからといって、リリーシアと結婚する気にはなれなかった。例え、王族の義務だとしても。


「テオ」


 レオンはテオドールの態度から、拒否を感じたのだろう。名前を呼ぶが、それ以上の言葉が出てこないようだ。彼自身、リリーシアをあてがうことに躊躇いがあるのかもしれない。

 そんな二人を見ながら、リリーシアが口を挟んだ。


「何が問題なのです?お姉さまに似たわたしと結婚するのが最善なのでしょう?わたしをお姉さまだと思ってくださればいいだけですのに」

「それこそ、あり得ないな。父上にはすでに側室を娶るよう、進言している。最悪、従兄を父上の養子にするつもりだ」


 直系ではなくなるが、父の妹が産んだ息子がいるのだ。そちらを国王にしても血筋的には問題はない。しかも、見た目も王族の特徴である金髪碧眼であり、従兄弟同士でありながら兄弟のようにテオドールとよく似ていた。魔力量もテオドールほどはないが、王族としては十分備わっている。


「まあ、結婚に希望は持っていないので抱いてくださらなくてもいいですけど、テオドール様の正妃にはしてくださいな。わたし、盾として十分役立ちましてよ?」


 軽い口調でリリーシアは希望を述べた。テオドールは思わず手を止めて怪訝そうにリリーシアを見る。

 リリーシアは美貌もあるが、侯爵家の娘として十分な教養もある。いくらでも望んだところに嫁げるはずだ。世間話をするような口調ではあるが、冗談でも正妃にしてほしいと言うような人間ではない。


「今、非常にまずいんです。テオドール様が引き取ってくださると非常に助かります」


 リリーシアからにこやかな表情が消えた。じっと真剣にテオドールを見つめてくる。


「・・・何の話だ?」

「辺境伯から婚姻の申し入れが来ている」


 答えたのはレオンだった。


「辺境伯?」


 テオドールは眉間にしわを寄せた。辺境伯と言えば、すでに40歳近く、妻は病死しているが、子供も成人しているはずだ。


「断ってはいる。だが、辺境伯は遅咲きの春とかいうのかな……かなり思い詰めているようで、乱暴な手段も選びそうなんだ」

「王命であれば、条件が悪くても嫁ぎます。だけど、思い詰めた結果、合意もなく既成事実だなんてお断りです」


 テオドールはため息をついた。

 リリーシアを浚い、既成事実を作り上げてしまえばどうにでもなるだろう。それほど辺境伯というのは中央に対しても権力を持っていた。侯爵家も抗議したところで、現実には傷物になってしまった娘の嫁入り先を見つけるのは困難であろう。


「・・・王妃様から、伝言があります」


 リリーシアは仕方がなく王妃からの伝言があることを告げる。ここに来る前に、王妃から言付かってきたのだ。ただ、この伝言がどのような威力を持つのかがよくわかっていなかった。王妃も自信ありげに、切り札だと言っただけだった。


「伝言?」

「そうです。もし、何を言っても突っぱねるなら、お伝えするようにと」


 テオドールは無言で先を促した。


「王妃様が、もしわたしとの婚姻に同意するならば、一番の望みを叶えると」

「わかった、リリーシアと結婚しよう」


 テオドールはあっさりと同意した。


「は?お前、いいのか・・・?」

「母上も考えたものだな。よほどリリーシアを父上の側室にはしたくなかったようだ。まあ、俺としても願いが叶うなら、思惑などどうでもいいが」


 手のひらを返したような態度に、リリーシアは疑問を口にした。


「何を・・・望まれたのですか?」

「ん?お前は当事者だからな。知っていてもいいか。王家に伝わる禁呪の使用許可を求めていたんだ」

「禁呪・・・」


 テオドールはそれ以上の説明をしなかったが、リリーシアには何となく、どんな内容かがわかった。わかったというか、わかってしまった。

 テオドールの表情がいつになく幸せそうだからだ。

 彼がこんな幸せそうな顔をするなど、一つの事柄でしかない。リリーシアよりも長い時間、一緒に過ごしてきたレオンにしても同じだったようだ。呆れたような、感心したような表情でテオドールを見ていた。


「お姉さまは・・・今でも愛されているんですね」

「当然だ。俺が死んでも愛している。リリーシア、お前を愛することはできないが誰よりも大切にするよ」


 普通は怒っていいところだろう。だけど、リリーシアも敬愛していても男性として愛しているわけではないので、それで十分だった。


「よろしくお願いしますね?わたしは窮屈な束縛はごめんですから」


 テオドールは可笑しそうに声を立てて笑った。


******


「・・・テオドール様」


 名前を呼ぶ声にうっすらと目を開けると、出会った頃よりもすっかり年を取ったリリーシアが傍にいた。


「夢を・・・見ていた」

「お姉さまが会いに来てくださいましたか?」


 優しく囁くと、テオドールは目を細め、ほのかに笑みを浮かべる。

 リリーシアがテオドールと結婚して30年。

 その間に、4人の子宝にも恵まれた。王子が3人、王女が1人。全員成人し、それぞれに課せられた王族としての務めを立派に果たしている。


「いや、あいつは薄情だ。笑ってどこかに行ってしまった」

「では、すぐにでも捕まえに行かなくては」

「そうだな。やはり、繋いでおく必要があるな。もう・・・離さない」


 そう呟くと、テオドールの瞼が落ちた。もう彼の瞳にリリーシアが映ることはないだろう。彼は穏やかな、どこか幸せそうな笑みを浮かべていた。

 リリーシアは涙が落ちるのを止められなかった。

 長い時間を共に過ごしたのだ。お互いに男女の愛がなくとも、家族としての愛は確かにあった。覚悟はしていたはずなのに、喪失感が全身を襲う。


「母上」


 呼ばれてゆっくりと振り返れば、すでに王の座を引き継いでいる長男のアベルドが立っている。30歳前ではあったが、すでに国王としての貫禄がある。テオドールによく似た風貌の息子は優秀だったテオドールに劣らない手腕で国を導いていた。


「テオドール様は・・・お姉さまを探しに行かれたようです」

「母上は、幸せでしたか?」

「もちろん。テオドール様には十分、大切にしてもらえましたよ」


 アベルドが何を言いたいのか、理解するとリリーシアは涙を拭きながら悪戯っぽく微笑む。


「だって、わたしはお姉さまと違って束縛されることは嫌だったから」

「・・・は?」

「あなたは知らないのよ。テオドール様は本当に大切なものは隠しておきたい方なの。お姉さまへの贈り物はいつだって独占欲丸出しよ。誰よりも高価な宝石、贈る色はすべてテオドール様の色。そして、誰にも触れさせないための結界。どれもこれも一流のもので素晴らしいけれど。わたしは、無理だわ」


 突然明かされた事実に、アベルドは狼狽えた。


 アベルドの見ていた国王であるテオドールはいつでも冷静で、どこまで見ているのだろうと思える冷ややかな瞳をしていた。何事にもその瞳に熱がこもることはなかった。確かに、家族は愛していたのだろう。大切にしてもらったという気持ちもある。


 だが、リリーシアを見つめる瞳には家族の愛はあっても、どこか冷やかさがあった。それを幼いころから見続けていた故に、献身的に尽くしている母はなんて報われないのだろうと悔しく思っていたのだ。


 そして、父が蕩けるような笑みを向けるのは母ではなく、母によく似た肖像画の彼女。


 何故、父は母を愛さないのか。

 何故。


「あの、母上?」

「わたしはとても大切にしてもらっていたけど、女として愛されていたわけではない。だからこそ、普通の仲の良い家族でいられたのよ。テオドール様に本当に愛されてしまったらきっとテオドール様以外を見ることを禁じられてしまうわ」


 理解できない息子を優しい目で見つめて、くすくすと笑う。

 理解できないのが当たり前だ。マリーベルと共にいるテオドールを見たことがないのなら、なおさら。


 あの重い愛情。すでに執着。


 普通の人が理解できるものではない。リリーシアでもちゃんと理解はしていない。そうあるものとして、受け入れただけだ。


 でも、それでいいのだ。


 リリーシアはもう一度穏やかな笑みを浮かべ、旅立ってしまった夫を見つめた。

 王族としての務めを果たしたテオドールは望み通り、禁呪を使用できただろう。

 もう一度、姉に会うために。


「お姉さまを今度こそ捕まえられるように、お祈りしています。・・・案外、お姉さまは次の人生を別の方と謳歌しているかもしれませんね」


 リリーシアはそっとテオドールに囁いた。


Fin.



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