思い出のお好み焼き2
「話?やっかいなことに巻き込まれるのはごめんだぜ?」
ガレンが胡乱下な様子で言うと、シュウは慌てて顔の首を横に振って否定した。
ここでガレンに見捨てられたら、生き残るのは困難を極めるとわかっていたからだ。
「いいえっ。そんなことにはならないと思います。僕はこちらの世界に知り合いはいませんから。」
「こちらの世界?…変な言い方をするな。」
「はい。僕の生まれた場所は地球の日本と呼ばれる場所です。大陸はユーラシア、オーストラリア、アフリカ、北アメリカ、南アメリカ…。あ、ちょっと待って下さいね。今、スマホで…出ました。これが世界地図です。」
シュウが手元の黒い板を叩いてガレンに見せる。
小さな板には地図が乗っていた。それも、シュウが指を動かすと、大きくなったり、動いたりするのだ。
この見たことも無い魔道具とシュウを保護した状況を考えて、ガレンの頭の中に「ある可能性」が浮かぶ。
「ちょっとまて。」
「はい?」
「お前、『落ち人』か?」
シュウは聞きなれない言葉に不思議そうに首を傾げる。
それを見て、ガレンは「シュウは『落ち人』だ。」と確信した。
『落ち人』は世界の狭間から落ちてくるものや人のことを指す。
『人』と付くが、花や魚なども含まれる。特徴は、『空から落ちてくる』ことである。
ただし、ガレンが最初に考えたように、「古代の遺跡の罠に引っかかって飛ばされる」ケースの方が多いため、いきなり『落ち人』と認識されることはない。
「見たことない物」が「ありえない場所」で発見されて、やっと『落ち人』認定されるのである。
稀に異界を研究してる者が無理やりこちらに引っ張り込むこともあるが、そこまで出来る魔導師など今ではほとんどいない上に、やるなら自分の手元に引き寄せるので、こんな外で出会ったシュウは論外だった。
そして、『落ち人』の中には毒を持つものや獰猛な獣も含まれるため、どんな辺境の村や町でも、見つけたら即座に周囲に知らせるように教えられている。
だから、『落ち人』の単語に反応を示さなかったシュウは「本物だ。」とガレンは判断したのだった。
どこぞの高貴な方よりやっかいなものに出会ってしまったと、ガレンは頭を抱えた。
ただでさえ、『落ち人』は国や自治体の管轄だというのに、シュウは『言葉の通じる落ち人』だ。
過去、そういった例が何件もあり、『言葉の通じる落ち人』が『落ち人』の存在を広く知らしめたのだ。
『落ち人』がもたらした知識や技術は高度なものが多く、それを元に急速に発達した国や都市が『落ち人』の保護もしくは捕獲を言いだし、現在のシステムが出来上がった。
ガレンの目的地である迷宮都市ウルテラも『落ち人』によって繁栄した都市だ。
つまり、シュウの事をどの国も欲しがるし、場合によっては所有権を争って戦争が起きかねない。
共にいるガレンも巻き込まれるだろう。何とも迷惑な話だ。
「あの?そのおちびと?というのは、何でしょうか?」
「ああ。『落ち人』ってのは、お前みたいに空から落ちてきた異界の生き物のことだ。獣や花なんかも含まれる。『言葉の通じる落ち人』に会ったのは初めてだな。お前が『落ち人』なら、俺がこれから行く迷宮都市で保護してもらえる。」
ガレンの話を聞いて、シュウは顔を青ざめさせた。
何かあったかとガレンが訝しむと、シュウは何かを決意したようにキッっと見つめ返してきた。
「あ、あの。その『落ち人』っていうの、内緒にしてもらえませんか?」
「なぜだ?」
間髪いれずにガレンが突っ込み、シュウが気圧されたように体を後ろにそらす。
保護してもらえると聞いたのに、その答えが「内緒にしてほしい。」だ。何かあるのかと勘繰りたくもなる。
「…保護っておっしゃいましたけど、それって珍獣か艇のいい道具扱いになるんじゃないかと思って。」
「身の安全と寝床と食い物は保障されるぞ?何も知らない土地でどうやって生きていくんだ。」
シュウの懸念を聞いて、ガレンがさらに問い詰める。
意地が悪いようにも聞こえるが、この世界は生きやすい場所ではない。何もかも知らない若者が生活していけるほど甘くはないのだ。保護されるならしてもらう方が良い。
最初、ガレンがシュウをどこぞの高貴な家の者だと思ったように、シュウが戦闘の訓練を受けていないのは見ればわかる。
魔獣や獰猛な獣に出くわせば、無事ではいられないだろう。
シュウはあの魔道具を持っているし、本人が懸念したように、保護されれば魔道具とともに一生軟禁状態になる可能性は高いが、シュウしか扱いかたを知らない以上、そう悪い待遇にはならないだろうとガレンは思っている。
『言葉の通じる落ち人』は丁重にもてなせば、それに見合った知識や恩恵を返してくれるというのも上層部の間では常識で、ガレンはそれを知っていた。
だが、シュウはそれでも首を振る。ガレンは面倒なことに巻き込まれる予感をヒシヒシと感じていた。
自分は通りがかりの冒険者だ。戦うのが生活の糧でもある。戦うことも出来ない若者にこれ以上関わる気はなかった。
「何か不満でもあるのか?無茶なことじゃなきゃ、大抵のことは叶えてもらえるだろう。安定した生活が得られるぞ。」
「それも大事なことですが、それよりできれば…僕は自由でありたい。」
その不安に揺れる目を見た時、何故だかガレンは昔のことを思い出した。
里長の家系に獣になれる強い個体として生まれ、古臭い掟に縛られて、自分は死ぬまで里で暮らさなければならなかった。それを嫌い、自由を求めて外に旅立って冒険者になった日のことだ。
同じ獣人の先輩冒険者から、「どうして安定した地位と生活を捨てたのか。」と聞かれて、ガレンは今のシュウと同じことを答えたのだ。
「それより俺は自由でありたいんだ。」と。
在りし日の自分と同じことを望む若者が目の前にいる。何とも不思議な縁だとガレンは思った。
「…そうか。よし。いいぜ。お前のことは言わねえよ。」
「っ。ありがとうございますっ。」
「ただし、身元不明な奴がなれるもんなんて、冒険者くらいだ。荒事ばっかだ。きついぜ?」
「それは覚悟の上です。…荒事って、ガレンさんが持ってるような剣も扱えないといけないんですよね?」
「そりゃな。お前、剣を持ったことは?」
「竹や木で作った模造の剣なら振ったことがあります。」
昔の自分と重ねたガレンが承諾すると、シュウは嬉しそうに礼を言った。
こうなったら成り行きだ。ウルテラに着くまでに、死なない程度には知識と戦い方を教え込むつもりだった。
シュウに冒険者になるしかないと言うと、即座に頷いた。自分の立場は理解しているようだ。
意外に思ったが、シュウは木で出来た剣なら振ったことがあるようだった。
どれくらい使い物になるかわからないが、剣を触ったことも無いよりはマシだ。
話してみて頭も良さそうだし、後は剣の素質次第だなと思っていると、きゅるるると奇妙な音が鳴った。
「す、すみません。」
「腹の音か。そうだな。メシにするか。日もだいぶ傾いた。」
シュウのお腹の音で話を一旦中断し、ガレンは食事の支度を始めた。
最初から野営する予定だったが、シュウと二人分必要なのだ。
食糧の残りを確認すべく、荷物の中から使えそうなものを出していく。
売りものにする予定の物も整理がてら出していくと、その中の一つにシュウが反応した。
「鰹節?鰹節があるんですか?」
「何だ?これか?これは「テール」ってドロップアイテムだ。木の棒みたいだけど、一応食えるらしい。…食い方知ってるのか?」
「ええ。薄く削って、出汁を取るんです。美味しい魚のスープになりますよ。」
シュウの食いつきに面食らいながらもガレンが説明すると、シュウは食べ方を知っていた。
こんなものが食べられると聞いた時はとても信じられなかったが、具体的に食べ方を聞くと腹が減る。
ガレンは試しにシュウに食事を作ってもらうことにした。
これからウルテラに行くまで、しばらくは共にいるのだ。何が出来て、何が出来ないのか把握しておく必要がある。
食事が作れるなら雑用を任せることも出来るので、ガレンはシュウに使いたいものを自由に使う許可を与え、わからないことがあったら聞くようにと述べて傍観の体制を取った。
シュウは早速「鰹節」をナイフで削り、鍋に濾過してくんだ湖の水を沸かしたものに放りこんだ。
そのうち魚の香りが漂ってきて、ガレンは鼻をひくつかせる。
魚と言っても生臭い匂いではなく、シュウの言うように魚を煮込んだ時に香るスープの匂いだった。
「スープになった。」
「良かった。この匂い平気なんですね。」
「魚はよく食うからな。」
ガレンが匂いに鼻をひくつかせてつぶやいたら、シュウはホッとしたような顔になった。
内陸の出身者には魚料理の匂いを苦手とする者もいる。それを心配していたようだ。
この分だと匂いや味覚に関する認識の差は少なそうだと、ガレンは内心でホッと息をついた。
次にシュウは小麦粉を鍋の中に入れ始めた。かなりの量を投入している。
使う前に「たくさん使っても大丈夫ですか?」と聞かれたので許可は出したが、いったい何が出来上がるのかガレンは興味深々だ。
大さじで手早くかき混ぜると、今度はたまたま摘んでおいた野草を刻んで混ぜた。
それが終わると、鍋の代わりに薄い鉄板をセットした簡易の窯の上に肉の脂身を少し馴染ませ、そこに肉の薄切りを乗せて片面を焼くとひっくり返して、その上に鍋の中身を流し込んだ。
ドロドロの生地を見た時は眉をひそめたが、焼ける匂いを嗅ぐと途端に尻尾が揺れ始める。
それは、ガレンが嗅いだことの無い匂いだった。小麦粉だけじゃない甘いような香ばしいような香りに、肉の美味そうな匂いが混じる。
この美味そうな香りの元があの木の棒っきれだとは信じられなかった。
そこに野草の瑞々しい緑の香りも加わり、ガレンの腹もごろごろと鳴りだす。
「もう少し待ってくださいね。っと。上手くひっくり返った。」
「嗅いだことの無い匂いだ。」
「これが出汁の匂いです。良い匂いでしょ?」
「ああ。腹を刺激するな。獣が寄ってきそうだ。」
ガレンの言葉にギョッとした顔でシュウが周囲を見渡す。
それに「今はいない。大丈夫だ。」とフォローして、それだけ美味そうな匂いだと説明すると、シュウは嬉しそうに笑っていた。
「さあ。もういいかな。うん。焼けてますね。後はこれをかけて…。出来ました。お好み焼きです。」
美味そうなものが焼きあがると皿にあげ、シュウは売る予定だったドロップアイテム品のソースとロックと呼ばれる酸味の強い赤い野菜のソースを混ぜ合わせたものを上に塗ってガレンに差し出してきた。
アツアツの生地の甘い匂いとソースの何とも言えない濃厚な香りが混じって、堪らなく美味そうだ。
熱い物は苦手だが、ガレンはフォークで指すと躊躇せずにかぶりついた。
「っっ。」
「ああっ。そんな一気にっ。熱くないですかっ?あ。水筒どうぞっ。」
「ゴクゴクゴクっ。…ふう。さすがに熱かったな。でも美味い。それはわかる。」
そう言って、またかぶりつく。ガレンはあっという間に食べ終えてしまった。
もっと食いたいと催促すると、シュウは慌てて次の生地を焼き始めた。
それもペロリと平らげると、ガレンはシュウに提案をした。
「なあ、シュウ。俺と組まねえか?」
「組む?」
「そうだ。街までのつもりだったが、気が変わった。お前が一人前の冒険者になるまで、面倒見てやる。代わりにメシ作ってくんねえか?」
「そんなことでいいんですか?」
「これだけ美味いもんをポンッと作れるんだ。他にも出来るんだろ?」
「簡単なものだけですけど。それでいいなら。…よろしくお願いしますっ。」
「こっちこそ、これからよろしく。つーわけで、おめえも食えよ。まだあるんだろ?」
ガレンの提案にシュウは呆けたような顔をしていたが、ガレンが本気なのを察すると、簡単なものしか出来ないと前置きをしてガレンの提案を飲んだ。
こうして、シュウはガレンと共に迷宮都市ウルテラで冒険者となり、この世界での常識・非常識および戦う方法をガレンから学んで、瞬く間に一人前のBランクの冒険者になったのだった。
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運が良かったと、シュウは今でもガレンに感謝している。
後で知ったことだが、ガレンはSクラスの冒険者だった。これ以上ない先生であり、相棒だったというわけだ。
シュウが一人でやっていけるようになると、ガレンはさらに迷宮の奥深くに潜るようになった。共にいる時間は減ったもののこうして今も尋ねて来てくれる。
シュウが迷宮の中で屋台を出そうと思ったのは、ガレンの「迷宮ん中ではロクなもん食えねえからなあ。奥に行くほど、出てくる時に力が出ねえのよ。」という一言があったからだ。
迷宮で一番怖いのは「出る」時だと言われている。
気力・体力をかなり使った後な上に、装備も万全じゃない。ドロップアイテムで膨れた荷物を抱えているし、魔獣や盗賊まがいの冒険者どもにも気をつけないといけないため、「迷宮の中で最も危険な時」とも言われている。
シュウの作る料理にすっかり慣れたガレンには、保存食料やその場で取れたドロップ品を炙るだけといった迷宮内での粗野な食事は殊の外堪えたようだった。
出てくるたびに毛艶も悪くなって、ゲッソリして見えた。
それで、緊張の連続で疲れた冒険者たちに、迷宮を出る英気を養ってもらおうと「安全に美味しい食事をとれる場所」としてシュウは迷宮屋台を始めたのだった。
他の者がやればあっという間に魔獣に襲われて終わりだが、シュウはガレンと迷宮に潜った際、自身に結界のスキルがあるのを発見している。
このスキルというのが非常に便利なもので、シュウが設定した条件の人にしか姿を見えなくさせたり、「オート」にすれば寝ていても結界は持続したり、結界で包めば食材が痛まない等など、冒険者が喉から手が出るほど欲しいものだった。
余計なトラブルを避けるため、迷宮屋台には「敵意や害意を持たない人間・獣人・エルフ・その他の言葉を話せる種族、またはそれらのハーフ」で「迷宮を出ようとしている者」だけがたどり着けるように設定してある。
もちろん、シュウの顔には認識阻害の魔法もかけてあるので、もともとシュウを知っている相手以外、黒髪の細見の青年としか印象には残らない。
これがウワサの「迷宮屋台」の正体だった。
「はいっ。お待ちどう様。」
「おおっ。また美味そうな匂いだな。」
「今日は貝がたくさん手に入ったので、魚介たっぷりの海鮮お好みです。」
「うん。美味いっ。これを食うために潜ってたんだよなあ。」
焼きあがった海鮮お好みを美味しそうに頬張るガレンに、シュウはニコニコと水をコップに注いでカウンターに置いた。
これからもシュウは屋台を続ける。迷宮で疲れた冒険者たちにほんの少し元気になってもらうために。