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フェアリー・クインテット  作者: 芝森 蛍
望郷の協奏曲(コンチェルト)
71/138

前奏曲

「あ、雪……!」


 親友の声に本から顔を上げて窓の外へと視線を向ける。

 彼女の言う通り、そこには白い綿帽子が暗い空から降り注いでいた。

 道理で冷えるわけだと。暖を欲してまだ少し湯気の立つ飲み物へと手を伸ばす。


「寒いわけだよねぇ……。あ、ユーリが寒いのはそれだけじゃないか」

「……………………」

「つれないなぁ、もぅ……」


 そのからかい方はもう何度目だと。幾ら私でも話題一つ毎に差し込まれれば耐性も出来る。

 だからこそ貫く無言。肯定するにせよ、否定するにせよ、彼女は好機と見出してまたそこから面倒臭い言葉の槍を突き出すのがようやく分かってきた。

 そうだ、意見を返さなければいいのだと。そうすれば彼女だってそんな嫌味のように言葉にすることも減るだろう。なくなりはしないだろうが。

 相変わらず他人にしか意味を見出せない少女だと、少しだけ寂しくなりながら考える。

 しかし認めてしまえばそれまで。言葉にこそしないが、私だって気付いている。

 この胸の内に燃える感情は、彼がいないと暖めてもらえないのだと。それほどまでに、彼の事を必要としているのだと。

 そんな寂しさを埋めるためにか、彼女はまだここにいてくれる。これで煩いほどの嫌味がなければ何も言うことはないのに。


「……にしても遅いね」

「…………そうね」


 次いで零れた声。宿った心配の音に、知らず二人で視線を交わらせる。

 滲んだ嫌な空気。脳裏に過ぎった想像に必死に頭を振る。

 大丈夫。だって彼は今までもどうにかして来たから。無理を突き通して真実を手にして来たから。

 今回だって、大丈夫。

 まるで答えに縋るように盲目に彼の事を信じる。

 けれど何で……。この胸の不安は渦巻くばかりなのだろうか。それは──あの死神の刃の所為だろうかと。

 遠ざけようとした思考を、それから考える事さえも不気味に思えて一新しようと立ち上がる。


「どした?」

「……外の空気を────」

「ユーリ!?」


 見上げてきた彼女の水色の瞳に、いつものように変らない声で告げようとして、その刹那に何かが胸の内で暴れ始める。

 途端歪んだ視界。思わず立っていられなくなり、その場に崩れ落ちる。

 直ぐに心配そうなアンネに言葉を返す。


「……ただの立ちくらみ…………」


 立ちくらみ。けれどもし本当にそうなのだとしたら────この頬の熱い疼きは何だろうか。

 …………いや、そんなの。考える間も無く分かる。あいつだ……あいつが、近くに────

 早くなる鼓動。体の中を駆け巡る嫌な感覚にどうにか落ち着けようと呼吸を意識する。

 大丈夫、大丈夫……クラウスが、どうにかしてくれるから…………。

 必死に彼に縋って自分を保つ。

 これがリーザが感じている痛みだと。頭のどこかでそう確信しながらゆっくりと部屋の玄関へ。


「どこいくの?」

「……ずっとここにいても気が滅入るから。気分転換に飲み物買ってくるだけ」

「それなら私が────」

「アンネはもう少し察しのいい方だと思ってたっ」


 言えばアンネは黙り込む。言い訳にして悪いと。

 胸の内でここにはいない彼と、それから騙した親友に謝りながら廊下へと出る。

 浅い呼吸。胸に蟠る気持ち悪い感覚に足元の感覚さえ曖昧になりながら、それでも前へと進む。

 これは、駄目だ……。やっぱり駄目な奴だ……! 頭の中に閃く直感が嫌な景色を想像させる。

 止めなければ……クラウスを、助けなければ……。

 急く気持ちがいつの間にか足取りを走るそれに変えて、景色を後ろへと流していく。

 角を右へ。出会い頭にぶつかりそうになった寮生に、けれど今はそれどころではないと無視をして直線を直走る。

 女子寮の玄関口には人はない。変わりに寮母が暇そうに頬杖を突いて見張りをしていて。そんな景色の中を外へと駆け抜ければ、背中に何か声を掛けられた気がしたが、それも無視。

 従軍で鍛えられた足が、いざと言う時に感情で動いて景色を踏み越える。

 そうして進む毎に、胸の内で渦巻く不快感がどんどんと大きくなっていく。いつしかそれは自分さえも見失って、今何処を走っているのかさえ分からなくなるほどに膨れ上がる。

 耳元で響く声は、何かに反射するように残響だけを重ねていく。

 それは負の感情。言葉にならない、死に直結する怨嗟の、黒く赤い憤怒にして絶望の色。消える先から新たな憎悪を増幅させて迫る、拒絶されて然るべき感情。

 嫌だ。気持ち悪い。聞きたくないっ。

 悪魔の囁きの様に木霊する、音を持たない音に我武者羅に走る。

 それがいつしか────二重に聞こえる事に気が付いて。

 想像しなかった想像が更に世界を加速させる。

 駄目だ、駄目だっ、駄目だ!

 幾らクラウスでも、それは否定できないっ!!

 止めなければ、助けなければっ!

 募る気持ちが外れる事のない直感に現実の色を付けて行く中で。

 不意に胸の内から何かが消える。それはユーリアに寄り添っていた死の言霊。頬に宿っていた熱……それが段々と消えていく。

 そうして、聞こえる、もう一つの声。

 刹那に、視界の先へ最愛の彼の姿を見つけて叫ぶ。


「クラウスッ!! 後ろっ!?」


 けれど、あぁ、と。

 目の前の景色が……手のひらの向こうの彼が、黒い影に遮られる。

 嫌だ、嫌だ、嫌だ!

 そんな現実は、認めないっ!

 そんな現実は、嘘だ!

 だってクラウスは、私の好きな彼は、いつも笑顔で、いつも飄々として……そしていつだって真面目に傾いだその眼鏡で、誰よりも冷静に答えだけを示す──英雄で。

 そんな彼が、死ぬなんて、そんな事は、ありえないっ!!

 だから、だから、そんな彼を無惨に引き裂く黒いあの鎌だって────きっと嘘で。


「なん…………で……」


 止まった足で彼が倒れ伏せる認め難い景色をその記憶に刻み込む。

 彼は──クラウス・アルフィルクなのに────!

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