後奏曲
窓から見えるだろう幻想的な風景に静かに溜息を零す。
綺麗な景色だ。60年以上生きた記憶でこれほどまで肌が震えた景色を私は知らない。
問題はその景色を目で見て楽しむことが出来ないという事だろう。
意識すれば頭の中にその景色がどうにか浮かび上がる。それは契約妖精たるブリギッテの視界。彼女が見たもの、感じた気持ちが私の視界とそこに起因する感情の全てだ。
「見えてる?」
「えぇ、静かで騒がしい景色ね」
「……長年付き合ってるけど、時々リンダの言ってる事が分からないわね」
ブリギッテに飽きられて少しだけ唇を尖らせる。
私は感じた事をそのまま言っただけなのに。それとも妖精の視点だと何か別の見え方があるのだろうか。
「しかしすごいわね、あの子は」
「クォーターの子?」
「クラウス・アルフィルク、よ。貴女はもう少し名前を覚える努力をしたらどうかしら?」
「それを決めるのはあたし。……結局、そこだけは今に至っても折り合わなかったわね」
「それが私達のあり方でしょう?」
納得の言葉を紡げば、ブリギッテは小さく笑って呟く。
「まぁ、あの年であそこまで自分を捨てられるのは珍しいかしら」
「だからこそ、彼の夢はより現実味を増すのよ」
「王妃殿下が言うのだから彼も逃げられないわね」
ブリギッテの言葉に今度はローザリンデが笑う。
彼の夢は儚い理想郷だ。過去にあったかどうかも定かでは無い場所を、この地に取り戻すために。その概念を支える柱として自分の身を犠牲にして直向きに目指す愚かなほどの夢。
そこに自分の意思はいらないからと、自分さえも駒に見立てて必要な事だと感情を切り捨てる。王にはなれない存在で、国には必要な存在だ。
だからこそ彼なら、もしかするとその偶像を現実にして見せるかもしれないと期待をしてしまうのだ。
「彼は私が認めた数少ない存在よ。だからこそ、これも託したの」
「……順調?」
「えぇ、もちろん」
向けられた問い。言葉の外の声にならない問い掛けには笑顔で答える。
彼女も気付いている。これまで過ごしてきた時間が、どれ程体を蝕んでいるのか。後どれだけの時間が残されているのか。
分かった上で、今手元に存在するこの命令式の数々がどれだけ重要かを再認識する。
これは世界を変える理。彼に託す未来の形。
彼なら理不尽な現実も凄烈な言霊で説き伏せて真実にしてしまうと、大いなる期待を抱きながら息を吸う。
そうしていつもはしない事をしたからか、少しだけ辛くなって咳が零れた。
「リンダっ」
「……大丈夫よ。咳くらい誰でもするでしょう?」
「あたしに嘘は吐けないんだからね?」
「分かってるわ。これ以上何か言われるのも面倒だから横になろうかしら」
「そうして。リンダの命は一つじゃないんだから」
少し怒ったようなブリギッテの言葉に笑顔で答えると寝具に体を横たえる。
未来の若者達の為に。この国と世界の為に。今私に出来るのはあの術式を完成させる事。例えこの身を引き換えにしても、成さなければならない大業。
分かっているからこそ、無駄に気苦労を背負ってしまうのだとどうにもならない自己満足を背負い込んで呼吸を整える。
私の命は私一人のものでは無い。
私の命が潰える時、きっと彼女もその運命を共にするのだろう。
いい相棒に恵まれたと、少しだけ感謝をすれば窓際で小さな私のはんぶんは身じろぎをした気がした。
あと少し。
目の前に迫った最後を見つめて。やるべき事を成すために、私は私の我が儘を突き通す。




