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フェアリー・クインテット  作者: 芝森 蛍
大地の無言歌(リーダ・オーネ・ウォルテ)
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第五章

 翌日からはまたいつもの時間が戻ってこようとしていた。

 変わらない授業に学友との他愛のない会話。欠伸の数ほどにありふれた平凡な言葉を交わして、時間も変わらずいつも通りに流れていく。

 昇った陽が逆側へと傾き。窓から差し込む陽光が段々と赤みを帯びてくる頃。生徒会室では欠けた人数でクラウスたちが会話を飛ばしながら書類と格闘していた。


「あぁ、もうっ」


 唸り声は毎度の如くニーナのもの。クラウスが思うに彼女は少しばかり気が短いようだ。

 本人もそれを自覚しているからこうして声に出してやり切れなさを吐き出しているのだろう。


「どうしてこう忙しい時にヴォルフもレベッカちゃんもいないのよっ」

「会長は空調管理のされたここで書類と格闘してるのと、面倒くさい社交辞令に晒されるのとどちらがいいんですか?」

「うるさいっ、手動かしてあたしの分を一枚でも減らしなさいよっ」


 ニーナの叫びにまた一つ空気が嫌な音を立てて軋む。もう少し発言の辺りへの影響というものを考慮してはもらえないだろうか。

 そんな事を考えつつ今これほどに忙しい理由を改めて思い出す。

 まず一つは委員会の構成員であるヴォルフと、協力者であるレベッカの不在。

 彼らは今、退学騒動の終息にあちこちへ走り回っている。いくらコルヌの家が申し立てた話とはいえ、最終的な確認や書類上の手続きはヴォルフたちの仕事だ。

 学院の教師陣や学院長。ヴォルフに至ってはエーヴァルトにも話を着けないといけない筈。考えるだけでクラウスはここが楽園に思えてくる。心も躍らず益もない行動はクラウスのとても苦手な分野だ。

 そして原因はもう一つ。投書、問題の増加だ。

 既に学期内の筆記試験も二度終わり、目の前には夏休みが迫っている。夏には進級に関わる実技試験や、部活動。そして学生の殆どが渇求してやまない長期休暇がある。

 少しだけ未来へ視点を向ければ、夏を満喫するためには今の内に片付けられる問題を片付けておくという結論は確かに正しいのだろう。

 それがいくらこの委員会の表向きの行動理念から外れ、生徒の願望要望だとしてもだ。投書であるならば一度目を通して浮かれた文書と実際に委員会が動かなければいけない問題を選り分けなければならない。

 つまるところ、中身のない生徒の要望で水増しした投書に割く人員が足りず苦労しているということだ。

 それが先ほどのニーナの叫び。クラウスだってこんな紙資源の無駄な労働はできるだけ避けたいのに……。


「大体振り回されたレベッカちゃんまで行くことないじゃない…………」


 ニーナのその言葉の先ほどから気になっているところに思考を少し割く。

 退学騒動が終わった辺りからだろうか。ニーナがレベッカの事を家名ではなく名前で呼ぶようになったのだ。

 クラウスは何があったのかは詳しくは知らない。ただ、クラウスがヴォルフに連れられてコルヌ家を訪れたあの日の放課後。いや、放課後というよりは委員会が終わった後か。あの後、レベッカとニーナが何やら二人で話をしていた。

 別に聞いても何の得にもならなさそうだったので無視はしたのだが、どうやらその時に二人の間に何かが芽生えたらしい。

 結果、ニーナは名前で呼ぶようになり、レベッカは親しみを込めてかニーナ会長と呼ぶようになったのだ。

 まぁ、仲がいいのはいい事なのだろう。とりあえず今回のこれには余り首を突っ込みたくない気配がする。突っ込めば、またニーナに振り回される予感がするのだ……。

 考えただけで身震いする予感に脳内でさよならを告げて思考を別のことで塗り潰す。

 そういえばこのところ名前関連での変化が多かったように思う。

 ユーリアはクラウスの事を名前で呼ぶようになったし、クリスもあのレベッカとの相談の日以降ヴォルフの事をハニーと呼ぶことがなくなった。

 片や親密さを感じさせ、片や距離を感じさせる変化。

 そしてクラウスには気になる事がもう一つ。これはたった一度だけで、だからこそ記憶に残っていることなのだが。ヴォルフがレベッカの事を名前で呼んだ事があったのだ。

 レベッカが委員会に顔を見せた最初から、ヴォルフは一貫してコルヌと呼んでいた。その呼称が崩れたのが、退学の話が浮上してからヴォルフが初めて顔を見せたあの日。

 レベッカの件はなかったことにしてくれていいと言ったあの話の中で、ヴォルフはたった一度だけレベッカの事を名前で呼んだのだ。

 一応テオと、それからユーリアにはそれとなく尋ねてみたが、二人と会話する時も特にそういった変化はなかったようだ。

 つまりあの発言はヴォルフにしてみればイレギュラーで、そして気の緩んだ一瞬だったのかもしれない。

 そうなると視点は一気に絞られる。

 あの時の話は大まかに分けて二つ。一つはレベッカとヴォルフの関係改善の助言は必要なくなったという相談の解消。そしてもう一つはその裏付けともいえるヴォルフとレベッカの関係の安定化。

 ……そうなると彼の気が緩んだ原因は、レベッカとの関係が固まりつつあったからだろうか。

 先輩と後輩。元許婚。そして恐らく家族ぐるみの付き合い。

 いくつもの接点を持つ二人の関係性が先輩と後輩に固定されかけていたあの時期。つまり、ヴォルフは男女や家族のような付き合いから一歩引いた関係を求めていたことになる。

 最初に彼から話を聞いた時はクラウスもそう思ったのだ。先輩と後輩の関係。元許婚という立場からこの関係になるためにクラウスに相談を持ちかけた。確かに正しい流れなのだろう。

 だからこそ、クラウスには疑問が生まれる。

 この話の裏を返せば、ヴォルフは許婚の関係や家族のような付き合いを嫌っていたことになる。

 そして、レベッカが恋人付き合いを求め、そこに元許婚という経緯があったから、ヴォルフに退学の話が持ち上がった。

 だとするならば。

 ヴォルフが抱えるレベッカについての秘密というのはこの辺りのことなのだろうか。

 ヴォルフはレベッカの好意を拒否していた。その事実を話に当て嵌め、拡大解釈をするならば、ヴォルフはレベッカと家族になる事を否定したということになる。

 家族…………。

 ────後輩とか妹みたいとは言ってたけど、あんまりそういうことは聞いたことないかなぁ

 ふと脳裏にクリスの言葉が蘇る。

 後輩であるならばそれはヴォルフの望むところだ。そちらは問題は無い。

 では何故妹という単語が出てきたのだろうか。それは妹のように気に掛けているという意味なのだろうか?

 だとするならば、ヴォルフがレベッカの好意を断るのは少し不可解ではないだろうか?

 確かにレベッカにはコルヌという後ろ盾があって、元許婚という後ろめたさから好意を受け取らなかったとも思える。

 けれどクラウスにはどうしてもそれ以外の理由があるように思えてならない。

 そしてそれが、ヴォルフとレベッカの抱える秘密であり、その秘密は彼らの間にある家族関係の何かを示しているように思える。

 …………考えすぎ、だろうか?

 少しくらくらと揺れる頭をどうにか支え、最後の欠片を求めて彷徨う。

 ヴォルフはレベッカの好意を断り続けた。けれどクリスには後輩や妹のようだと語った。

 裏返しの感情はどこに着地点を求めれば納得がいくだろうか。

 これまで近くで見てきたヴォルフの言動、表情を覚えている限り思い返す。

 元許婚だから? しかしそこを詳らかにしたところで気持ちを拒否し続けていたヴォルフが気に掛けるという理由がない。許婚の解消はきっとヴォルフにとって有益でしかなかったから。

 家族同士の付き合いがあったから? 推論で考えても仕方ないが、例え親同士の繋がりがあって許婚の話ができ、解消されたならコルヌ家の方は一人娘に恋人も親しすぎる人物もいてはならない。そうなればヴォルフの行動がコルヌ家に楯突く事になる。

 ではその楯突く事が目的か? そうであるならばコルヌ家に繋がりを持つであろうヴォルフの親が止める話だ。

 …………何かを見落としている気がする。

 際限なく回転する思考が答えを求めて深く深く潜っていく。辻褄の合う結論を求めていくつもの仮定が組み立てられては破棄されていく。

 何が、足りない。


「──クラウスさん?」


 もやもやと渦巻く思考に囚われかけたクラウスの耳元で不安そうなフィーナの声が上がり我に返る。

 気付けば筆記具は止まり、ユーリアにテオ。そしてニーナまでもが不思議そうにクラウスを見つめていた。


「どうかしたか?」

「──ぁ、いや…………」

「ふぅん? しっかしわかんねぇ話だな」


 幼馴染の問いかけにどうにか言葉を返して再び手を動かし始める。その耳にクラウスの思考の外で交わされていた会話の内容が滑り込んでくる。


「分からないって何がよ」

「先輩とレベッカちゃんは元許婚で、レベッカちゃんは今でも先輩の事が好き。けど先輩はそれを拒んでて、その割にはレベッカちゃんとしっかり先輩後輩をやろうとしてる」


 いつの間にか彼らの話もヴォルフとレベッカのことになっていたらしい。

 先ほどまで色々考えていたせいでうっかり口を挟んでしまいそうになる自分をどうにか押さえ込む。変にクラウスが知っている情報を開示すればその被害はヴォルフやレベッカに広がる。その辺りを今更大事のように掘り返されるのは彼らもいい気はしないだろう。

 そんな事を考えつつテオの言葉に一つ新しい視点を書き留める。

 どうやらヴォルフの行動はある程度レベッカ経由でテオには筒抜けらしい。

 そんなテオの言葉にユーリアが眉を顰める。


「それは正しい関係に戻りたいってだけでしょ?」

「え……あれ、そうなのか? 俺はてっきり正しい関係ってのは許婚の方かと────」

「────あ」


 そうして放たれたテオの言葉に、喉の奥が乾くのを感じた。

 脳裏には一つのビジョン。それは先ほどまで欲していた足りない一欠片。


「けれどそうなると余計分からなくなる……」

「何がよ…………」


 テオの声で語られる、今まで曖昧すぎて視点を向けてこなかった疑問点。


「何が原因で許婚が解消されたんだろうな、って」


 あぁ、そうだ。そこを知らないから、想像に裏付けがなく確証が持てなかったんだ。

 そこさえわかってしまえば、全ての結論が導き出される。

 けれどそれを知るには、当人たちに話を聞かなければならない。

 そしてその原因こそが、恐らくヴォルフが隠しているレベッカの秘密。

 事の成り行きを見渡すに、知っているのはヴォルフとその親、そしてレベッカの親くらいでレベッカは知らないはずだ。

 レベッカが知らない事実。レベッカが知っていてはいけない事実。ヴォルフが好意を断り続ける事実。ヴォルフがレベッカを気に掛ける事実。

 それらを満たす真実が────ただ一つだけ脳裏に浮かび上がった。


「っ…………!」


 自分は、誰に謝ればいいのだろうか。誰に頭を下げれば無神経に振りかざした刃の罪を許してもらえるのだろうか。

 そう考えて、はたと気付く。

 自分は、少し前のアンネと同じか。

 これが、アンネの感じた罪の意識か。

 ────そうやって決め付けみたいに勝手に想像されるほうが気分が悪くなることだけ覚えといて

 ユーリアの言葉に胸を痛める。

 分かった振りほど他人を傷つける事はないか。


「自分が、嫌いになりそうだ…………」

「クラウスが自分を信じなくなったら、誰もクラウスを信じなくなるぞ」


 するりと滑り込んできた言葉は幼馴染の声。

 その意味を理解するのにたっぷり数秒費やしてクラウスは天井を仰ぎ目を閉じる。


「…………そうだな」


 零した言葉は、決意の様に部屋の中に寂しく響き渡った。




 日もすっかり落ちて、廊下を人工灯が照らす頃。ようやく暴力的な書類の山から開放されたクラウスたちはふらふらと揺れる足取りでどうにか学院を後にしようとしていた。


「会長……。明日臨時の集会を開いて生徒に投書について話を聞いてもらうわけにはいかないんですか?」


 何処か苛立ちを含んだ言葉はユーリアのもの。彼女は疲労からか睨むように細められた瞳でニーナを見つめる。

 その眼光の強さに一瞬肩を震わせたニーナだったが、すぐにいつもの調子で答えを返した。


「流石に今から許可を貰うのは難しいわよ。集会を開くなら明後日……あぁ、明後日は休みだから来週ね」

「どうにかしてくださいっ…………」

「ユーリア」


 語気強く言うユーリアを宥めて代替案を搾り出す。とはいっても今日は色々と考えすぎた。あまりいい案が浮かぶとは思えないが……。


「…………そうですね、では全校生徒に印刷物の配布はどうですか? 効果は薄いかもしれませんけど、即効性はありますよ」

「そうね……。どうかしら?」

「……………………分かりました」


 渋々と言った様子でそっぽを向くユーリア。とりあえず先送りではあるが矛先を収める事はできただろうか。

 それにもう一週間ほどもすれば登校も一度終わる。そうすれば随分と楽な時間が送れるはずだ。


「では文面も────」


 そうして安心して、いつもの癖で具体的な方針を固めようと口を突いた言葉に押し黙る。クラウスが前言を撤回するより先に三人の視線が一点に集まってクラウスは息を呑んだ。


「ちょっと待ってください……。僕も昨日の今日でとても疲れてるんですっ」

「言い訳は見苦しいぞぉ」

「言い訳してるつもりは…………」

「幾つか質問していい?」


 問いかけはニーナ。流石に三人を相手に丸く治めるのは難しいか? けれど今踏ん張らなければその実行をクラウスに押し付けられる。


「あたしは、生徒会長よね。上の人がするのは部下の尻拭いだけ。尻拭いは何か結果を出さないとできないわよね」

「その理屈と僕が文面を考える事は必ずしも繋がりませんよね。僕以外でもいいはずです」


 とりあえずニーナの言葉に反論する。押し黙ったところを見るにこちらの言も認めてもらえたのだろうか。尤も彼女の言葉を覆したわけではないが。


「言い出したのはクラウスよ。言い出すという事はそうする根拠があるってことよね。私たちはクラウスの提案の内容を知らないわけだし」

「それを言わせまいと威圧したのは誰かな……。それに提案を聞けばユーリアたちにも文面を考える可能性はあるって事になるよね」


 危ない危ない。もう少しでこちらが押さえ込まれるところだった。これでとりあえず平行線。ユーリアも一旦は大丈夫。

 さて、問題の人物だ。


「……クラウスよぉ」

「…………何?」

「口約束も歴とした契約だよな。覚えてるか? 昨日クラウス、会長に抜けていた分は後々取り返しますのでって言ったよな?」


 ────あぁ、これは、覆らない。


「…………反論は?」

「……えぇ、ありませんよ。ただ今日の事はしっかりと覚えておきますからね。明日は我が身、ですよ」


 大きく溜息一つ。

 テオの確認に折れて強がりを口にする。

 全く酷い話だ。三人してクラウスに仕事を押し付けるなんて。一度誰がこの組織の支配者なのかきっちり説明したほうがいいだろうか?

 脳内に渦巻く暗雲に()()無さを押し付けて腹をくくる。


「が、頑張ってくださいっ」


 頑張るのは当然だ。だからこそフィーナのその励ましが、今は追い討ちに聞こえていた。

 そうして尖った神経で幾つか会話を交わして。下足箱のところまで来たところで視界の先に見慣れた人物を視界に止める。

 (ひわ)色の短い頭髪に黒橡(くろつるばみ)色の綺麗な瞳。首許に青色を結んだ制服はハウズ級の証。

 そういえば今回巻き起こった(あわただ)しい日々の中心にいつも彼女はいたなと思い返す。


「どうしかしたの、レベッカさん」

「少しお時間いいですか?」


 足を止めて声を掛けると彼女は小さく俯いて掠れるように告げる。思わず聞き返しそうになったところで彼女の後ろに隠れていた影が姿を出した。


「本当にごめんなさい。少しだけ、時間欲しいんですけど……」


 キャラメル色の二つ結びを揺らした小さな体躯。どうして彼女がレベッカと一緒にと思ったが、その理由はなんとなく察する事ができた。


「あまり時間はないけど……」

「ありがとうございます。クラウス様」


 クラウスの言葉に柔らかく笑って答えたヴォルフの契約妖精、クリスは軽くレベッカの背中を叩いた。

 そういえばこうして彼女たちと話をするのはヴォルフの退学をどうにかして欲しいと相談されたとき以来だと懐かしく思う。

 あの時と同じ顔ぶれで、同じような空気に話の大筋を見つける。


「場所変えたほうがいい?」

「帰りながらで大丈夫です」


 きっぱりとしたレベッカの物言い。どうやらこれまで彼女の胸に掛かっていた(もや)は晴れたらしい。

 彼女の言葉に頷いて靴を履くと歩きながら話し始める。


「それで、どうしたの?」

「……あの、これを先輩に言うのは何か違うのかもしれないんですけど…………ありがとうございました」

「言葉だけ受け取っておいて」


 クリスに告げられて少し考える。

 話の内容はヴォルフの事。その中心は退学の取り消しだろうか。


「わたくし、先輩に頼ってばかりで、自分で何もしようと思いませんでした。自分が火の粉に晒されるのが嫌だから、他人を利用して都合のいい結果を得ようとしたんです」


 独白のような語りに彼女の本心を垣間見る。


「そんなわたくしに先輩は親身になってくれて。それを利用したわたくしがとても惨めでした。何かを持っているはずのわたくしがその役割をするべきだったのに。わたくしにはもっと穏便に事を進められたはずなのに……」


 それは後悔だろうか。それとも懺悔だろうか。

 思いつめるように滔々(とうとう)と流れる言葉は時折クラウスの心の内を小さく刺していく。

 利用したのは誰だと。今でも自分の利益のためにと考えているのは誰だと。

 彼女との繋がりはコルヌとの繋がりになり、それを利用できるのではないか……。そんな事を考えていた自分の性分が嫌になる。


「けれどそんな事を口にしたって、わたくしの意気地のなさを補えるわけではないんですよね。……そんなことに気付けたんです。後ろばかり見ていても仕方ないって」


 ────あんたみたいな後ろばかり気にしてる人って大っ嫌いっ!

 ユーリアの言葉が脳裏を過ぎって思う。

 ユーリアも、レベッカも。クラウスに何を期待しているのだろうか。

 冷酷なほどに平坦な判断? そんなものは持ち合わせていない。

 大層な目標? そんな胸の張れるものなんて一つも持ってなどいない。

 目標。そういえば彼女の父親からの質問にはこの言葉で答えたのだったか。

 確かにあの場で言った側面はある。けれど事実を言ってしまえば受けのいい返答を選んだに過ぎない。

 コルヌとの付き合いを続けるためにはその党首に、そしてレベッカに気に入ってもらう必要がある。彼女の相談に乗ったのも、そういう打算の元での言動だ。

 打ち明ければ、ユーリアは手を上げるかもしれないと考えて、それもいいと思った。

 何事にも正直に向き合う彼女に罰せられるなら、心が晴れるだろうと。

 そう思うとレベッカのこの告白も少し納得できた。そんな事を願ってもそれを返せないクラウスは役者違いだが。


「先輩、お父様に会いに来た時言いましたよね。夢は目標で、先輩はそれを叶えると。その言葉を聞いて思ったんです。私の夢ってなんだろうって」


 夢。クラウスのそれは目標であり、野望であり、そして────やり直しだ。

 何をどうするのかは分からない。ただ忘れたことのないあの黒髪と紅い瞳を持つ妖精を、クラウスは見つけなければならない。そうして、過去に自分が犯した彼女への懺悔をしなければならない。

 その為に妖精について勉強した。だからこうして今ここにいる。

 そう思うと、クラウスの夢は半分ほど成就しているのだろうか。それとも懺悔するその時まで気持ちでさえも夢には追いつけないのだろうか。


「わたくしの夢は先輩でした。先輩の隣に居たいって。それに前に進まないと叶わないって……。だからわたくしは前に進もうと思います」


 宣言のような覚悟に、クラウスは足を止める。

 この小さな少女は自分で決めて、歩き出そうとしているのだろう。自分の望むものを手にするために、自分は傷ついてもいいと覚悟を決めるのだろう。

 その結果がどう転ぼうと、それは通過点だと。受け入れて前へ踏み出すのだろう。

 そんな納得は、クラウスにはできない。結果は完結の表れで、結果が出ればそこから先に紡がれる時間はクラウスにとっては新しい物語だ。

 だから彼女のようにただ自分のために足を踏み出せないでいる。随分と遠回りして、今の夢が何時までも続けばいいと思っている。

 だって一度完結してしまった後に、再び目標を見つけられるなんて思わないから。

 そういう意味ではクラウスにとって夢は生と同じなのかもしれない。叶った時が死期で、潰えた時は挫折だ。

 潰えて挫折をすれば、きっとクラウスは一人では立ち上がれない。だから夢に縋っているのかもしれない。

 そう思うと、自分という存在が随分と薄弱に思えた。


「だから、ありがとうございました。……その感謝の気持ちを先輩に伝えたいと思ったんです。わたくしにとって、先輩は踏み出す勇気をくれた人ですから」


 足を止めたクラウスにレベッカは振り返って笑顔を浮かべる。

 その表情は夜の陽の下で輝いていて、クラウスには憧れのようにさえ感じた。


「アタシからも一言。ありがとうございます、クラウス様。クラウス様のおかげでご主人様の退学の話もなかったことになりましたし」

「……それは、僕が────」


 言いかけて、やめる。

 謙遜なんてできる立場ではない。

 本当に何もしていないのだ。ただ自分の役割を演じて、その中で自分の都合のいいように振舞っただけ。

 全ては計算で、だからそこには好意も甘さも混じってはいない。

 何もしていないのだから、クリスの言葉に謙遜はできない。

 できるのは謝罪だけだ。騙して悪いと。自分は何もしていないと。

 けれどそうして正直になれない自分が、クラウスは嫌で仕方なかった。


「…………いや、僕も良かったよ。先輩が委員会をやめるようなことにならなくて」


 そんな小さな本心さえ、今では口にするだけで心を苛んだ。


「レベッカさんも……貴女の未来にいい事がありますように」

「ありがとうございます、先輩っ」


 笑顔を浮かべるクラウスにレベッカも朗らかに笑う。

 その表情を客観的に比べた自分が、愚にもつかないほど恐ろしく感じた。




 レベッカと短い会話を交わして、寮に帰って押し付けられた仕事をどうにかこなして。寝て起きれば胸の中に小さく納得が渦巻いていた。

 自分は、今日これから起こる事を漠然と想像できる。

 夢で見たのかもしれない。はたまた未来に一度行って帰ってきたのかもしれない。

 不安定に揺れる思考は寝起きだからと理由を付けて頭を起動していく。

 窓から差し込む朝の日差しは眩しいくらいに輝いていた。

 喉に刺さった小骨のように消えない想像は学院で授業を受けていても変わらなかった。

 昼休みになると教室のあちこちから疲労の溜息が零れていた。その憂鬱な空気に晒されつつクラウスとユーリア、そして久しぶりにアンネが一緒に昼食をとっていた。


「もう今学期も終わりだね」

「早く感じた?」

「…………かも」


 他愛のない会話は近況の話。

 教室の弛緩した空気は筆記試験も終わり、授業も後数日を残すのみとなったこの頃に対しての押し寄せた安堵だろうか。

 進級当初と比べれば随分と緩んだ緊張に混じって近くでは夏の長期休暇中の予定の話まで交わされている。

 友人と遊びに行く話をしたり、ひと夏の思い出を固く誓う者。中には学生らしく勉学に励む生徒も少なからずいることだろう。そんな楽しげな会話に少しだけうんざりしつつアンネとの会話を続ける。


「そういえばクラウス君は夏どうするの?」

「……予定という予定はないけど、多分委員会のことで少し忙しくなるんじゃないかな? 進級試験もあるし」

「もしかして受けるの?」


 話題に挙げつつ脳裏で幾つかの計画を思い返す。

 どれもここで話せる話ではないなと思いつつアンネの言葉に小さく笑って返す。


「僕は受けないよ。ただ受けそうな人が一人心当たりがあるかなってだけ」


 濁した返答にアンネが面白くなさそうに唇を尖らせる。

 別に隠し事をしたっていいじゃないか。アンネだって今日こうして会話するまで何をしていたか未だに話してくれていないのだから。

 子供染みた対抗心を燃やしつつ脳裏で幾つか思案を重ねる。

 進級試験。実技試験や単に試験と言われる、妖精憑き(フィジー)妖精従き(フィニアン)にとって重要な関門だ。

 この試験は生徒申告制の試験であり、時期が来たからといって絶対的に受けなければならないという規則はない。

 ただし、受けて合格すれば次の学期から一つ上の階級で授業を受ける事ができ、妖精憑きや妖精従きとしての格が上がる。

 またこの進級試験は特別で、年に二度ある内、どちらか一方に合格すればいいというものだ。特別というのはこの際、春にトーア級となり、夏に試験を受けて合格すれば次の学期が始まるときにはハーフェン級の生徒として学院に登校することになるということだ。

 この場合座学についてはその妖精憑き、妖精従きが所属する階級に準拠するものとする。

 つまり、春に進級した生徒がその年の夏の進級試験に合格すれば、次の学期の座学の授業から一つ上の階級の生徒として受けることになるということだ。

 この進級において考慮すべき点は二つ。

 一つは座学の知識についてだ。

 先ほど挙げた通りに進級をした場合、その生徒は進級試験以降に受けるはずだったトーア級での座学の授業を受けられなくなる。また、試験合格後、次の学期から一つ上の階級に編入する扱いとなるため、春から夏の進級試験までに受けるはずのハーフェン級の座学も受けられない。

 トーアの残りの座学とハーフェンの最初の座学。つまりは一年分の座学を全て自己完結させることと同義なのだ。

 その為通常はその階級の座学を修めた、冬の進級試験に臨むのが一般的だ。

 例外があるとすれば、冬の試験で一度進級試験に落ち、同じ階級を二度受ける生徒などが、進級に際して春から夏にかけての座学だけを受けないことになる。

 また、こうした座学の知識の隙間を埋めるためには教員に聞くなどして教材を用意して、自主勉強をする必要がある。

 進級をしたその年に、またすぐ進級試験を受ける事は可能だ。けれどそこには多数の障害が待ち受けることになるのだ。

 そんな壁を乗り越えて一足飛びに進級する生徒というのは、それこそハーフェンのそのまた上。将来的にフォルト級になるような生徒であり、並外れた妖精憑き、妖精従きとしての能力と知識を持っていることになる。

 また、もう一つの考慮点は筆記試験だ。

 進級試験……実技試験においてはほぼ純粋に妖精憑き、妖精従きとしての実力が試される。

 けれどそこでいい成績を出したからといって、それが進級に直結するわけではないのだ。

 先の座学の話でもある通り、進級直後の早急な進級試験には大きな壁が存在する。その壁が多くは座学ではあるが、その座学の成績が現れるのが筆記試験だ。

 ここまで頭が回れば話は早い。

 つまるところ進級という変化には実技能力に加え、教員が進級しても問題がないと判断するに足る前提の座学知識……筆記試験結果が必要になるのだ。

 きっとそれは階級内でたまたま首位を取ったほどの知識では歯牙にも掛からないことほどに。

 所属する階級、その前の階級、そのまた前の階級……。そうして積み重なってきたその生徒の成績が、毎回首位を独占するような、箍の外れたほどの結果を持ってこそ、ようやく性急な進級の開始点に立てることだろう。

 クラウスにはそんな頭一つ、いや二つ以上も飛び抜けた才能はない。また口に出せば空気の悪くなること必至だが、ユーリアやアンネにも、とてもではないが難しい話だろう。クラウスの知る限り、その条件を満たす人物は恐らくテオほどしか居ないはずだ。

 彼なら、この夏に普通に進級試験を受けても合格することだろう。

 比べる事が(おこ)がましいほどに掛け離れた幼馴染の存在を誇らしくも寂しくも感じる。

 そうして彼なら、今クラウスが朝から悩んでいる疑問に答えをくれるのではないかと思う。

 湧き上がった縋りたい気持ちに小さく首を振って焦点を目の前に合わせる。


「それで、どうしてそんな質問を?」

「夏休みの内に遊びに行けたらいいなって」


 どうにか話題を継いで思考に鍵を掛ける。けれど、そう簡単に頭の中から考え事は消えてはくれなかった。


「……ねぇ、アンネ。まさかとは思うけど……三人で、何て言わないわよね?」

「こんなに意思疎通ができたら私たちもう親友かな?」


 何かに気付いた様子のユーリアが訝しげに問うと、アンネは何処か安心したように優しく笑う。

 そうして紡がれた親友という言葉にユーリアは恥ずかしそうに視線を逸らして窓の外へと顔を向けた。聞いておいていい様にあしらわれてどうするのさ。

 心の中で小さく笑って彼女の不器用さに心を暖かくする。

 否定は、しなかった。同じく肯定もなかったけれど、反応を見るにどうやら我慢のできる範囲の提案だったのだろう。できることなら我慢なんてしないで欲しいけれど……。

 そんな事を考えるクラウスに、意地の悪い小悪魔な笑みを浮かべたアンネがユーリアの見えないところで視線を向けてくる。

 ……そんなに僕をいじめて楽しいかな。

 どこかで一度生意気な口を利けないようにしたほうがいいだろうか。いや、そうしたら最後に泣くのは自分の気がする。

 お転婆で、計算高く。そして魅力的な彼女の微笑みに少しだけ胸を躍らせながら、これから訪れる長く暑く、そして楽しい長期休暇に思いを馳せる。

 夏休みももうすぐだ。

 だからこそ、この胸に蟠った最後の疑念を、晴らさないといけない。

 そっぽを向いたユーリアをからかう様に声を掛けるアンネ。そんな仲のいい二人の様子を見つめながら、クラウスは一つ心を決めるのだった。




 それから午後の授業を終えて。変わらず仕事に忙殺される放課後がやってくる。

 生徒会室で待ち受ける拷問とも思える拘束の時間に、クラウスは目の前に見えた長期休暇も相俟(あいま)って億劫になりながら廊下を歩む。

 一応、昨日話に挙がった投書に対する書類配布は行った。けれどそれは昼前のことでそれまでに提出された投書は管轄外だし、素直に納得してくれない生徒も確かにいる。

 どこまでの効果が望めるかも分からない一時的な措置に思考を重くしつつ息を吐く。


「クラウス君」


 そうして肩を落すクラウスの背に声が掛けられて振り返る。

 少し歪んだ視界がとらえたのはライトブラウンの波打つ髪を頂き、その毛先を煩わしそうに弄ぶアンネだった。

 彼女は水色の透き通った綺麗な瞳に真摯さを宿してクラウスを射抜く。


「少し時間もらえる?」


 口調に、雰囲気に。昼休みのような気だるさも暖かさも纏っていない彼女の小さな体躯に、頭のどこかで納得して笑顔を返す。


「構わないよ。フィーナ、生徒会室に行ってニーナ会長に少し遅れるって伝えてきてくれるかな?」

「…………また私だけ除け者ですか?」


 不満そうに桜色の唇を歪めるフィーナ。察しのいい指摘に言葉は返さず小さく頭を撫で返す。

 そんな子供だましでは通じるはずもなく、フィーナは駄々をこねるようにクラウスの指先を払って可愛らしく睨むと、小さく「クラウスさんのバカ」と言い残して一人飛んでいく。

 それでも健気にお願いを聞いてくれる彼女に感謝をしつつ視線をアンネに戻す。


「……場所はどこ?」

「ついて来て」


 何処か怒った風にそう言い放って歩き始めるアンネ。

 女心は難しい……というか理不尽だ。けれどそんな小さな嫉妬にも似た振る舞いさえ武器にしてしまうのだから彼女は手強い。

 機嫌をとるために建前を言おうとしてやめる。それはいつもより尖った空気に触れたからか。それとも彼女が望む言葉がクラウスの口から出ないのを彼女が知っているからか。

 悪化していく空気に無言を押し付けられ声を出せないままに目的地へ到着する。

 そこは北棟の空き教室。少し前までは確か部室であった筈の部屋。

 扉を開けて中を覗き込むとそこは人の温かみが消え失せ、ただ冷たい緊縛の匂いだけが横たわっていた。

 窓際まで行って中庭を見下ろす。青い芝生がところどころに生え、鉢植えに色取り取りな花を開き、視界を鮮やかに彩っていた。


「……流石にホテンズィエはもう枯れ始めてるね。花言葉は知ってる?」

「何色?」

「青」


 少し意地悪に思いついた言葉を口にする。問い掛けに意味はない。

 振り向かないクラウスにアンネは優しく背中に寄りかかって答える。

 因みにホテンズィエはこの時期、雨に合わせるようにして咲く花だ。毒を持つ草花だが、鑑賞する分には奇麗で可愛らしい花だ。


「……辛抱強い愛情」

「へぇ」


 そういえばホテンズィエは色によって花言葉が違うのだったか。まさかアンネは全ての色の花言葉を覚えているのだろうか。


「ホテンズィエだけ、覚えてるの」

「どうして?」


 声に答えは返らない。しかし彼女は小さくクラウスの制服の裾を掴んで引っ張った。

 あぁ、何か彼女に関する事を見落としているのだろう。だから怒っているのだ。

 少しだけ頭を巡らせて考える。花、ホテンズィエ、色、花言葉……。

 何故ホテンズィエの花言葉だけを覚えているのか。それは彼女の何かがホテンズィエに関係しているから。

 ではホテンズィエから分かる人の情報とは? 彼女を怒らせる要因とは?


「…………ごめん。忘れてた」

「その素直さに免じて許してあげる」


 幾つかの思考を経て答えを導き出す。やっぱり女心は少しだけ理不尽だ。

 けれど今ここで彼女にあげられる物がなくて少しだけ戸惑った。

 忘れていた振りで間を補って口にする。


「……誕生日、おめでとう」

「ありがと」


 青いホテンズィエは七つ目の月、十三日目の誕生花。一体クラウスがそれを知らなかったらどうなっていたのだろうか。

 それとも──クラウスに分からないことなどないと思われているのだろうか。

 だとするならば、それは間違いだ。クラウスにだって分からない事はあるし、今まで見聞きしてきた情報全てを間違えずに覚えている自信はない。今回は掠めた知識とうろ覚えの勘が当たっただけ。だって青色のホテンズィエの花言葉が辛抱強い愛情だなんて知らなかったのだから。

 だからクラウスにだって知らないこと、わからない事がある。

 ……彼女が今どこにいて、何を思っているのか知らないように。


「……それで、今日はどうしたの? 今までの報告、ってだけじゃないでしょ?」


 ────卑怯者

 小さく呟かれたアンネの言葉は聞こえない振りをする。


「…………ここに後二人、来ることになってる。クラウス君にはその二人の立会人になって欲しいの」

「大変な役割だね」


 アンネの語る言葉を想像で補って大方の流れを読み取る。

 そこに同席する自分の姿を想像して少しだけ寂しくなる。

 あぁ、そうか。

 ぼやけていた視界が焦点を持って静かに加速し始める。今朝直感的に悟ったのはこれか。

 彼が俯いていて、彼女が泣いていて。その景色を自分とアンネが見つめている。

 アンネの表情は優れなくて、影の掛かったその顔がクラウスは嫌で仕方なかった。

 けれどここにいる以上、その未来は避け得ないのだろう。真正面から向き合って、自分なりに納得するほかないのだろう。

 例えそれがどれほど悲しい結末であっても。


「……その二人、そろそろ来ちゃうよ?」

「だからどうしたの?」


 背中に顔を埋めたまま動こうとしないアンネの存在を大きく思う。

 彼女のおかげで、クラウスは今こうしてここに立っていられるのだろう。

 だからクラウスには小さなその欲望を無下には出来ない。

 けれどこんなところを見られてしまえば、そこに生まれた誤解は大きな亀裂を齎す。

 ……だから彼女はあんな悲しい顔をしていたのだろうか。


「見られたら、アンネが僕だけのものではなくなってしまう」

「卑怯者っ」


 今度はしっかりと響いた声に柔らかく彼女の体を剥がす。

 こうして身を粉にするアンネは今はクラウスの前だけの存在だ。その幻想に浸りたいのはクラウスで、幻想を現実にしたいのはアンネで。

 だからこそ、クラウスを否定する彼女は徹底的にクラウスと相容れない。

 振り返り白く華奢な手首を掴めばアンネは怒った風にクラウスの手を振り払う。

 彼女でいいのなら、今ここで抱きしめられたのに。

 自分の卑怯さを理由に逃げて笑顔を浮かべる。


「色々ありがとう、アンネさん」


 その言葉に、アンネが唇を噛み締めるのが見えた。

 けれどそれも数瞬、次の瞬間には扉が叩かれ彼女はいつも通りの優しく暖かい笑みの形をした、冷たく硬い仮面を被りなおす。


「どうぞ」


 先ほどまでの空気はなかったかのように振舞うアンネに罪悪感を感じつつ、クラウスもいつも通りを取り戻す。

 向けた視界には表情を引き締めたヴォルフとレベッカが立っていた。

 部屋に入って、ヴォルフがクラウスの姿を見つけるのと同時にアンネへと糾弾の視線を向ける。どうやら歓迎される客ではなったらしい。

 意味が分からないという風にとぼけて瞳に疑問符を浮かべてみると、降りた沈黙を嫌ってかレベッカが礼儀正しく腰を折った。


「こんにちは、先輩方」


 憂いすら見せない完璧な笑顔は自信の表れか。それとも単なる強がりか。

 これから彼女がどんな事実と対面するのか、その一端を想像できるクラウスには少しだけ可哀相に思えた。


「時間の無駄だ」


 短くそう言ったのはヴォルフ。彼はクラウスと視線を合わせないまま口を開こうとする。


「勝手に話されて責任を押し付けられても困りますので席を外させていただきます」


 その豪胆さ、計算の高さに一瞬飲み込まれそうになる。けれど寸でのところで建前が口を付いて足を動かす事ができた。


「私も外にいます。終わったら合図をください」


 クラウスに続いて笑顔でそう言ったアンネはいつもと変わらない軽い足取りで空き部屋を出て後ろ手に扉を閉める。

 それから一呼吸開けて小さく妖精力を行使する。


「ダフネ、範囲指定お願い」

「お任せください」


 相棒に指示を出して扉に翳した手のひらの先に虹色の方陣を描き出す。

 妖精術。その発動に方陣は必要不可欠とされる。

 妖精術は妖精力に指向性を持たせる命令式を組み、それにしたがって妖精力を行使することで発動という結果を得る。

 命令式を組む際には大抵の場合方陣を使う。この方陣には予め命令式が書き込んであり、それに沿って妖精力を行使することで、発動する際に頭で命令式を一々考えなくて済むのだ。

 つまり方陣とは妖精術を行使する場合、妖精力が妖精術に昇華するための公式を書き込んだ視覚化された過程である。

 また大抵の妖精術、その方陣の中にある命令式には変数というものが存在する。

 これはどれほどの妖精力を使って妖精術を発動するかや、どれほどの規模で妖精術を顕現させるかといった、その妖精術の大きさを変化させる数字だ。

 変数は読んで字の如く変わる数字。同じ妖精術を行使しても変数が一と十ではその妖精術の規模が異なる。

 妖精術の発動の際、この変数に書き込まれる数字は妖精術を行使する人物の思考が反映される。

 ただ、この反映という結果にも過程は存在し、妖精従きが考えた変数を一度契約妖精に回路を通して伝え、妖精力の源泉である妖精に命令式に数字を組み込んでもらうという流れを組む。

 何故一度妖精を介するのかといえば、それは妖精が妖精力の元々の持ち主だからだ。

 古く、妖精と契約をした人間は妖精力を持っていなかったといわれている。それが妖精と歩む歴史の中で変化し、人間が妖精力を持つことで、人間一人でも小さな妖精術を扱うようになっていったのだ。

 クラウスたちが行使する妖精術は妖精力に事を発し、その妖精力は妖精の所持物である。

 人間にとっての妖精力とは持って生まれた力などではなく、後天的に植えつけられた異能の力だ。その為、人間には息を吸うように妖精力を行使できない。

 命令式を組み、それに従って妖精力を行使することで、ようやく人間は妖精術という未知で異才な異能の力を使う事ができるのだ。

 その全てを指を動かす程度の感覚で制御できるのが妖精という存在。

 使いたいと願い、使おうとすれば使える。彼女たち妖精には初歩的な妖精術であれば、命令式を即座に頭の中で組み立てて術に昇華できるのだ。

 それを人間にも扱えるように過程を記して視覚化したのが方陣であり、その方陣に干渉できるのが妖精というわけだ。

 つまり人間一人、方陣なしではこの世に存在する殆どの妖精術が行使できない。

 しかし逆を言えば、方陣に複雑な命令式を書き込み大量の妖精力を使って術を完成させれば、超大規模な妖精術を行使する事が可能になるのだ。

 もちろん、そう言った大規模な妖精術には多量の妖精力と矛盾のなく規則性に満ちた潔癖と言っていいほどの流麗な公式……命令式が必要となる。

 これを考えるのが人間であり、そう言った妖精や妖精力。妖精術について学ぶのがこの学院だ。

 また一つ付け加えるとすれば、妖精単体ではそこまで大きな妖精術を行使できない。色々と理由はあるが、よくある話は妖精自体がそこまで多量の妖精力を内包できないという点にある。

 その為、妖精力を生命の源とする妖精は人間と比べ短命で、人間が六十年生きる間に妖精は二度から三度の一生を送る。

 その他にも色々と理由はあるが、今はアンネとダフネの話に戻そう。

 アンネがダフネに任せた範囲指定。これはこれから発動する妖精術の範囲項目に変数が割り振られているということだ。

 その値を変化するのが契約妖精であるダフネ。

 この際、熟練の妖精従きでは会話の必要もなく妖精力を行使することがある。

 が、アンネもクラウスもこの春に妖精従きとなったばかりのいわば新人。妖精との阿吽の呼吸をこなすにはまだまだ経験と時間が足りない。

 アンネが前に手を翳して数瞬。顕現した方陣が虹色に強く瞬き、命令式によって指向性を齎された妖精力が形を求めて迸る。

 しばらくして、手の先から延びた一条の光が扉に当たって解けるように消えていく。やがて、アンネが手を下せば、彼女の前の扉。そしてそこから伸びた壁が虹色に淡く光っていた。


「防音の妖精術……。という事はやっぱり他人に聞かれるとまずい話なわけだ」

「……そうかもね。ただこれは私のお節介」

「僕たちの話を二人に聞かれたくないから?」


 クラウスの指摘に黙り込むアンネ。彼女は自分を責めるように俯いて扉に寄りかかるように廊下に座り込む。

 防音の妖精術。これは言葉通り、音を遮断する技だ。この術が効果を発揮するにあたり、大抵の場合辺りに空気がある事が条件となるが、普通に生活をしていて空気と無縁の場所にいることのほうが珍しいので特に気にはしない。

 クラウスも春に行われたユーリアと最初に行った実技演習で使った事がある。

 用途は幾つかあり、自分の耳に掛けて爆音や騒音から鼓膜を守ったり、今のように内外の一切の音を遮断したりだ。

 今回の場合、アンネはヴォルフとレベッカが中にいる部屋に防音の妖精術を掛けた。その術により、彼らの声はクラウスには聞こえないし、逆にクラウスたちの話し声も彼らに聞こえる事はない。

 命令式を書き換えれば外からの音は遮断できるが中から外への音は聞こえるといった、一方的な音声遮断状態にすることも可能だ。命令式というのは少し書き換えるだけでそういった可能性もありえる。同じ妖精術を元にしていても命令式が違えばまったく別の技にだってなるのだ。


「隣いい?」

「…………好きにすれば」


 ユーリアのような口調でそっけなく言い放つアンネ。彼女の言葉を了承と受け取って腰を下すと隣で小さく溜息が聞こえた。


「クラウスさん、お伝えしてきましたよ」

「ありがと、フィーナ。おいで」


 それとほぼ同時、廊下の向こうから小さな体躯で空を切って飛んできたフィーナが面白くなさそうに声を歪めて報告する。

 相棒の言葉に少し意地悪をしてみたい気分にもなったが、それは一旦押さえ込んで彼女を招く。

 クラウスの言葉に嬉しそうに頬を色付かせたフィーナは跳ねるように肩の上に腰を下した。

 この機嫌のよさは恐らくアンネの事を意識的に無視しているのだろう。それならそれで好都合だと思いつつ指先で頭を撫でて隣のアンネに耳を傾ける。


「……どこから話せばいい?」

「とりあえずあの夜からかな」


 あの夜。睦言のようにそう囁けばアンネは意味深し気に笑みを浮かべた。

 アンネから期限未定の協力関係凍結を言い渡されたあの夜。あの日からアンネはクラウスの手の及ばないところであちらこちらへと走り回っていた。


「全部貴方のためなんだから」

「分かってるよ。感謝してる」


 クラウスの野望。その一端を知った彼女はクラウスに協力をすると申し出た。

 その野望にはまだまだ沢山のものが足りなくて、それを補おうとしてくれたのがアンネだった。


「とりあえず、国に何かあれば私に話して。詳しくは言えないけど力にはなれるから」

「なれる、じゃなくてするんでしょ? それで、何を捨てたの?」

「茶化さないで」

「茶化してないよ。単なる損得勘定」


 彼女の語る言葉を想像で補っていく。

 どうやらアンネは国軍か、それとも国の中枢か。そのどちらかに太い関係を作り出したようだ。

 それがクラウスの役に立つと知っているから。

 彼女の作り出したその関係の網を探ればこれまで見えなかった視点から靄が消えて新たな情報が増える。

 同時に持ち上がるのはこちら側の被害。

 国を相手に取る交渉だろう。こちらも負担無しで結果を得られるとは考えにくい。


「…………委員会のことを少しだけ。もちろん表側だけ」

「まぁそのあたりだろうね」


 納得をしないまま納得しておく。

 もちろんそれだけで国が彼女を傍に置くと言うとは思えない。それ以上の情報開示はアンネの独断で、彼女がしてきた事を包み隠さず話せば、クラウスから離されてしまうかもしれないという危惧だろうか。

 少しだけ私欲を垣間見て、けれどすぐに首を振る。今そのあたりの事は考えなくていい。


「今後アンネの立場が変わる事は?」

「ないと思う」


 幾つもの意味を込めて問うと、彼女は少し寂しそうに顔を伏せる。計算なら十分に悪女の素質ありだ。

 また、今の質問で得られた情報を並べて吟味する。

 一つ、彼女の立場は他人に口出しをされてそう変化するものではない。

 一つ、想像ではあるが、彼女が身を置いている場所は随分と国の中心に近い場所である。

 その為今後の関わりを一度見直さないといけない。


「何か言われた?」

「別に」


 即答。少し判断に迷ってその言葉の矛先がアンネではないことに気付く。

 異性を矢面に立たせて自分は後方でのんびり静観。部下が信頼していたとしても、上司が動かないのでは不審を抱かれる。

 自分を再度俯瞰して判断を下し、今一度気を引き締めなおす。自分にはまだ、覚悟が足りない。


「……大変なこと押し付けたね」

「好きでやってるだけ。貴方は私を信じてじっと待ってればいいの」


 一歩間違えば依存さえしてしまいかねない魅惑の響きに小さく笑みを落す。

 そうして分からないことだらけの案件を一度紐で閉じる。

 彼女の言う通り待ってみよう。そうすればまたアンネの方から話があるかもしれない。

 逃げかもしれないと思いつつ別の話題を口にする。


「……ある程度の事は任せるよ。それで、今日のこれは?」


 意識は背中の硬く閉ざされた防音扉へ。

 今回の主題に話を向けるとアンネの纏う雰囲気が変わる。それは禁忌、だろうか。

 クラウスも薄く感じている暗黙の了解。ヴォルフとレベッカの間に横たわる秘密。

 許婚の解消。ヴォルフが好意を断る理由。反して気に掛ける理由。

 全てに矛盾を生じさせない真実。その言葉を、アンネは持っている。


「お願い。絶対に。絶対に口外しないでっ」


 アンネにしては珍しく語気強くそう言い放つ。向けられた水色の透き通った瞳は脅迫のそれを宿してクラウスの目を射抜く。

 元より頷くつもりでいたクラウスも、流石にその剣幕には少しだけ気圧された。


「……分かった。誰にも言わない」


 出来る限り真剣に答えて一つ息を整える。

 アンネは震える手をもう片方の手で包み込んでとても辛そうに呟いた。


「二人は────異母兄妹なの」


 息を呑む音はクラウスの肩の上から。フィーナはクラウスの髪を怯えるように小さく掴む。

 クラウスはといえば、ある程度想像していたからかいつもと変わらない様子で先を促す。


「正式な後継者はレベッカちゃんの方。先輩は戸籍上では彼の母親と、今の結婚相手の子供ってことになってる」

「あぁ、そっちに認知されてるのか」


 語られる言葉にいくつもの真実が音を立てて回り始め、補われた仮定が別の結果を求めて巡り出す。

 異母兄妹。言葉通り、母親の異なる兄妹。年が上なことからヴォルフが兄で、レベッカが妹だ。

 ────後輩とか妹みたいとは言ってたけど……

 クリスの語ったヴォルフの呟き。あの言葉は心の底からの声だったのだろう。

 後輩であり、半分は血の繋がった妹。そして元許婚。

 ヴォルフが彼女の好意を断り続けていた理由。けれど彼女を気に掛けていた理由。

 そんなもの、事実を知ってしまえば呆気ないもので。けれどとても納得はできない話だ。

 ヴォルフの心を苛むいくつもの感情が溢れては淡く傷を残して消えていく。


「この話をね、先輩やエーヴァルトさんが知ったのが今年の春、入学式の行われる少し前だったの」

「……入学に合わせて挨拶でもあったんだろうね」

「そこで初めて顔を合わせたエーヴァルトさんと先輩の母親が事実に気付いて、許婚は解消された」


 話を聞く限り、許婚の話は手紙か何かで、しかも当人が関与し辛いところで交わされたのだろう。だからこそ、発覚するのが遅れた。

 数奇な運命だと呪えばそれまでだ。そんな運命、いい事なんて殆どない。


「エーヴァルトさんと先輩の母親は昔、許婚だったそうよ。けれど結婚を前に問題が持ち上がって話はなかったことになった。その時に、すでにお腹の中に先輩がいた」


 つまりエーヴァルトとヴォルフの母親は結婚をしていない。そして許婚の解消の後、直ぐに別の男性と結婚して、生まれた先輩はその男性との間に息子として認知された。

 反対に、エーヴァルトは別の女性と結婚し、その人との間にレベッカを授かる。

 結ばれるはずだった二人は引き裂かれ、互いに子を授かる。偶然の名の下に巡り合った二人は互いの子供を許婚として話を進める。

 互いに名前を知らされていなかった二人は時が経ってようやく真実に気がついたということだろう。

 だとするならば少し疑問に思うところがある。

 名前はいい。この世界に同名の人物なんて沢山いる。ならばな家名である、コルヌの名前をヴォルフの母親が知らなかったのか。仮にも許婚となった間柄だ。知っていれば最初からこんな話には発展しなかったはずだ。

 家名を……この国でも有数の大資産家の名前を知らないはずはないだろう。


「どうして二人とも気付かなかったの? 先輩の方は家名が変わってもおかしくないけど……」

「コルヌ家はね、女系の家系なの。つまりエーヴァルトさんが婿入りをしたの」


 女系。女の家系。

 女系は女性だけで継承していく系統。コルヌの姓を持っていたのはレベッカの母親であり、そこにエーヴァルトが婿入りをした。

 つまりコルヌの家での最高権力者は女性であり、レベッカの母親、または祖母や曾祖母と言うことだ。

 だとするならば今までにアンネの口から語られた話にも合点が行く。

 何故エーヴァルトとヴォルフの母親の許婚の話がなくなったのか。それはエーヴァルトの家にコルヌ家から許婚の話が持ち上がったから。

 その頃既にコルヌ家は大きな資産家として顔を広げていて、ある程度の我が儘は通ったのかもしれない。

 結果エーヴァルトはコルヌ家に婿入りし、ヴォルフの母親との許婚の話が破談となった。


「……私が話せるのはここまで。分かってるとは思うけどこの話をする事は先輩も知ってることだから」

「大丈夫。…………なるほどね。それで、調べて、話がそっちに届いたからコルヌ家宛てに手紙を送ってくれたわけだ」

「送らせた、の間違いでしょ。人使いの荒い人ね」

「アンネにしか出来ないことだから頼んだんだよ」

「…………調子のいい話」


 視線を逸らした彼女に小さく笑って過去の景色を思い出す。

 それはクラウスがコルヌの屋敷へ行った時の事。

 エーヴァルトと話をして、いくつか腹の探りあいをしたあの時間。話が終わったのは彼の元に一通の手紙が届いたからだった。

 その文面に目を通して、ヴォルフに退学の解消を告げて話は終わった。

 ではあの手紙。それまで話題にも挙がらなかった退学の話がいきなり無かったことになった要因。あれはどこから届けられたものなのか。

 コルヌの家は資産家だ。国にも大きな影響を及ぼす国を支える柱の一つといってもいい。そんな家に固まった流れを一度に覆す文書を送れる立場はそう多くない。

 恐らくあれは簡単に言えば指令書のようなものなのだろう。話を大きく見れば書いたのは国王自身かもしれない。そうなるとアンネの立場がますます気になるがそれは今は一旦置いておこう。

 想像でしかないが文書の内容はヴォルフの退学の解消の話だろうか。その手紙を書いてもらえるように頼んだのがアンネであり、彼女がクラウスのためと思って行動した末の副産物だ。

 もっと言えば、アンネに頼んだのはクラウスであり、その話をアンネに届けるように頼んだ先がニーナだ。

 クラウスがニーナに話を持っていくように頼んだあの時点で、クラウスの心はヴォルフに傾いていた。最初に相談を受けたのがヴォルフだったからと言うのもあるかもしれない。ただ、結論がある程度見えたときレベッカとの繋がりはなくてもいいと思えたのだ。

 レベッカ、そしてコルヌとの関係は国に繋がりを持つアンネに任せても良かったからだ。彼女の立場なら上からコルヌ家のようなクラウス個人の繋がりを融通できるから。だからこそ、今後身近にいるはずのヴォルフに肩入れをして、退学の話を解消するように事を運んだ。

 クラウスが決断したのはその一点だけで、このややこしく広がった話のそれ以外の部分は全て流れだ。

 レベッカが委員会に来たのも偶然だし、アンネが国との関係を作ろうとしたのも彼女の思惑。

 今回、クラウスがした事は流れを酌んだ結果を示しただけだ。

 ヴォルフとレベッカの話に巻き込まれて途中で気づいたのは、クラウスが駒であるということ。話の指し手は居らず──強いて言うならば全てを操作できたのは部外者であるアンネだろう。

 だからこそ、クラウスはアンネが動けるように動いた。

 クラウスがより深くヴォルフとレベッカと関係を持ち、話の中心に入り込むことでアンネと帳尻を合わせた。

 最初に相談を受けて話に巻き込まれた時点で考えた打算も確かにある。

 話に着いていけば今こうしているように謎に包まれた話を解き明かして、一層ヴォルフとの距離が縮まり、何よりクラウス自身のために有利に働くと思ったから。

 目的が達成されたといえばそうなのだろう。

 けれど代償に受け入れた真実は重く深く。そして何よりも辛いものではあった。


「…………どうでもいい事を一つ、教えておいてあげる」

「どうでもいいかは僕が決めるよ」


 唐突に放たれた言葉。惰性で相槌を打つとアンネは少し笑って紡ぐ。


「コルヌの家に行った時に黒髪の女性の使用人がいなかった?」

「…………記憶の限りだと一人だけ心当たりがあるね」


 言葉を返しつつ脳内の記憶を探る。

 コルヌの屋敷へ着いて、エーヴァルトの待つ部屋いくその道中。そしてヴォルフの退学の話か解消される要因となった手紙を持ってきた、二度クラウスの前に姿を現した黒髪の女性。

 その女性とアンネの語ろうとしている言葉が重なって少しだけ悪寒を覚える。


「その人がね、今のコルヌ家の党首。…………レベッカちゃんのお母さんだよ」

「聞いちゃいけない事の気がする……」

「私だけ真実に押し潰されるなんて不公平だと思わない?」


 小さく唸ると可憐に笑みで彩ってアンネは答えた。

 最後の最後に何て爆弾を置いていったのだろうか。

 というが防音の妖精術を掛けた理由ってそれを暴露したいが為じゃあないだろうね……。お願いだからそうであって欲しくはない。


「…………あとは二人の問題だけか」


 逃げるように呟いて頭の後ろに意識を向ける。

 耳を澄ませても声も呼吸も聞こえない。

 中では何の話をしているのか。少しだけ邪推して表情を暗くする。

 退学の話はなくなった。それはヴォルフにもレベッカにもいい知らせだ。

 ならば二人の間に存在する溝は一つしかない。

 許婚の解消。クラウスも今し方知った、破談の真実。

 その全てを伝えることで、ヴォルフにとってはそれ以上ない彼女の好意への答えとなる。

 血の半分繋がった兄妹だ。レベッカの想像する関係は、あってはならない。

 今になれば分かる。ヴォルフの望んだ『あるべき形』。

 先輩と後輩という、男女関係よりも遠い繋がりと言う線引き。

 レベッカにとっては覆しようのない事実で、否定の出来ない感情の否定。

 諦めろといわれて直ぐに頷ける話ではないだろう。もしそうであるならば、彼女は何度もヴォルフを求めたりしなかったはずだ。

 考えれば考えるほど、自分の選択が恨めしくなる。

 もしレベッカの気持ちを尊重していたなら、こんな多感な時期に重く苦しい真実と向き合わなくて良かったかもしれない。その言動が、純粋な好意であったなら、クラウスはここまで自分を責めなかったかもしれない。

 呵責の念に思考が沈む。

 過去を顧みる事が悪いことだとは思わない。過去に囚われる事がいけないのだ。

 どうにか思考迷路の活路を見出して顔を上げる。こちらを心配そうに覗きこむフィーナと視線がぶつかって笑みを浮かべたが、うまく笑えている気はしなかった。

 しばらくして部屋の中を見つめていたアンネが床を見つめるクラウスの肩を叩いた。

 どうやら中の話にけりが着いたらしい。覚悟を決めて立ち上がる。

 防音の妖精術を解除して扉を開けると中へと入る。

 最初に耳に飛び込んできたのは胸の締め付けられるほどの細くか弱い啜り泣きだった。

 今朝感じた既視感が目の前の景色と重なる。

 彼が、ヴォルフが俯き、彼女が、レベッカが啜り泣く。その二人をクラウスとアンネが静かに見つめる。

 隣のアンネの沈んだ表情は、レベッカの気持ちを否定する事に繋がった己の行動への自責の念だろうか。


「手間を掛けさせて悪かった」

「いいえ」


 ヴォルフの言葉に笑顔を浮かべて答えるアンネ。彼女の潔癖な程のその笑みに、ヴォルフは視線を外してクラウスを見据える。

 無言の圧力。視線に込められた脅迫に真正面から向き合って口を開く。


「心配はしないでください。悪用したりはしませんよ」

「クラウス」


 返って来たのは重く響く呼びかけ。その小さな変化に気付いて隣の少女を促す。


「アンネさん、後の事頼んでいい?」

「これは契約外だよ」

「分かってる」


 今後の日程の何処かに彼女の名前を刻み込みつつ交渉を成立させる。

 小さな溜息を零したアンネはレベッカに寄ってその背に手を回す。それから小さく啜り泣く彼女を促して廊下へと出て行った。

 残されたクラウスとヴォルフ。その間に横たわる無言の溝に最後の決心をしつつ口を開く。


「────すみませんでした」


 言葉と同時に下がったのは頭。心の底から目の前の彼に頭を下げる。


不躾(ぶしつけ)な…………」

「頭を上げろ」


 続けようとした言葉に彼の重い響きの変わらない声が重なる。ヴォルフの心の声を聞いた気がして言いかけた言葉を引っ込める。


「最初に話を振ったのはこちらだ。その結果にどうなろうとクラウスのせいではない」

「それで納得をしろと?」

「足りないならこちらから言ってやろうか?」


 縋るような声音は彼の引けない一線か。彼の心の奥底の感情を酌んで小さく息を吐く。


「責任を感じるなとは言わない。いい気分ではないだろうからな。けれど巻き込んだのはこちら側だ。だから最後までこちらの我が儘に付き合ってもらう」

「…………わかりました」

「レベッカとの事を一切口外するな。その代わり、私が君の力になろう」


 その言葉はクラウスにとって彼の最終目的地点で、最大限の譲歩だった。

 今回。どう考えても、無粋に首を突っ込んで話を引っ掻き回したのはクラウスだ。だからこそ、譲歩を出すのはクラウスだと感じていた。

 けれどヴォルフには得もあったのかもしれない。クラウスが言うと嫌味に聞こえるかもしれないが、クラウスのおかげで先ほどの場を設ける事ができたのだ。

 真実を交わし、事実と向き合う。禁忌として心の内で秘めてきたレベッカとヴォルフの間の溝を、少しでも埋める機会。

 それは二人の間にいつかは訪れるはずだった事で、その決心をするに至ったという見方をすれば、クラウスはヴォルフの背中を押したということになる。

 けれどそれはヴォルフの気持ちで、クラウスが不躾な言動で荒波を立てたことを否定する材料にはならない。

 だからこそ、後悔を感じるのであれば新しい希望で塗り替えればいいと。その為に力を貸すと申し出てくれたのだ。

 互いの胸には感謝と糾弾が綯い交ぜにして存在している。その落しどころ求めて幾つもの未来が彷徨っている。


「必要なのだろう、私が。だったらその野望が描き出す景色を、私にも見せてくれ。私はそれが、見てみたい」


 息を呑んだのは顔を伏せたクリスだった。

 人間の妖精従きとハーフィーの契約妖精。そんな不安定な二人が求める景色はどんな世界だろうか。

 種族の垣根のない平等な世界? 一切の諍いのない世界?

 今その問いに答えを返せる気はしない。クラウスの目的はただ一つで、その為に全てを利用すると決めただけの理不尽なまでの私欲だ。

 その先に彼の望む景色があるとは限らない。

 けれどもし願いを叶え、次の目的を見失って理由を見つけられなくなった時は、彼の希望に縋るのもいいかもしれない。

 卑怯に、心の内でそんな事を考えて小さく笑う。


「分かりました。ご期待に副えるかどうか分かりませんが、精一杯努力させていただきます。ヴォルフ先輩」


 善意に満ち溢れた先輩の表情に歩み寄りを返す。

 彼が名前で呼んだのだ。それ相応に返さなくては。

 理由をどうにかこじつけて納得を生み出すと笑顔を浮かべた。


「では行きましょうか。きっと会長に怒られますよ」


 踵を返して足を出す。耳元で、何処か嬉しそうに鼻唄を奏でるフィーナに心を躍らせる。

 床を踏みしめた足は、確かに前に進みだしていた。




 生徒会室へ向かうと部屋の中は慌しい空気で染まっていた。


「すみません、お待たせしました」


 いつも通り、変わらない声音でそう断りを入れて足を踏み入れる。途端、最初に飛んできたのは鋭く尖ったニーナの声だった。


「遅いっ」

「そうなるとお伝えしたはずですが」

「だから遅いって言ったの」


 短気……と言うよりは彼女の真摯さの表れだろうか。何事にも全力を尽くす彼女だからこそ、突然の変化には対応する事を不得意とする。

 クラウスとは少し毛色の違うこの学院の生徒の長に、自分にはない行動力を垣間見てそれを小さく頭の隅に置く。


「……分かりました。早速仕事に取り掛からせてもらいます」


 鷹揚に芝居掛かって返事を返すといつもと同じ、ユーリアの隣へと腰を下す。

 その最中、部屋の中にレベッカの姿がない事を確認して(おもむろ)に扉へと視線を移す。

 ニーナの問い詰めが先か、理由をもってくるのが先か。数瞬考えて、どちらに転んでもいいように思考を組み立てる。

 そうしてしばらく仕事を続けて気付く。

 元通り。レベッカが委員会へ来る前と殆ど変わらない空気。

 それはヴォルフの一件が真に片付いたから訪れた一時の安らぎの時間だろうか。

 今後の事を考えればこの平和で穏やかな空気も刹那に過ぎないと考えつつ、それでもと浸る。

 心地のいい空気だ。

 疑心と信頼に満ち溢れた、不安定な均衡の上に成り立った関係性。

 全員がまだ何かを隠していて。けれどそれが直接的に何かに影響を及ぼさない。そんな歪な心地よさを感じる空気。

 こんな関係が、不安定で確証のない信頼が気持ちいいなどと思ってしまう自分はやはり何処か歪んでいるのだろう。

 感情に理由を求め、感情を否定する自分が、不安定な感情論を肯定する。そんな矛盾極まりない感慨に納得をする自分がとても気持ち悪く、そして清々しかった。


「失礼します」


 そうして己の歪曲さを客観視していると唐突に扉を叩く音が響き渡る。

 全員の意識が手元からはなれ、視線が扉を追う。

 ニーナが入室を促すとゆっくりと引かれた扉の向こう側にはアンネが立っていた。


「お久しぶりです、生徒会長」


 そういえばこうして顔を合わせるのは悪戯事件が終わってから以来だったか。

 変わらず被った一生徒としての仮面に心の内で小さく笑う。


「今日はどうしたの?」

「先ほど…………」

「アンネ、ちょっとっ……!」


 ニーナの問い掛けに答えようとしたアンネが、その刹那風のように素早く動いたユーリアに腕を引かれて退出していく。

 彼女も色々と急がしい身だと同情しながらしばらく待っている中で、一つだけ変わった景色に少しだけ思考をまわす。

 テオ。そしてその肩の上に座る男の妖精。

 クラウス個人としては彼が誰なのか、その事実よりもそこにいるという事にこの先の未来を見出さずに居られない。

 クラウスが望んだ未来への第一歩。理想と願望に挟まれた自己満足な未来予想図への一つ目の段差。

 ここまで長かった。これからは止まれない。

 考えて湧き上がった衝動をどうにか制して手元に落す。

 と、そうこうしているとユーリアに開放されたアンネが再び顔を見せた。


「すみません、過保護な親友で」

「アンネッ」

「いいわよ、大事にしなさい」


 茶化したアンネにニーナが何処か寂しそうに零す。

 こうして言葉の端に嫌に勘ぐってしまう癖、直したいものだと思う。


「それで、今日はどうしたの?」

「コルヌさんの伝言とクラウス君にお話が」


 ちらりとこちらを見るアンネ。視線が合って、その瞳の奥にある無計画性に賞賛さえ覚える。

 そういう嘘は後々クラウスが痛い目を見るからやめて欲しい。


「どんな伝言?」

「今日は顔を出せないそうです。明日改めてお話しに来るそうです」

「そう」


 小さく嘆息して顔を伏せるニーナ。彼女は今回のヴォルフの件に殆ど関わっていないはずだ。

 けれどどこからか手にした情報をつなぎ合わせて大まかな事の流れを把握しているのだろう。情報の横流しをした人物を思い浮かべて辟易する。

 あの人、そういうの好きそうだからなぁ。


「わかった、教えてくれてありがとう。……それで、クラウス君への用事って言うのは?」


 からかいの空気を滲ませてニーナが問う。もしかして色々な鬱憤の捌け口なのだろうか。


「急ぐ話ではないので後にします。それより、よろしければですけれどお力添えいたしましょうか?」


 底の見えない嫌な会話。いつもは自分がこんな会話をしているのかと傍から見て嫌悪する。

 ニーナがクラウスを見て判断を仰ぐ。


「……いいと思いますよ。レベッカさんがいなくて手が足りないところでしたし」


 問い掛け以外の質問は気付かない振りをして無難に返す。

 少しだけ面白くなさそうに視線を外したニーナは、直ぐに笑顔を浮かべて口を開いた。


「それじゃあよろしくね」

「はい」


 アンネが浮かべた笑みには、提案が受け入れられたこと以上の歓喜が含まれている気がしたクラウスだった。




 アンネが加わって委員会の仕事もいつも通りに進む。書類が全て片付き、ヴォルフの入れたお茶で喉を潤してからそれぞれに帰路に着いた。

 和やかに流れる談笑を目の前に、クラウスとアンネは肩を並べて言葉を交わす。


「それで。一応聞くけど話ってのは?」

「分かってるのに聞くのは私に言わせたい言葉があるから?」


 質問に質問で返されて言葉に詰まる。

 分かってはいたことだ。彼女の好意には優先順位があって、その欲求が実る事はないけれども小さな報酬は貪欲に欲すると。

 小悪魔に口端を持ち上げて甘く悪戯に爪先立ちで耳元に囁く。


「期待に答えられなくてごめんなさいっ」


 アンネの好意にクラウスは頷いてはいけない。けれど心の安らぎとして、アンネと交わすこの棘だらけの会話を求めていた。

 それは傍からではアンネの気持ちを否定したクラウスが彼女に未練を感じているように聞こえるかもしれない。

 その側面がないとは言いがたい。事実、クラウス個人としてはアンネと言う少女はとても魅力的だと思う。

 けれどクラウスを否定し、ユーリアとの関係進展を望むアンネと結ばれてはいけない。

 それはきっと、真実を知ったヴォルフとレベッカのような禁忌さを二人の間に横たえているから。


「…………その自信に溺れないでよ」

「私が溺れるのは一人だけだから」


 どうにか突いた言葉に即座に返った彼女の声は、勝利の杯を手にした絵画のように優美だった。

 舌戦での負けを悟ってこの場は白旗を揚げておく。


「その溺愛の向かう先が、水槽に閉じ込められた道化師じゃない事を願ってるよ」

「赤鼻どうもっ」


 最後に、クラウスの頬をつついて前を歩くユーリアの元へと駆け寄っていく。

 深追いしてアンネの事を考えそうになった頭をどうにか別のことで塗り潰す。危ない危ない……もう少しで暗黙の了解に踏み込むところだった。


「やっぱりわたし、あの人嫌いですっ」


 可愛らしく頬を膨らませるフィーナだけが味方な気がして彼女の存在を尊く感じた。

 昇降口を過ぎて土の地面を足裏に感じながら帰路の実感を噛み締めていると、周りの視線を嫌うようにして幼馴染が声を掛けてくる。


「クラウス、報告だ」


 いつもはクラウスの我が儘に振り回して、彼には多大な迷惑をかけている。大概の報告にはクラウスの何かしらが着いて回っていたので、テオからの報告とは珍しいと事を思いつつ耳を傾ける。


「そろそろ俺も動けるぞ」


 彼のその言葉に、思わず背筋が震える。

 その言葉を、この瞬間をどれほど待ち望んだだろうか。

 ようやくクラウスの思い描く始まりに足を掛けた気がして、知らず口角が持ち上がる。


「そっか。これから、忙しくなるね」


 足を止めたクラウスが零すと同時、テオの肩に小さく火の粉を振りまいて一人の妖精が降り立った。


「お初にお目にかかる。我輩はヘルフリート。主、テオ・グライドの契約妖精だ。よろしく頼む、クラウス・アルフィルク」


 赤錆色の短い頭髪を逆立て、宵闇の中にエメラルドグリーンの宝玉のような双眸がきらりと光る。左目の上の額の辺りには争いの爪痕を生々しく残す皮膚の裂けた様な傷跡が残っていた。

 この妖精が、クラウスをここまで動かす要因となったその一欠片……。感嘆と共に短く口を結んで、それからようやく声を返す。


「よろしく、ヘルフリート。僕の事はクラウスで構わないよ」

「心得た」


 少しだけ堅苦しい言い回しは性分か。ディルクに続いて、男の妖精だなどと、どうでもいい事を考えつつテオに視線を向ける。


「何時から動く?」


 テオなりの覚悟の表明なのか。見る人が見れば目を奪われそうなほどに凄烈とした整った顔立ちに畏怖さえ抱きつつ言葉を継ぐ。


「とりあえず今学期中に出来るところまで。後は夏休みで大きな奴を一つ片付けようかな」

「わかった。俺はどうすればいい?」


 妄信的な信頼。幼馴染が時たま見せる全幅の従属のようなそれに回り出した歯車の音を聞いて、思考が段々と冷静に凍てついていく。


「……とりあえずお偉い方にお話でも聞きに行こうか。詳しい事は明日」

「まっ、難しい事は任せる」

「テオらしいね」


 変わらない真紅の瞳が炎のように揺れるのを視界の端に、クラウスは光冴える夜空の陽を仰ぎ見る。


「フィーナ、最後に確認、いいかな?」

「聞くだけ無駄ですよ?」


 白銀の長髪を夜風に靡かせて、相棒たる終わりの名を持つ彼女が囁くように声を綻ばせる。


「もう止まらないよ。だから、僕に一生着いて来て」

「私は、契約を交わしたあの日から────全てがクラウスさんのものですよ」


 ともすればそれは愛の告白のように。

 初めて彼女と会ったときとは比べ物にならないほど、自信に満ち溢れた笑みを胸に刻み込んで息を吸い込む。


 この世界に、皹を穿つ。


 彼女と交わした約束が、胸の真ん中で再び火花を上げて燃え始める。

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