第三十二話 おかしいな?
――――ガチャ……。
玄関の外には、見覚えのある二人の女性。
「あれ? リディさんに、アーニャさん……?」
あたしはドアの近くに居るリディさん。
リディさんの後ろに、長くてまっすぐな黒髪に、吸い込まれそうな黒い瞳の女性・アーニャさん。
アーニャさんは軽く目を伏せてる。
「やっほーニコちゃん。今日はお疲れ」
そう言ったのはリディさん。
……おかしい。
いつものテンションのおかしさが、ない。
「どうしたんです、リディ。様子が変ですよ? それと、アーニャ。どうしてこんな遅くに……?」
不思議そうな顔で問う執事さん。
あ。
アーニャさんは執事さんの奥さんです。
つまりウェルコットさんの義母。
レティさんのお母さんです。
とっても綺麗で落ち着きのある優しい人!
憧れます……。
「そんなことなですよ~ぉ? いつもどーりです~ぅ」
怪しすぎる上、ぎこちない笑みを作ったリディさん。
うん。
へたくそすぎだよ!!
「それのどこかいつも通りなんです?」
呆れ顔の執事さん。
そんな執事さんの袖に、両手ですがるように軽く握る、俯いてるアーニャさん。
「あ、あの、ノエル。……リディさんは、悪くないの。私が、頼んだのっ…………!」
「アーニャが……?」
真剣そうな声に、執事さんが眉を寄せた。
「えぇ。大切な話があって…………」
ゆっくりと顔を上げたアーニャさん。
そんな姿に執事さんが、困った顔で優しく言った。
「帰ってでもできる話じゃないのか?」
「……えぇ。でも、急いでいるの。とっても、とっても……」
アーニャさんは悲しそうに顔を歪めながら言った。
そして、執事さんは『そうか』って優しい声でいたわるように彼女の背を撫でる。
「ノエル……。大好きよ。私は心から、あなたを愛してるわ」
そう言った声は、泣きそうだった。
執事さんもそれに気づいたのか、そっとアーニャさんを抱き寄せた。
…………って!
こら!
さっき言ったばっかりじゃない!
ピンクオーラが苦手って!!
もういい。
部屋帰るもん!
勝手にイチャついててください!
ふん!
そう思って居なくなろうとしたけど、リディさんがいたことを思い出した。
「リディさん。ところで今日はどうしたの? 忘れ物?」
「え? ……そう、ね。そんなところかな?」
……聞いたのあたし。
なんでリディさんが首かしげるの?
やっぱり変だよ。
リディさん。
「もう! にこちゃん、そんな顔しないでよぉ~」
「ぅわぁ!」
抱き上げられて、抱き込まれた……。
……複雑…………。
「えへへぇ。やっぱりちっちゃーい! かわいい~!!」
『すりすりすり~』って言って、あたしの頬に頬を摺り寄せてるリディさん。
何がしたいのかな?
あ、わかった。
あれかな?
ほら、猫とか犬とかに顔を擦り付けてその毛触りを堪能する…………って!
ちょっと待った!!
リディさんの中でもあたし、ペット的存在なの?!
って、それどころじゃない!
いや、それどころだけど!!
「ちっちゃくないもん。顔もフツーだもん。ペットじゃないもん!」
「あれれ? すねちゃった?」
パッと頬ずりをやめて、あたしを正面から不思議そうに見つめてる。
どうしよう。
片方ずつ違う色の目で見つめられるのって、なんか落ち着かない……。
「すねてないもん……」
つい顔をそらせした。
そしたら、リディさんが『きゃぁー!』っていって抱き着く力が少し強くなった。
「もう可愛過ぎ!!」
……もう何も言うまい。
あたしはそう思うことにした。
リディさんは頬ずりを再開させている。
もちろん。
すりすり言いながら……。
それからしばらくして。
あたしは解放されて、床に降り立った。
げんなりしていたのは言うまでもないよね……。
「ニコちゃん。っ、ごめんね……」
「……え…………?」
泣いてる様なリディさんの声が聞こえて、驚いた。
だから、しゃがんであたしと目線を合わせているはずのリディさんのほうに目を向ける。
リディさんは顔を覆ってた。
手の隙間から、小さな嗚咽が聞こえる。
「どうしたの、リディさ――――」
そう問おうとした。
なのに、何も見えなくなった。
☆☆☆
「もう、良いのか?」
ガチャっと音をたてて開いた玄関。
そこに居たのは直毛の長い黒髪に血の様な瞳の男と、茶色い短髪に同じ茶色の瞳で、腰に剣を下げた男。
あたしは倒れこんできたニコちゃんを抱き留めて。
妹は、愛する夫を抱き留めている。
あたしたちは、二人そろって、その二人を見つめた。
「ダンドルディック、ラルフォード……。ごめん、待たせた?」
あたしはそう言って、笑ったけど、きっとうまく笑えていないだろう。
でも、そうしないといけないような気がした。
ラルフォードは困ったように笑って。
ダンドルディックは、目をそらした。
二人はきっと、気を使ってくれてるんだろう。
特に、ダンドルディック。
この人は、そう言うことが下手くそのくせに……。
「いや。大したことではない。ただ、急がなくてはならないことは確かだ……」
ダンドルディックは、目をそらしたまま言った。
でも、今からやろうとしていることで、少しは顔を歪めるくらい、したらいいのに……。
「うん、わかってる。だから、お願い……」
「あぁ……」
☆☆☆
あれ?
あたし、何してたんだっけ?
あ、そうだった。
お父様たちが出すピンク色の雰囲気から逃げてきてたんだった!
よし。
さっさと部屋に帰ろう。
そう思って足音殺して廊下を早歩きしてたら、玄関の方から物音。
なんとなく気になって行ってみたら、そこには執事さんが居た。
手には箒とちりとり。
……掃除してたんだ…………。
そうだよね。
執事さんって掃除大好きだもんね……。
でも、ここまで来て話しかけないのも感じ悪いよね。
「執事さん」
「おや、お嬢様。いかがなさられましたか?」
軽く首をひねってあたしの方を向いた執事さん。
「えへへ。ピンクオーラから逃げてきた!」
そういって笑うあたしに、執事さんは困った顔で笑った。
「奥様と旦那様は本当に仲がよろしいですからね」
「そうだよね。こっちが恥ずかしくなっちゃうよ……」
あ。
いけない!
執事さんの奥さんって、レティさんを産んですぐに、亡くなられたんだった!!
あちゃぁ……。
失敗。
「あ、お嬢様。今日はもう遅いので、お休みになられてはいかがです?」
「は~い。おやすみなさい、執事さん」
「えぇ。おやすみなさいませ」
執事さんはそう言って頭を下げた。
あたしはそれに毎度毎度、申し訳ない気分になるんだよ……。
執事さん大丈夫かな?
レティさんが王宮でスティアナ様の傍に付きっきりになってからこっち。
夜遅くまで、お仕事してるんだけど……。
心配だな……。




