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「えぇと……?」
グレイスは訝しむように目の前の男を見ていたが、ハッとして、慌ててポシェットを握りしめた。
(まさか、騎士に扮した新手の強盗⁉︎)
アンナの忠告を思い出し、警戒しながら男をじっと見つめる。
グレイスに見つめられた男は、なぜか彼女とは目を合わさずに、落ち着きなく視線を泳がせていた。……ますます怪しい。
グレイスが、じり……と一歩下がった。その時、別の甲冑を着た騎士がこちらに駆け寄ってきた。
「カリスト! やっと見つけた。俺たちの担当区域はあっちだ。隊長にどやされる前に、早く行くぞ!」
「ちょ、ちょっと待てレイヴァン! 俺、今……」
その隙に、グレイスはポシェットを抱きしめたまま逃げるように走り去った。
「あ! 待って、グレイスさ……あぁあ!」
カリストは、同僚の黒髪騎士レイヴァンに連れて行かれながら、逃げ去るグレイスの背中に手を伸ばして情けない声を上げたのだった。
二人の騎士が見えなくなるまで走ったグレイスは、ようやく足を緩めた。
(『カリスト』……やっぱり知らない名だわ)
ということは、やはり知り合いを装った強盗なのだろうか……しかも、仲間で騎士に扮するとは、かなりの悪質さだ。
(勘違いならそれでいいけれど、もし本当に悪い人だったら大変だわ。念のため、騎士の方に相談しておきましょう)
グレイスは使命感を胸に、騎士の詰所へ向かうことにしたのだった。
騎士の詰所で、グレイスは自分の順番を静かに待っていた。観光客の増加に伴い、詰所を頼る人々も増えているようで、騎士たちは大変そうだ。
順番待ちのため、しばらく呼ばれなかったが、やっとグレイスの番になり、彼女は案内された室内へと入っていった。
中には厳かな雰囲気の中年男性が待っていた。彼は受付時にグレイスが話した概要を把握しており、かなり深刻な表情を浮かべている。
「大変お待たせして申し訳ありません。騎士隊長を務めております。今、騎士の手が足りておらず……私も先ほど戻り経緯を聞いたところです。一刻も早く、事件解決のため、その犯人の人相などをお伺いできますか?」
「お忙しい中、時間を作ってくださりありがとうございます。えぇ、もちろんですわ」
グレイスも真剣な表情で頷き、先程見た金髪の若い男の風貌を事細かに伝えた。
「ふむ……犯人は二名と……集団の犯行も視野に入れて動かないといけませんね」
「はい。一人は背が高く、甲冑姿でしたが、手足がすらりと長いのを見て取れました。それに、明るい金髪で、青い瞳は吸い込まれそうなほど綺麗です。顔立ちはとても整っており、一見爽やかそうな好青年でしたわ……」
騎士隊長はこれまで真剣に頷きながらグレイスの言葉をメモに残していたのだが、ペンの手を止めて思わずグレイスを見た。
「何かございましたか?」
「い、いえ……」
騎士隊長は再び、メモを取り始める。
(この方の好みの男性を言っているわけではないんだよな……)
騎士隊長は気を取り直すと、改めてグレイスに尋ねた。
「犯人の特徴は分かりました。次に……貴女が被害に遭った内容をお聞かせください」
「被害ですか?」
「えぇ……」
グレイスは困ったように眉尻を下げて言った。
「被害には遭っていません。ただ、全く知らない男性から、名前を呼ばれて引き止められたのです」
「……えっと……」
「私は王国出身です。この国には一週間ほど前に初めてやって来ました。それなのに、私の名前を呼んだのですよ。私の全く知らない若い男性が!」
騎士隊長は「落ち着いてください」と慌ててグレイスを宥めると、改めて座り直し、もう一つ尋ねてきた。
「その男は、貴女に何か言っていましたか?」
「いえ、私を見るなり突然固まってしまって……それからは、なんだか落ち着かない様子で不審でしたわ」
騎士隊長は頷き、一つの結論を出した。
「心してお聞きください」
騎士隊長の深刻そうな表情に、グレイスも自然と前のめり気味になり頷く。
「これは、おそらく強盗ではありません」
「えっ」
「口説かれたんです」
「…………」
絶句するグレイスに、騎士隊長は丁寧に説明した。もうすぐ開催が近いフロレンヴィアの花祭りでは、花の女神『フローラ』の選出が主な目的ではあるが、若者たちにとっては出会いの場でもあるということを。
そして、この時期になるとこういう軟派が増えるらしいのだ。
「わ、私が……口説かれたんですか……? あんな若い子に⁉︎」
「男は、包容力のある年上の女性に惹かれる時期もあるのです。若い男なら尚更です」
グレイスは思わず頭を抱えた。
(は、恥ずかしい……強盗じゃないのにこんな通報をして……忙しい騎士の方々にご迷惑をっ……!)
顔を真っ赤にして、ぷるぷると震えるグレイスに、騎士隊長は気遣ってなるべく柔らかな口調で言った。
「とはいえ、職務中にそのような恥じる行為をする部下がいるとは、私としてはとても遺憾です。ご報告いただきありがとうございます」
グレイスは少し涙目になりながらも、なんとかこくりと騎士隊長に頷いた。
「今の見た目の特徴から、こちらで該当する騎士を割り出してみます」
騎士隊長はそう言いながらも、自分の直属の部下の一人の顔が、なぜかチラチラと頭に思い浮かぶ。
(もしかして……いや、でもあいつはそんな性格ではないし……)
思い浮かべては打ち消すことを繰り返していると、グレイスがハッと思い出した様子で呟くように言った。
「そういえば、『カリスト』と呼ばれていたような……」
それは、やはり騎士隊長が思い浮かべてしまった部下の名前だった。
騎士隊長は怒りの形相で立ち上がる。勢いよく立ち上がった拍子に、椅子が後ろへ倒れた。
「あいつ……!」




