第99話:300 Miの先へ、働く場所を運ぶ
星環暦1285年・翔風月≪第4月≫20日・火曜――
アスタリア大商会本部・工事管理室――
シェリィ・ヴァルモントの前には、2枚の大きな施工計画図が広げられていた。
1枚は、完成まで残りわずかとなったアスタリア側300.00 Mi(ミーレ/300.00km)の《魔導熱伝導路》。
もう1枚は、その3倍に及ぶ公爵領側900.00 Miの本線計画だった。
アスタリア側では第21工区(第3期・第1工区)から第24工区(第3期・第4工区)までがすでに10.00 Miへ到達し、第25工区(第3期・第5工区)も残る距離は0.18 Miまで縮まっている。
だが、シェリィの視線は施工距離だけを追ってはいなかった。
公爵領側の地図には、熱路だけではなく、保守基地・備蓄倉庫・資材輸送経路・医療拠点・食料供給経路までが書き込まれている。
「900 Miを敷設するだけでは、工事は続けられません」
担当者たちが地図へ目を向けた。
「施工する人が眠る場所、食事を取る場所、負傷した時に治療を受ける場所、工具や交換部品を保管する場所、それに毎日必要な資材を運ぶ仕組みまでなければ、熱路だけ先へ伸ばしても現場が持ちません」
アスタリア側300 Miでは、施工距離が伸びるたびに保守基地や備蓄倉庫を整え、その失敗と改善を積み重ねてきた。
公爵領900 Miでは、その経験を最初から使える。
それでも、距離が3倍になれば同じ方法を単純に3倍すればよいわけではない。
遠くなるほど輸送に時間がかかり、倉庫が完成する前に施工班が先へ進む可能性も高くなる。
シェリィはヴァイセンフェルトの位置を指した。
公爵領第1工区の4.00 Mi地点から将来支線を分岐させ、本線は市街地外周を通過する計画になっている。
その先の都市内熱供給まで考えれば、本線だけ完成させても十分ではない。
「ヴァイセンフェルトの保守基地と備蓄倉庫は、今日から正式着工します」
工事管理担当者が確認する。
「建設主体はアスタリア大商会、保守基地1施設と備蓄倉庫1施設ですね」
「はい」
総建設予算は金貨775枚。
保守基地は金貨450枚、備蓄倉庫は金貨310枚、工期短縮対応費は金貨15枚を上限として管理し、実際の原価は発注・納品・使用・勤務実績に基づいて集計する。
予定工期は21日、完成予定日は熾火月≪第5月≫10日。
完成条件は、建物が建ったことではなく、設備を含む総合試験と正式検収への合格だった。
「建設要員は既存の一般建設工事を担当する14名を中心に編成します。C01からC10とは別部隊です」
「同じ人を別々の現場に重複配置しないよう、従業員名簿との照合もお願いします」
「承知しました」
建設班はこの日から移動と事前準備へ入り、現地造成は24日から開始する。
シェリィはさらに物流計画へ視線を移した。
「もう一つ、仮設倉庫について問い合わせを始めてください」
「フォルスター車両製作商会ですね?」
「はい。3台です」
問い合わせるのは、HT-C001対応の長尺資材用移動式仮設倉庫荷車だった。
HT-C001は1本10.00 Er(エルン/10.00m)。
通常の資材荷車では、保管設備として十分な長さを確保できない。
そこで荷室有効長10.80 Er以上、有効幅2.40 Er以上、有効高2.20 Er以上とし、着脱式架台・荷重分散支持台・補強床・長尺資材固定装置、防水・断熱・換気・施錠設備、支持脚・車輪固定装置・着脱式収納棚・魔導照明・温湿度計を備える規格で問い合わせる。
ただし、保管可能本数と積載重量だけは、HT-C001の実重量と荷車構造を確認した製造商会の正式回答を受けてから確定する。
「馬と御者は?」
「購入しません。必要なのは牽引可能な荷車部分だけです」
「回答が来たら、すぐ発注しますか?」
「取扱可能との正式回答があり、規格・品質・見積金額がこちらの条件を満たしていれば、回答を受けた日に3台を一括で正式発注してください。納期は最短で」
まだ回答は届いていない。
だから、発注日も購入金額も納品日も決めない。
問い合わせをしたという事実と、買ったという事実を混同してはならなかった。
「荷車が納入されるまでは、W10の既存馬車で補給を続けましょう」
「食料・生活用品・積載可能な一般資材を優先します」
「お願いします。HT-C001の長尺輸送は専用の輸送記録と分けて管理してください」
シェリィは地図を見ながら、小さく息を吐いた。
「工事を始める前に、工事を続けられる状態をつくってください」
その一言が、公爵領900 Miの施工を支える新しい原則になろうとしていた。
◇
同日――
アスタリア側《魔導熱伝導路》――
アスタリア側では、C04・C06・C07・C08・C10が担当工区の施工を続けていた。
一方、第25工区を担当するC03は、残る0.18 Miの施工とその後の検査へ向けて、資材・工程・検査記録の最終確認を進めている。
すでに完成した工区が増えたことで、施工班すべてが同じ仕事をしている状態ではなくなっていた。
ある班は施工を続け、ある班は検査を待ち、ある班は引継ぎを行い、ある班は長期赴任後の休養へ入る。
同じ《魔導熱伝導路》でも、部隊ごとの時系列は少しずつ違っている。
だからこそ、施工距離だけを見て管理することはできなかった。
◇
星環暦1285年・翔風月≪第4月≫21日・風曜――
アスタリア大商会本部・集合場所――
朝早く、施工部隊C01の出発準備が進む中、一人の女性が集合場所へ姿を見せた。
エレオノーラ・ベルクハイム(39歳・保守基地専属治療魔法士)。
北部山岳地域の鉱山救護所で治療魔法士として働き、寒冷地での負傷・凍傷・疲労への対応、そして本格的な治療施設へ搬送するまでの応急処置と安定化を経験してきた女性だった。
この日が、アスタリア大商会への正式入社日である。
エレオノーラはC01の責任者へ一礼した。
「本日から、現地での初期治療と健康管理を担当します。よろしくお願いいたします」
「こちらこそ。公爵領の工事は長くなる。頼りにしている」
「はい。無理をしている方には、本人が大丈夫と言っても休んでいただくことがあります」
その返答に、周囲の施工員から小さな笑いが漏れた。
だが、誰も冗談だとは思っていない。
寒冷地での長期施工では、本人が気づかないうちに疲労や冷えが蓄積する。
治療魔法士は負傷した者だけを治す存在ではなく、重大な事故へ至る前に異常を見つける役割も持つ。
出発するのは、C01の施工員14名、同行料理人1名、そしてエレオノーラ1名の合計16名。
公爵領側の最初の施工拠点まで300 Miを、4日間かけて移動する。
シェリィは一行の前へ立った。
「皆さんが向かう先には、まだ《魔導熱伝導路》がありません」
施工員たちは静かに耳を傾ける。
「これから皆さんが造るものが、公爵領の街や町をつないでいきます。でも、900 Miという数字を見て急ぐ必要はありません」
シェリィはエレオノーラにも視線を向けた。
「働く人の命を守ることも、大切な仕事です」
「承知しました」
「施工距離より、無事に戻ることを優先してください」
C01は長い休養を終えたばかりだった。
だからこそ、休ませた意味を失わせるような無理をさせるつもりはない。
荷物の確認が終わり、馬車がゆっくりと動き始める。
16名を乗せた一行は、300 Mi先の公爵領へ向けて出発した。
この日は移動だけであり、公爵領側の施工距離は0.00 Miのままだった。
◇
同日――
アスタリア側では、保守班M25も翌日の移動に備えて準備を進めていた。
第25工区の正式検収予定日は25日。
M25は検収前日の24日に現地へ到着できるよう、翌22日ではなく、この日から必要な移動確認と物資準備を整え、正式な移動日程へ入る。
一方、M24は前日から第24工区へ向かっており、23日の現地到着、24日の正式検収立会いを予定している。
施工を終えた部隊と、設備を守る部隊。
完成へ近づくほど、仕事の中心は少しずつ「造る」から「守る」へ移っていく。
◇
星環暦1285年・翔風月≪第4月≫22日・水曜――
公爵領へ向かう街道――
C01の移動は2日目に入っていた。
出発初日の緊張が少し薄れ、休憩地点では施工員たちの会話も増えている。
同行料理人が温かい食事を用意する横で、エレオノーラは一人ずつ体調を確認していた。
「痛みはありませんか?」
「ありません」
「昨日より足が重い感じは?」
「少しだけ」
「では今夜は早めに休んでください。長い移動の疲労は、その場ではなく翌日以降に出ることがあります」
C01の責任者が苦笑した。
「到着したら、すぐに工事を始めたいところなんだがな」
エレオノーラは首を横に振る。
「まずは休息と、基地の状態確認を優先してください」
「そうだな。会長にも無理をするなと言われている」
300 Miを移動すること自体が、現場作業の一部だった。
到着した時点で疲れ切っていては、その後の施工安全を守ることはできない。
一行は急ぐことなく、予定した行程を進んでいった。
◇
同日――
アスタリア大商会・物流管理部門――
W10から公爵領側へ向けた補給も続いていた。
仮設倉庫荷車3台はまだ問い合わせ中であり、存在しない設備を使うことはできない。
そのため、当面はW10にすでに配備されている馬車を利用し、食料・生活用品・一般資材を施工開始日と現地の消費予定に合わせて送る。
出庫数量、輸送数量、現地受領数量はそれぞれ別に記録し、途中で差異が出れば追跡できるようにする。
また、施設や職員が着任していない日から食料を消費したことにはしない。
帳簿上の在庫が減るのは、実際に使い始めてからである。
シェリィは報告を聞きながら頷いた。
「新しい荷車が納入されたら、輸送班を1班追加する方針はそのままでお願いします」
「納入前には増員しません」
「はい。アスタリア側の配送を削って、公爵領へ人を回すこともしないでください」
新しい仕事を始めるために、今まで続けてきた仕事を壊しては意味がない。
物流もまた、見えにくいが事業の根幹だった。
◇
星環暦1285年・翔風月≪第4月≫23日・土曜――
公爵領へ向かう街道――
移動3日目。
休憩中、C01の責任者は公爵領側第1工区の設計図を広げていた。
第1工区は10.00 Mi。
その途中、4.00 Mi地点からヴァイセンフェルトへ向かう都市内支線を分岐させる計画になっている。
「本線は街の中へそのまま入れず、市街地の外周を通す」
施工員の一人が図面を指した。
「街への支線は、ここですね」
「そうだ。本線の施工時点から、後で分岐できるよう接続位置を考えておく必要がある」
公爵領側は全900 Mi。
将来はヴァイセンフェルトだけでなく、各地の都市や町へ支線を延ばしていく可能性がある。
単に900 Miの線を一本引けば終わる工事ではない。
どこで分かれ、どこへ熱を届け、どこで保守するのか。
最初の1 Miを造る時から、その先を考えておかなければならない。
エレオノーラは図面を覗き込みながら尋ねた。
「医療設備のある基地も、工事が進むごとに増えていくのですか?」
「その予定です。施工班だけ先へ行って、治療できる場所が何十Miも後ろでは困りますから」
「それなら安心しました」
熱路だけを先へ延ばさない。
働く場所と、働く人を支える場所を一緒に前へ運ぶ。
それが公爵領施工の形になり始めていた。
◇
同日――
ヴァイセンフェルト――
アスタリア大商会の一般建設要員も現地へ到着していた。
保守基地と備蓄倉庫を建てるための敷地を確認し、翌日から始める造成・基礎工事の準備を行う。
本線の分岐地点は、まだはるか先である。
公爵領側の《魔導熱伝導路》は、まだ1 Erすら敷設されていない。
それでも先に保守基地と備蓄倉庫を整える。
熱路が到着してから準備を始めるのでは遅いからだ。
工事が来る前に、人と物を受け入れる場所を作っておく。
それもまた、300 Miの施工経験から得た答えだった。
◇
同日――
アスタリア大商会・牧畜実証施設――
若鶏100羽の飼育を続ける施設では、新たに加わった従業員8名が既存の4名とともに作業を進めていた。
給餌量・飲水量・健康状態・鶏舎内温度を確認する一方、人工ふ化担当者たちは自作した250個対応保温箱の試験準備を進めている。
前回完成したのは箱本体だけであり、卵を入れてよい段階ではない。
この日は温度分布や湿度、換気の確認方法を決め、試験条件を記録へ残していた。
「一か所が適温でも、箱の端で温度が違えば駄目です」
人工ふ化担当者の言葉に、設備技術者が測定位置を書き込む。
「上段・中段・下段、それに左右でも確認しましょう」
「卵を入れる前に、何日か安定しているか見たいです」
「そうしましょう」
誰かの命令を待っているだけではない。
自分たちで必要な条件を考え、専門の違う者同士で意見を出し合う。
その姿は、牧畜実証事業が単なる設備試験から少しずつ事業へ変わり始めていることを示していた。
◇
星環暦1285年・翔風月≪第4月≫24日・闇曜――
公爵領・第1保守基地VB001――
4日間、300 Miを移動したC01の一行が、ようやく目的地へ到着した。
目の前には、第1保守基地VB001が建っている。
エレオノーラは馬車から降り、建物を見上げた。
「ここが、これからの拠点になるのですね」
C01の責任者が頷く。
「使える状態になっていることを確認できれば、だ」
建設業者が工事を終えたという報告だけでは、使用開始にはできない。
実際に暮らし、働く者が設備を確認し、必要な機能が使えることを確かめる。
一行は到着後、通常施工には入らず、基地を安全に受け入れるために必要な確認を始めた。
保守作業場所、点検・修理用工具、交換部品と予備部材の保管場所、温度・魔力監視設備、中央管理室との魔導通信、緊急対応設備、防火・避難設備、厨房・食堂・生活設備、暖房・断熱設備。
食料保管設備では、氷系魔石を利用した冷蔵庫と冷凍庫も実際に動作させる。
同行料理人は厨房設備を確認し、調理器具・給排水・食料保管場所を一つずつ見ていった。
「厨房は使用できます。冷蔵・冷凍設備も問題ありません」
一方、エレオノーラは医師用治療室へ入った。
治療台、衛生設備、医療用品の配置、緊急時の搬入動線、応急処置後に搬送する際の経路まで確認する。
「治療室は使用できます」
最後に、C01の責任者が検収記録を確認した。
全項目が合格している。
「VB001、全項目合格。正式に引き受けます」
翔風月24日。
第1保守基地VB001は正式検収に合格し、その日から使用を開始した。
宿泊場所も、厨房も、治療室もある。
施工班のために、新たな宿泊・調理用馬車を借りる必要はない。
何より、翌日から工事を始めても、戻ってこられる拠点がある。
エレオノーラは自分に割り当てられた治療室をもう一度見回した。
これからこの場所で、施工員たちの健康を守る。
それが、自分の新しい仕事だった。
◇
同日――
アスタリア側第24工区(第3期・第4工区)――
第24工区では、翔風月17日に10.00 Miへ到達した設備の正式検収が行われた。
M24は前日までに現地へ到着し、保守引継ぎの準備を整えている。
施工記録、検査結果、接続状態、制御設備、安全設備、保守資料。
確認すべき項目を一つずつ照合し、問題がないことを確認する。
「第24工区、正式検収合格」
その判定によって、管理責任はC02からM24へ正式に引き継がれた。
敷設を終えた日と、設備として正式に引き渡した日は違う。
その区別は、工区が増えても変わらない。
◇
同日――
ヴァイセンフェルト――
一般建設班は、保守基地と備蓄倉庫の現地造成と基礎施工へ入っていた。
建築担当は建物位置と地盤を確認し、設備担当は給排水・魔導通信・将来の熱供給経路を照合していく。
完成予定日は熾火月10日。
まだ基礎が始まったばかりであり、完成した施設として扱うことはできない。
だが、900 Miの本線が到着するより先に、働く人を受け入れる準備は確実に進んでいた。
◇
星環暦1285年・翔風月≪第4月≫25日・光曜――
公爵領側《魔導熱伝導路》第1工区(第1期・第1工区)――
朝。
C01の施工員たちはVB001で一夜を過ごし、公爵領側最初の施工地点に立っていた。
目の前に延びるのは、まだ何も敷設されていない本線予定地。
全長900.00 Mi。
90工区。
その最初の10.00 Miが、ここから始まる。
C01の責任者が全員を見渡した。
「本線900 Mi。最初の10 Miを、ここから始める」
返事が重なる。
土系魔法士が地盤状態を確認し、施工員が設計位置と高さを照合する。
資材受入記録と実際の搬入数量も確認された。
アスタリア側で何度も繰り返してきた工程だった。
それでも、ここでは意味が違う。
最初のHT-C001が、慎重に所定位置へ据え付けられる。
「位置、確認!」
「固定完了!」
「次の路体を!」
一本ずつ、決められた手順を守って進める。
急ぐ者はいない。
900 Miという巨大な数字を前にしても、目の前の一本を正しく敷設する以外に、距離を縮める方法はない。
この日の施工実績は0.18 Mi。
HT-C001換算で理論上18本分の敷設距離となる。
ただし、0.18 Miを敷設したということと、その区間が正式検収に合格したということは同じではない。
公爵領側第1工区の累計施工距離は、0.18 Mi。
全900.00 Miに対して、0.02%。
数字だけを見れば、ほとんど始まっていないに等しい。
だが、それは公爵領側で初めて記録された、正式な施工実績だった。
◇
同日午後――
アスタリア側第25工区(第3期・第5工区)――
一方、アスタリア側では第25工区の正式検収が行われていた。
残っていた0.18 Miの敷設を終え、10.00 Miへ到達した設備について、施工記録と検査結果を照合する。
M25も前日までに現地へ到着し、引継ぎの準備を終えていた。
検査結果は合格。
翔風月25日、第25工区は正式検収に合格し、C03からM25へ管理が引き継がれた。
これでアスタリア側第21工区から第25工区までの5工区は、すべて10.00 Miの敷設と正式検収を終え、保守班へ移管されたことになる。
造る仕事が終わった場所から、守る仕事が始まっていく。
◇
同日夕刻――
アスタリア大商会本部・施工管理室――
公爵領から最初の施工報告が届いた。
担当者が報告書を読み上げる。
「公爵領側第1工区、本日施工距離0.18 Miです」
シェリィは静かに頷いた。
「最初の180 Er(エルン/180m)ね」
「はい」
施工管理図へ、ほんの短い線が加えられる。
900 Miの地図の上では、目を凝らさなければ分からないほど短い。
それでもシェリィは、その線をしばらく見つめた。
「小さく見えるかもしれないけれど、この道が900 Mi先まで続いていくのよ」
アスタリア側の最初の工区も、最初から300 Miあったわけではない。
一本を敷き、次の一本を敷き、工区を一つずつ完成させてきた。
公爵領も同じだ。
違うのは、今度は最初から、施工だけでは工事が続かないことを知っていることだった。
◇
星環暦1285年・翔風月≪第4月≫26日・火曜――
アスタリア大商会本部・工事管理室――
この日は工程上の施工休務日として、新たな敷設作業を行わず、各地から届いた進捗記録と翌週以降の工程を整理する日となっていた。
公爵領側のVB001では、C01の施工員たちが身体を休めながら資材使用予定を確認し、同行料理人は食料在庫を点検し、エレオノーラは健康管理記録と緊急対応体制を整理している。
休む日であっても、止められない健康確認や在庫確認まで放棄するわけではない。
ただし、新たな敷設を行った実績にはしない。
シェリィの机の上には、2枚の施工進捗表が並んでいた。
担当者が2枚の数字を見比べた。
「ずいぶん対照的ですね」
シェリィも同じ表を見た。
「でも、どちらも大事な数字よ」
完成が見えてきた300 Mi。
始まったばかりの900 Mi。
片方だけを見ていればよい時期は、もう終わった。
アスタリア側では完成した設備を守る保守班が必要になり、公爵領側では施工班が進む先へ保守基地、備蓄倉庫、食料、医療、通信、資材を送り続けなければならない。
さらに、ヴァイセンフェルトでは保守基地と備蓄倉庫の建設が始まり、その先にはまだ建設を待つ基地が並んでいる。
仮設倉庫荷車3台については、フォルスター車両製作商会からの正式回答を待っている状態だった。
取扱可能か。
規格を満たせるか。
いくらになるか。
いつ納品できるか。
それが分からないうちから、購入したことにはできない。
回答が届き、条件を満たした時点で初めて正式発注する。
「荷車が届いたら、追加輸送班も動かせます」
担当者の言葉に、シェリィは頷いた。
「それまではW10の既存馬車で無理のない範囲を運んでください。新しい事業を始めるために、アスタリア側の配送を止めることはできません」
「承知しました」
シェリィは公爵領の施設配置図へ目を移した。
VB004、VB005、VW001。
これから完成を迎える施設が続いている。
もし施工班や保守班が先に到着し、基地がまだ正式検収を終えていなければ、購入済みの宿泊・調理対応馬車を使う。
移動中に施設が完成し、正式検収にも合格していれば、到着後に基地へ入ればよい。
建物がそこにあるからといって、未検収の施設を完成扱いにはしない。
人を進める日程と、施設を完成させる日程を照合し、その間に空白が生じるなら別の手段で埋める。
「300 Miを完成させたら終わりではありません」
シェリィの指が、公爵領第1工区の先へ伸びる。
4.00 Mi地点には、ヴァイセンフェルトへの分岐予定地点が記されていた。
しかし、公爵領側の施工距離はまだ0.18 Mi。
そこへ到達するのは、まだ先のことだ。
だからこそ、都市側の保守基地と備蓄倉庫を先に整えている。
「900 Miを造るためには、熱路だけではなく、働く人たちの生活と物流も一緒に前へ進めなければいけないのです」
担当者が静かに頷いた。
シェリィは2枚の施工進捗表を並べたまま、しばらく眺めた。
281.23 Mi。
0.18 Mi。
一方は完成へ近づき、もう一方はようやく始まった。
けれど、そのどちらの数字にも、人の仕事が積み重なっている。
路体を据える人。
地盤を整える人。
設備を検査する人。
完成した設備を守る人。
食事を作る人。
資材を運ぶ人。
倉庫を管理する人。
通信を維持する人。
負傷した者を治療する人。
そして、その人たちが働ける場所を造る人。
「道を造るのは、施工班だけじゃない」
シェリィは小さく呟いた。
900 Miの計画図の上には、まだ空白の方が圧倒的に多い。
だが、もうただの空白ではない。
その先へ人を送り、物を送り、暮らせる場所を造り、守る仕組みまで一緒に運ぶ方法を、彼女たちは知り始めている。
シェリィは公爵領の最初の0.18 Miから、そのはるか先へ視線を滑らせた。
「その人たち全員が、同じ未来を造っているのよ」
300 Miの完成は近い。
けれど、その先には900 Miがある。
アスタリアで積み重ねた経験を携え、新しい道はすでに伸び始めていた。
お読みいただきありがとうございます。
今回は、300 Miの完成が近づくアスタリア側と、最初の0.18 Miを刻んだ公爵領側を通して、施工そのものだけでなく、物流・生活・医療・保守まで一緒に前へ運ぶ新しい段階を描きました。
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