第83話:50 Miをつなぎ、守る者を選ぶ
この物語で年越しです。
年度末の決算などの関係でいろいろ準備してました。
設定とかいじったので新たに書きなおしました。
星環暦1284年・帰魂月≪第12月≫29日・土曜――
アスタリア大商会本部・工事管理室。
午前6時30分。
朝会の机に並べられたのは、帰魂月28日の作業終了時点で集約された施工記録だった。
第1工区から第10工区までを合わせた第1期は96.2 Mi(ミーレ/96.2km)。
第11工区から始まった第2期は3.8 Mi。
アスタリア側の総施工距離は、ちょうど100.0 Miに達している。
だが、起点から実際に途切れず熱を送れる距離は39.9 Miだった。
シェリィは100.0 Miの数字ではなく、第4工区の欄を見ていた。
9.9 Mi。
残り0.1 Mi。
その先にある第5工区は、すでに10.0 Miを完成し、検収にも合格している。
第4工区に残された最後の0.1 Miが完成すれば、第1工区から第5工区まで50.0 Miが一本につながる。
「今日の最優先は、第4工区の残り0.1 Miです」
シェリィが資料を閉じた。
「総施工距離を増やすためではありません。第5工区まで、実際に熱を届けられる状態にするためです」
工事管理担当者たちが頷く。
100.0 Mi造った。
しかし、その数字だけでは熱は届かない。
線がつながって初めて、造った設備が一つのインフラになる。
◇
同日午前7時30分――
アスタリア地域内・第4工区(第1期・第4工区)。
④部隊は最後の施工へ入る前に、もう一度現場を確認していた。
地盤状態、路体位置、接続部、作業員配置、土系魔法士との施工順序、安全区域。
残っているのは0.1 Miだけだった。
だからこそ、現場責任者は作業員たちへ念を押した。
「あと少しだからこそ、雑に終わらせるな。昨日までと同じ手順でやる」
午前8時。
最後の施工が始まった。
土系魔法士が許可された範囲で地盤を整え、通常施工員が測量線に従って施工を進める。
伝導路を据え、接続状態を確認し、埋戻し、締固め、施工記録を残す。
やがて測量担当者が距離を確認した。
「9.9 Miから10.0 Mi。施工距離、到達しました」
だが、その場で完成とは宣言しない。
施工部隊が作業を終えると、別の担当者による完成検査へ切り替わった。
路体。
接続部。
遮断設備。
《熱制御口》。
監視設備。
《魔導流体》系統。
保守アクセス。
施工記録。
実施工距離。
一つずつ、記録と現物を照合する。
午前9時30分。
最後の確認を終えた検査担当者が記録へ署名した。
「第4工区、異常なし。検収合格です」
第1工区から第4工区まで、40.0 Miが完全につながった。
だが、まだ熱は第5工区へ送らない。
次に確認するのは、すでに完成している第5工区だった。
◇
同日午前10時――
アスタリア地域内・第5工区(第1期・第5工区)。
第5工区は帰魂月23日に完成している。
それから約6日間、前方の第4工区がつながるのを待っていた。
完成検査を一度通っているからといって、そのまま熱を入れることはしない。
接続部、遮断設備、《魔導流体》、監視設備、待機期間中の漏れや変化を改めて確認した。
「接続状態、正常」
「遮断設備、正常です」
「魔導流体に異常なし」
「監視値も問題ありません」
待機中の地盤変化も確認されなかった。
第5工区は、再び熱を受け入れられる状態にある。
午前10時45分。
第1工区から第5工区までを一体として扱う通熱前確認が始まった。
第4工区末端に置かれていた仮遮断を解除する。
各工区へは、低出力から開始すること、異常があれば即座に該当区間を遮断すること、各測定地点の数値を確認することが通知された。
午前11時。
熱が送られた。
いきなり通常出力にはしない。
第1工区。
第2工区。
第3工区。
第4工区。
熱が順に進んでいく。
各測定地点で温度、熱量、《魔導流体》の魔導状態、漏れ、接続状態、制御応答を確認する。
「第4工区末端、正常」
そして、初めて第5工区へ熱が入った。
「第5工区起点、到達確認」
熱はさらに先へ進む。
午前11時30分。
最後の測定地点から報告が入った。
「第5工区末端、熱到達。異常ありません」
連続通熱距離39.9 Mi。
そこから、一気に50.0 Miへ。
だが、それだけで成功とはしない。
一定時間、低出力状態で監視を続ける。
接続部にも異常はない。
監視値の乱れもない。
遮断設備も正常に応答する。
正午。
出力を段階的に通常運転まで上げた。
「第1工区から第5工区、50.0 Mi連続通熱。通常運転移行を許可します」
正式記録にその一文が書き込まれた。
50.0 Miが、初めて一本の熱路として動き始めた。
報告を受けた工事管理室に安堵の空気が流れたが、シェリィは沿線図から目を離さなかった。
「50 Mi通りました」
一人が言った。
シェリィは頷く。
「ええ。だから次は、50 Miを止めない仕組みを作ります」
完成は、終わりではなかった。
◇
同日午後12時30分――
アスタリア大商会本部・保守/医療体制確認会議。
シェリィ、ディートリヒ・ハーゲン、長距離熱伝導の管理担当者、熱供給事業部、工事管理担当者、アスタリア中央病院の医療物資管理担当者が、沿線図を囲んでいた。
改めて確認されたのは、アスタリア側300 Miの管理体系だった。
全300 Miを10 Miずつ、30工区に分ける。
第1期は第1工区から第10工区。
第2期は第11工区から第20工区。
第3期は第21工区から第30工区。
全線完成時には、30工区、30メンテナンス班、30の工区対応保安・保守施設、30の医師用治療室、そして5工区ずつを担当する6つの治癒魔法士担当区域で管理する。
ただし、今の制度上の管理対象は第1工区から第20工区までだった。
第21工区以降は、まだ第3期である。
工区とメンテナンス班も対応させる。
第1工区はM01、第2工区はM02。
同じ形で、第20工区はM20となる。
だが、シェリィはそこで一度話を止めた。
「管理対象になったことと、実際に稼働していることは分けてください」
資料に、新たな欄が追加された。
制度上の管理対象か。
施設は竣工しているか。
検収済みか。
実際に稼働しているか。
担当班は正式に配置されたか。
勤務を開始したか。
治療室は使用可能か。
一つの「済」で全部を済ませない。
第1工区から第5工区まで熱が流れ始めたからといって、対応するすべての施設、人員、医療機能まで自動的に稼働済みとは扱わない。
確認できない項目は、要照合のまま残す。
さらに、既存の固定資産資料には《第一期保守基地11施設》という記録があった。
だが、これまでの資料だけでは、保安施設と保守基地が物理的に同一施設なのか、それとも別施設なのかまでは確定していない。
「ここを勝手に同じ建物として扱うと、後で二重計上か計上漏れになります」
シェリィの指摘に、財務側が頷いた。
帳簿上では当面、《工区対応保安・保守施設》として共通の照合対象に置く。
保安施設名、保守基地名、既存固定資産記録、物理的な同一性を後から突き合わせる。
同じ仕様で医師用治療室を備えるという前提は維持する。
しかし、同じ建物だとはまだ断定しない。
曖昧なものを、便利だからという理由で確定事項に変えない。
◇
同日午後1時20分――
会議では、治癒魔法士の担当区域も確認された。
H01は第1工区から第5工区。
H02は第6工区から第10工区。
H03は第11工区から第15工区。
H04は第16工区から第20工区。
将来的にはH05が第21工区から第25工区、H06が第26工区から第30工区を担当する。
治癒魔法士が5つの施設へ同時に常駐するわけではない。
巡回、魔導通信、点検記録、補給管理を組み合わせる。
医師は診療と治療を担当し、どの医療用品が医学的に必要かを判断する。
治癒魔法士は、担当する5施設の治療室保護設備、保全用品、設備状態、補充を管理する。
役割を重ねない。
「治療をする人と、治療室を維持する人まで同じ仕事にしないでください」
シェリィが言った。
「責任範囲が曖昧になります」
H01からH06までの専用資材請求冊子にも番号が割り当てられていた。
だが、番号が存在することと、冊子が製作済みであること、担当者へ交付されたこと、実際に使用が始まったことは別に管理する。
H01からH04についても、担当者と区域の稼働状態が確認できて初めて実際の請求に使う。
番号があるから、使ったことにはしない。
帳簿でも、人でも、設備でも同じだった。
◇
同日午後2時――
各工区から、この日の施工記録が届き始めた。
第6工区は9.3 Miから9.4 Mi。
第7工区は9.4 Miから9.5 Mi。
第8工区は8.9 Miから9.0 Mi。
第10工区は8.7 Miから8.8 Mi。
第2期では、第11工区が2.0 Miから2.2 Mi、第12工区が0.4 Miから0.6 Mi、第13工区が0.2 Miから0.4 Mi、第14工区が0.6 Miから0.8 Mi、第15工区が0.6 Miから0.8 Miへ進んだ。
第4工区の完成を加えると、第1期は96.7 Mi。
第2期は4.8 Mi。
総施工距離は101.5 Mi。
連続通熱は50.0 Miだった。
第4工区を完成させた④部隊は、この日にはまだ出発しない。
第16工区までの110 Miを移動するため、工具、可搬設備、施工記録、持参資材、食料、宿営用品、移動式保安宿舎馬車を整理していた。
翌日から40 Mi、40 Mi、30 Miの3日間で移動する。
◇
同日午後3時――
アスタリア大商会・中央保管庫。
別の問題が見つかった。
帳簿上の在庫総量だけなら、資材は残っている。
だが、帳簿在庫、現物、既引当分、出庫準備中、配送中、すでに現場へ搬入された分を分けてみると、新しい施工へ自由に使える在庫が少なくなっていた。
現場で資材が足りなくなったわけではない。
今すぐ工事が止まる状態でもない。
しかし、施工前線は第2期へ広がり、複数部隊が同時に資材を消費している。
在庫があるという一つの数字だけを見ていれば、近いうちに補給の方が施工より遅くなる可能性がある。
工事管理室は、施工部隊へ翌日の現場棚卸を命じた。
確認するのは、未使用現場在庫、既引当、配送中、施工速度、今後必要になる量。
新しい年度から始める資材請求制度へ、その結果を引き継ぐためだった。
◇
星環暦1284年・帰魂月≪第12月≫30日・闇曜――
アスタリア大商会・技術研修施設。
午前7時。
72名が前半30日間の修了試験を受けていた。
新規66名。
そして、以前の試験で不合格となり、最初から学び直した6名。
試験内容は理論、設備構造、安全、施工基礎。
午後の現場実習へ進ませてよいかを判断する。
結果は、68名合格。
4名不合格。
再受講していた6名は全員が合格した。
不合格となった4名は新規66名の中から出た。
再試験は行わない。
翌日から始まる次の研修期に入り、前半30日を最初から受け直す。
合格した68名は、その場で10チームへ分けられた。
第6、第7、第8、第10、第11、第12、第13、第14工区へ各7名。
第15、第16工区へ各6名。
合計68名。
午前9時。
各チームは早馬で実習先へ向かった。
第16工区へ向かう6名だけは、本線を担当する④部隊より先に現地へ入る。
保安宿舎建設と施工準備はすでに進んでいるため、安全区域、宿営、資材配置、通信、施工予定線の確認から実習を始められる。
◇
同日午前――
各施工現場では、資材棚卸が始まっていた。
単純に「何個残っているか」だけを見るのではない。
未使用現場在庫。
すでに用途が決まっている既引当分。
配送中の数量。
当日の施工速度。
今後予想される施工速度。
地盤。
地下水。
土系魔法士の効果。
施工工程。
倉庫での引当時間。
出庫準備時間。
輸送時間。
安全余裕。
施工に使える在庫は、倉庫の棚にある数字だけでは決まらない。
第6、第7、第8、第10工区は完成が近かった。
創光月1日時点で見込まれる残施工距離は、第6工区0.4 Mi、第7工区0.3 Mi、第8工区0.8 Mi、第10工区1.0 Mi。
通常完成までに必要な資材は、すでに確保されている。
原則として新しい資材請求は不要だった。
ただし第8工区については、地下水対策専用品に不足が出た場合だけ例外として追加請求を認める。
一方、第11、第12、第13、第14、第15工区を担当する5部隊は、まだ残施工距離が長い。
直近では、おおむね1日0.2 Miのペースだった。
翌日からは、各部隊が毎朝、到着後2日間に必要となる資材量を予測する。
最初の基準なら2日で0.4 Mi。
しかし、それを固定値にはしない。
施工速度が変われば、必要量も変える。
◇
同日午前11時30分――
アスタリア大商会本部・帳票管理区画。
施工部隊用、中央倉庫用、メンテナンス班用、治癒魔法士用、料理人用に用意された資材請求冊子と購入申請冊子について、状態確認が行われた。
冊子にはそれぞれ固有番号がある。
だが、状態は「予約」「製作済み」「交付済み」「使用開始済み」「失効・回収済み」に分ける。
一度使った番号を再利用することは禁止する。
メンテナンス班M01からM10用の冊子は確保済み。
M11からM30用は予約。
H01からH06の治癒魔法士区域用冊子も番号を確保している。
料理人用も、担当基地ごとに番号系列を持たせる。
番号を作ることと、注文を発生させることは別だった。
正午を過ぎると中央保管庫側でも棚卸が進み、自由在庫、既引当、出庫準備、配送中を切り分けた新年度用の在庫表が整えられた。
午後2時。
④部隊は第16工区へ向け出発した。
初日は40 Miを移動。
残り70 Mi。
その日の施工終了時点で、第1期は97.1 Mi、第2期は5.8 Mi、総施工距離102.9 Mi。
連続通熱距離は50.0 Miのままだった。
◇
星環暦1285年・創光月≪第1月≫1日・光曜――
アスタリア大商会本部。
新しい年の最初の朝。
同時に、新しい資材請求制度の運用初日でもあった。
ただし、制度が始まったからといって、注文を作るわけではない。
午前6時40分。
第11、第12、第13、第14、第15工区を担当する5部隊が、それぞれ独立して2日間の施工予測を出した。
最初の予測は1日0.2 Mi。
2日で0.4 Mi。
だが、翌日も同じ数字を使うとは限らない。
地盤、土系魔法士の作業効果、研修生の習熟、施工工程によって速度は変わる。
シェリィは制度説明の場で、そこを最初に確認した。
「二日分を頼むからといって、二日おきに注文するわけじゃないわ」
担当者たちが記録を取る。
「明日も見る。現場在庫も、途中の荷も、施工速度も全部変わるから」
仮に0.4 Mi施工するなら400 Er(エルン/400m)。
《魔導熱伝導路》本体は1本10 Er(エルン/10m)なので、単純な施工量だけなら40本分となる。
だが、注文数をそのまま40本にはしない。
まず、発注時点の未使用在庫から希望到着日までの予想消費を引く。
そこへ到着までに使える既引当分と配送中の資材を加える。
それが、資材が届く直前の見込在庫になる。
そのうえで、到着後2日分の需要と安全予備を加え、到着直前見込在庫を差し引く。
不足が0以下なら注文しない。
必要量を決める基準は、施工予定ではなく、不足予測だった。
◇
同日午前7時30分――
アスタリア大商会・管理部。
毎月1日の定例処理も始まっていた。
前月分の魔力調整インクを全10商会の対象部署から回収し、容器シリアル、残量、破損、返却状態を照合する。
同時に、創光月分の魔力調整インク、指定帳簿、指定筆記具、予備ペン先を配布する。
《魔力調整インク管理台帳》の原本を管理するのは、アスタリア大商会管理部だけである。
9子商会には必要物品と受領・返却記録だけを渡す。
不一致があれば、その場で調査対象となる。
新年だから変えるのではない。
毎月同じ手順を守ることこそ、制度だった。
◇
同日午前8時――
新年度最初の既存外部発注3件も処理された。
ハインデル商業印刷・紙工商会へ金貨4枚と銀貨20枚。
ケストラー魔導機器商会へ金貨1枚と銀貨20枚。
ラインフェルト運輸商会へ金貨1枚と銀貨80枚。
合計、金貨7枚と銀貨20枚。
これは新しい資材請求制度で処理するものではない。
従来の外部発注手続きとして処理し、現場から中央保管庫へ出す資材請求とは明確に分ける。
午前9時30分には、王都セレスティアの商業ギルド組合本部へ独自小切手の月次報告も提出された。
発行冊数、未使用冊数、有効番号、振出総額、決済済額、未決済残高、不渡り件数、保証金残高、準備金残高、手数料精算。
月が変わっても、信用を支える記録は切れない。
◇
同日午前10時――
アスタリア大商会・技術研修施設。
新たな70名が研修を開始した。
新規66名と、前日の前半修了試験で不合格だった4名。
4名は途中からやり直すのではない。
安全、設備構造、施工基礎から最初の30日間をすべて受け直す。
一方、前日に各工区へ向かった68名は、現場実習初日を迎えていた。
最初から施工戦力として数えることはしない。
現場動線、工具位置、指示系統、作業順序、安全確認、記録方法を覚える。
第8工区では地下水対策区域への立入条件を教わり、第16工区の6名はまだ本線施工前の現場で宿営、安全区域、資材配置、通信設備を確認する。
創光月1日から4日頃までは、教える側の時間も必要になる。
本格的に施工を支えられるようになるのは、5日頃からと見込まれていた。
◇
同日午前11時30分――
工事管理室では、第11、第12、第13、第14、第15工区を担当する5部隊が初回の資材請求算定を始めていた。
施工予定、必要部材、未使用在庫、到着前に消費する量、既引当、配送中、到着後2日需要、安全予備を照合する。
各部隊には最初の注文番号候補も用意されていた。
だが、番号を持っているだけでは正式な注文ではない。
品目別数量、希望到着日、注文先などの必須項目が揃っていなければ、状態は「起票中」。
中央保管庫も受け付けない。
正式に発行された資材請求だけが、受付、在庫確認、引当、不足量確認、出庫予定、到着予定へ進む。
「工事そのものより、補給の方が次の制約になる可能性があります」
工事管理担当者が言った。
「だからといって、先回りして余分に外部発注するのも違います」
シェリィは在庫表を見ながら答えた。
必要量が出ていないものを、念のためという理由だけで買わない。
工事が速くなれば補給も速くする。
施工が止まれば、補給も止める。
補給速度を施工速度へ合わせる。
その仕組みを先に作る。
◇
同日午後3時――
アスタリア中央病院。
医療用品にも、同じ考え方を適用する。
H01からH04の担当区域で治療室用品が必要になった場合、治癒魔法士から中央病院へ資材請求を出す。
病院内に在庫があれば、内部在庫から引き当て、出庫し、配送し、基地で受領と検収を行う。
外部発注は発生しない。
病院在庫だけで足りない場合に限り、不足分を経理・資金管理を通じて正式発注担当へ回す。
外部購入となった場合も、元の治癒魔法士側請求との関連を残す。
緊急医療用品は優先審査する。
だが、緊急だからといって受付記録や承認担当者を消してよいわけではない。
急ぐことと、記録をなくすことは同じではなかった。
午後4時。
④部隊はさらに40 Miを移動した。
累計80 Mi。
第16工区まで残り30 Mi。
その日の施工終了時点では、第1期97.5 Mi、第2期6.8 Mi、総施工距離104.3 Mi。
連続通熱距離は50.0 Miだった。
◇
星環暦1285年・創光月≪第1月≫2日・火曜――
午前6時30分。
施工部隊は前日に行った資材計算を、そのまま流用しなかった。
実際の施工量。
減った現場在庫。
すでに発行された請求。
既引当。
配送中。
新しい施工予測。
すべてを入れ直す。
昨日不足していたからといって、今日もう一度同じものを頼めば二重注文になる。
逆に、施工速度が予測を上回れば、昨日は足りていたものが今日不足することもある。
日次で再計算する理由は、そこにあった。
◇
同日午前7時30分――
アスタリア大商会・技術研修施設。
最初の60名が、最終試験に臨んだ。
筆記だけではない。
設備構造。
故障判断。
工具選択。
修理実技。
緊急遮断。
安全確保。
復旧。
緊急対応。
試験担当者は、模擬設備へ異常を設定した。
一人の受験者が測定値を確認する。
すぐに設備を開けることはしない。
前後の記録を比較し、影響範囲を絞り込む。
「この区間を遮断します」
「故障箇所は分かっているだろう。先に直さないのか」
「安全確保が先です。遮断後に再確認します」
別の受験者は修理を終えた模擬設備の前に立っていた。
「復旧していい」
そう指示されても、すぐには熱を戻さない。
「再検査が終わっていません」
「修理は終わっている」
「修理完了と運転再開可能は別です」
建設現場で、彼ら自身が見てきた手順だった。
測量し、造る。
検査する。
低出力で試す。
異常がないことを確認してから通常運転へ移す。
教本の絵ではなく、実際に自分たちが施工補助へ入った設備を思い出しながら答えられる。
午前11時。
結果が確定した。
60名全員合格。
一人も欠けなかった。
試験基準を下げたわけではない。
設備を造る現場を経験させ、その後で修理と保守を学ばせたことが、判断力につながっていた。
60名全員に正式資格が付与され、《アスタリア大商会・熱供給事業部・メンテナンス課》へ正式配属となった。
◇
同日午前11時30分――
メンテナンス班の正式編成が行われた。
M01からM10まで、各6名。
それぞれ班長1名、副班長1名、班員4名。
M01は第1工区、M02は第2工区、同じ形でM10が第10工区を担当する。
班長と副班長は現場指揮上の役割であり、現時点で給与上の別等級にはしない。
60名全員が同じ研修と同じ試験を終えた最初の保守員だからである。
だが、正式配属されたことと、実際の勤務を開始することは別だった。
この日はまだ、M01からM10まで全班が勤務開始前である。
第1工区から第5工区まで50.0 Miはすでに通熱している。
それでも、引継ぎ準備、保守用品、食事、施設状態を確認せず、その日のうちに班だけを送り込むことはしない。
M01からM05の実勤務開始は創光月4日。
M06からM10は、担当する第6工区から第10工区が完成し、検収を終え、通熱条件が整ってから勤務を開始する。
資格があること。
担当が決まっていること。
現場で勤務を始めていること。
その三つも、同じ「配置済み」にはしなかった。
◇
同日正午――
料理人10名の担当も正式に決まった。
各メンテナンス班に1名。
ただし、料理人は保守員試験の合格者ではない。
また、各班長の直属でもない。
指揮系統は熱供給事業部長直属とする。
保守員が現場の設備判断をする一方、料理人は食事、安全な食材管理、厨房、生活維持を担当する。
担当基地ごとの購入申請冊子も用意された。
料理人個人の名前に番号を結びつけるのではなく、担当基地へ番号系列を結びつける。
料理人が交代しても、注文記録は基地単位で続く。
《商品注文書(食材購入申請用)》も、外部商会へ直接出す正式注文ではない。
料理人から熱供給事業部へ出す内部申請である。
食材在庫、献立、提供人数、保管期限、使用予定日、希望到着日を確認し、不足が予測される時だけ提出する。
食材が十分にあるのに、決まった日だから注文する仕組みにはしない。
◇
同日午後2時――
第1工区から第20工区までを対象とする保守・医療状態管理表について、改めて説明が行われた。
管理対象。
施設竣工。
施設検収。
実稼働。
担当班配置。
料理人配置。
治癒魔法士配置。
勤務開始。
治療室使用可能。
一つずつ別の欄で持つ。
第1工区から第5工区まで通熱しているからといって、その横に並ぶ項目を全部「済」にしてはならない。
午後2時30分。
シェリィは発注や請求の処理を担当する者たちを前に、正式な運用方針を告げた。
「いかなる発注書も、その流れを止めてはならぬ」
一瞬、部屋が静かになった。
シェリィはすぐに続けた。
「承認しろという意味ではありません。必要がなければ否認する。足りないなら差し戻す。多ければ数量を直す。判断できないなら、判断できる者へ送る」
受付した書類を、机の上で止めない。
すべての注文と申請について、受付、必要性審査、在庫確認、必要なら資金審査、その後に承認、数量修正、代替調達、差戻し、否認、上位引継ぎのいずれかを決める。
正式発注が必要なら、そこから発注へ進む。
最後に結果を申請元へ返す。
「処理中」という曖昧な言葉だけで、何日も放置することを認めない。
書類を通すための制度ではない。
必要なものを、必要な場所へ届かせるための制度だった。
◇
同日午後3時――
M01からM05は、創光月4日の業務開始に備えて必要な保守用品を確認した。
対応する料理人5名も、初期食材、調理器具、食器、保存用品、生活用品を確認し、中央保管庫へ事前照会を出す。
ただし、事前照会は正式注文ではない。
M06からM10と、それぞれに対応する料理人5名は待機となる。
担当工区が完成していない以上、実績を作るためだけの商品注文書も発行しない。
必要が生じた時に初めて使う。
◇
同日午後4時――
アスタリア地域内・第16工区(第2期・第6工区)。
④部隊は最後の30 Miを移動し、第16工区へ到着した。
第4工区から110 Mi。
3日間の移動だった。
だが、到着したその日に施工はしない。
宿営位置、安全区域、通信設備、工具、可搬設備、現場資材、既引当、配送中の資材、地盤状態を確認する。
第16工区に先行していた研修生6名も、その確認へ加わった。
施工責任者は地盤資料と現物を見比べた。
「明日の予測は、第11工区たちの速度をそのまま使わない」
第16工区には、第16工区の条件がある。
他の5部隊が1日0.2 Miで進んでいるからといって、それを④部隊の予測値に流用しない。
この日の現地確認結果を基に2日分の施工予測を作り、補給需要が発生した場合にだけ最初の資材請求を使う。
必要項目が確定しなければ、番号は未使用のまま残す。
施工開始は翌朝だった。
◇
同日午後5時――
アスタリア大商会本部・工事管理室。
創光月2日の施工報告が集まり、最新の進捗表が更新された。
創光月2日時点・《魔導熱伝導路》施工進捗表
工区帰魂月28日時点帰魂月29日~創光月2日の増加創光月2日時点状況
第1工区(第1期・第1工区)10.0 Mi+0.0 Mi10.0 Mi完成・検収合格・通熱運用中
第2工区(第1期・第2工区)10.0 Mi+0.0 Mi10.0 Mi完成・検収合格・通熱運用中
第3工区(第1期・第3工区)10.0 Mi+0.0 Mi10.0 Mi完成・検収合格・通熱運用中
第4工区(第1期・第4工区)9.9 Mi+0.1 Mi10.0 Mi帰魂月29日完成・検収合格・通熱運用中
第5工区(第1期・第5工区)10.0 Mi+0.0 Mi10.0 Mi完成・検収合格・帰魂月29日から通熱運用
第6工区(第1期・第6工区)9.3 Mi+0.4 Mi9.7 Mi施工継続・第2期研修生7名実習中
第7工区(第1期・第7工区)9.4 Mi+0.4 Mi9.8 Mi施工継続・第2期研修生7名実習中
第8工区(第1期・第8工区)8.9 Mi+0.4 Mi9.3 Mi地下水対策継続・第2期研修生7名実習中
第9工区(第1期・第9工区)10.0 Mi+0.0 Mi10.0 Mi完成・検収合格・通熱待機
第10工区(第1期・第10工区)8.7 Mi+0.4 Mi9.1 Mi施工継続・第2期研修生7名実習中
第1期合計96.2 Mi+1.7 Mi97.9 Mi6工区完成・第1~第5工区50.0 Mi連続通熱
第11工区(第2期・第1工区)2.0 Mi+0.8 Mi2.8 Mi①部隊施工中・第2期研修生7名実習中
第12工区(第2期・第2工区)0.4 Mi+0.8 Mi1.2 Mi②部隊施工中・第2期研修生7名実習中
第13工区(第2期・第3工区)0.2 Mi+0.8 Mi1.0 Mi③部隊施工中・第2期研修生7名実習中
第14工区(第2期・第4工区)0.6 Mi+0.8 Mi1.4 Mi⑤部隊施工中・第2期研修生7名実習中
第15工区(第2期・第5工区)0.6 Mi+0.8 Mi1.4 Mi⑨部隊施工中・第2期研修生6名実習中
第16工区(第2期・第6工区)―+0.0 Mi0.0 Mi④部隊到着・翌日着工予定・第2期研修生6名実習中
第2期合計3.8 Mi+4.0 Mi7.8 Mi5工区施工中・第16工区着工準備完了
アスタリア側総施工距離100.0 Mi+5.7 Mi105.7 Mi第1期・第2期合算
連続通熱距離39.9 Mi+10.1 Mi50.0 Mi第1工区~第5工区連続通熱運用中
第1期は97.9 Mi。
第2期は7.8 Mi。
総施工距離105.7 Mi。
連続通熱距離50.0 Mi。
そして、施工距離とは別のところでも大きな変化があった。
正式なメンテナンス資格を持つ者、60名。
M01からM10まで、10班の正式編成。
料理人10名の担当決定。
だが、実勤務開始はまだ0班。
料理人も0名。
資格を取った日と、現場へ立つ日を同じにしない。
創光月4日にM01からM05と料理人5名が勤務を開始するまで、必要な引継ぎと物資確認を終える。
M06からM10は、第6工区から第10工区の条件が整うのを待つ。
人を先に置いて制度が完成したことにするのではない。
設備、人員、物資、記録。
全部がそろった時に初めて、運用開始とする。
◇
同日夕刻――
アスタリア大商会本部。
シェリィの前には、4種類の帳票見本が並んでいた。
施工部隊が使う資材請求。
メンテナンス班が使う保守用品の資材請求。
料理人が使う食材購入申請。
治癒魔法士が使う医療・治療室用品の資材請求。
使う者も違う。
届ける物も違う。
通る部署も違う。
だが、目的は同じだった。
必要になる前に不足を見つける。
必要な量だけ求める。
在庫があれば在庫から出す。
なければ必要な分だけ買う。
誰かの机で止まっているなら、今どの判断を待っているのか分かるようにする。
書類を増やすことが目的ではない。
処理したという印を増やすことでもない。
必要なものが、必要になる前に、必要な量だけ、正しい担当者へ届くこと。
そして、その処理が途中で消えないこと。
地下では、50.0 Miにわたって熱が流れている。
第2期では5工区が同時に施工され、第16工区でも翌朝から新しい施工が始まる。
68名の研修生が現場で学び、70名が次の研修を始めた。
さらに60名は、正式なメンテナンス班として次の勤務開始を待っている。
シェリィは4種類の帳票を見渡した。
「道を造るだけなら、ここまでの仕組みはいらない」
静かに、もう一度50 Miの沿線図へ目を向ける。
「でも、私たちが造っているのは、使い続けるための道よ」
熱を通しただけでは、まだ終わらない。
それを守る者を育てる。
食事を届ける。
治療できる場所を維持する。
部品を切らさない。
必要な申請を途中で止めない。
50 Miの道をつないだその日、アスタリアではようやく、その道を明日も動かすための仕組みまでつながり始めていた。
お読みいただきありがとうございます。
第4工区最後の0.1 Miが完成したことで、第1工区から第5工区まで50.0 Miが連続通熱運用へ入りました。
同時に、施工距離を伸ばすだけでなく、保守、医療、食事、在庫、資材請求までを一つの運用体系としてつなぐ準備も進んでいます。
最初の保守員候補60名は全員が最終試験に合格し、M01からM10まで10班へ正式編成されました。ただし、資格取得や配属決定だけで勤務開始とはせず、必要な物資と引継ぎを整えたうえで現場へ入ります。
創光月2日時点では、アスタリア側の総施工距離は105.7 Mi、連続通熱距離は50.0 Miとなりました。
造ること、動かすこと、守ること、補給すること。そのすべてが途切れず続いて初めて、長距離インフラは使い続けられるものになります。
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