第72話:熱を届ける約束を、形にする
星環暦1284年・実成月≪第10月≫22日・水曜――
アスタリア大商会本部・大会議室。
長い机の上には、これまで使っていたヴァルモント方面の路線図とは別に、最新の測量結果を反映した王国地図が広げられていた。
シェリィ、エルマー(技術研究部長)、総務財務部の経理担当者、《アスタリア企業群》各商会から集まった技術・施工・物流担当者たちが囲んでいるその地図には、これまでの予備調査だけでは見えていなかった距離が、はっきりと数字になって記されていた。
既設の《アスタリア熱供給網》終端から、ヴァルモント公爵領へ向かう地域境界接続点までは、道路距離で約300 Mi(ミーレ/300km)。
さらに地域境界接続点からヴァルモント公爵邸方面までは、街道を基準にすれば約900 Mi級に達する。
つまり、今後新たに必要となる《魔導熱伝導路》は、概算で約1,200 Mi規模になる。
以前の調査段階で使われていた短い想定線では、もはや全体計画を表すことはできなかった。
室内には一瞬、言葉のない時間が生まれた。
1,200 Mi。
地図の上では一本の線に見えても、実際には山があり、町があり、街道があり、雪があり、その全ての場所で設備を止め、直し、交換し、再び動かせなければならない距離だった。
シェリィは王国地図とアスタリア周辺の詳細図を見比べた。
「公爵領側の施工単位は変えません。約10 Miずつ進めましょう」
エルマー(技術研究部長)が頷く。
ヴァルモント公爵領側は、現地調査を始めたとはいえ、アスタリアほど地盤、冬季交通、物流、保守条件を把握していないため、約10 Miを施工し、検査し、熱損失や施工上の問題を実測し、その結果を次の設計へ反映する方が安全だった。
「では、アスタリア側も10 Miずつでしょうか」
施工担当者の問いに、シェリィは首を横に振った。
「いいえ。こちらは条件が違います」
アスタリア地域内であれば、街道の状態も、既存物流網も、倉庫や技術者の配置も把握しており、土地利用の調整も公爵領側に比べれば進めやすい。
既設熱供給網から延長していくため、施工途中の資材供給や人員交代についても、自分たちがすでに持っている拠点を利用できる。
「公爵領側で約10 Miを進める期間に、アスタリア地域内は100 Mi進めます」
地図の上に、異なる長さの施工区間が示された。
第1期では、アスタリア地域内100 Miとヴァルモント公爵領側約10 Mi。
第2期も同じく100 Miと約10 Mi。
第3期も同様に進めれば、アスタリア側は合計約300 Miを延伸し、地域境界接続点へ到達する。
その時、公爵領側では約30 Miの完成区間が先に待っていることになる。
「知っている土地では速く進めます。ただし、知らない土地まで同じ速度で進める理由はありません」
シェリィの指が、アスタリアとヴァルモント公爵領の境界をなぞった。
「速く造れる場所と、慎重に造るべき場所を同じにしないでください」
巨大だから一気に造るのではない。
巨大だからこそ、条件の違いに合わせて速度を変える。
それが、今回の施工計画の最初の原則となった。
◇
同日午前――
アスタリア地域内第1期100 Miについて、必要数量の確認が始まった。
本線として敷設する《魔導熱伝導路》は100 Mi、標準規格の伝導路材に換算して10,000本。
内部へ充填するA級《魔導流体》は742.201 Vr(ヴェル/742.201L)、専用保存容器は75個、《熱制御口》は21基、《熱継送所》は10基とする。
さらに、故障や施工中の破損へ備え、《魔導熱伝導路》1 Mi分を予備材として確保し、予備接続部材200個、予備区間遮断設備3基、予備ブースター1組も第1期調達分へ含める。
施工体制は10班、合計140名を基本とし、想定工程は約91稼働日。
ただし、その91日を暦上の完成日として保証するわけではない。
悪天候、安全上の問題、地盤条件によって工事を止めれば、その分だけ稼働日は後ろへずれる。
エルマー(技術研究部長)が施工配置図を開いた。
「10班を完全に横並びで進めるのではなく、先行測量、掘削、設備施工、接続確認の進捗に合わせて配置を調整します」
「その方がいいと思います」
シェリィは施工人数そのものより、各班の後ろに書かれた補給経路を見ていた。
100 Miを同時に進めるのであれば、人員だけ揃えても意味がない。
食料、工具、交換部材、測定器、暖を取る設備、休息場所まで前へ動かなければ、施工班は進めない。
そこで第1期区間には、10 Miごとに1か所、合計10か所のメンテナンス基地を建設することになった。
工事中は従業員宿舎、資材置場、工具庫、食料・飲料の備蓄拠点として利用し、工事が終わった後も撤去せず、そのまま《魔導熱伝導路》メンテナンス部隊の恒久基地として使用する。
1施設の建設費は金貨40枚。
10施設で、金貨400枚となる。
「工事が終わったら壊す宿舎に金を使うより、最初から保守に使えるものを造った方がいいですね」
シェリィがそう言うと、施工担当者も頷いた。
人が住める場所。
工具を保管できる場所。
非常食を置ける場所。
冬季に保守班が到着した時、すぐに活動を始められる場所。
一時的な工事費を、将来の保守資産へ変える設計だった。
◇
同日昼――
総務財務部から、アスタリア地域内第1期100 Miの正式予算案が提示された。
設備と予備品の製造原価は、金貨21,742.87枚。
施工・支援役務は、金貨2,823.00枚。
工事原価は合計金貨24,565.87枚となる。
さらに予期しない冬季追加作業、地盤条件、追加部材などへ備え、5%の予備費として金貨1,228.29枚を確保する。
第1期100 Miの正式予算枠は、金貨25,794.17枚。
シェリィは予算表の予備費欄を指した。
「これは使うための金額ではありませんね」
経理担当者が答える。
「はい。実際に必要となった場合のみ、理由、金額、発注先を記録して使用します」
「それでお願いします」
予備費があるから使うのではない。
必要になった時に、予算不足を理由に危険な工法へ変えたり、必要な部材を削ったりしないために確保する。
金額そのものより、何のために置いてある金なのかを曖昧にしないことが重要だった。
◇
星環暦1284年・実成月≪第10月≫23日・土曜――
アスタリア大商会本部・調達会議室。
この日の会議では、第1期の設備を「いくらで買うか」ではなく、「誰に、何を、どの工程まで造らせるのか」が整理された。
完成する《魔導熱伝導路》、《熱制御口》、《熱継送所》、《魔導熱量計》などの設備は、原則としてアスタリア大商会が所有する。
そのため、アスタリア大商会が自社設備を子商会から完成品の販売価格で買い戻すような処理にはしない。
子商会へ支払うのは、各商会が調達する原材料、部材、加工、組立、施工、輸送、保管、食事など、実際に提供する物と役務に対する対価である。
アスタリア大商会自身が行う核心処理や魔力処理については、内部原価として記録する。
《熱制御口》については、ケストラー魔導機器商会が制御部材70%、ベルナート精製素材商会が構造材30%を担当する。
1基あたりの製造加工費金貨0.98枚はケストラー魔導機器商会へ委託し、核心処理と共通製造費に相当する金貨0.42枚はアスタリア大商会側の内部負担とする。
《熱継送所》は、ケストラー魔導機器商会が補熱・制御部材65%、ベルナート精製素材商会が構造材35%を担当し、1基あたり金貨7枚の製造加工費についてはケストラー側金貨4.55枚、ベルナート側金貨2.45枚とする。
その他製造費金貨3枚は、アスタリア大商会の内部負担として処理する。
A級《魔導流体》保存容器については、補強金属・保護材をベルナート精製素材商会75%、シルヴァン繊維商会25%の比率で担当する。
A級《魔導流体》の追加封止材料は、アスタリア大商会50%、ベルナート精製素材商会30%、シルヴァン繊維商会20%で負担・製造する。
数字だけを見れば細かな分担だった。
だが、誰がどの部分に責任を持つのかを明確にしておけば、不具合が出た時に原因を追いやすくなる。
企業群だから全部まとめて一つの工場で造るのではない。
それぞれの専門を組み合わせて、一つの設備を造る。
◇
同日午前後半――
原材料の候補一覧が提出されると、価格の安い順に並んだ表とは別に、品質、耐久性、冬季性能、加工性、在庫量、納期、供給安定性、代替仕入先、不良発生時の再調達能力を並べた比較表が作られた。
最安値だけを選べば、初期費用は下げられる。
しかし、その材料が特殊すぎて交換品を手配するのに長期間を要するなら、長距離熱供給設備には向かない。
シェリィは表の中で価格が一番低い材料ではなく、複数の仕入先から一定品質で確保できる材料へ視線を止めた。
「必要なのは、最も安い材料ではありません」
会議室の視線が集まる。
「必要な時に交換できる材料を選んでください。壊れた時に代わりが手に入らないなら、どれだけ安くても長距離設備には向きません」
道は直せることを重視した。
材料も同じだった。
◇
同日昼――
モーゲン食品卸商会へ提示された発注予定には、《冬季工事従事者向け食事供給》という独立した項目が設けられていた。
朝食、昼食、夕食、温かい汁物、温かい飲み物、携帯補助食、重作業員用食、通常作業員用食、非常食、保温容器、現場配送までを含める。
さらに、各メンテナンス基地には最低2日分の非常食を常備する。
アスタリア地域内100 Miの第1期工事に必要となる冬季食事費は、金貨254.80枚。
モーゲン食品卸商会の担当者が資料を見ながら尋ねた。
「食事供給も、施工計画の中に組み込むのですね」
「冬に140名を動かすなら、食べることも輸送することも工事の一部です」
シェリィは当然のことのように答えた。
「現場に設備があっても、作業する人が食べられなければ工事は止まります」
食事は、工員を喜ばせるためだけの付属品ではない。
冬季施工を止めないための兵站だった。
グローヴァー建設商会は土木、敷設、冬季施工、10か所のメンテナンス基地建設を担当し、ラインフェルト運輸商会は設備、資材、工具、食料などを各施工地点へ届ける輸送計画を組む。
ヴァルデン倉庫商会は原材料、完成部材、予備品、A級《魔導流体》等の保管場所と払い出し体制を整え、フォルスター車両製作商会は施工機械と冬季対応車両の整備・改修計画をまとめる。
ハインデル商業印刷・紙工商会は、工事区間識別標、保守位置表示、危険区域表示、設備管理票、点検帳票、搬入票、在庫票を準備するが、地上に設置する表示には設備の核心構造や機密技術を記載しない。
《アスタリア企業群》の各商会が、自分の得意分野を持って同じ工事へ接続し始めていた。
◇
同日午後――
ヴァルモント公爵領側第1期についても、設備数量が整理された。
施工対象は約10 Mi。
《熱制御口》3基、《熱継送所》1基、A級《魔導流体》約74 Vr、専用保存容器8個を使用する。
さらに、アスタリア地域境界接続点と第1期終点には、《魔導熱量計》・境界受渡用仕様を設置する。
ヴァルモント側第1期の主要設備標準製造原価は、金貨2,158.94枚。
これは販売価格ではなく、アスタリア大商会が所有する設備を製造するための標準原価として扱う。
アスタリア側100 Miと、公爵領側約10 Mi。
距離も施工速度も違うが、同じ第1期として並行して準備されることになった。
◇
星環暦1284年・実成月≪第10月≫24日・闇曜――
ヴァルモント公爵家・会議室。
シェリィがローランド・ヴァルモント公爵の前へ広げた地図には、地域境界から公爵邸方面へ延びる約900 Mi級の長距離路線が描かれていた。
ローランド(ヴァルモント公爵)は、以前よりはるかに長くなった線をしばらく見つめた。
「これを、全て契約するのか」
「基本条件は全線で契約します。ただし、工事費と工期は一括では固定しません」
アスタリア大商会とヴァルモント公爵家は、全線基本契約と各期個別契約を組み合わせる方式を採用する。
基本契約では、所有、土地使用、保守、管理境界、事故責任、緊急停止、安全確認前の再開禁止、立入り、非常時供給、将来増設といった全線共通の原則を決める。
一方、実際の施工費、施工数量、工期、負担額については、約10 Miごとの個別契約で定める。
そうすれば、ある区間で熱損失や地盤条件に問題が見つかり、次の区間設計を変えても、約900 Mi全体の契約を一から締結し直す必要はない。
費用負担についても区分した。
公爵領内の公共道路、公共排水、公共融雪設備、その他公的インフラ部分については、ヴァルモント公爵家が負担する。
一方、アスタリア大商会の所有設備となる《魔導熱伝導路》、《熱制御口》、《熱継送所》、《魔導熱量計》などの建設費については、アスタリア大商会とヴァルモント公爵家の双方で負担し、具体的な比率は各期の詳細工事費が確定した時点で個別契約へ記載する。
「先に全部を半分ずつとは決めないのだな」
「はい。公共工事の量も、土地条件も、各期で違いますから」
ローランド(ヴァルモント公爵)は納得したように頷いた。
◇
同日午前後半――
契約代金の支払条件も、この場で正式に整理された。
各施工・製造契約について、注文時に契約額の50%を支払い、完成後に検査と検収を行い、契約条件を満たしていることを確認してから残り50%を支払う。
前金があれば、受注した商会は原材料を確保し、人員と製造設備を押さえたうえで作業を開始できる。
一方で、残額を検収後とすることで、発注側も未完成の段階で全額を支払うことはない。
「企業群の中でも同じ条件か」
ローランド(ヴァルモント公爵)が尋ねる。
「はい。企業群だから支払いを曖昧にはしません」
シェリィが答えた。
各商会は独立した企業であり、発注には注文があり、支払いがあり、納品と検収がある。
近い関係だからこそ、曖昧にしない。
◇
同日昼――
ヴァルモント側第1期の終点には、工事中の従業員宿舎を兼ねた恒久保守基地を設けることも合意された。
建設費は金貨40枚。
アスタリア大商会が金貨20枚、ヴァルモント公爵家が金貨20枚を負担する。
工事期間中は宿泊、工具保管、資材仮置き、非常食備蓄に使い、工事終了後はそのままヴァルモント側第1保守基地として運用する。
「使い終わったら壊す施設にはしないのだな」
「はい。工事後の方が長く使いますから」
ローランド(ヴァルモント公爵)は地図上の基地予定地点へ視線を落とした。
道路だけではない。
保守する人間が住み、道具を置き、冬にそこから出動する場所まで含めて、初めて設備は維持できる。
◇
同日午後――
契約協議の中で、シェリィが一つ確認した。
「完成した区間については、全線完成を待たず、検査と安全確認が終わったところから供給してもよろしいでしょうか」
ローランド(ヴァルモント公爵)はすぐに答えた。
「使える区間があるなら、完成したところから供給してほしい」
それによって、検査済み区間の部分供用を認める条項が基本契約へ加えられた。
ただし、公爵領側第1期と第2期が完成しても、アスタリア側の約300 Miがまだ地域境界へ到達していないため、その間は設備として完成していても熱を送ることはできない。
第3期でアスタリア側の延伸線が地域境界接続点へ達した時、双方の接続部を含めた総合試験を行い、安全を確認したうえで、公爵領側の完成済み区間へ熱を通す。
先に造ったものを無理に動かさない。
熱源からつながった時に初めて供用する。
◇
同日午後後半――
熱料金の管理方法も確認された。
地域境界接続点とヴァルモント側第1期終点には、《魔導熱量計》・境界受渡用仕様を設置する。
第2期以降は、前の施工期の終点にある計器を次の施工期の始点計器として利用する。
これにより、各区間へ入った熱量、《熱継送所》で補った熱量、次の区間へ残った熱量、実際にその区間で使用された熱量を分けて確認できる。
正常に《熱継送所》が機能している場合、《魔導熱伝導路》の10 Miあたりの実質熱量低下は約0.2%前後を基準とし、0.3%を許容上限とする。
0.3%を継続して超える場合は、単なる通常損失として処理せず、設備、接続部、《魔導流体》、《熱継送所》などに異常がないかを調査する。
施工不良や設備故障によって失われた異常損失分を、ヴァルモント公爵家が使用した熱として請求することもしない。
ローランド(ヴァルモント公爵)が料金資料を見た。
「では、熱の値段はいくらになる」
「まだ決めません」
「計測方法まで決めてもか」
「計れることと、適正な価格が分かることは別です」
販売価格は、1 GTl(グランテル/1MJ)あたりいくらという形で設定する予定だが、その単価はこの場では決めない。
熱源原価、《熱継送所》の補熱費、保守費、人件費、設備償却、管理費、そしてアスタリア大商会が事業として継続するために必要な利益を計算してから、供給開始前に正式設定する。
基本契約には、「熱料金単価は供給開始前に別途定める」と記載された。
安く見せるために、まだ分からない原価を無視した数字は出さない。
◇
さらに、《熱継送所》の通常維持管理費については、設置されている土地の所有者が負担することを基本とした。
アスタリア所有地にある設備ならアスタリア側、公爵家所有地ならヴァルモント公爵家、私有地ならその土地所有者が通常維持費を負担する。
ただし、設計不良、製造不良、施工不良など原因者が明確な場合には、土地所有者へ負担させるのではなく、原因となった者が費用を負担する。
設備がそこにあるという理由だけで、関係のない者へ過失まで押し付けないためだった。
◇
正式協議を終え、側近や担当者たちが契約書を整理し始めた頃、ローランド(ヴァルモント公爵)はもう一度、地図に描かれた長い線を見た。
「900 Miだぞ」
今度の声には、公爵ではなく父親の響きが少し混じっていた。
シェリィも、その意味を分かっていた。
長い。
費用もかかる。
人も動く。
失敗すれば、簡単にやり直せる規模ではない。
だからこそ、彼女は迷わず答えた。
「だから、10 Miから始めます」
ローランド(ヴァルモント公爵)が娘を見る。
「大きいからこそ、一度に造りません。10 Mi造って、測って、直すべきところがあれば直して、それから次へ進みます」
「だが、アスタリア側は100 Miずつ進める」
「そこは、私たちが道路も物流も土地も知っています。同じ危険ではありません」
未知のものまで同じ速度で進めない。
分かっている場所では、持っている経験を使って速く進める。
分からない場所では、小さく試してから進む。
ローランド(ヴァルモント公爵)はしばらくシェリィを見たあと、小さく息を吐いた。
「分かった」
その一言には、娘への心配と、経営者としての判断への納得が両方含まれていた。
◇
星環暦1284年・実成月≪第10月≫25日・光曜――
アスタリア大商会本部・調達会議室。
技術研究部、総務財務部、各商会担当者による最後の照合作業が行われていた。
確認するのは、品質、原材料、数量、加工内容、原価、納期、冬季対応、輸送経路、代替調達先、支払条件。
今回正式発注するのは、アスタリア地域内第1期100 Mi分と、ヴァルモント公爵領側第1期約10 Mi分だけだった。
約1,200 Mi全線分を、一度に注文することはしない。
アスタリア大商会が保有する使用済み魔石など、自社から提供する材料は支給材として扱い、子商会へ販売したことにはしない。
受注した商会は、自ら調達した原材料、加工、製造、役務についてのみ請求する。
同じ材料を企業群の中で何度も売買したように見せ、売上や原価を重複させることも認めない。
最終確認を終えた発注書へ、順番に承認が入っていく。
発注契約が成立した案件から、注文時支払分である契約額の50%について支払処理が始まった。
残り50%は、製造や施工が完了し、検査と検収を終え、契約条件を満たしたことが確認されてから支払う。
前金を受けた商会では、その日のうちに動きが始まった。
ベルナート精製素材商会では、必要となる金属材、内部支持材、接続材、精製材料の手配が始まり、ケストラー魔導機器商会では《熱制御口》と《熱継送所》に使う制御部材の製造準備が組まれた。
シルヴァン繊維商会では、冬季施工に耐える保護被覆材の生産と保管計画が動き出し、モーゲン食品卸商会では140名規模の施工体制を支える冬季食料と各拠点2日分の非常食確保が始まった。
ラインフェルト運輸商会では100 Mi区間へ資材と食料を送る輸送経路が組み直され、グローヴァー建設商会では10施工班、140名の配置準備と10か所のメンテナンス基地建設に向けた人員割りが始まる。
ヴァルデン倉庫商会では、これから大量に入ってくる原材料、完成部材、予備品、A級《魔導流体》を受け入れるための保管区画が空けられていった。
まだ、街道には新しい《魔導熱伝導路》は一本も敷設されていない。
土も掘られていない。
《熱継送所》も建っていない。
だが、契約は結ばれた。
発注書は出された。
前金が支払われ、原材料の注文が始まり、人員配置が組まれ、倉庫が空けられ、食料まで動き始めている。
アスタリアの100 Miと、ヴァルモントへ向かう最初の10 Miを造るための金と材料と人は、もう実際に動き始めていた。
熱を届けるという約束は、ようやく現実の形を持ち始めていた。
お読みいただきありがとうございます。
最新の測量によって、既設のアスタリア熱供給網から地域境界まで約300 Mi、さらにヴァルモント公爵邸方面まで約900 Mi級という、長距離熱供給事業の実際の規模が明らかになりました。
アスタリア地域内では条件を把握している強みを生かして100 Mi単位、公爵領側では未知の条件を慎重に確認するため約10 Mi単位で進め、最初の3期でアスタリア側を地域境界まで接続する計画です。
今回は工事そのものではなく、設備数量、正式予算、製造分担、冬季兵站、基本契約、個別契約、支払条件までを確定し、第1期分の正式発注と注文時50%の支払いまで進みました。
次に動くのは書類ではなく、実際の施工現場です。
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