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アスタリア大商会起業編 ~無知な母国を置き去りに、極寒の死地を熱で満たします~  作者: IORI


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第68話:彼女の計画が世界を変えていく

星環暦(せいかんれき)1284年・実成月(みのりづき)≪第10月≫8日・火曜(かよう)――

アスタリア大商会本部・再審査会議室。

王都商業ギルド組合による6か月後再審査は、すでに財務、帳簿、契約、小切手利用、《アスタリア企業群内決済小切手》、《アスタリア企業群決済管理室》、さらに《アスタリア企業群》各社との取引関係まで確認を終え、残された論点を整理する段階へ入っていた。

シェリィの向かいには、オスカー(商業ギルド副ギルド長)、ベアトリス(上席信用審査官)、セドリック(契約審査官)、ミリアム(実地業務監査官)の4人が座っている。

これまで提出された資料を改めて確認していたベアトリス(上席信用審査官)が、一枚の一覧から顔を上げた。

「最後に、9子商会について確認させてください。各商会の帳簿も、こちらで確認することはできますか」

シェリィは質問の意味を確かめるように僅かに間を置いたあと、拒絶するような表情を見せることなく答えた。

「申し訳ありませんが、私には提出する権限がございません」

ベアトリス(上席信用審査官)が視線を細めた。

「アスタリア大商会は、9社それぞれの持分70%を保有していると確認しています。それでも、会長には帳簿を提出する権限がないのですか」

「はい。持分を70%保有していることと、各商会が管理している帳簿を、私の判断だけで第三者へ提出できることは別です」

シェリィは机上の企業群構成資料へ手を添えた。

9商会を子商会化した際、アスタリア大商会が親会社として必要な統制を行えるようにする一方で、各社の日常経営、通常の営業判断、顧客情報、各社固有の取引情報、帳簿管理については、それぞれの経営陣に残すことを契約条件としている。

親会社へは月次報告が上がり、重要な投資や親会社承認を必要とする案件、企業群としての監査に必要な情報も提出されるが、それは各商会が持つ全ての帳簿を親会社が自由に扱えるという意味ではない。

セドリック(契約審査官)がすぐに問いを挟んだ。

「その権限制限は、子商会化の際に口頭で取り決めただけですか。それとも、契約上の条件として明記されていますか」

「契約上の条件です」

「確認させていただけますか」

「もちろんです」

契約書類が運び込まれ、セドリック(契約審査官)は9社を子商会化した際の条項を順番に確認していった。

そこには親会社側が持つ承認権限と、各子商会の経営陣に残される権限が分けて記されており、帳簿、顧客情報、固有取引情報についても、目的なく親会社が自由に外部提供できる構造にはなっていなかった。

セドリック(契約審査官)は確認を終えると、契約書を静かに閉じた。

「少なくとも、今回の審査を受けることになったため、急に権限がないと言い始めたわけではありませんね」

「はい」

シェリィは頷いた。

「王都商業ギルド組合として各商会の帳簿確認が必要でしたら、それぞれの商会へ正式にお求めください。9社はいずれも独立した商会として王都商業ギルド組合へ加盟していますので、必要な権限と手続きがあるのでしたら、私を経由する必要はないはずです」

セドリック(契約審査官)は少し考えたあと、頷いた。

「その整理で問題ありません。アスタリア大商会の再審査を利用して、本来は別商会へ求めるべき帳簿を親会社経由で取得する必要はありません」

ベアトリス(上席信用審査官)も異論を挟まなかった。

親会社だから何でも出せるはずだという前提で進めれば、9社を独立した商会として扱っている制度そのものと矛盾する。

確認するべきことは確認した。

残されたのは、審査官側の判断だった。

◇

同日朝・中盤――

再審査会議室。

「少し、お席を外していただけますか」

オスカー(商業ギルド副ギルド長)の言葉に、シェリィは一礼して部屋を出た。

扉が閉じると、4人の前に、これまでの確認結果が改めて並べられた。

ベアトリス(上席信用審査官)が最初に口を開いた。

「《アスタリア企業群内決済小切手》については、最後まで慎重に見るべきだと考えています。利用規模は小さくありませんし、王都商業ギルド組合が直接管理していない信用決済が企業群内部で主要な決済手段になっています」

彼女はそこで言葉を切り、続けた。

「ただし、独立した《アスタリア企業群決済管理室》があり、会長自身も個別決済へ介入できず、超過傾向の商会には理由と決済見込みの説明を求め、説明できなければ企業群内信用決済を停止して現金決済へ移行させることまで確認しました。外部へ流通している事実もありません」

利用量が多い。

その一点だけで信用不適格とすることはできなかった。

セドリック(契約審査官)は規約資料を前に置いた。

「現行規約では、企業群内部だけで完結する決済制度について、事前許可を義務付ける明確な規定も、制度そのものを禁止する規定も確認できませんでした。今後、組合として規約を整備するかどうかは別の話ですが、現在存在しない義務を、今回のアスタリア大商会だけに遡って課すべきではありません」

9子商会の帳簿についても同じだった。

シェリィに外部提出権限がないことは、子商会化時の契約で確認できた。

提出できないものを提出しなかったという理由で、審査上の不利益を与えることもできない。

ミリアム(実地業務監査官)は、帳簿ではなく数日間見てきた現場を思い返していた。

「私は、説明と実態に大きな齟齬はないと見ています。審査官が来ても、物流、倉庫、製造、建設、熱供給、保守、通常の事務処理は止まっていませんでしたし、会長がいなくても各部署は動いていました」

審査のために急ごしらえした会社なら、審査官が現れた瞬間に全員がそちらへ意識を向けても不思議ではない。

だが、ここでは違った。

審査は審査として担当者が対応し、その横で日常業務が進み続けている。

オスカー(商業ギルド副ギルド長)は3人の意見を聞き終えると、半年前の記録へ視線を落とした。

「確かに、規模は大きく変わった」

初回加盟審査時と現在では、商会の姿そのものが違っている。

9商会を子商会化し、《アスタリア企業群》を形成し、内部決済制度を持ち、さらに熱供給という新たな事業まで始めている。

「だが、今回問われているのは、半年で大きくなりすぎたかどうかではない」

オスカー(商業ギルド副ギルド長)は顔を上げた。

「現在のアスタリア大商会が、加盟商会として信用に値するかどうかだ」

その問いへ戻せば、確認してきた事実は一つの方向を示していた。

◇

同日午前――

再審査会議室。

呼び戻されたシェリィは、先ほどまでと同じ席へ座った。

オスカー(商業ギルド副ギルド長)が正式な審査記録を前に置く。

「アスタリア大商会に対する6か月後再審査について、現時点で確認できた範囲では、商業ギルド加盟資格を停止、または除名する理由は認められませんでした」

シェリィは静かに聞いている。

「帳簿上の重大な不正、小切手の不渡り、加盟資格に関わる重大な信用上の問題、確認された規約違反はいずれも認められません。したがって、アスタリア大商会の商業ギルド加盟資格は継続とします」

《アスタリア企業群内決済小切手》についても、停止命令は出されなかった。

ただし、それは王都商業ギルド組合が制度そのものを新たに認可したという意味ではない。

今回の再審査時点で、停止を必要とする規約違反や重大な信用上の問題を認めなかったという判断だった。

ギルド小切手については、初回に定められていた振出限度額も、これまでの利用実績と今回の再審査結果を踏まえて見直し対象となることが告げられたが、具体的な新限度額については本部での正式手続きを経て別途通知されることになった。

シェリィは結果を聞き終えると、深く息を吐くことも、椅子へもたれかかることもなく、いつもと変わらない調子で頭を下げた。

「承知いたしました。ご審査いただき、ありがとうございました」

オスカー(商業ギルド副ギルド長)が僅かに笑った。

「もう少し喜んでもよいのではありませんかな」

シェリィはほんの少し困ったように微笑んだ。

「もちろん安心はしております。ただ、今日確認しなければならない仕事が残っておりますので」

その答えを聞いたベアトリス(上席信用審査官)が、机上の審査資料へ視線を落とした。

最後まで変わらない。

それもまた、この商会の姿だった。

◇

同日午前後半――

アスタリア大商会・技術研究部。

再審査を終えたシェリィが戻ると、《アスタリア熱供給網・第一期》の最終確認資料がすでに準備されていた。

エルマー(技術研究部長)を中心に、各区域の責任者から集められた記録が整理されている。

確認対象は、主要生活区域、生命維持施設、住宅・宿舎、食料・物流施設、主要工房だけではない。

《熱継送所》が正常に補熱できるか、《熱制御口》が遠隔と手動の双方で動作するか、《魔導流体》が品質基準を維持しているか、保守区域の担当者が明確になっているか、緊急停止と区域隔離を実行できるか、停止した区間を段階的に再起動できるか、交換資材、予備《魔導流体》、予備の継送用魔石が必要な場所へ配置されているかまで、一つずつ確認されていた。

シェリィは最後の確認項目へ目を通した。

「熱が届いている、だけでは完成にしません」

エルマー(技術研究部長)が頷いた。

「はい。故障時の停止、交換、復旧まで確認済みです」

設備は壊れないから安全なのではない。

壊れた時に被害を広げず止められ、直し、再び動かせるから社会基盤として使える。

その考えは、最初の短い《魔導熱伝導路》を作った時から変わっていなかった。

各責任者から、最後の報告が順番に上がる。

重大な未解決事項はない。

残っている改善項目は通常保守と今後の改良で対応でき、第一期の運転を妨げるものではなかった。

シェリィは全ての記録を確認してから、静かに告げた。

「《アスタリア熱供給網・第一期》の完成を確認します」

完成したのは、アスタリア全域を覆う熱供給網ではない。

中央集落を中心とした主要生活圏へ熱を届ける第一段階だった。

遠隔地の集落や、これから開発する区域には、まだ熱路が届いていない。

それでも、この土地で人々が冬を越すために最優先とした場所には、熱を届け、止め、直し、復旧できる仕組みまで整った。

◇

同日昼前――

アスタリア大商会・技術研究部。

窓際にいた職員が、ふと外を見た。

「……雪です」

その声に、何人かが顔を上げた。

窓の向こうを、白いものが一つ落ちていく。

続いて、もう一つ。

山頂だけを白くしていた雪が、とうとう中央集落へ降り始めた。

シェリィも窓辺へ歩いた。

大雪ではない。

地面を一瞬で覆うほどでもない。

冷たい空気の中を、小さな雪片がゆっくりと落ちている。

けれど、それは確かに、この冬初めて人々の暮らす場所へ届いた雪だった。

誰かが歓声を上げることも、工事が一日遅れていれば全てが危なかったと大げさに騒ぐこともなかった。

ただ、室内にいた者たちは皆、窓の外を少し長く見つめた。

本格的な冬が来る前に、間に合った。

シェリィはその事実を、静かに噛み締めた。

◇

同日昼から午後――

アスタリア中央集落。

初雪が降り始めても、《アスタリア熱供給網・第一期》は通常運転を続けた。

外気温が下がったことで住宅と宿舎の受熱量は増え、医療関係施設では安定供給が維持され、倉庫と工房では用途に応じた熱需要の変化が記録されていく。

《熱制御口》は、すでに定めた運用基準に従って区域ごとの開口量を調整し、供給量を増やす必要がある場所へ熱を回した。

保守担当者も、雪だからと特別な方法へ変えるのではなく、決められた手順どおり各測定点を確認する。

外には雪。

建物の中には熱。

以前のアスタリアであれば、冬が近づくほど、人々は薪の残量を確認し、火を絶やさないよう気を張り、防寒具を重ねることそのものが日常の大きな仕事になっていた。

もちろん、それらが全て不要になったわけではない。

停電ならぬ熱供給停止に備える必要もあり、極端な寒冷や吹雪への備えも残る。

それでも、寒さに耐えることしかできなかった土地で、今は寒さそのものを測り、必要な場所へ熱を配分し、異常があれば区間を止めて直すことができる。

アスタリアは少しずつ、寒さに耐える土地から、寒さを管理する土地へ変わり始めていた。

◇

星環暦(せいかんれき)1284年・実成月(みのりづき)≪第10月≫9日・風曜(ふうよう)――

アスタリア大商会・熱供給運用管理室。

初雪の夜を越えた《アスタリア熱供給網・第一期》から、一晩分の実測値が集められていた。

試験施設で人工的に条件を作った数字ではない。

実際に住民が帰宅し、食事をし、眠り、病院が夜通し稼働し、工房や倉庫がそれぞれの時間に活動した結果として生まれた数字だった。

時間帯別需要、最大需要、熱源負荷、《熱継送所》の補熱量、末端施設への到達状態、《魔導流体》の安定性が順番に確認される。

エルマー(技術研究部長)は複数の記録を重ね合わせた。

「昨日の冷え込みを含めても、熱源能力を使い切ってはいません」

その言葉だけを聞けば、余っている熱を外へ回せるようにも思える。

だが、シェリィはすぐにはそう判断しなかった。

「異常低温が来た時の分は」

「残す必要があります」

「設備停止や点検中の余力は」

「同じです。《熱継送所》や《魔導流体》の交換時にも、他系統へ回せる余力が必要です」

今後、アスタリア内部で住宅や施設が増えれば、その需要も上がる。

現在使っていない熱が、全て余剰とは限らない。

まず自分たちの土地で冬を安全に越すための予備能力を確保する。

そのうえで、それでも余る可能性がある部分だけを外部供給候補として考える。

具体的な供給余力は、さらに低温時の実測を重ねて決めることになった。

シェリィは地図へ視線を落とした。

「では、その安全余力を残したうえで使える熱は、どこまで届きますか?」

室内が静かになった。

これまでの問いは、アスタリアの中へどう届けるかだった。

今の問いは違う。

どこまで届くのか。

エルマー(技術研究部長)はすぐには答えなかった。

「現在のデータだけで距離を決めることはできません。地形、外気温、熱損失、《熱継送所》の配置、《魔導流体》の品質、保守できる経路、相手側の需要まで確認する必要があります」

シェリィは頷いた。

「では、調べましょう」

◇

同日昼――

アスタリア大商会・技術研究部会議室。

最初の領外供給候補として地図上に置かれたのは、ヴァルモント公爵領だった。

それは、シェリィ個人が恩返しをしたいという感情だけで決められたものではない。

アスタリアとすでに物流・商業上の結びつきがあり、公爵家との取引関係も存在し、将来の輸送や保守を考えても、最初の長距離供給候補として現実的だった。

ただし、この段階で建設を決めることはしない。

シェリィは地図を前に集まった技術担当者たちへ言った。

「線を引く前に、調べるべきことを全部出してください」

まず必要なのは、ヴァルモント公爵領側の需要だった。

何世帯へ供給するのか、病院などの生命維持施設はどこにあるのか、公共施設、商業区域、工房のうち何を優先するのかが分からなければ、必要な供給能力を決められない。

次に距離と地形。

最短距離だけを求めるのではなく、山、谷、河川、街道、積雪、地盤、そして故障時に保守要員が到達できるかまで調べる。

シェリィは、アスタリア内部で使ってきた原則を改めて確認した。

「長距離になっても同じです。壊れた時に、人が直せる経路を優先してください」

さらに、長距離になれば途中の熱損失を補う《熱継送所》が必要になるが、何キロメートルごとに置くかを先に固定することはせず、地形、外気温、分岐、実際の熱低下を測って配置を決める。

そして最も重要なのは、アスタリア側の供給上限だった。

「ヴァルモント公爵領で必要とされても、アスタリアの冬季予備と生命維持に必要な分は削りません」

シェリィの言葉に、誰も異論を挟まなかった。

外部へ売れるだけ送るのではない。

自領の安全を確保した残りだけが、外へ送れる熱だった。

◇

同日夕方――

アスタリア大商会本部。

ヴァルモント公爵家へ送る正式書簡が作成された。

内容は、熱を売るという提案ではない。

《魔導熱伝導路》によってアスタリアからヴァルモント公爵領まで熱を長距離輸送できる可能性について、共同で予備調査を行いたいという申し入れだった。

必要になるのは、領内の熱需要、優先候補地域、現地調査への協力、敷設可能な経路の確認である。

シェリィは書簡を最後まで確認した。

「まだ、できると約束しないでください」

「可能性の調査、としてあります」

「それでお願いします」

できるかどうかを確かめる前に、できると売り込むつもりはなかった。

書簡には正式な封が施され、ヴァルモント公爵家へ送られた。

◇

星環暦(せいかんれき)1284年・実成月(みのりづき)≪第10月≫10日・水曜(すいよう)――

アスタリア大商会・技術研究部。

ヴァルモント公爵家からの返答を待つ間にも、長距離熱供給に必要な技術課題の洗い出しは進んだ。

第一期熱供給網をそのまま長くすれば済むわけではない。

長距離になれば熱損失は増える可能性があり、《魔導流体》が長期間にわたって同じ性能を保てるか、《熱継送所》をどの間隔で置くか、継送用魔石をどう交換するか、長い区間の一部だけをどう隔離するか、冬季に誰が巡回するか、交換資材をどこへ配置するか、故障時に代替供給を用意できるか、途中で支線を増やす場合にどう設計するかまで検討しなければならない。

シェリィは長距離路線の概念図を見ながら、別の疑問を口にした。

「この伝導路は、魔力の流れる方向に沿って熱を送るのでしたね」

レオナルト(魔導計測統括)が頷く。

「はい。現在の構造では方向性があります」

「では、将来ヴァルモント側にも熱源ができて、逆方向へ熱を送りたくなった場合はどうなりますか」

レオナルト(魔導計測統括)は少し考えた。

「現在の路線を、そのまま逆向きへ使うことは難しいでしょう。別方向へ整えた伝導路が必要になる可能性が高いです」

「なら、最初から全部を埋めてしまわない方がいいですね」

現在はアスタリアから外へ送る。

だが、将来も必ず一方向だけとは限らない。

別の地域に新しい熱源が生まれる可能性もあり、複数地域が互いに供給し合う形になる可能性もある。

そのため、重要区間では将来、逆方向用の路線や追加の接続設備を設けられる空間を残すことが設計原則に加えられた。

目の前の問題だけを解いて、次の拡張を不可能にすることは避ける。

アスタリア内部で地下共同設備空間を造った時と同じ考え方だった。

◇

同日午後――

アスタリア大商会・調達会議室。

長距離熱供給のために最初に編成するのは、建設隊ではなく予備調査班とされた。

技術研究部を中心に、グローヴァー建設商会から測量・施工、ベルナート精製素材商会から素材・耐久性、ケストラー魔導機器商会から計測・制御、ラインフェルト運輸商会から輸送・道路状況に関する専門人員を参加候補として挙げ、必要に応じてほかの専門職も加える。

ただし、《アスタリア企業群》だから無償で人を出させることはしない。

調査業務についても、必要な人数、業務範囲、期間、価格、責任範囲を整理し、各社へ正式に発注する。

シェリィは予備調査の資料を確認しながら、1枚の大きな地図を机へ広げた。

その横には、すでに完成した《アスタリア熱供給網・第一期》の地図がある。

一枚目には、熱源から中央集落へ伸び、住宅、宿舎、公共施設、倉庫、工房へ分かれていく線が描かれていた。

もう一枚には、アスタリアと、その外側に広がるヴァルモント公爵領が描かれている。

これまで熱の線は、アスタリアの中で終わっていた。

シェリィは定規を取り、完成路線の先からヴァルモント公爵領の方向へ、一本の細い線を引いた。

まだ路線ではない。

工事の決定でもない。

どこを通るかも、どこまで届くかも分かっていない。

調査する方向を示しただけの線だった。

それでも、その線は初めてアスタリアの境界を越えていた。

シェリィ自身にとっては、次に確認すべきことを一つ増やしただけだった。

だが、寒さに耐えるしかなかったアスタリアで生まれた熱の仕組みが、その日初めて別の領地へ向かおうとしていた。

世界を変える計画というものは、最初から世界を変える形をしているとは限らない。

時には、地図の上へ引かれた一本の細い線から始まる。

お読みいただきありがとうございます。

王都商業ギルド組合による6か月後再審査は終了し、アスタリア大商会の加盟資格継続が決まりましたが、《アスタリア企業群内決済小切手》については制度そのものを新たに認可したのではなく、今回の審査時点で停止を必要とする違反や重大な信用問題が確認されなかったという整理になっています。

同じ日に《アスタリア熱供給網・第一期》も正式完成し、中央集落には初雪が降りましたが、熱供給網は低温下でも安定して運転を続けています。

そしてアスタリア内部の安全余力を確保したうえで、初めてヴァルモント公爵領への長距離熱供給の可能性を調査する段階へ入りました。

まだ建設は決まっておらず、需要、距離、地形、熱損失、保守性などを一つずつ調べるところから始まります。


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