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アスタリア大商会起業編 ~無知な母国を置き去りに、極寒の死地を熱で満たします~  作者: IORI


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第48話:企業群が求めた北方拠点

星環暦(せいかんれき)1284年・蒼潮月(そうちょうづき)≪第7月≫29日・木曜(もくよう)――

アスタリア・アスタリア大商会本部・大会議室。

長い机の上には、昨日決定した熱供給実証区画の設計資料が広げられていた。

技術研究部が作成した初期案には、熱源設備・熱交換設備・配管経路・監視設備・緊急遮断機構だけではなく、実証区画内へ建設する建物の用途まで記載されている。

住居。

病院。

店舗。

ホテル。

工房。

そして、業務用施設としてのオフィスビル。

単に熱を送るだけではなく、異なる用途の建物がどのように熱を必要とするのかを確認するための、小さな街を作る計画だった。

シェリィは資料を読みながら、向かいに座る各商会の担当者へ視線を向けた。

今回の会議へ参加しているのは、企業群各社の経営者だけではない。

熱供給設備に直接関係する技術責任者、施工担当者、物流担当者、管理担当者たちが、それぞれの専門分野から意見を出すために集まっている。

「実証区画の建設については、グローヴァー建設商会を中心に施工計画を作成します」

建設担当者が図面を指しながら説明した。

「ただし、地下設備については熱供給管だけではありません。将来的な通信設備の敷設も考慮する必要があります」

ケストラー魔導機器商会の技術担当者が頷く。

「《アスタリア企業群業務魔導回線》は現在、現地調査段階です。しかし、熱供給設備と通信設備を別々に施工すれば、後から再度道路や地下設備を変更する可能性があります」

「だからといって、同じ場所へ無計画に配置するわけにはいきませんね」

シェリィが答えた。

「熱による影響、魔力干渉、保守時の安全性を確認したうえで、最適な配置を決める必要があります」

技術担当者は頷いた。

「はい。実証区画では、通信設備も試験的に配置し、熱供給設備との距離や影響を確認します」

シェリィは資料へ視線を戻した。

昨日、熱供給設備の再設計を決めた時にも感じていた。

問題が増えたのではない。

街へ届ける前に、必要な確認事項が見えるようになっただけだ。

「実証区画は、失敗を避けるための場所ではありません」

シェリィが静かに言う。

「安全に失敗できる場所を作るためのものです」

室内にいた技術者たちは、その言葉を受け止めるように沈黙した。

実際の街へ導入した後に問題が発生すれば、影響は住民へ及ぶ。

しかし、限定された区域であれば、問題を発見し、原因を調査し、改善できる。

それこそが実証の意味だった。

◇

同日午後――

アスタリア大商会本部・会長執務室。

熱供給実証区画についての整理を終えたシェリィのもとへ、アルノルトが新しい書類を持って訪れた。

「会長、ご相談がございます」

「企業群関連ですか?」

「はい」

アルノルトは書類を机へ置いた。

「《アスタリア企業群》へ参加した各商会から、正式な要望書が届いております」

シェリィは書類を開いた。

内容を確認すると、そこには共通した内容が書かれていた。

アスタリア支部の早期開設を希望すること。

理由は、当初の想定よりも北方で発生する業務量が増加しているため。

王都で契約を締結した時点では、各商会は段階的な支部設置を予定していた。

しかし、実際には業務魔導回線計画、熱供給実証区画、物流体制整備、素材供給、施工準備など、企業群内で協議すべき案件が次々と発生している。

各商会が王都から判断を待つだけでは、対応速度に限界があった。

「想定以上に、仕事が増えたということですね」

シェリィが呟くと、アルノルトは頷いた。

「はい。当初は北方での将来的な事業拡大を見据えた支部設置という認識でした。しかし現在は、すでに現地で調整する必要がある案件が複数発生しております」

シェリィは少し考えた。

企業群を作った目的は、単に名前を並べることではない。

必要な技術・物流・資源・人材を結び付け、北方で新しい産業基盤を作ることだった。

そのためには、現地で動く場所が必要になる。

「事務所については問題ありません」

「……問題ない、ですか?」

アルノルトが少し驚いた表情を見せた。

シェリィは窓の外へ視線を向けた。

アスタリア大商会本部の隣には、数か月前から建設を進めていた建物がある。

企業活動が拡大することを見越して、最初から準備していた新しいオフィスビルだった。

「本部隣接のオフィスビルが完成しています」

「まさか、もう利用可能なのですか」

「はい」

シェリィは頷いた。

「各商会のアスタリア支部事務所として使用できます」

アルノルトは書類を確認しながら、納得したように息を吐いた。

「確かに、場所の問題はありません」

「さらに1階には、王国銀行・アスタリア支店の正式店舗が入居予定です」

「現在の仮店舗から移転する建物ですね」

「そうです」

現在、王国銀行・アスタリア支店は仮店舗で営業している。

しかし、企業群の活動拡大や今後の金融需要を考えれば、正式店舗が必要だった。

銀行機能が近くにあることは、単なる利便性ではない。

企業活動を支える信用基盤になる。

「企業群各社にとっても、銀行が近くにあることは大きな意味があります」

アルノルトが頷く。

「資金決済、契約、取引確認、今後増加する商取引にも対応できます」

「ただし、問題は住居ですね」

シェリィは書類の一部へ目を落とした。

事務所はある。

仕事をする場所もある。

銀行も整う。

しかし、人が来なければ意味がない。

「北方勤務者の住居については、まだ全員を受け入れられる状態ではありません」

「はい。現在整備を進めておりますが、家族帯同者を含めた生活環境まで考えると、すぐに大量配置することは難しい状況です」

シェリィは頷いた。

以前、各商会へ伝えた条件を思い出す。

北方勤務は本人の同意を原則とする。

北方手当を用意する。

住居を整える。

防寒具を支援する。

家族帯同にも配慮する。

定期帰郷の仕組みを作る。

そして、北方勤務が将来の不利益にならないこと。

「事務所だけ先に開設しましょう」

シェリィは決めた。

「現地で必要な管理者・連絡担当者・技術担当者が活動できる場所を確保します」

「住居については段階的に?」

「はい。人を呼ぶために場所を作るのではなく、人が安心して暮らせる場所を作ってから受け入れます」

アルノルトは静かに頷いた。

その判断は、効率だけを考えれば遠回りかもしれない。

しかし、北方という環境を誰より理解しているシェリィだからこそ、急激な拡大が現場へ負担を押し付けることを知っていた。

「各商会へ回答します」

「お願いします」

シェリィは再び窓の外を見る。

隣接する新しいオフィスビル。

その1階には王国銀行が入り、その上にはこれから複数の商会が集まる。

少し前まで、アスタリアは寒さに耐えるだけの土地だった。

しかし今は、人と技術と資金が集まり始めている。

熱を届ける仕組みを作る。

通信を繋ぐ仕組みを作る。

企業が活動できる場所を作る。

どれも単独では完成しない。

だからこそ、企業群という形を選んだ。

シェリィは机の上に置かれた資料へ手を添えた。

まだ始まったばかりだ。

けれど、北方を変えるために必要な土台は、確実に形になり始めていた。

◇

星環暦(せいかんれき)1284年・蒼潮月(そうちょうづき)≪第7月≫30日・金曜(きんよう)――

アスタリア大商会本部隣接・新オフィスビル前。

完成したばかりの建物の前には、まだ新しい木材と石材の香りが残っていた。

1階には王国銀行・アスタリア支店の正式店舗となる区画が整備され、上階には企業群各社の事務所となる空間が準備されている。

シェリィは建物を見上げた。

ここは単なる事務所ではない。

人が集まり、契約が交わされ、技術が生まれ、北方の未来を作る場所になる。

「まずは、この建物からですね」

シェリィは小さく呟いた。

大きな変化は、いつも小さな準備から始まる。

その準備は、すでに終わっていた。

お読みいただきありがとうございます。

今回は、熱供給実証区画の計画と並行して、《アスタリア企業群》が本格的に北方へ根を下ろし始める回となりました。

技術だけでは街は変わりません。

働く場所、資金を支える銀行、生活できる住環境、人が安心して移動できる仕組みが揃って初めて、新しい産業基盤になります。

シェリィが目指しているのは、1つの発明ではなく、長く続く仕組み作りです。

続きが気になりましたら、ブックマーク・評価で応援いただけると嬉しいです。

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