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アスタリア大商会起業編 ~無知な母国を置き去りに、極寒の死地を熱で満たします~  作者: IORI


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第21話:信用が切れる瞬間

星環暦(せいかんれき)1284年・熾火月(おきびづき)≪第5月≫28日――

セレスティア王国・王都セレスティア・中央市場

王都へ入る荷馬車は、前日よりさらに増えていた。

東部領から届いた小麦・南部から回された薪や木炭・国外商人が運び込んだ塩や食用油が、朝早くから中央市場の荷下ろし場へ運び込まれている。

数日前まで店先に貼られていた「売切」の札は減り始めていた。

それだけを見れば、市場は回復へ向かっているように見える。

だが、この朝から別の札が増えていた。

《新規掛売り停止》

《初回取引・現金決済》

《大口取引・保証人要》

品物はある。

しかし、商人たちは以前のようには売らなくなっていた。

馴染みの商人同士なら後払いが通る。

長年取引してきた相手なら、決済まで10日、20日、あるいは30日待つ。

けれど、新しい相手には待たない。

王都のどこで、次に支払いが止まるか分からないからだ。

穀物問屋の店先で、若い商人が困った顔をしていた。

「これまで通り、10日後払いでは駄目なのか?」

店主が首を横に振る。

「お前さんのところを信用してないわけじゃない」

「なら――」

「今は、どこも同じなんだよ。こっちだって次の仕入れは前払いだ。お前さんから10日後にもらっていたら、俺が明日の小麦を買えない」

「3日なら?」

「半分を今日。残りを3日後。それなら考える」

若い商人は唇を噛んだ。

「昨日までは、こんな条件じゃなかった」

「昨日まではな」

店主も苦い顔をした。

誰かが突然悪人になったわけではない。

誰かが意図的に商売を止めているわけでもない。

自分だけは損をしたくない。

自分だけは支払いを遅らせたくない。

自分だけは、次の商品を買える現金を残しておきたい。

その小さな警戒が王都全体へ広がり始めていた。

◇

同日――

王都セレスティア・《ハーゲン商会》

「中央卸商会からは、まだか?」

ハーゲン商会の主人、フリードリヒ・ハーゲンが帳場へ戻るなり尋ねた。

会計担当者が首を横に振る。

「先ほどもう一度確認しました。予定していた入金の一部が、熾火月30日までずれるとのことです」

「2日も?」

「先方も売掛金の回収が遅れているそうです」

「西区の3店舗は?」

「そちらは予定通りです。ただ、それだけでは本日の決済額に届きません」

フリードリヒは机へ両手をついた。

商売は失敗していない。

東部から仕入れた小麦は売れている。

中央卸商会・西区の小売組合・複数のパン工房まで、販売先はすでに決まっていた。

帳簿上では利益が出る。

問題は、金が戻ってくる日だった。

東部の穀物商へ支払わなければならない残金は、今日。

王都の取引先から代金を受け取るのは、明後日以降。

たった2日。

普段なら何でもない。

銀行から短期で借りれば済む。

あるいは、長年取引している相手なら支払日を数日ずらしてもらえる。

けれど今の王都では、その「いつも通り」が通じなくなり始めていた。

「王国銀行は?」

「融資自体は可能との回答です。ただし、追加担保の評価が終わるまで実行できないと」

「今日中には?」

会計担当者は答えなかった。

その沈黙だけで十分だった。

「倉庫を担保に入れる話は」

「すでに別件融資で一部設定されています。残る倉庫については評価官の確認が必要です」

「小麦そのものは?」

「今回仕入れた分は、レーヴェンタール総合商会の保証契約上、指定倉庫へ入っています」

フリードリヒは目を閉じた。

何もないわけではない。

むしろ商品も資産もある。

だが、今日の正午までに必要なのは倉庫でも小麦でもなく、決済に使える現金だった。

「中央卸商会へ言え。全部でなくていい。今日払える分だけでも前倒ししてくれと」

「すでに頼んでいます」

「返事は?」

「先方も、自分たちの入金待ちだと」

フリードリヒは椅子へ腰を落とした。

その時、帳場の奥から若い店員が駆け込んできた。

「旦那様、東部の《グライフェン穀物商会》から使者です。正午の決済について確認したいと」

フリードリヒは壁の時計を見た。

あと1時間。

「……分かった。予定通りだと伝えろ」

店員が退出したあと、会計担当者が低い声で尋ねた。

「大丈夫でしょうか」

フリードリヒは返事をしなかった。

大丈夫かどうかではない。

払わなければならない。

商人にとって「払う」は、願望ではない。

約束だ。

◇

同日・正午――

王都セレスティア・王国銀行決済窓口

商業ギルド組合を通じて持ち込まれた小切手が、順番に確認されていた。

振出人。

受取人。

金額。

支払日。

登録番号。

口座残高。

通常ならば、確認が終わればそのまま受取人側へ資金が移される。

担当官の指が、1枚の小切手で止まった。

「……残高をもう一度」

隣の職員が帳簿を確認する。

「不足しています」

「朝の入金分は反映済みか?」

「はい」

「未処理の送金は?」

「ありません」

担当官は小切手を裏返し、振出人名を確認した。

《ハーゲン商会》

保証人。

《レーヴェンタール総合商会》

担当官の表情が硬くなる。

「振出人へ確認を」

職員が連絡へ走った。

数分後、戻ってきた答えは変わらなかった。

必要額は揃わない。

入金予定はある。

売掛金もある。

商品もある。

だが、支払時刻までに現金は届かなかった。

担当官は規定書を開いた。

支払期日に必要額を用意できない小切手は、正常決済として処理できない。

受取側へ回すこともできない。

「……不渡り処理へ」

若い職員が息を呑んだ。

「本当に、ですか?」

担当官は静かに答えた。

「残高が足りない以上、他に処理のしようがない」

「ですが、レーヴェンタール総合商会の保証があります」

「保証があることと、小切手が正常に決済されたことは別だ」

担当官は小切手へ必要な記録を付けた。

その瞬間。

王都で続いていた信用収縮は、初めて目に見える形になった。

一枚の小切手が、約束通りには支払われなかった。

◇

同日――

レーヴェンタール総合商会本店

「ハーゲン商会が?」

アルブレヒトは、報告書を受け取る前に聞き返した。

「はい。東部のグライフェン穀物商会へ振り出した小切手が、本日正午の決済で残高不足となりました」

「不足額は?」

財務責任者が伝える。

アルブレヒトの表情は変わらない。

「保証契約は有効だな」

「はい」

「なら支払え」

「ただちに?」

「何のための保証だ」

アルブレヒトは報告書を机へ置いた。

「東部の商人に損をさせるな。契約通り、こちらが履行する」

「承知いたしました」

財務責任者が指示を出す。

保証契約に基づき、レーヴェンタール総合商会から不足分が支払われることになった。

グライフェン穀物商会は代金を受け取る。

ハーゲン商会も、その瞬間に潰れるわけではない。

それでもアルブレヒトは、しばらく無言で机を見つめていた。

「ハーゲンは赤字なのか?」

「いいえ。今回の小麦取引も利益は出る見込みです」

「商品は?」

「売却先確定済みです」

「なら原因は」

「支払日と入金日のずれです」

アルブレヒトは椅子へ深く座った。

やはりそうか。

経営破綻ではない。

不良在庫でもない。

詐欺でもない。

今日払うべき金が、今日までに届かなかった。

たったそれだけ。

だが、その「たったそれだけ」が決済を止めた。

「保証先を全部出せ」

「全部、でございますか」

「全部だ。支払日と入金予定日を並べろ。返済予定、担保、保有現金も確認する」

書類が集められる。

《ハーゲン商会》

《ノルデン燃料商会》

《ベルグ食料商会》

そのほか複数の商会。

一覧を追ううちに、アルブレヒトの目が次第に細くなっていった。

支払予定日が近い。

それも、多くが熾火月30日前後に集中している。

一方、売上代金の入金日は、その後ろへ伸びている。

「……これほど重なっていたか」

「通常月であれば問題にならない範囲でした」

財務責任者が答える。

「通常月ならな」

アルブレヒトは低く呟いた。

普段なら借りられる。

普段なら掛けで仕入れられる。

普段なら相手も数日待つ。

だが今は、その全部が少しずつ厳しくなっている。

「保証先には、新規発注を勝手に増やさせるな。追加購入はうちの審査を通せ」

「はい」

「売掛金は可能な限り前倒し回収。担保に出せる資産も再確認する。それと――」

アルブレヒトは少し考えた。

「明日から、保証残高を毎朝報告しろ」

「承知いたしました」

扉が閉じたあとも、アルブレヒトは座ったままだった。

ハーゲン商会1社だけなら払える。

問題はない。

だが同じことが10社で起きれば。

20社なら。

そこで思考を止めた。

考えすぎる必要はない。

まだ1件だ。

保証も履行できた。

市場も動いている。

それでも、胸の奥に小さな違和感だけが残った。

◇

同日・夕刻――

エドワード第二王子私邸

「不渡り?」

エドワードは初めて聞いた言葉を見るような顔をした。

アルブレヒトは一瞬だけ黙った。

「小切手を受け取った相手が支払いを求めた時、振り出した側の口座に必要な資金がなく、決済できなかった状態でございます」

「つまり金がなかったのか?」

「その時間までに、必要額が口座へ入っていなかったということです」

「ハーゲン商会は破産したのか?」

「しておりません」

「商品は?」

「あります」

「売れているのか?」

「はい」

エドワードの眉がますます寄った。

「なら何が問題なんだ?」

アルブレヒトは少しだけ息を吐いた。

「今日支払う金が、今日までに届かなかったのです」

「だが、レーヴェンタールが払ったのだろう?」

「保証契約がありますので」

「なら終わりではないか」

アルブレヒトは目の前の第二王子をじっと見た。

エドワードは本当にそう思っている。

悪意で軽視しているわけではない。

信用決済そのものを理解していないのだ。

「殿下」

「何だ」

「一商会を救えることと、すべての商会を救えることは同じではございません」

エドワードは不機嫌そうに目を細めた。

「また大げさな話を」

「今回、レーヴェンタール総合商会は保証を履行できました。しかし同じ日に10社、20社と決済不能が起きれば、保証する側の資金も減ります」

「そんなに同時に起きるのか?」

「分かりません」

「なら問題ないではないか」

「分からないから調べております」

エドワードは椅子へ身を預けた。

「それより仕入れは止めるな」

アルブレヒトの表情がわずかに硬くなる。

「殿下」

「今止めれば、シェリィの思う壺だろう」

「不渡りとシェリィ嬢は別問題です」

「同じだ」

エドワードは断言した。

「王都へ物を入れ続ければ、あの女の策は失敗したことになる。たかが1件の支払いが遅れたくらいで、ここまで積み上げたものを止める必要はない」

「追加調達には、さらに現金が必要になります」

「借りればいい」

「銀行も担保を求め始めています」

「なら担保を出せ」

あまりに簡単に言う。

アルブレヒトはしばらく黙ってから答えた。

「調達自体は継続します。ただし数量は私が決めます」

エドワードが眉を上げた。

「私の命令を聞かないと?」

「殿下はレーヴェンタール総合商会の経営者ではございません」

静かな言葉だった。

「供給を維持する必要はあります。ですが、商会そのものを潰してまで数量を積み上げれば、結果として王都への供給も止まります」

エドワードは不満そうだったが、反論できなかった。

アルブレヒトは一礼する。

「仕入れは続けます。ただし、保証・担保・支払予定を確認したうえでです」

「……好きにしろ。ただし王都の店を空にするな」

「承知いたしました」

部屋を出たアルブレヒトは、廊下で一度だけ足を止めた。

一件を払えた。

だから大丈夫。

エドワードはそう考えた。

だがアルブレヒトには、もうその考え方はできなかった。

◇

同日・夜――

セレスティア王宮・王太子執務室

「最初の不渡りが出ました」

王国銀行から届いた報告書を、ジュリアンは無言で読んだ。

ハーゲン商会。

東部穀物取引。

保証人、レーヴェンタール総合商会。

保証履行済み。

受取側への支払い完了。

「ハーゲン商会は破綻しているのか?」

「いいえ」

報告官が答える。

「売掛金もございますし、商品も売却予定です。現時点では資産超過と見られます」

「なら、一件だけで結論を出すな」

「第二王子派に近い商会ですが」

ジュリアンは顔を上げた。

「だから何だ」

報告官が口を閉じる。

「派閥に近いという理由で、通常の資金繰り事故まで犯罪へ変えるな。まず事実を調べろ」

「はっ」

「誰から買った。誰へ売った。いつ払う予定だった。いつ入金される予定だった。なぜ入金が遅れた。誰が保証した。そして保証金はどこから出た」

報告官が急いで書き留める。

「融資申請については?」

「通常審査を続けろ」

「特別融資は」

「しない」

ジュリアンの答えは変わらない。

「困ったからという理由で、王室が審査を曲げることは認めない。だが政治的な理由で融資を止めることも認めない」

「承知いたしました」

報告官が退出すると、ジュリアンは机上の資金経路図へ目を落とした。

一枚の小切手。

一商会。

一件の保証履行。

まだ、それだけだ。

だが図の上では、その1件から何本もの線が伸び始めている。

ハーゲン商会から中央卸商会へ。

中央卸商会から複数の小売組合へ。

レーヴェンタール総合商会から保証先へ。

銀行から商会へ。

商会から地方へ。

「金額ではないな」

ジュリアンが小さく呟いた。

重要なのは、誰がいくら失ったかではない。

誰と誰が、何によってつながっているのか。

彼は新しい紙を取り出した。

「つながりを見ろ、か」

シェリィが同じ資料を見れば、きっとそう言う。

そんな気がした。

◇

星環暦1284年・熾火月29日――

アスタリア大商会・本部執務室

「王都で、最初の不渡りが確認されました」

報告を受けたシェリィは、すぐには表情を変えなかった。

「どちらの商会ですか」

「ハーゲン商会です。東部穀物商への決済で不足が発生しました。ただしレーヴェンタール総合商会が保証を履行しております」

「ハーゲン商会そのものは?」

「営業継続中です。販売予定の商品もあります」

「原因は支払能力そのものですか。それとも、入金と支払いの時間差ですか?」

担当者が書類を見る。

「後者です。入金予定の一部が熾火月30日以降へ遅れました」

シェリィは小さく頷いた。

「でしたら、一件だけなら事故です」

担当者が意外そうな顔をした。

「事故、と?」

「ええ。商売では起こり得ます。売れる商品を持っていても、今日払う金が今日届かなければ決済は止まります。それだけで商会全体が破綻したとは言えません」

「では、まだ――」

「安心する段階でもございません」

シェリィは別の一覧を手元へ引き寄せた。

「次の2日間の支払予定を」

数枚の帳票が並べられる。

各商会の大口支払い。

短期借入金返済。

地方商人への残金。

輸送費。

倉庫費。

保証契約。

シェリィの目が、同じ日付を何度も追った。

熾火月30日。

また30日。

ここにも30日。

「……重なりましたね」

小さな声だった。

担当者が息を呑む。

「危険でしょうか」

「危険かどうかは、まだ分かりません」

シェリィは数字から目を離さない。

「ですが、同じ日に多くの商会が現金を必要とするのは確かです。そして皆が、同じように売掛金を抱えています」

「王都の銀行が融資すれば」

「通常審査で通るものは通るでしょう」

「それでも足りなければ?」

シェリィは答えなかった。

予想はしている。

だが予想と事実は別だ。

「明日の決済結果を見るまでは、断定しないでくださいませ」

「承知いたしました」

シェリィは次の書類へ手を伸ばした。

そこには、王都救援用の輸送計画が記されている。

アスタリア大商会が確保した王都約3日分。

そして別途、ヴァルモント公爵領が確保している約3日分。

「第1陣の準備状況は?」

「完了しております。第2陣・第3陣も積載順序まで確定しました」

「馬の交代地点は」

「3か所です」

「予備車両」

「各隊列に配置済みです」

「護衛は?」

「通常の商隊護衛として必要な人数を確保しております」

シェリィは頷いた。

「では、出発命令だけで動ける状態を維持してくださいませ」

「まだ出さないのですね」

「まだです」

担当者が黙る。

シェリィは救援計画表を閉じた。

「枯らす準備だけをしていたわけではございません」

静かな声だった。

「救う準備も、最後まで終わらせます」

◇

同日――

王都セレスティア・中央市場

この日の市場には、前日以上の商品が並んでいた。

しかし商人同士の取引条件は、さらに厳しくなっていた。

「新規は現金のみです」

「昨日まで20日払いだっただろう?」

「既存契約は守ります。ただ、新しい分は別です」

「10日でも?」

「難しい」

別の店では、取引先が保証人を求められていた。

倉庫では、これまで名前だけで商品を出していた商会に、担保証書の提示を求める声が上がった。

支払い延期を申し出る商人も増えていた。

だが、この日、新たな正式不渡りは出なかった。

皆が何とか金を集めた。

売掛金を早く回収し、在庫を担保へ入れ、短期融資を受け、支払日を交渉してずらした。

王都の商人たちは、まだ耐えていた。

それでも、耐えるために必要な条件は昨日より重くなっていた。

◇

同日・午後――

レーヴェンタール総合商会本店

「明日の支払い予定を、もう一度」

アルブレヒトは一覧を見つめていた。

財務責任者が読み上げる。

「当商会本体の東部穀物・南部燃料・国外商人への決済。保証先ではノルデン燃料商会・ベルグ食料商会を含む複数社。短期融資返済が2件。保証契約上の預託追加が1件」

「入金予定は?」

「明日中に入る予定の売掛金もございます。ただ、一部は午後です」

「支払いは午前か」

「はい」

アルブレヒトは舌打ちこそしなかったが、目元が険しくなった。

金は入る。

だが、後から入る。

先に払う。

その数時間、数日の差が、今の王都では大きすぎる。

「明日の朝一番で現金残高を確認しろ。融資枠も全部だ」

「はい」

「保証先には今夜中に連絡を取れ。入金の遅れがあるなら隠させるな」

「承知いたしました」

財務責任者が退出しようとした時、アルブレヒトが呼び止めた。

「昨日のハーゲンの件だが」

「はい」

「一件で終われば、事故だ」

財務責任者は黙っている。

「だが明日、同じ理由で複数社が払えなければ……」

アルブレヒトは最後まで言わなかった。

言葉にする必要がなかった。

◇

同日・夜――

王都セレスティア・王国銀行決済準備室

翌日の決済書類が、長机の上へ次々に積み上げられていた。

小切手。

支払証書。

借入返済通知。

保証契約に基づく請求予定。

担当職員たちは番号・金額・振出人・受取人を確認しながら、30日の処理分を分類していく。

若い職員が、積み上がった束を見て呟いた。

「……多いですね」

向かいの年長職員は手を止めずに答えた。

「月末だからな」

「毎月、こんなにありましたか?」

その問いに、年長職員の手が一瞬だけ止まった。

彼は机の上を見た。

いつもより厚い束。

いつもより多い保証付き取引。

いつもより大きな前払いの反動。

いつもより短い融資。

そして、前日に戻ってきた一枚の小切手。

「……さあな」

それ以上は言わず、再び作業へ戻った。

最初の一件なら、まだ事故と呼ぶことができる。

一商会の資金繰りが、たまたま数日ずれただけだと説明することもできる。

だが翌日、王都には――

事故という言葉だけでは片づけられない数の支払いが待っていた。

今回登場した「不渡り」は、小切手で「この日に支払う」と約束していたにもかかわらず、決済時点で振出人の口座に必要な資金がなく、予定通り支払えなかった状態を指しています。

ハーゲン商会の場合、商品が売れなかったわけでも、すぐに倒産したわけでもありません。仕入先への支払日が先に来て、販売先から代金を受け取る日が後になったため、わずかな時間差で決済が止まりました。

今回はレーヴェンタール総合商会が保証を履行したため、受取側には代金が支払われています。しかし、同じことが同時に多数の商会で発生した場合、保証する側にも負担が集中します。

王都ではまだ、新たな不渡りは起きていません。

ただし、熾火月30日には多くの決済が重なっています。

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