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分断の国(仮)  作者: キロヒカ.オツマ―


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第二十二章 善意のフロント

 蒼浜市民文化センターの会議室は、妙に清潔だった。壁の掲示物は子ども向けのイベント案内と、環境保全を謳うポスター。床にはゴミ一つ落ちていない。ここに暴力の匂いはない。だが、金の匂いは確かにあった。


 玲奈は名札を胸に付け、円卓の一角に座った。NPO連絡会。反基地、環境、女性支援、外国人労働者支援――肩書きだけを並べれば、どこからも非難されない集まりだ。


「本日の議題は、次期助成金の共同申請についてです」


 司会の男は柔らかく笑った。元市議の秘書。落選後、なぜかこの界隈で重宝されるようになった人物だ。


 資料が配られる。見慣れたフォーマット。事業目的、成果指標、連携団体。そこに、聞き覚えのある会社名が混じっていた。


 ――蒼浜港運。


 一瞬、心拍が跳ねた。鷹宮から聞いた名前。暴力団のフロント企業。


「この部分ですが」


 玲奈は手を挙げた。


「港湾関連会社が、なぜ市民啓発事業の協賛に?」


 会議室の空気が、わずかに固まった。だが、司会はすぐに言葉を継ぐ。


「地域連携です。クリーンなイメージづくりは、企業の社会的責任ですから」


 誰も反論しない。反論できない構造が、すでに出来上がっている。


 別の団体の代表が続ける。


「実務は向こうが持ってくれます。警備、会場設営、動線管理。助かりますよ」


 警備。その言葉が引っかかった。蒼浜で警備と言えば、誰が動くかは決まっている。


 休憩時間、トイレの前で若い女性スタッフが囁いた。


「深く考えない方がいいです。ここは“通す場所”なので」


 通す。申請を、金を、事業を。疑問を挟む者は、通らない。


 午後の部では、役割分担が決まっていく。玲奈の団体は、被害者ヒアリングとレポート作成を担当することになった。


「素材は集めやすいでしょう」


 司会が言う。その言葉に、悪意はない。業務として最適だからだ。


 会議が終わる頃、名刺交換が始まった。蒼浜港運の担当者が近づいてくる。紺色のスーツ。名刺の角が少し擦れている。


「何かあれば、こちらへ」


 低い声。丁寧だが、断る余地を与えない。


 帰り道、玲奈は文化センターの裏手に回った。そこには、会議室とは別の入口がある。黒塗りのワゴンが停まり、男たちが出入りしていた。腕章はない。だが、動きで分かる。警備ではない。


 その夜、パソコンを開くと、例の送信先から返信が来ていた。


『資料、受領。確認中。ただし公開には時間がかかる』


 時間。その間に、何が起きるか。誰が動くか。


 同時に、別のメールが届く。件名は「協力のお願い」。差出人は、今日会った港運の担当者だった。


『市民の声を、正しく届けるために』


 文面は丁寧だった。添付ファイルには、次回の事業計画と、謝礼の内訳が記されている。金額は、団体の年間予算を軽く超えていた。


 玲奈は画面を閉じた。理解した。


 ここでは、善意がフロントになる。正義は通行証だ。通れない者は、最初から想定されていない。


 窓の外で、遠くの港のクレーンが赤く点滅している。あの下で、誰が何を守っているのか。誰が、何を見ないふりをしているのか。


 玲奈は、もう一度メールを開いた。返事は書かない。ただ、消さなかった。


 それが今の自分の位置だと、はっきり分かっていた。

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