第二十一章 裏の正式名称
蒼浜市には、表の地図と裏の地図がある。観光課が配るパンフレットには、港と基地と新設されたショッピングモールしか載っていない。だが、地元の人間が小声で語る地図には、別の名前が書き込まれている。
港湾地区第三埠頭――そこは昔から「組」の縄張りだった。
蒼浜港運株式会社。名目は荷役と倉庫管理。実態は、指定暴力団・東海連合傘下、蒼浜一家のフロント企業だ。警察も市役所も、その事実を知らないふりをしている。
鷹宮は、割れた肋骨を庇いながら、港沿いの古い食堂に入った。昼過ぎだというのに、客は三人しかいない。全員が無言で、視線だけが鋭い。
奥の座敷に座っていた男が、顎で合図した。
「来たか」
蒼浜一家若頭補佐、桐島。年齢不詳。スーツは高理解ではないが、体に馴染んでいる。指は短く太く、爪が妙に整っていた。
「何の用だ」
鷹宮は先に言った。敬語は使わない。ここで下手に出れば、最後まで下に扱われる。
「用があるのは、こっちだ」
桐島は湯呑みを置いた。
「お前、余計なもんを動かしたな」
告発資料の件だ。ネットメディア、内部文書、消えた記事。すべてが、この男の守備範囲にあるという前提で話が進む。
「知らねえな」
「知ってるかどうかは関係ねえ」
桐島は淡々と言った。
「港の工事、基地の下請け、警備。全部、線で繋がってる。そこをなぞると、俺らの名前が出てくる」
herinner
鷹宮は理解する。右翼でも左翼でもない。思想の外側にいる連中。だが、現場を実際に動かしているのは、いつもここだ。
「黙ってろ、とは言わねえ」
桐島は少しだけ身を乗り出した。
「動くなら、筋を通せ」
筋。その言葉の意味を、鷹宮は知っている。表に出すな。勝手に流すな。や錯覚するな。選択肢は二つしかない。
協力するか、消えるか。
店を出ると、潮風が痛んだ体に刺さった。港では今日もコンテナが積み下ろされている。その一つ一つに、誰の金が回っているのか。誰が守っているのか。
鷹宮は初めて、敵の正式名称を知った気がした。
これは思想の戦いじゃない。
利権と暴力の、業務だ。




