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第1話:甘いものには毒がある。

少年と誰かの物語


 リンリンとベルが鳴った。

 今日も誰かがドアを開ける。


 コツコツと足音を立てて入ってきたのは若い女性だった。歩く度にパーマをかけた髪がポワポワと弾み、黒いドレスがなびく。

 なんの迷いもなく歩いてきたその女性は辺りを見渡してから、少年に声をかけた。


「ねぇ、ここはどこなの?」

「ここがどこかもわからないのによく堂々と入ってこれたね」


 女性の方を向かず、読んでいた本に目を落としたまま少年は辛辣な言葉を放った。


「そんなに堂々としてたかな?というか、ここがどこか答えてくれてもよくない?」


 少しムスッとしているが、甘い声で話す女性は少年が座っているソファーの向かい側へ座った。

 女性は「ねぇ、ねぇ」と少年が自分の方を見てくれるまで話しかける。少年はため息をつき、パタンと本を閉じるとようやく女性に顔を向けた。

 

「お!やっとこっち向いてくれたね~。君、顔立ちいいね~羨ましいよ」

「そういうのいいから。それを言いたいが為に僕にずっと話しかけてたの?」

「違う違う。私はただ、ここがどこなのか知りたくて~」

「それは言わなくてもわかるでしょ」


 ずっと変わらない少年の冷たい対応に女性は「まぁ、そうだけどさ~」と軽く受け流した。少しの沈黙が流れたが、女性はめげずに少年に話しかける。


「ねぇ、君名前は?私はね~美由紀!」

「……僕に名前はない」

「え~じゃあ……レイ君ってのはどう?」

「……なんでレイ君?」

「それは勿論、君が冷たいから!」

「安直」


呆れて再び本を開いて読み始める少年に美由紀は「え~気に入らなかった?」と少し悲しそうな表情を見せた。


「……まぁ。僕のことは好きな風に呼んでいいよ」

「やった!じゃあ、レイ君はずっと一人でここにいるの?」

「そう」

「……へ~寂しくない?」

「別に。ここには沢山の本があるし、たまに君みたな人が迷い込むからね。退屈しないよ」

「そっか~私以外の人はここで何をしてるの?」

「僕と話をしてる」


 美由紀はクスッと笑う。少年は本を読んでいた顔を上げて、少し不満そうに女性に「何?何かおかしかった?」と問いかけた。

 

「いや、レイ君と話すって話続かなさそうだな~って思って」

「現に今話してるでしょ?」

「そうだけどさ~それは私が話を振ってるからでしょ?レイ君は何か話ないの~?」

「ない」

「そっか~ないか~残念」


 そこからはしばらくの間沈黙が流れた。少年は変わらず本を読み続け、由紀子は座りながら足をブラブラさせて周りをただ見回していた。

 聞こえるのは少年が本をめくる音と焚火の音だけ。そのんな沈黙を断ち切るように口を開いたのは少年だった。


「ねぇ、何か飲む?」

「え、あ、ここ飲み物とかあるの?」

「まぁ、いろいろね。それで何飲みたい?」

「えっと……それじゃあ、コーヒーがいいな。あ、ブラックでお願い」

「……わかった。ちょっと待って」


 少年は席を立つと部屋の隅にある棚に向かい、コーヒーを入れた。美由紀はソファーに座りながら「何か手伝おうか?」と少年に声をかけるが「大丈夫だから、そこで大人しくしてて」と断られてしまった。少しすると少年はマグカップに入ったコーヒーを持って美由紀のところまで戻ってきた。


「あれ?レイ君の分はないの?」

「いい。僕は喉乾いてないし、コーヒー飲めないから」

「そっか。まぁ、レイ君幼いもんね」


 コーヒーありがとう。と美由紀は少年から受け取り、一口飲んだ。


「う、苦い」

「それはそうでしょ。ブラックなんだし」

「うぅ~こんな苦いんだ」

「……砂糖とミルク持って来ようか?」

「いや、いいの。これがいいの」


 そう言って美由紀は渋い顔をしながら少しずつコーヒーを飲んでいった。何口か飲んだ時、美由紀は一息つくと少年に話しかけた。


「ねぇ、キスの味って知ってる?」

「……さぁ、知らない。僕したことないから」

「だよね~さっき自分でレイ君幼いって言っておきながら聞くのっておかしいよね~ごめんね」


 アハハと笑う美由紀はどこか悲しそうだった。


「……キスってどんな味なの?」

「お、気になっちゃう~?おませさんだね~」

「やっぱいい」

「え~ごめん!ごめんね!」


 すぐに本を読み始める少年に焦って美由紀は話し始めた。


「私さ、いろんなキスの味を知ってるんだ。幼いレイ君に話すようなことじゃないけどね。まぁ、いろんな人とそういう関係も持ってたの。その時にいろんな味を知った。甘い人もいれば、ミントみたいに爽やかな人もいたり、あとはニンニクの味もだけど匂いもプンプンの人もいたの!!」

「…………」

「あ、物理的な話かって思ったでしょ!『ファーストキスはレモン味』とかそういう表現だと思ったでしょ!」

「……まぁね。でも、お姉さんには何かあるんでしょ」

「うん、まぁ、そうだね。そう。好きな味があったんだ。落ち着くし、安心できるの。私、居場所がなかったから。友達とかできないし、なんだったら女子に嫌われるしさ」

 

 マグカップを両手で持ち、コーヒーを見つめる美由紀の顔は優しく微笑んでいた。


「自暴自棄になって、いろんな人と関係持って、捨てられて、また自暴自棄になっての繰り返し。そんな私を拾って助けてくれたのがコーヒーの味の人」


 そう言ってコーヒーをまた一口飲む。


「アハハ、やっぱり苦いね。こんな苦いんだねコーヒーって」


 涙を流す美由紀を少年はただ黙って見ているだけだった。


「もう少し早く出会いたかったな~あの人に。でも、知ってたんだ。私のせいで誰が傷ついてることも、誰かの恨みを買ってることも。こうなるかもって思ってた」


 美由紀は少し過呼吸気味になりながらも声を上げて泣いた。少年にはその時だけ美由紀が幼い子供に見えた。

 美由紀はしばらく泣き続けたが、少年からハンカチを貰い涙を拭うと少しずつ落ち着きを取り戻していった。


「ありがとう。レイ君って案外優しいんだね」

「……まぁ、ずっと泣かれてもうるさいし。ほっとけないじゃん」

「そっか~ほっとけないか~嬉しいな~」

「そこだけピックアップしないで」

「ごめん。ごめん」


 美由紀はアハハと笑うと「レイ君あの人にそっくり。私を救ってくれた人」と言ってコーヒーを一気に飲み干した。


「…言っておくけど、僕はコーヒーの味しないよ」

「うん。知ってる」


 そう言って美由紀は微笑むとマグカップを机の上に置いて勢いよくソファーから立ち上がった。


「ずっとここにいたいけど、多分無理だよね」

「……まぁね」

「あ~やっぱり~?私鋭いでしょ~?」 

「ウザいの間違いでしょ」

「相変わらず辛辣だね~」


 少年はアハハと笑う美由紀の手を引いて扉の前まで連れていく。


「ねぇ、レイ君。この先はどこに繋がってるの?」

「……知らない。誰にもわからない」

「だよね~。まぁ、私には進むしかないもんね」


 美由紀はドアノブに手をかけるとクルッと振り返って少年にキスをする。


「ねぇ、レイ君。キスってどんな味?」

「……苦い」

「アハハ。ごめんね~」


 美由紀は扉を開く。扉の先は何も見えない。ただただ真っ白だった。美由紀は「じゃあね、レイ君。ありがとう」と微笑み一歩踏み出した。


「美由紀さん」


 少年の呼びかけに美由紀は驚き振り向く。


「そのドレスさ。似合ってると思う。特に大きな赤いバラとか」


 あぁ、これ?と美由紀はお腹あたりにある大きなバラの刺繍を触った。


「…ほんと、最後の最後まで辛辣だね~レイ君」

「……でも、それは美由紀さんの証でしょ」 


 美由紀は驚いたが「そうだね~これも悪くない!」と笑い、真っ白の世界へ消えていった。

 少年は扉を閉めると、美由紀が使ったマグカップを片付けた。


 「コーヒーってこんなに苦いんだ」 


 

 ――――――――――――――――――――――――――――――


 ××××年△月〇日

 東京都~区で殺人事件が発生した。

 被害者は20代後半の女性。腹部を刺され病院に搬送されたが、死亡が確認された。容疑者は19歳の少女で被害者女性との面識はなく、警察が捜査を進めている。

 被害者を知っている人に話を聞いた。

 「〇〇さん(被害者)はあまり人と関わろうとする人ではなく、家庭環境も良くないと聞いていた」(中学時代の同級生Aさん)

 「いろんな男の人とよく遊んでいると聞いていたので、そういったトラブルかもしれませんね」(被害者とネット上で関りがあったBさん)

 事故現場では花が供えられている。

 

 その中には一本のシオンの花が添えられていたそうだ。

 

 

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