過去2
オリオン王がぼんやりと何もない空間で突っ立っていると、不意に色彩が周囲に溢れ、辺り一面に景色が現れてきた。
初めに、オリオン王の目に映ったのは、女性の姿であった。
『!?』
オリオン王は、その女性を見て、あまりの驚愕に言葉もなく固まった。
金の髪をなびかせて澄んだ青い瞳を持つ美しい女性は、汚らわしいものでも見るかのようにオリオン王を冷めた瞳で見つめていた。
『あぁ、何故お前なんかを産んでしまったのかしら……』
その女性は、憎しみを籠めた瞳でオリオン王の心をズタズタに射抜く。
『触らないで! あぁ、汚らわしいこと……。お前なんか、私の子ではないわ』
狂気を宿した瞳で突然クスクス可笑しそうに笑い出した女性は、オリオン王の頬をピシッと叩いた。
『お前なんか産むんじゃなかった……。二度と、私の前に現れないで』
(母上……。何故、こんな過去が、見えるのだ……。ここは……どこだ? さっきからおかしいぞ。夢の中……なのか?)
予想だにしなかった突然の事に呆然としていると、母親の姿がぐにゃりと歪んだ。消えてくれるのかと思わず安堵の息を吐いたのだが、今度は別の女性がオリオン王の目の前に立っていた。
『アン!?』
まるで幽霊でも見るかのように顔を青ざめさせたオリオン王は、苦しくなったのかギュッと胸辺りを無意識に握り締めていた。
長いサラサラとした真っ赤な髪に黒い瞳を持つ、年の頃16歳ぐらいのほっそりとした美少女は、愛らしくにっこりと微笑んだ。
『私、一度も貴方のことを愛しているなんて思ったことがないですわ。むしろ、疎ましく思っておりました。だって、貴方さえいなかったら、全てが上手くいったのですもの……。そうよ、オリオン様……貴方さえ、貴方さえいなかったら……。貴方なんかいなければよかったのです。聞けば、王妃様にも疎まれているとか……いっそのこと、この世に生まれなければよかったのよ!』
ニコニコと微笑んだまま、少女は狂気を宿した瞳でオリオン王を見つめる。
(母上の次は、アンドロメダだと!? 今さら何故、俺にこんなものを見せる! 夢だというなら、覚めろ! 覚めてくれ!)
オリオン王が、心の中で悲鳴をあげるように叫んだ瞬間、今度は少女の姿が歪んできて、再び何もない真っ白な空間に再び戻った。
『母上……。アン……』
自分を憎むように睨み付けてくる二人の瞳が、脳裏に焼きついて消えない。
オリオン王が辛そうに瞳を閉じると、再び周囲の景色が変化していった。
『あら、坊や……どうしたの? 何で泣いているの?』
突然、目の前に現れて話しかけてきた女性を見て、オリオン王はとても驚いた。
(ナホ!?)
その女性は、あまりにも菜穂に似ていたのである。
『お前、ナホではないのか?』と話しかけようとしたのだが、口から出てきた台詞は全く違うものであった。
『ぼうやじゃないぞ。僕は、オリオン・マサレオ・アースだ!』
オリオン王は愕然とした。耳に入ってきたのは、幼い子供の声であったからである。
どうやら、またしても子供になってしまったようだ。しかも、先程の10歳程度より、もっと幼くなったらしい。多少、舌っ足らずな発音であるので、それが分かる。
『まぁ、オリオンっていうのね。可愛い……』
菜穂によく似た女性は、しゃがみ込むと目線を合わせてからオリオン王の頭を優しく撫でた。
『ぼっ……僕は、男だぞ。男にかわいいとは、しつれいだぞ、おまえ!』
『ふふっ、そうね。変なこと言ってごめんね、オリオン』
『わかればいいのだ。ところで、おまえ、なんでこんなとこにいる? ここは、おうぞくしか、はいれないのだぞ。それに、そのふく、おまえ、はなよめだろう? どっかからにげてきたのか?』
『んー、なんでだろうね? そうね、なりゆきで……っていうか、あ、オリオンに会いにきたのかな?』
『僕にあいに!?』
(何故、この身体は勝手に話しをしているのだ?)
それは、不思議な感覚であった。幼い自分の中に、今の自分が入っているような感じであり、しかも身体は自由に動かせない。
オリオン王は、耳で話を聞きながら目で菜穂にそっくりな女性を見つめていた。
その女性の自分を見つめてくる瞳が、とても優しいものに感じる。
(これは、ただの夢なのか? それとも、幼い頃の俺の記憶なのか?)
オリオン王は酷く混乱していた。
だが、女性と幼い自分との会話は続いていく。
『べつに、ないてなんかないぞ。僕は、すこし、さびしかっただけで……母上が、僕をいらないって……いうから……。ほんのすこし、かなしかっただけだぞ』
『そうなの……。えらいわね、オリオンは……』
『あ、あのさ……僕、うまれないのが、よかったの……?』
『……っ!? そんなわけないでしょう!』
泣きそうな顔をした女性は、突然、オリオン王をふわっと優しく抱き締めてきた。
『そんなことない……。オリオンは望まれて生まれてきたのよ。きっと、オリオンのお母さんは、ちょっと心の病気になっちゃったのね。お姉さんだって、オリオンがいなかったら悲しいもの。だって、こうして今日、会えなかったでしょう? お姉さん、オリオンに会えてとっても嬉しいのよ』
『ほんとう? 僕、うまれてきてよかったの?』
『えぇ、いいのよ。もっと自信を持って! 貴方は愛されるために生まれてきたの』
『おねえちゃん、あったかい……』
幼い自分が菜穂そっくりな女性の胸にすりすりと頬を押し付けていることに、オリオン王は同じ自分でありながら、何だか嫉妬を感じていた。
(この女はナホではないが、ナホの胸は俺のだ。それにしても、このナホそっくりな女の胸は大きいな……)
オリオン王は、女性の胸の弾力を味わいながら、胸の大きさの違いでナホではないと断定した。
『おねえちゃん、またあえる?』
『もちろん、またあえるわ。オリオンが大きくなったら、お姉ちゃん、絶対に会いにいくからね』
『ほんとう?』
『えぇ、約束するわ』
女性が小指を出し、オリオン王の小指に絡めて、歌い出す。
『指切りげんまん、嘘ついたらハリセンボンのーますっ! 指きった……』
『おねえちゃん、このうたなんだ?』
『また絶対に会おうっていう、約束の歌よ』
オリオン王は、ズキンと急に激しく頭が痛むのを感じた。所々うっすらと、記憶が浮かんでくる。花嫁衣裳を身に纏った女性と幼い自分が、小指を絡めている姿、笑顔で楽しそうに笑っている姿などなど……。
(うっ……俺は、この歌を知っている……。そうだ、遠い昔……ガキの頃……っ!? 今、見ている事は、やはり俺の過去か!?)
『あ、あのさ……僕がおおきくなったら、おうひにしてやっても……いいぞ』
『あら、オリオンのお嫁さんにしてくれるの? それは嬉しいわ。だけど、お姉ちゃん、今から結婚するのよ?』
『そ、そうか……そのふく……。でも、りゃくだつあいっていうのも、あるな。つぎにおねえちゃんにあったとき、おねえちゃんがしあわせじゃなかたら、僕が、おねえちゃんをもらってやる』
『ぷっ……オリオンは、やっぱり小さくてもオリオンなのね』
女性がおかしそうにクスクス笑いながら、幼いオリオン王の頭を優しく撫でてくる。
『ねぇ、オリオン。今ね、おねえちゃんのお腹の中には、赤ちゃんがいるのよ。おねえちゃんね、この子がオリオンに似ていたら嬉しいな……』
『僕ににている……?』
『えぇ、だって、オリオンったらこんなにいい子で可愛いんだもの……。おねえちゃん、オリオンが大好きだよ』
菜穂に良く似た眩しいばかりの笑顔に、オリオン王は、先程の苦しさ悲しさなど吹き飛んで、その笑みに魅入っていた。不思議と心が安定していくのを感じる。
(ナホ……現実のお前に会いたい……)
オリオン王が心で呟くと、視界が急に歪んで、再び何もない真っ白な空間に戻っていった。
戻る直前、菜穂そっくりな女性に、頬にキスをされて真っ赤になっている幼い自分の姿を目にすることになる。




