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魔嬢の使用人  作者: 熊野金太郎
始まりの魔女 編
19/35

018 king

「ちょっと!! それはどういうことよ、父さん!」

 そう女の怒鳴り声が響いた次の瞬間、清掃の行き届いた綺麗な室内は突如発生した突風によって、長い間放置された物置小屋のような状態になった。

 ちょうど西の大国王、エドワードの末娘、エルザの怒号が王宮内に響きわたったところである。西の大国の守護神、始まりの魔女の風魔法は、彼女の非常に得意魔法の一つで、自身の好きな魔法であるがゆえに感情の高ぶりに合わせて意図せず発動してしまう厄介な魔法でもある。

(あーあぁ……部屋がぐちゃぐちゃに……)

 突然のことに防御魔法を張り損ねたエドワードは、突風によって飛んできて刺さった巻物を、自分の緩く結われた金髪の中から引っ張り出した。

(ああ、これなんか午後の会議で使うっていう大事な書物なのに)

 執務机はひっくり返り、確認済みの書類はあっちこっちに散らばってしまっていた。本棚が倒れ、中身が扉を塞ぐように小さな山をなしている。絨毯は壁際で団子のように丸まっていて、代わりに隣の部屋から飛んできた掛布団が床にきっちり敷かれている様子はある意味奇跡だろう。エドワードが優雅に座っていたはずの椅子はおかしなことにどこにも見当たらない。

「エルザ―、どうするつもりだい? こんなに散らかして」

 どっこいしょ、と執務机を直したエドワードは――もちろん重力魔法で机の重さを軽くしているが――苦笑してその手を下ろすと彼女を嗜めた。

「しょうがないでしょう? 無意識に発動しちゃうんだから。怒りや憎悪、恋愛感情や使命感なんていうものは魔力を底上げするエネルギー源。私たち魔法使いにとっては、感情は大事にしなきゃならない物だわ」

「うん、そうだね。そうなんだけど……そもそもどうしてそんなに怒ったんだい、エルザ。そっちが疑問だよお父さんは。旅に出るのが嫌だったのかい? でもお前、前々から王宮で一生過ごすなんて死んでも御免だって言っていたじゃないか?」

「そりゃあもちろん言ったわよ! 私ほどの人間がこんなせまっ苦しい世界だけで満足するわけないでしょう? でもそれとこれとは話が別なの」

(お前な……)

 本来王女であるエルザは、姫である以上城から出る必要なんて一切ない。しかし、彼女の生まれながらの気質か、その異常に強い好奇心で、エルザは何度も城から抜け出しては城下の至る所をを見て回っていた。

(育て方を間違ったかな。もっとお淑やかな娘になる予定だったんだが)

 肩を落としてため息をつくと、亡き妻の『あら、元気があるのはいいことじゃない!』という声が聞こえたような気がした。

「普通は、こんな何不自由なく暮らせて喜ぶところなんだけどね」

「父さんに言われたくはないわ! 父さんだって若い頃は私と同じだったんだから」

「まあね」

 そう言われてしまうと、エドワードは弱い。自分もそうだったから強くは言えない、というバツの悪さと、エルザが剣の腕が立つこと、無敵ともいえる魔法使いで誰にも止められないことが起因して、今まで国内においては自由に出かけることを黙認してきた。

 とはいえ、姫である以上エルザも国外に出るのは今回が初めてである。

 未知なるもの好きのエルザなら大喜びで承諾すると思っていたエドワードは、怒られた理由がまったく分からずに困惑した。

(いやー、自分の娘ながら何考えてるのか分からないなあ)

「話だけでも聞いてくれよ、エルザ。お前じゃなきゃいけない理由がね、ちゃんとあるんだから」

「始まりの魔女じゃなきゃ、でしょ?」

「そういう捻くれた見方をするんじゃない。今回の旅は、お前の剣の腕もなければ成り立たないんだから」

「……剣の腕、も? ってことは大賢者に絡む話で、尚且つ命を狙われる危険がある話ってわけね」

「その通り。と言っても、エルザは命を狙われるというよりかは、生け捕りにされる、に近いけどね」

「その表現、何か生々しいんだけど」

「あははっ、すまんすまん。でもなあ、これは大事な任務だ。お前の双肩に、本当に世界の命運がかかってるんだよ」

「実の娘に世界の命運をかける親もどうかしてるわよ」

 エドワードがはっと目を見開いた。すぐに彼が困ったようなどこか寂しそうな顔をするので、それを見て我に返ったエルザは、自分が地雷を踏んだことを悟る。

「……ごめんなさい、本心からそう言ったわけじゃないわ」

「ああ、分かってるよ」

 父にも王という立場があるのはエルザも分かっていることだった。自分が自由に動けないからこそ、娘である彼女にすべてを託すしかないのも。

 エルザは前々から、父がかつて王座に就きたがっていなかったという話を聞いていた。どういう心境の変化で彼が今そこに座っているのかはわからないが、父親似と言われるエルザは、国王という立場も、王族という身分も、ひどく煩わしいものにしか感じられないことは、エドワードと共有できる感情だと信じている。

「しょうがないから、詳しく話して」

「おっ、やっと静かに聞いてくれる気になったか。助かるよ。――そうだな、じゃあまずは、先日私にだけ、あらかじめ話をしてくれたカルバドス公国王から聞いた内容から話すとしよう」

 臨時にとばかりに執務机に腰掛けたエドワードは組んだ脚の上に手を置くと、

「まずね、北の皇帝アレックスは、ただの魔法使いだったんだよ」

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