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再び、エレベーターホールに着いたことを示すポーンといった音がする。
扉が開けば、何が出るやらと期待まじりの呆れを含んだ眼差しだったのだが、すぐにそれはおかしいという目になる。理事長室なら豪勢な装飾が施されるのでは?と、理事長室にもついていないのに、そこに続くであろう廊下を見て唖然とした。
「ここが理事長室がございます、最上階フロア。理事長室のみがございますので、迷うことはないでしょう。行きましょうか」
未だ唖然とし続ける俺の手を取って、要は半強制的に歩き出した。廊下は高級感を出すための凝った装飾がほとんどなかった。
薄暗い感じ、程よく灯る電灯、眩しすぎず、地味すぎずの廊下である。先ほどの正面玄関とはまた違う雰囲気で、先ほどのは馬鹿げていると思わせるが、こちらはなかなかにも緊張感がただよっている。
「こちらが理事長室でございます」
要に手を引かれたままだった俺は廊下しか見ていなかった。綺麗で新しいというよりは、アンティークのような古さを見せる扉である。取っ手の装飾は細かく彫刻が施されており、やや控えめな感じだった。
「失礼致します。風間様をお連れ致しました」
二回のノックをしたのち、よく通った声で要は中に人がいるのかも確認せずに言った。まぁ、理事長だからおそらく、いるのだろうけど。
とはいえ、数秒待っても、十数秒待っても返事は返ってこなかった。
はぁ…と要にしては珍しく溜め息を吐いて、扉を静かに開けた。
「理事長、お連れしました」
綺麗。としか思わせない。そうとしか表現のしようのない部屋。先ほどまでは金持ちの道楽でしかないのか、ここは落ち着いた色、装飾で整っていた。白い壁、茶の絨毯、隅には観葉植物、ソファは黒、デスクは金こそかかっているであろうそれでいて落ち着いた茶。というよりかは木で、ここの明かりといえば、外から差し込む日差しだった。
「おう。よく来たな。理事長の藤堂明人だ。風間暁乃」
フルネームが呼ばれるのが久しぶりで、下の名前を呼ばれるのも久しぶりで。
何となく、その言葉に嫌味か何かが含まれているような気しかしない。
風間暁乃。これが俺の本名。両親が残したであろう名前。そして、今日限りの名字となった。いや、この瞬間までの。