予定と調和
「恋人のフリ終~了ッ!!」
どこか間の抜けた声で、テラスに座る琉生に声をかけたのは、見覚えのあるスーツ姿の若い男だった。それはつい先日砂のような粒子に成り果てたはずの人物に、背格好から顔、声、くたびれた紺色のスーツのシワと細部までが酷似していた。むしろ似ているというよりは、あり得るはずもない本人ではないかという疑いを持ってもいいほどであった。
「随分早かったな。早く元に戻ったらどうだ」
彼の姿を見て、特に驚く素振りも見せず琉生は言った。それどころか、目の前に広がる刈り揃えられた芝生が青々と茂るだけの少し寂しい庭を眺めて、ここに何を植えるべきかを真剣に考え込んでいるようだった。
向は着心地の悪い服でも脱ぎ捨てるかのように、それでいて特に変わった所作をするわけでもなく、少年の姿へと自分を作り変えた。ジーンズ生地のジャケットと細めのパンツに身を包み、片方には深みのある赤、もう一方には明るめの青と対照的な色のブーツを履いた少年は、まだ自分の姿に不満を持っているようだった。毛先の丸まった少し長めの髪を、赤や青といった鮮やかな色に変えては「違うな」と独り言をこぼし、暗い茶色や黒など地味な色に変えてみてから、結局は白で落ち着いた。
「他人の人生に直接的に干渉するってのはやっぱり面白いもんだね。自分でいながら他人の人生をリアルタイムに鑑賞できるし」
お気に入りの白い髪を、指でいじりながら少年が言った。
「悪魔ってのは悪趣味なやつばっかりなのか?」
「あんたが見てきたまんまさ」
冗談交じりのような雰囲気で交わされた問答だったが、少年の返答が空気を変えた。取りとめのないことを考えながら、ぼんやりと視線を泳がせていた琉生もこの時ばかりは少年を見据えていた。しかし数秒後には、また同じ作業に戻っていた。
「それで、依頼人はどうだった」
「向が猟奇殺人犯だって告白したら顔面蒼白って感じだったね。これから自首しに行く事と、裁判では死刑になるだろうから俺の事忘れてくれって言ったら、バック投げつけてきてその場で泣き崩れてた。泣き止むのを待つのも酷な気がしてさ、その場を離れようとしたらあの女、『死刑にならなくても、待っててくれるだなんて思わないで』、だってさ。・・・俺好みのいい女だったよ」
「お前の趣味は知ったことじゃないが、それほどに向の事を思っていたんだろうな。仕事の終わった今じゃどうでもいい話だけどな」
「仕事だなんだのって、ギリギリまで向を救おうだなんて考えてたやつが言えた言葉かよ。バレてないと思ったら大違いだぜ、この偽善者め」
言葉には不相応な笑顔で、少年は言った。
「黙れ、悪魔」
同じく笑いながらも、どこか寂しげに琉生が言った。
「黙れ、人間」
少しの沈黙が流れ、二人同時に笑い出した。何が可笑しいのかも忘れて、二人はただ声をあげて笑っていた。そしていつの間にか笑うことさえも忘れ、沈黙が戻ってきていた。風が芝生を揺らし、二人はその様子を何とはなしに眺めているだけだった。太陽の光を青い芝の一本一本が受け止めては返し、揺れるたびに輝きが溢れていた。
「俺は向のルールに則っただけだ。あいつ、気付きもしなかったけどな」
「気付くぐらいなら『悪魔』になってねぇって」
「それもそうだな・・・」
「傲慢」 終




