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第三話 見た目は中身の一番外側


『告白リベンジ大計画』が始動してから数日。おれはいつメンに呼び出された。


「アキ、作戦会議だよ」

「えっ、また……?」

「お前の勉強だけじゃ心もとないからな」

「つか、ぶっちゃけ無理だと思ってる」

「だから追加で『頭が良いヤツに好かれる方法』を教えてやるよ」


 ノリとミヤがワクワクしていて、シンは真面目な顔つきで腕を組んでいた。

 嫌な予感しかしない。けど、『頭が良い人に好かれる方法』というのは、普通に気になる。


「まずはこれだ!」


 ノリが机にドンッと置いたのは──……コーヒーだった。校内の自販機で買ったらしい、ブリックパックのやつだ。


「天才とか秀才はコーヒー好きだから飲め!」

「えっ……なんで……?」

「頭良いヤツはみんな飲んでるんだよ」

「本当に? ……醤油は?」

「『ソースは?』ってこと? それなら雰囲気」

「ふいんき!?」


 雰囲気(ふいんき)って何……? あと、頭良い人って、炭酸ジュースとか、エナジー系とか、わりと甘いのを飲んでるイメージがある。


「飲め飲め」

「ちょっ、ちょっと……」


 おれは無理やりブリックパックを持たされる。仕方がないので、飲んでみることにした。感想は──。


「に、苦っ……!」

「ほらほら、飲め飲め」

「苦いよぉ……!」

「頭良くなるから」

「絶対嘘だぁ……!」


 涙目になりながらコーヒーを飲んでいると、シンがため息をついた。


「アキレベルだとコーヒー牛乳にするしかないか……」

「そういう問題なの?」

「分からん。雰囲気だ」

「だからふいんきって何!?」

「『雰囲気(ふんいき)』な」


 なんかすっごくテキトウだ。でも、コーヒー牛乳だったら甘いから飲めるかもしれない。それでも飲んだだけで頭が良くなる気はしないけれど。



 ◇ ◇ ◇




「んじゃ次はこれね」


 ノリの隣でミヤが取り出したのは──……メガネだった。なんか普通の、黒縁のメガネ。


「メガネかければ頭良く見える!」

「たしかに! ……でも、見えるだけだよね?」

「見えるだけで十分だろ」

「雰囲気大事だからな」

「また雰囲気……?」


 おれはメガネをかけてみた。度なしだから視界は普通なんだけど、なんか世界が狭く見える。

 ……ちなみに、実際の視力は一・五もあるから、結構見える方だったり。ドヤァ。


「アキ、なんか……頭良さそうじゃね?」

「おー。なんか頭良い感あるぞ」

「ほ、本当に……!?」

「うん。急に賢そうになった」


 褒められてる……のかな? なんでか逆にバカにされてる感がある。

 でも、メガネをかけた瞬間、おれはなぜか賢い人っぽい動きをしなきゃいけない気がしてきた。


「えっと……こんなふうに……顎に手を当てて……」

「なんか考えてる?」

「頭の良い人ってこういうポーズしない?」

「するする。腕組んだりとかな」

「そう。そんな感じ」


 おれはメガネをかけたまま、顎に手を当てて考えてるふうを続けてみる。

 すると──だんだん、なんだか……眠くなってきて……。


「おい、寝るな。アキ」

「うーん……? 寝て……?」


 ぱちぱちと目を瞬いていると、シンが額を押さえているのが見える。漫画だったら「やれやれ」って手書きで書いてあるやつだ。

 ……ちょっと、呆れられちゃったみたい。


「やっぱり見かけだけか……」

「?」

「アキ、お前はまず『集中する』ってことを覚えろ。何事も継続が肝心」

「ケイゾク? カンジン……?」


 眠すぎて頭がよく回らない。意味が分からないまま、分からないなりにふんふんと頷くと、シンがもう一回ため息を吐くのと、ノリとミヤがゲラゲラ笑うのが聞こえた。

 メガネの中の世界は、おれには少し窮屈だったみたいだ。



 ◇ ◇ ◇




「そして次はこれ!」


 今度ノリが取り出したのは──……単語帳だった。そう、買っても作ってる途中で飽きるもの第三位の、あの単語帳だ。ちなみに一位はプラモデル、二位はジグソーパズルね(個人調べ)。

 中身は英単語が書かれているらしい。話は変わるけど、外国語が使える人ってかっこいいよね。


「賢いヤツは英語もできて当然だろ?」

「でもおれ、英語は全然……」

「だから『頭良いヤツは』って言ったろ? それにお前はこれからだ」

「覚えろ覚えろ」

「えっ……えっ!?」


 おれは言われるままにその単語帳を開いた。


「……“Apple”……りんご……」

「おぉ、知ってるじゃん」

「“Tomato”……トマト……」

「まぁ、これは読んだまま」

「“Watermelon”……すいか……?」

「これ覚えてんのは偉いぞ」


 すごいすごいと囃し立てるノリとミヤ。反対に、むむっとしかめっ面をしているシン。


「アキ、それ全部小学生レベルだぞ」

「(ぎくり)」

「もっと難しいやつ覚えろ」

「む、難しいやつ……?」


 おれは次のページをめくった。


「……ぷ、ぷ……“prosecute”……?」

「え? 急にムズいんだけど」

「『起訴する』だっけ?」

「き、基礎する……?」

「お前はまず日本語覚えろ」


 シンの眉間にまた一つシワが増えた。



 ◇ ◇ ◇




「最後にこれだ!」


 極めつけと言わんばかりにミヤが取り出したのは──……新聞だった。おれはその目を見開く。


「……おれ、新聞って読んだことない」

「えっ、マジで?」

「うん。家でも取ってないし」


 おれはミヤから新聞を受け取る。

 紙面の隅から隅まで文字で埋まっていて、なんというか、圧を感じる。


「これ……読めるかな?」

「頭良いヤツはニュース読んで時事問題も押さえてるもんだぞ」

「じじもんだい……」


 もしかして、おじさんの問題のことかな?


「なんか……分かってなさそうだな」

「かなりベタな間違いをしてる気がする」

「もういい。とにかく読め」

「読むって言っても……字が多い……」


 ヨワネを吐くおれに、「新聞ってそういうもんだろ」とノリは肩をすくめる。


「でも……なんか、全部同じに見える……」

「面白そうなトピックから読んでみれば?」

「面白そう?」


 そうは言っても、政治とか、経済とか、難しそうな話題ばかりで困る。

 そんな中、おれの目は記事の片隅にある『今日の占い』のコーナーに吸い寄せられた。


「……あっ。おれの星座、ラッキーアイテムが『赤い食べ物』だって!」

「おい、占い読むな」

「はっ……! だから“apple”!? “Tomato”!?」

「違う違う。なんでそっち行っちゃうの」

「“Watermelon”は季節的になぁ……」

「そういうことじゃねえよ。つか、頭の良いヤツは占いは読まない」

「えっ、そうなの……?」


 でも、ラッキーアイテムなんていくら知っていても損はないのに。

 おれはもう一度新聞に目を戻すと、三人の星座を探す。


「……ノリは『水玉模様のもの』、ミヤは『チョコレート入りのお菓子』、シンは……『はにわ』? が良いらしいよ」

「何、もしかしてわざわざ調べてくれたの?」

「うん。みんなラッキーアイテム知りたいかなって」


 三人はお互いの顔を見合うと、同時にふっと笑った。


「ありがとな、アキ」

「お前のそういうところ、俺たち好きだぜ」

「でも、なんで俺のだけ『はにわ』とかよく分かんねえのなの?」


 シンの疑問についてはおれも分からない。だって、そもそも『はにわ』がよく分からないから。

 だけどなんか、良い気分だからいっか。



 ◇ ◇ ◇




「──……よし、これでアキも頭脳明晰に近づいたな!」

「ズノウメイセキ?」

「近づいてなさそうですよ」

「むしろ遠ざかってる気がする」

「でも、アキは頑張ってるからな」


 みんなの言葉に、おれはちょっとだけ胸が温かくなる。

 たしかに、これで頭が良くなったとは言えないかもしれない。でも、頑張れるところは頑張っているつもりだった。守沢くんの好きなタイプに、少しでも近づきたかったから。

 そんな気持ちで、おれはいつメンが去った後でも、メガネをかけたままコーヒーを飲み、英単語帳を開き、新聞の占いを見ていた。


「あれ? 何してるの?」


 僕はその声に顔を上げる。そこには守沢くんがいた。さっきまで先生のお手伝いでいなかったけれど、いつの間に戻ってきていたらしい。


「えっと……英単語帳と、新聞見てる?」

「ふふ。なんでハテナが付いてるの?」


 くすくすと笑ってる顔がかわいい。つられておれも照れ笑いを浮かべる。


「だって、あんまり頭に入ってきてる感じしないから」

「メガネもかけて、コーヒーも飲んで、やる気は十分そうだけど」

「うん。でもこのメガネ、ダテだし。コーヒーも苦すぎてちょっとしか飲めないし」


 やる気はたしかに十分なのだけど、それだけと言えばそれだけ。

 だけど守沢くんは「それでもすごいよ」と、おれの目をまっすぐ見つめた。


「得意じゃないことにも向き合えるって、なかなかできることじゃない」


 そのとき、おれはなんとなく違和感を覚える。守沢くんの様子が、いつもと違うような気がしたのだ。


(ちょっと悲しそう……というか、寂しそう……?)


 一瞬のことだったから、確実なことは分からない。けれどもし気分が落ち込んでいるなら、それは見逃せなかった。


「あ、あのさ……! 守沢くんの星座って、何?」

「ぼくの星座……?」

「そう。誕生日の星座!」


 質問が唐突だったのか、守沢くんは驚いた顔を見せる。


「み、水瓶座だけど……」

「水瓶座ね!」


 おれはすぐに新聞の占いコーナーに視線を移すと、水瓶座の欄を確認した。

 ええと、水瓶座のラッキーアイテムは……。


「『縁のあるメガネ』……ってことは、おれだ!」


 がばりと頭を持ち上げると、おれは守沢くんに向かって胸を張った。


「守沢くんのラッキーアイテム、『縁のあるメガネ』だって!」

「……え?」

「今日はおれがいるから大丈夫だよ! 元気出して!」

「あっ……いや、元気はあるんだけど……」


 なぜか押され気味な守沢くんは、でもすぐにその表情を緩める。ラッキーアイテムを知ることができて、もしかしたら安心したのかもしれない。おれはさらに言葉を続ける。


「それに、本当にすごいのは守沢くんの方だよ。今だって、先生の手伝いしてきたんでしょ?」

「あれは……たまたま手伝わされただけだよ」

「でも信頼されてないと、そもそも頼まれなくない? おれ、一回も頼まれたことないよ?」


 それはたぶん、おれがバカで、ドジだからだ。先生の手伝いは大事な仕事だから、おれみたいなヤツには任せられないんだろう。けれど守沢くんなら、きっと先生も安心して頼むことができる。


「守沢くんは、やっぱりかっこいいな」


 しみじみと言葉にすれば、守沢くんはまた驚いた顔をして、そしてちょっぴり視線をそらした。「そうでもないよ……」という声は小さくて、やっぱり寂しげで、おれはそれがすごく気になる。だけどそれ以上は聞かなかった。

 人には話したくないことも、聞かれたくないこともある。おれはその人のラッキーを願うくらいがちょうど良いんだ。


「滝本くんって、優しいんだね」

「優しい? 初めて言われた。おれ、だいたいいつも『アホ』って言われるよ」

「そうなんだ。でも……優しいよ。それもすごくね」


 守沢くんが笑う。その笑顔を見られて嬉しいと思う。だけど少しだけ、ほんの少しだけ胸が痛んで苦しいのはどうしてだろう。

 コーヒーを飲んだときよりも苦い味が、口の中に広がる。


「守沢くんって……コーヒー飲む?」

「いや? あんまり飲まないかな。リンゴジュースとかの方が好き」


 リンゴジュースが頭の中で“apple juice”に置き換わる。

 とりあえず、コーヒーは頭が良い人みんな飲んでいるわけじゃないらしい。


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