第30話 王国中に残る古い部品
ハインツ魔導工業から回収したARCANA製制御補助器は、翌朝には事故調査局の試験室へ運び込まれていた。机の中央に置かれた部品を、グレンが拡大鏡で覗き込んでいる。外装には細かな傷。端子には交換時についた工具痕。二十年以上前に製造された部品としては、むしろ状態がいい。
「どうです?」
エレナが尋ねる。
「普通だな」
グレンが答える。
「普通?」
「割れてねえ。焼けてもねえ。端子の腐食も許容範囲。絶縁材は多少劣化してるが、これだけで暴走する状態じゃない」
セオは隣で術式を読み取っていた。
「内部術式も残っています。補助制御、出力補正、異常時の切り離し。設計通りです」
「事故時の負荷をかけられますか?」
「できます」
試験台へ接続する。
まず製造当時と同程度の魔力源。低出力、正常。中出力、正常。最大定格、正常。
「次、現在の魔力源です」
二年前にハインツ工場へ導入されたものと同規格の高出力魔力源へ交換する。
低出力、正常。中出力、正常。定格上限。
「異常なし」
ミアが記録する。さらに時間を延ばす。一時間。二時間。三時間。結果は変わらない。
「事故を起こした部品ですよね?」
ミアが尋ねる。
「事故設備に入っていた部品です」
エレナが訂正する。
「同じじゃないんですか?」
「違います」
事故を起こした。事故現場にあった。似ているようで、意味はまったく違う。
「この部品が原因だと証明できるまでは、事故を起こした部品とは呼びません」
ミアが頷き、記録を書き直した。グレンがARCANA部品を取り外す。
「負荷を上げるか?」
「どこまで?」
「破壊試験なら限界まで」
エレナは少し考える。
「その前に、比較対象が欲しいです」
「同型品?」
「はい」
二十年以上前の部品。現存しているだけでも珍しい。そう思っていた。
だが、昼過ぎ。事故調査局の前に、一台のハインツ社用馬車が止まった。降りてきたヴィクトルの後ろから、木箱が運び込まれる。一箱。二箱。三箱。
「何ですか、これ」
ミアが尋ねる。
「ARCANA製の旧部品だ」
ヴィクトルが答えた。木箱が開く。制御補助器。安全弁。出力調整器。遮断部品。大小さまざまなARCANA製品が並んでいる。
「こんなに残っていたんですか?」
「これはハインツが保有している在庫の一部だ」
エレナがヴィクトルを見る。
「一部?」
「ああ」
「昨日、王国中に数万点あると言いましたね」
「推定だ。正確な数は誰にも分からない」
ヴィクトルは資料を机へ置いた。ARCANA倒産後の資産処分記録。在庫部品は複数の商社へ売却。
その後、修理業者。魔導具メーカー。公共機関。鉄道会社。郵便局。学校。工場。各地へ流れている。
「ARCANA製品は当時の標準規格に近かった」
ヴィクトルが説明する。
「会社がなくなっても、設備は残った。壊れた部品を交換するために在庫が使われた」
「在庫がなくなった後は?」
「中古設備から取り外した部品を再整備して使う業者も出た」
ミアが箱を見る。
「二十年前の部品を、今も?」
「珍しくない」
グレンが答えた。
「大型設備を丸ごと入れ替えるには金がかかる。部品一個で直るなら直して使う」
「でも、そんな古いもの……」
ミアが言いかける。エレナが見る。ミアは途中で止まった。
「古いから危険、とは限らない」
「はい。覚えています」
王宮事故で確認したことだった。古いものが危険なのではない。新しいものが安全なのでもない。重要なのは状態と条件。
「これは?」
エレナが一つの箱を指す。封印されたままの小型制御器。ヴィクトルが資料を確認する。
「ARCANA倒産直前に仕入れた在庫だ。未使用」
「二十年間、一度も?」
「保管記録上は」
エレナはグレンを見る。
「使えますか?」
「むしろ都合がいい」
事故設備に入っていた部品は、二十年間の使用による劣化を受けている。未使用品なら。ARCANA製品そのものの性質を比較できる。
「試験しましょう」
封印を確認。製造番号を記録。開封。外装はほぼ新品のまま。グレンが内部を確認する。
「きれいなもんだ」
セオも術式を読む。
「設計図通りです」
試験台へ接続。製造当時の魔力源、正常。
現在型高出力魔力源。低出力、正常。中出力、正常。最大定格、正常。連続運転。一時間。二時間。
「何も起きませんね」
ミアが言う。
エレナは測定記録を見る。異常振動なし。術式逸脱なし。異常発熱なし。魔力漏出も許容範囲。
「事故品と同じ試験を」
さらに条件を揃える。それでも、正常。
「じゃあ、工場事故はARCANAじゃない?」
ミアが尋ねる。
「まだそうとも言えません」
「正常なのに?」
「単体では、です」
エレナは二つのARCANA部品を見る。事故現場から回収したもの。二十年間未使用だったもの。どちらも正常。
「設備全体へ戻します」
午後、ハインツ工場。
停止中の第三製造棟で再現試験が始まった。事故時と同じ生産速度。同じ魔力源。同じ搬送器。同じ制御盤。ARCANA製補助器も事故時の位置へ戻す。低負荷、正常。通常負荷、正常。高負荷、正常。
「事故時は何を製造していました?」
エレナが尋ねる。設備責任者が記録を見る。
「大型冷却器用の制御盤です」
「通常品との違いは?」
「使用する魔力量が多いので、検査工程で高出力試験を行います」
「事故が起きたのは?」
「検査工程へ三台目が入った直後です」
エレナは工場の配置図を見る。三台。同時に高出力試験。王宮事故を思い出す。だが同じだと決めつけない。
「三台同時の条件を再現してください」
ヴィクトルが設備責任者を見る。
「危険は?」
「遮断設備を独立させれば制御できます」
エレナが答える。
「異常が出た時点で止めます」
準備。
一台目、高出力試験開始、正常。
二台目、正常。
三台目、起動、数秒。測定器の針が揺れた。
「待って」
エレナが言う。視界へ残響が走る。まだ事故ではない。だが、ARCANA製補助器を通過した直後。魔力の流れが僅かに揺れる。一定ではない。一度。消える。また。
「出ています」
セオが測定器を見る。
「出力変動?」
「違います」
エレナは残響を追う。揺れはARCANA部品の内部で発生しているように見える。
だが、部品そのものは正常に動作している。
「停止してください」
設備停止。静寂。ミアがエレナを見る。
「再現できた?」
「一部だけ」
「ARCANAが原因ですか?」
エレナは答えない。正常な部品。正常な術式。それなのに、設備へ組み込んだときだけ、異常な揺れが現れた。
「セオ」
「はい」
「今の揺れを解析してください」
「ARCANA内部の?」
「それだけではありません」
エレナは工場の魔力導路図を見る。
「この部品へ入る前と、出た後。両方です」
ヴィクトルが近づく。
「何か分かったのか」
「まだです」
「またそれか」
「事故調査では便利な言葉です」
「十一年前から変わらないな」
エレナが顔を上げる。
一瞬だけ、昔の会話に戻ったような感覚があった。だがヴィクトルはすぐに資料へ視線を戻した。
「必要な記録は全部出す」
「社外秘でも?」
「ああ」
「取引先情報も必要になるかもしれません」
「法務に準備させる」
「ARCANA部品を使用している顧客一覧も」
ヴィクトルの表情が僅かに硬くなる。それを提出すれば。ハインツ製品への不安が広がる可能性がある。
「分かった」
それでも答えは変わらなかった。
「全部出す」
エレナは頷いた。
「ありがとうございます」
その日の夜、事故調査局へ戻ると、ヴィクトルから送られた資料が届いていた。ARCANA製交換部品の仕入れ記録。再生業者。販売先。修理先。過去十五年分。ミアが一覧を開く。数十。百。さらに続く。
「多すぎません?」
「だから今まで見えなかったのかもしれません」
ARCANA製部品が珍しいなら。事故現場で見つかることには意味がある。だが、王国中の古い設備に大量に残っているなら。事故現場にあったというだけでは、何の証拠にもならない可能性がある。
「エレナさん」
ミアが一覧を見ながら言う。
「これだけ使われてるなら、事故が起きてない設備の方がずっと多いですよね」
エレナの手が止まる。
「はい」
「じゃあ、ARCANAが危ないって考えるの、おかしくないですか?」
エレナは答えず、壁へ四件の事故記録を並べた。
王宮。新築邸宅。郵便馬車。魔法学院。そして、ハインツ工場。
五件。すべてにARCANA。
だが、事故を起こしていない設備にもARCANAはある。何千。何万。
「比較対象ができました」
エレナが言う。
「事故を起こしたARCANAと」
ミアが続ける。
「事故を起こしていないARCANA」
「はい」
事故だけを見ていては分からない。同じものを使いながら。なぜ、こちらでは事故が起き、あちらでは起きないのか。そこに違いがある。
エレナは五件の資料へ目を戻す。王宮では新型光晶石。郵便馬車では新型高出力魔晶石。ハインツ工場では二年前に更新された高出力魔力源。だが新築邸宅と魔法学院では、ARCANAは直接原因ではなかった。共通している。だから原因。そんな単純な話ではない。
「ARCANAを疑うのは、一度やめましょう」
ミアが驚く。
「やめるんですか?」
「ARCANAが悪いという前提で調べれば、ARCANAが悪い証拠ばかり探すことになります」
エレナは新しい紙を取り出した。中央に二つの言葉を書く。事故あり。事故なし。
「次は、違いを探します」
二十年前に作られた部品が、なぜ今になって一部の設備でだけ、異常を起こし始めたのか。答えはまだない。ただ、少なくとも一つ、はっきりしたことがある。
ARCANA製だから壊れた。それだけでは、五件の事故を説明できなかった。




