メイド1
私はとある侯爵家に勤めるメイドです。と言っても、本宅ではなく愛人達を集めた愛人邸のメイドです。
ここに勤めて20年になりますが、女の世界とは恐ろしいと常々思っております。
ここの旦那様は心に傷を負っておられますせいか、どの方の事も寝室い入ればアマーリア様だと思っておられます。
最初は皆様戸惑われますが、女と言うのは競争心の激しい生き物のようで、慣れた頃には足の引っ張り合いが始まります。
旦那様の子供を産めば、ご褒美をたんまり貰って帰れるので、それもわかるような気がしていました。
ですが、ある日さすがにやり過ぎた方がいらっしゃいました。
その方は、罰として使用人へ貸し出されることになりました。そこまで来ると、アマーリアがそんなことをするはずが無い、もうアマーリアには見えないと言って、旦那様からお声が掛かることは2度と無くなりました。
2度の貸出しが行われた後、無一文で家に帰るか残るかは選べましたが、帰って来られても困ると言って実家に断られてしまいました。
それでも出て行ってもいいと言われましたが、貴族令嬢で働いたことも無ければ1人で生活した事もないので、結局残ることになりました。
それからも時々使用人へ貸し出される日々でしたが、ある使用人が妻にしたいと申し出てくれて、受け入れて出ていかれました。
その頃4番目の息子さんがお生まれになり、これ以上は無用な争いを避ける為に子供は作らないので、みんなに避妊薬を飲むように徹底されました。
実は彼女の妊娠中も、それはそれは表に出ないように細々した嫌がらせがありました。
主に食事に虫を入れられたりだったので食が細くなり、出産は危ないんじゃないかと言うほど痩せ細られたので、それも仕方の無いことだと思います。
一時は危うかったのですが、何とか回復し、ご褒美を沢山貰って実家へと帰って行きました。
最後に奥様が赤ちゃんを連れて見送りに来てくれて、この子を生んでくれてありがとう。立派に育てるから安心してね。と声をかけてくださり、涙を流して喜んでいました。
嫌がらせをしていた女性達ですが、どうやったのか侯爵様が犯人を突き止めてくださり、新しく出来た別棟へと隔離され、罰として使用人へ貸し出されることになりました。
3回貸し出された後、進退を聞かれましたが、結局皆様実家からは断られてしまい、最初の方のように誰かが結婚してくれるかもと言う一縷の希望を持って残る方と、自分で生活出来るはずと出ていく方とに別れました。
ですが、やはり無一文で外に出たところでまともな職どころかその日の宿にさえ困る始末で、結局住み込みでタダ同然でこき使われるか、体を売るしか生きていく道はありませんでした。
それからも、愛人邸は人数が増えては減りを繰り返していました。不思議なもので、穏やかな人ばかりが残ったはずなのですが、環境のせいなのか何なのか足の引っ張り合いが起こるのは不思議でなりませんでした……
ある時期、黒髪でグレーの瞳の穏やかな女性が入って来ました。すぐに侯爵様のお気に入りになり、嫌がらせも無く暫くは穏やかな日々が続いたように思えました。
ある日の昼下がり、悲鳴がしたので他の者と一緒に駆けつけると、彼女が階段の下で血を流していました。
すぐにお医者様が呼ばれましたが、最初から息をしていないのは誰が見ても明らかでした……
結局事故として処理されましたが、恐らくはどなたかに突き落とされたのではないかとみんな思っていました。
それから、旦那様が訪れることはありませんでした。
ある日、また新しい少女が入って来ました。少女を連れて久しぶりにお会いした旦那様の話では、この恐ろしく美しい少女はなんと世間では毒婦と呼ばれ、幾人もの男性をたらしこみ、体の関係を持っていたそうです。
彼女はすぐに虐めのターゲットになりましたが、元々の運なのかあまり何も考えていないのか、失敗に終わったり本人に全く気付かれなかったりで、他の愛人方はみんな段々イライラしていきました。
いよいよ静観していたように思われた最後の一人の方も、ちょっとした嫌がらせをしたところで、旦那様から衝撃の事実が伝えられました。
なんとこの愛人邸は閉鎖して、使用人用の娼館へと変わることになったそうです。
メイド仲間の中に旦那様の影がいたらしく、嫌がらせに関するどんな些細な情報でも逐一報告されていたそうです。
階段から落とした証拠こそありませんでしたが、彼女達の話から、みんなその事を把握していたことも判明したそうです。
いつものように、帰れるものは帰ってもいいと言うことでしたが、無一文な上に侯爵様お気に入りの愛人を殺したと言うレッテルを貼られては、どこの家も引き取るはずがありませんでした。
中には引き取った家もありましたが、そのまま金持ちの変態親父に売られることが決まっていたそうです。
結局残ることになった皆様は、悲壮感たっぷりでしたが、あの美しい少女だけは回りの空気を全く読むこともなく明るく日々楽しそうでした。
それは娼館としての働きが始まってからも変わりませんでした。男性達も、美しさはさることながら、いつも楽しそうに自分を迎えてくれる彼女に群がるようになりました。
確かに、悲壮感たっぷりの女性を抱くより楽しそうに受け入れてくれる女性の方がいいに決まっていますよね。
女性達も彼女がいれば自分にはあまり仕事が回ってこないので、彼女に対して優しく大切に扱うようになりました。
世間では毒婦と呼ばれた少女ですが、この狭い世界では、みんなの元に現れた天使のように思えます。
彼女がいることでこの元愛人邸は明るくなり、不穏な影が消え去り、かつて無いほど穏やかな時が流れています。




