③たった二人の家族
長くなってしまったので、急遽の二分割です。
序章なのに。
大きな困難もなく魔獣を倒したルティアとキーノスは、念のためにと、近隣の探索を始めた。
まだ他にも魔獣がいるなら、街に被害が及ぶ前に討たねばならない。
この「東区」は、王都の外れに山を削って広げた土地だった。
王都の中心部を背にして、右手の方角は山際に面している。厄介なことに他の街に行くには、まずはこの山を越えなければいけなかった。
――山越えには危険が伴う。
魔獣に遭遇する可能性が高いのだ。
山越えの旅人が襲われたという話は、後を絶たない。
その為、冒険者組合を介し、個人的に(主に商人達だが)護衛を雇って旅をする者も多かった。
この東区も、山から降りてきた魔獣をとくに警戒している。
「……大丈夫そう、だな?」
「ええ。魔獣の気配は感じないわね」
お互いに確認し合う。
数多の魔獣と対峙してきた二人は、敵となるモノへの気配に敏感だ。
明らかに、人や、動物とは違った気配がそこにはある。
とくにキーノスは、風のなかに混じったほんの僅かな臭いで、魔獣の存在を掴むことができた。
(魔獣を根絶するには、骨が折れそうね……)
魔王はいなくなっても、魔獣の脅威はいまだ続いている。
魔獣はいつ、どこに現れてもおかしくないのだ。
「魔核」は星の数ほど、地上に降ってきたのだから……。
複数の馬を駆る音が聞こえて、ルティアは目を凝らす。
どうやら、やっと王都の警備兵たちが到着したようだ。
日頃から訓練を受けている警備兵のなかには、剣術に優れた者や、魔法を使える者もいる。魔獣に対しても充分に対抗できる精鋭だ。
「ここからは、警備兵に任せるぞ」
「そうね。状況だけ伝えて、私達は帰りましょ。お腹も空いたことだし……って、いけないっ!」
「ど、どうしたルティア⁉︎」
ルティアは約束があったことを思い出し、青くなる。
「私……レティシアのところに、朝食を食べにいく約束をしていたんだったわ」
「ああ、妹さんか……しばらく会えなくなるもんな。……つーか、思い出すの遅すぎだろ〜」
「ほんと、うっかりしてたわ。急がなきゃ……!」
急ぐと言っても、まずは自宅に帰って身を清めるところからだ。
レティシアは結婚し、夫と二人、新居を構え生活している。
魔獣の返り血が染みた服のまま訪問するわけにはいかないし、そうじゃなくてもルティアは起き抜けに飛び出してきたままだ。
(――大遅刻だわ……)
熱を帯びてきた太陽が本腰をいれて昼に向かい、昇りつめようとしている時分……。とうに朝食の時間は過ぎている。
脳裏に不機嫌な表情をしたレティシアの顔が浮かんで、ルティアはがっくりと項垂れる。文句を言われるのは必至だろう。
「あとはオレがやっておくから、ルティアは先に帰れよ」
「助かるわ。お願い……」
「おう! じゃあ、後で見送りに行くからなっ」
「ええ、ありがとう!」
キーノスの言葉に甘え、ルティアは自宅に向かって全速力で駆け出した。
「もう、お姉ちゃんたら。王都の警備兵に任せておけばいいのに」
「だって……到着を待ってるあいだに、街に被害が出るかもしれないじゃない」
「いつもそう言って飛び出していくんだからっ。わざわざ旅立ちの朝にまで行かなくても、他に戦える人は幾らでもいるわよ!」
「それは……そうだけど……」
「セルレイ様だって、会いたがってたのに」
「う……ご、ごめんね……」
約束よりだいぶ遅れて訪ねたルティアに、双子の妹……レティシアは予想通りお怒りの様子だ。
(あぁ――父さん、妹がコワイです……)
心のなかで亡き父に報告する。
ルティアは言わずもがな逞しく成長したが、レティシアもまた、別な意味で強く逞しい女になった。
――何より、怒るととても怖い……。
これまでレティシア機嫌を損ねた結果、散々な目にあってきた。
食卓にルティアの大嫌いな「豆料理のフルコース」が並べられるだけなら、まだ可愛いい。剣士にとって、己の身体の一部ともいえる大事な愛剣を質屋に持っていかれた時は「二度と妹は怒らすまい」と、強く心に刻んだ。
故に――なるべく心を込めて、早めに謝罪するのが懸命だ。
「本当にごめんね。その……セルレイ様にも宜しく伝えておいて」
セルレイというのは、冒険者組合で働いているレティシアの夫だ。
優しくて強くて真面目で、レティシアを大切にしてくれる甲斐性のある男だ。
婚儀を終えて一緒に暮らし始めているが、仲睦まじい夫婦だと周りからも評判を得ている。きっとそのうち子供だって出来るだろう……。
レティシアが幸せでいるからこそ、ルティアは安心してリュードに会いにいくと決断できたのだ。
「ねえ、お姉ちゃん……」
「ん? なあに?」
「ちゃんとまた……帰ってきてね……」
湿った声音がして、ルティアははっと顔をあげる。
かつて自分も同じだった澄んだ紅玉色の瞳に、涙をいっぱいに溜めたレティシアが此方を見ていた。
「私はいつもレティシアを泣かせてばかりね。ごめんね――」
ルティアはそう言うと、そばに行ってレティシアをぎゅっと抱きしめた。それから、宥めるように優しい手つきで頭を撫でる。
こうやって抱きしめる事も暫く出来なくなる。
あるいはもう二度と……。
(でも、貴女はもう、ひとりじゃないものね――)
ルティアが腕をほどくと、レティシアは涙目のまま、じとりと睨んで言った。
「だいたいお姉ちゃんはいつも勝手なのよ。私の気持ちも知らないでっ。私は……本当は、お姉ちゃんに戦って欲しくなかった!」
「……うん。父さんが死んで私が冒険者組合に行こうとした時、レティシアは反対してたものね……」
あの時のことは、よく覚えている。
レティシアが「私をひとりにしないで」と、泣いて縋ってきた。
それでもルティアは、強引に突き進んだのだ。
「今でも後悔してる。あの時、ちゃんと引き止めていれば良かったって……。私は一生結婚出来なくてもいいから、世界中の人が魔王に殺されたっていいから、お姉ちゃんを剣士にするんじゃなかった!」
「ええっ⁉︎ ……今さら、そんな哀しいこと言わないでよ……」
「だって……私のせいでお姉ちゃんは無理ばかりしてた。私といる時のお姉ちゃんは、どんなに大怪我してても平気な顔して笑ってたし、どんなに辛いときでも弱音のひとつも吐かないで戦ってきたじゃない! でもね……私にはわかるの。お姉ちゃんだって本当は、普通の女の子のようになりたかったんだって。……私のことを見るたびに寂しそうな瞳をしてるの……分かってたんだからねっ……!」
レティシアは自分の感情を吐き散らすと、大声をあげて泣き始めた。
まさかこんな風に自分のことを見透かされているなんて……ルティアは愕然とする。
(――私は、大馬鹿者だわ……)
レティシアは全部お見通しだったのだ。
そしてルティアのことを思って、今までずっと苦しんできたに違いない。
同年代の女たちと違う生き方を選んだルティア。
戦うのは嫌じゃないし、剣士としての才能だってあった。
後悔はしてない。……これは真実だ。
だけど――心のどこかで羨ましいとも思っていた。
命を削って生きてきたルティアの身体はボロボロで、子供を産む機能も失っている。
このまま戦いのなかで果てていくことしか出来ない自分……。
周りにいる、美しくて、傷のない身体を持った女たちがとても眩しく見えた。
レティシアのことも慈しむ気持ちは変わらないが、次第に心のどこかで、他人のように距離を置くようになっていった。
(レティシアは全部……わかっていたんだわ……)
当然かもしれない。
ルティアがレティシアを見てきたように、レティシアもまたルティアの事を見ていたのだろう。
父が死んで、頼れる者はお互いだけだった。
二人きりで懸命に前を向いて生きてきたのだから。
「お姉ちゃん、ごめん……なさ、いっ! 私のせいで……お姉ちゃんは、」
「レティシア! それは違うわっ――!」
ルティアは思い切り頭を振って否定する。
胸が痛かった。悔しくて涙が滲んでくる。
レティシアは何も悪くない。悪いのはきっと気持ちを隠せなかった自分の弱さ。
だから――旅立つ前にちゃんと伝えなければ。今のルティアの本当の気持ちを。
「私はこの道を選んだことを後悔してない! 魔王を倒した自分を誇っているわ! それに……こんなに私を想ってくれる妹がいて幸せよ……」
「ウソだよっ……、私がいなければ、お姉ちゃんは幸せになれたんだよっ」
「嘘なんかじゃないわ。確かに貴女を羨ましいと思った時もあった……。だけど今は違う。だって私……心から好きだと想える人に出会えたんだもの!」
ルティアの好きな人――祈祷師のリュード。
この道を選んでいなければ出会うことは叶わなかっただろう。
リュードに出会えて、ルティアは自分の人生をやっと愛することができた。
(リュードさん、貴方のおかげです……)
だから嘘なんかじゃない。
レティシアの事も心から祝福している。
「レティシア……私はこれから自分の幸せのために旅立つの。貴女に寂しい思いをさせても、私は私の幸せのために生きていくことにしたの」
「お姉ちゃん……」
「でもね……もしかしたらリュードさんに振られて、泣きながら帰ってくるかもしれないから、その時は慰めてくれる?」
「もしそんな事になったら……私が地の果てまでも追いかけて、その男を張り倒してやるんだからっ」
「ふふっ……レティシア、面白い……」
レティシアの温かい冗談に、ルティアは笑いながら涙をこぼした。
読んで頂き有難うございます!
こんなに、感情が昂ぶる主人公を書いたことがなかったので、
読んでいて疲れるんじゃないかと、少し心配になります。
ちゃんと書けるように頑張ります。




