④仲間
妹との別れをすませ、ルティアは自宅へと帰ってきた。
そろそろ出発しなければならない時間だ。
ルティアは支度を始める。
数枚の着替えに、薬と、お金。
お金は魔王討伐の報酬をたんまり戴いた。記録帳があれば各地の冒険者組合で、いつでも引き出せるようになっている。
それに旅には慣れている。
魔王討伐のときには隣国まで赴いたのだから……。
野宿の心得もあるし、何よりルティアは強い。剣さえあれば。
「さてと、一番の荷物は、これね――」
うーん、とルティアは唸りながら、テーブルの上に並べられた遮光瓶を眺める。
瓶のなかみは――「聖水」だ。
聖水とは、新月と満月の夜に祈祷を施して作った特別な液体だ。魔獣の毒消しにも効果があるため、何かと重宝する。
だがガラス製の瓶はそれなりに重さもあるため、多くは持ち歩けそうにない。新月や満月が来るたびに作ればいいのだが、作るためには遮光瓶が必要になる。
外から馬の蹄の音が聞こえて、ルティアは思考する。
(やっぱりどこかで、馬を買ったほうがいいかもね……)
――それがいい。
そうすれば、より多くの荷物を持ち運べる。
「おーい、ルティアー! 見送りにきたぞー!」
キーノスの声だ。
言っていた通り、見送りに来てくれたのだろう。
ルティアは荷物を持って外へ出る。
「キーノス、お待たせ!」
「俺だけじゃないんだぜ」
「……え?」
キーノスの視線を追ったルティアは、そこにいる人物を見て驚いてしまう。
愛馬の手綱を引いて、ゆっくりとこちらに歩いてくる青年……。
緋色の短髪に緋色の瞳、強くて誠実で、とても優しい性格をしている魔法剣士。
そして……ルティアにとって大切な仲間のひとり。
「フ……フレッド……!!」
嬉しすぎて、声が震えてしまう。
ルティアの呼ぶ声にフレッドは手綱を放すと、微笑みながら少し両腕を広げた。
「フレッド! 会えて嬉しいっ……!」
荷物を置いたルティアは駆け出し、フレッドの首に飛びついた。
勢いに押されたフレッドは少し蹌踉めくが、しっかりとルティアを抱きとめる。
(ずっと会いたかった。でも会えなかった……。私と会ったら、フレッドは辛いことも一緒に思い出してしまうから……)
魔王との戦いで心を痛めてしまったフレッド。
幼馴染みのキーノスなら良いが、フレッドがルティアと顔を合わせて思い出すのは戦いの日々だけだろう。だから会いたくても会いにいけなかった。きっと心が辛くなってしまうだろうから……。
それでも今――フレッドはルティアに会いにきてくれた!
「フレッド、フレッド! ……ありがとうっ!」
込み上げる思いで胸がいっぱいで、さっき緩んだばかりの涙腺がまた熱くなっていく。
フレッドからは春の土の香りがした。
背中を包んでくれる腕は、力強く、いつもルティアを守ってくれていた。
「……ルティア……」
「――っ!」
フレッドが喋った!
驚いてフレッドの顔を見つめるルティア。
唇をはくはくと震わせながら、フレッドは息を漏らすように声を紡いだ。
「……ルティア……ごめんね……」
「フレッド、声が……!」
「うん……少しね……」
情けない、と言わんばかりに苦く笑いながらフレッドは言った。
――大好きなフレッドの声……。
この声にルティアはどれだけ助けられたか。
何度も挫けそうになる魔王との戦いの時、フレッドの闘志のこもった叫びや、勇気づけるように何度もルティアの名前を呼び、励ましてくれたことは一生忘れないだろう。
冒険者組合で「仲間になろう」とルティアに声を掛けてくれたのも、フレッドだけだった。
(フレッド……声が戻って……本当に良かった!)
とうとう膨らんだ涙が堰をきり、ぽろぽろとこぼれていく。
そばにきたキーノスが、ルティアの頭をポンポンと優しく撫でた。
「そうだルティア、右手を、出して……」
「え? ……あ、はい」
ルティアは言われたとおり、右手をフレッドに差し出す。
剣士らしい……細かい傷や、タコができて硬くなったルティアの右手に、フレッドは己の右手を重ねた。
フレッドの右手の甲には、火神【ローギ】の加護を戴いた証の紋様が刻まれている。
刹那――熱を感じて、ルティアはびくりと肩を揺らす。
(いったい、何が……)
「熱かったよね、ごめん……。もう、いいよ」
おそるおそる熱っぽい右手の甲を見ると、そこにはフレッドと同じ【ローギ】の紋様が転写されていた。
「これって――!」
「俺の、火神の加護を、半分……分けたんだ」
「いいの? そんな事をしたら、フレッドは……」
「多分。俺はもう……戦えない……。情けないことに……今は、剣を持つこともできない……」
「情けなくなんかっ……ないわっ!」
そんなこと絶対に無い。
フレッドも、自分たちも、充分に戦ってきた。
命を燃やし、心を奮い立たせて、死んだほうがマシだと思ってしまうくらい、熾烈な戦いに身を置いてきたのだ。
だからもう、戦いから離れたっていいではないか――。
「ありがとう、ルティア。……その加護があれば、火を熾したり、髪を乾かすのにも便利だから、旅にはきっと役立つよ」
「ありがとう……フレッド……。大切に使わせてもらうわね」
「火神の加護と、俺の想いが、君のことを護ってくれますように……」
次にキーノスが、あるものをルティアに差し出す。
「これはアナタの大切にしてるものじゃない! ――受け取れないわ!」
キーノスがルティアに渡したのは、翡翠のついた首飾り……。
これはいつもキーノスが肌身離さず身につけていた両親の形見であり、エルフ達が「風の守り石」と呼んでいる大変貴重なものだった。
「いいんだルティア。俺のかわりに連れてってくれ。どうしても気が引けるなら、リュードに会ったらリュードに渡してくれよ……」
「キーノス……。わかったわ。リュードさんに渡すまで大切に預かるわね」
押し付けられるように渡された首飾りを、ルティアは握りしめる。
「ルティアの往く道には必ず「風の加護」がある。忘れるなよ……」
「ええ。……ありがとう!」
そう言って、二人はお互いを抱きしめ合う。
キーノスのそばには風の精霊がいる。シルフェも別れを告げているのか、爽やかな風がルティアの髪を揺らした。
「ゴメンな、ルティア……」
「――うん。ごめん……」
「さっきから……どうして、二人とも謝るの?」
ルティアは首を傾げる。
理由を考えてみるが、どうにも思いつかない。
するとフレッドが「君を、一人で行かせてしまうことだよ」と言った。
キーノスも頷いて言う。
「それにリュードのこともある。俺たちは、リュードを一人で行かせちまった」
「それは……」
「リュードに故郷はないんだ。それを知っていたはずなのに。ここまで連れてきた挙句、何も返せないまま行かせちまった……」
「リュードさんは気にして無いと思うわ。そんな狭量な男じゃないもの」
「ああ、その通りだ」
「うん。だからこそ……申し訳ないんだよ」
フレッドが堪えるように、顔を歪めて言った。
「リュードがわざわざこの街まで付いてきたのは、俺たちを守るため……なんだと、思う……」
「――!」
「俺が「帰ろう」……って、言った時、リュードは戸惑っていたからね……」
「全然、気づかなかったわ」
いつ、そんなことがあったのだろう。
ルティアは覚えていなかった。
「そん時、ルティアはまだ意識が朦朧としてたからな。リュードは心配して付いてきてくれたんだろ。自分だってボロボロなくせにな。俺たちがちゃんと帰り着くのを見届けようとしたんだ……」
キーノスの説明に、そういうことか……とルティアは納得する。
確かに、不思議だと一瞬思ったことがある。
リュードは祈祷師で、祈祷師というのは神殿に所属しており、だいたいは金で雇われる。
諸々の事情を経て、リュードは最終的に冒険者組合に所属することになったが、それも魔王討伐までという契約だったはずだ。
故に、魔王を倒してからは自由の身。けれどその後も一緒に行動していたから、ルティアはてっきり、傍にずっと居てくれるものだと勘違いしてしまったのだ。
「リュードにちゃんとお礼も言えてない。それにルティアの気持ちにも気付いていたのに、何もしてやれなくて……本当にごめんな……」
「そんなっ! これは私の問題なんだから!」
「本当なら、俺がリュードの居場所をつくってあげなきゃいけなかったのに」
「もう、フレッドも考えすぎよ。リュードさんが聞いたら驚くわよ。……でも、二人の気持ちは解ったから。私がリュードさんに会ったら、ちゃんと伝えておくから安心して」
ルティアは力強く頷き、二人に笑顔を向ける。
(――リュードさん、早く、貴方に会いたい……)
「ルティア……、俺は一緒に行けないけど、そのかわり……約束する……!」
「約束……って?」
フレッドの揺るぎない緋色の瞳が、ルティアを真っ直ぐに捉えた。
「俺はもう戦えない……けれど、もし……君の家族に危険が及ぶようなことがあれば、必ず、命にかえても……護ると誓うよ……」
「だから、安心して行ってこい――!」
「フレッド、キーノス……!」
心から信頼している仲間の言葉に、またもや涙腺を蹴られ、ルティアは二人に飛びつき泣いた。
これで序章が終わりました。
読んで頂き有難うございます!




