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あやめも知らぬ(恋歌・一)

 編纂作業は恋の歌に入った。遠い、遠い昔から多くの人々があふれる恋心ややるせない思いを綴り続けてきたのが恋の歌だ。時には自分の心に素直に、時には相手に媚びるように、時には恨み、時には嘆き、その時を待ち、時を惜しむ。公の場では軽く扱われていった和歌であるが、恋の想いだけは脈々と多くの人に詠み続けられてきたのだ。恋の歌こそが和歌の本質と言ってもいいかもしれない。


「在中将(業平)殿の歌、数々のよみ人知らず達の歌……どんな立場、素姓の者であろうとも、恋は男と女二人だけの世界。他者の介入のない世界だからこそ、心の奥深くの思いが現れてしまうのだろうな。飾りようのない、無遠慮な心が恋だ。自分の心一つどうすることもできなくなってしまう。この歌のように」


 貫之は最初の歌に道理の通じぬ恋の理不尽さを詠んだ歌を選んだ。



  ほととぎす鳴くや五月のあやめぐさあやめも知らぬ恋もするかな


 (ほととぎすが鳴く頃の五月のあやめぐさ……菖蒲よ

  物事にはあやの目のように整った道理がある事も知らぬまま、恋をしてしまったことだ)


「恋は突然やってきて、突然に去って行ってしまう。物事の手順や身分の上下、立場などお構いなしだ。人の心はただ恋に振り回されるしかない」


 貫之はつい、ため息をついた。初恋の少女とはもっと早くに出会っていれば、あるいは逆に自分が歌人として名をあげてから出会っていれば一度は結ばれたかもしれない。そして今も自分が五位の地位に昇るまで恋と言うものを忘れる事が出来ていれば、いちいち心揺さぶられたり振り回されたりする必要など無くなるだろうに。

 それなのに恋はいつも容赦なく訪れ、自分と相手を傷つけて去って行くのだ。


「恋は自分から見境を奪ってしまう。まったく厄介なものだ」


 そう言っていくつかの始まったばかりの恋を詠んだ歌を自分の歌も含めて並べ、業平の、



  見ずもあらず見もせぬ人の恋しくはあやなくけふやながめくらさむ


 (見なかったわけでもなく、けれど見せてはくれない思わせぶりな人を恋しく思いながら

  どうしようもなく今日と言う日を暮らしてしまうのだろうか)



 と、恋に囚われた男の心情を詠んだ歌を選んだ。


 それを聞いて躬恒は、


「お前は自分が理知的で、溺れるはずのない恋に溺れていると思い込んでいるだけさ。私から見ればお前はまだまだ本気の恋など知っちゃいない。家族を持つ勇気が持てない恋など、たかが知れているのさ。この歌の返歌の女もそこを在中将に訴えている」


 業平の詠んだ歌に女が返した歌は、



  知る知らぬなにかあやなくわきて言はむ思ひのみこそしるべなりけれ


 (見知っているのいないのと、どうしようもないことを言ってらっしゃるのね

  心からの思ひ(火)があれば、その火を道標に恋の道を訪ねて下さるでしょうに)



 と言う、男の歯がゆさをたしなめる歌である。


「在中将殿は本気の恋には罪に当たるのも厭わずに恋の深みに溺れた。だから東国に下らなくてはならなかった。だが、この女相手のように本人は本気ですべてが上の空のつもりでも、女から見れば一歩踏み出せない浅さがあることに気付いている。男にとってはすべて本気の恋のつもりでも、女はその差を冷静に判断している。お前のこれまでの女たちも、きっとお前がまだ本気の恋を知らぬことを見抜いていただろう。お前の恋は、まだまだこれからさ」


 躬恒もそうは言うが、彼は殆んど妻を中心とした生活で女の数はそう多い訳ではない。それでも彼の詠む歌には恋の実感が込められていて、その背景も多彩である。始まったばかりの一方通行の恋の歌でも、


「これは見るも、声を聞くも難しいもどかしさのある歌を並べよう」


 と提言し、


「ここは上の空な思いや、実際の空をかけて並べると面白い」


 と言って、古い歌を並べて行く。



  夕暮れは雲のはたてにものぞ思ふ天つ空なる人をこふとて


 (夕暮れは雲の果てにさえ物思いする

  天高く空の上にいるような、手の届かぬあの人を恋しく思うから)



 と、おそらくは身分違いの人に憧れ、焦がれているであろう想いの歌や、



  我が恋はむなしき空にみちぬらし思ひやれどもゆく方もなし


 (私の恋はむなしく空に満ちてしまったらしい

  どんなに思ってみても、行き場が無いのだから)



 と言った歌が並べられる。  


「躬恒は上の空になるような恋心の表現が得意だからな。『初雁のはつかに声を聞きしより中空にのみものを思ふかな』はまさしく恋の初めに相応しい歌だ」


 貫之はそう言って躬恒の並べる歌を見ていたが、躬恒は、



  夕月夜ゆふづくよさすや岡べの松の葉のいつともわかぬ恋もするかな


 (夕月が射す岡の松の葉はいつの季節も変わらぬように

  いつから始まったのか分からないような恋をしていることだ)


 と言う歌を並べると、


「いつともわかぬ。この『わかぬ』にかけて、ここからは湧水にまつわる歌から山の歌へと並べたい。水の歌は貫之の方が解釈が深い。ここからは頼む」


 と言って貫之に場を譲る。確かに貫之は水を詠む歌にこだわりがあった。自身も水にまつわる歌を多く詠んでいる。水の表現とは相性が良い気がするのだ。

 まだ多くの古歌を並べたい。貫之は山中で木々に隠れながらも激しく流れる水の歌を並べる。



  あしひきの山下水のこがくれてたぎつ心をせきぞかねつる


 (山の中で木々に隠れながら流れる水をせき止めることができないように

  我が心のたぎる思いも、せき止めることなど出来ないのだ)


 続けて、岩を切り開き流れる水、激しくたぎり流れるばかりの水、隠さねばならぬ恋のように、山の中を隠れ流れる水に恋の心が詠まれる。


 やがて山中に咲く花を恋にたとえた歌に代わる。岩つつじに言わねば通じない想いを、紅い末摘花すえつむはなに露わにしたい想いを、白いすすきの中に咲く色鮮やかな花のような想い、梅に寄る鶯のように恋の想いを鳴いてしまいたい……。


 憧れ、戸惑うような恋はいつしか激しいものと変わり、隠そうとしても隠しきれず、むしろ、露わにしたいと願うようになっている。

 そしてついに、恋の火が着き、燃え上がる。



  夏なれば宿にふすぶる蚊遣火かやりびのいつまでわが身下燃えをせむ


 (夏になると家でくすぶらせる蚊遣火のように

  いつまでも我が身のもとに着いた恋の火は燃え続けるのだろうか)



 こうなると恋心は乱れるばかりである。神にみそぎをしても、嘆きの言葉を吐こうとも、枕以外に誰にも語ることが無かろうと、心の乱れは止められない。



  いでわれを人なとがめそ大舟のゆたのたゆたにもの思ふころぞ


 (ねえ、誰も私を咎めないでください。

  大船のようにゆらりゆらりと物思いに心が揺れている時なのですから) 



 揺らぐ思いは海にたとえられてゆく。漁師のうきのように揺れ、長すぎる釣りの縄のようにいつまでも手繰り寄せ続け、涙が川だと言うなら、舟に乗ってその源を探しに行く。しかしその源こそが、自分の流し続ける恋の涙なのだ。

 鶴の声ように乱れた想いを泣き続け、夢で逢いたいと願い、ついには恋死を願う。それが叶わぬのなら来世に結ばれることを祈ってしまう。

 恋の夢路を通い、枕を涙の川に浮かべ、自身も涙川に浮かぶ恋のかがり火となってしまう。

 富士の山に燃え続ける火は、我が恋心の火。鳴く鳥の声は私の恋の嘆きの声。


 とうとう恋を隠すことに疲れ、それでも打ち明けるにはまた迷う。



  うちわびて呼ばはむ声に山びこのこたへぬ山はあらじと思ふ


 (心わずらい、呼び続ける声に山びこが答えない山など、あるものかと思う。

  告白すれば、あの人もきっと……) 


 そして、ついに恋は告げられる。



  よそにして恋ふればくるし入れ紐の同じ心にいざ結びてむ


 (よそに離れて恋い焦がれるのはもう苦しい

  衣をしっかり結びつける入れ紐と同じ心で、さあ、私達も結ばれましょう)


 しかし、結ばれてもなお、恋の苦悩はついて回るのである。




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