むばたまの夜(恋歌・二)
結ばれてより強く恋は人を縛り付ける。春夏秋冬季節は巡るが、季節さえも恋の色に染まってしまう。春に氷が解けるように自分に打ち解けて欲しいと願い、夏の蝉のように泣き暮らし、蛍のようにその身を燃やし、さらには恋の灯火に飛び込んで燃え尽きてしまう。あやしい秋の夕べに恋しさは募り、秋の田に表に出せぬ一瞬の恋心を想い、薄く積もる淡雪に募る恋心を想い、消えてしまう儚さに苦悩する。
やがて恋は、夢の中にまで現れるようになる。
思ひつつ寝ればや人の見えつらむ夢と知りせばさめざらましを
(あの人を思いつつ眠りについたので、あの人の夢を見た
夢と知っていたならば、目を覚まさずにいたものを)
「儚い夢の逢瀬に心を揺らす、なよやかで切ない歌だな。いかにも女らしい、小野小町らしい詠み方だ」
躬恒がそう言って小町の歌を三つ並べる。
うたたねに恋しき人を見てしより夢てふものはたのみそめてき
(うたた寝に恋しい人の姿を見てからは、夢と言うものを頼みとするようになった)
「夢に想い人が現れるのは、相手も自分を想っているからだと言うからな。だが、夢は夢。幻想なら美しいが、夢をあてにするのは弱々しい」
貫之がそう言うと躬恒がすかさず、
「おや。お前は弱い女は苦手か」と聞いてきた。
「いや、女はいいんだ。だが、女が詠むとはいえ、弱々しい歌は物足りぬ。歌にはやはり手ごたえが欲しい」
「ふむ。女の好みと詠む歌は別と言う訳か。普通は歌から女の人柄を測るものだが」
「それは歌を恋の小道具と考えるからだろう? 私にとって歌と人柄は別のものだ。それにやはり私はあまり弱すぎる女は苦手だ。強い必要はないが、余裕がなさすぎると恋の趣にも欠けるような気がする」
「しかし小町の歌は女達に人気があるぞ。女は自分が弱った時にこそ、歌に我が身を投影したくなる物らしい。特に女に恋は切実だし」
「女はそうなのだろうな。だが、我々のような身分の低い男にとって、女があまり弱々しいのは困る。持ち重りするというか。そう言う女は身分の高い人ならお気に召すのだろう」
「ま、女の方もそのほうが良いだろうな。美しくなよやかな女は、我々など眼中にないかもしれんし。だが、この歌の様ないじらしさを持つ女は、やっぱりいいなあ」
その小町の三つ目の歌は、
いとせめて恋しき時はむばたまの夜の衣をかへしてぞ着る
(心が迫るように恋しい時は、夜着を裏返しにして着て眠りましょう)
と言う歌だ。これは人々の間で夜着を裏返しに着て眠れば、恋する人が夢に現れると言われているからだ。
「たとえ儚い夢でも、逢いたいと願う想いは強い。小町の歌も、決して弱いばかりではない」
結ばれた恋でもいつも逢えるとは限らない。結ばれた後だからこそ、逢えない辛さは以前よりも増してしまう。逢えない人をつれないと嘆き、袖に涙をため、夢の通い路でさえも人目をはばかることにいらだちを募らせる。隠す恋はそれだけで辛い。
隠される恋は相手の心だけが頼りだ。心が離れれば何ごとも無かったかのように恋は消えてしまう。そんな中では信じたい恋も信じ難くなる。胸中は不安に揺れる。そんな不安を友則は詠んでいる。
宵の間もはかなく見ゆる夏虫にまどひまされる恋もするかな
(宵闇の間からも儚く見えるような夏虫よりも
もっと心が惑う恋をしてしまっている)
蛍のように漂う恋の光。霜のように凍った涙。その涙の霜ですらいつかは消える。涙も我が身が消えそうな思いだ。逢えない日々は、恋する者にとって命も削られるような日々となる。
死ぬる命生きもやするとこころみに玉の緒ばかりあはむといはなむ
(死にかけた命を生き返らせるかと試みるために
玉の緒のように短い一時だけでも、逢おうと言って欲しい)
寝ても覚めても苦しい恋は懇願に変わる。そして絶え間なく流れる涙へも変わる。貫之の歌である。
世とともにながれてぞゆく涙川冬もこほらぬみなわなりけり
(この世の人生と共に流れて行くのは、流した涙で出来た涙川
それは激しい流れに冬も凍らず水の泡となっている)
その涙も恋の駆け引きの中では、真偽を問う事になる。藤原ただふさの歌
いつはりの涙なりせば唐衣しのびに袖はしぼらざらまし
(この流す涙が偽りであるのなら、むしろ涙を見せつけて
人目を忍んで袖をしぼり、強がったりなどしないであろうに)
涙を隠し、強がっても想いはあふれる。想いも心の嵐も荒れ狂うばかり。真偽を問うた恋はその真の重さを知らしめようとする。坂上是則の歌。
我が恋にくらぶの山の桜花まなく散るとも数はまさらじ
(私の恋には、比べる山と呼ばれるくらぶ山の桜花が、
絶える間もなく散り落ちようとも、その数が勝ることはない)
それでも恋の不安と迷いから逃れることはできない。幾度、幾度繰り返そうとも。貫之の歌。
我が恋は知らぬ山路にあらなくにまどふ心ぞわびしかりける
(私の恋は知らぬ山路を行くような不慣れな初恋ではない
それなのに心は惑い、切ない思いをしているのだ)
そして恋に陰りが現れる。心の色の変化に気づいてしまう。同じく貫之。
紅のふり出でつつ泣く涙には袂のみこそ色まさりけれ
(衣をくれないに染めるために、水で衣を振り続けるように、
声を振り絞り泣く紅い血の涙で、涙が落ちる袂の紅さだけが勝ってしまった)
涙の色が変わる頃、恋した人の心は離れてしまった。忠岑の歌。
風吹けば峰にわかるる白雲のたえてつれなき君が心か
(風が吹けば峰から別れて行く白雲のように
私への想いが絶えてしまったつれないあなたのお心よ)
心が離れていることを知っても、すぐにあきらめがつく訳ではない。むしろ逢いたい想いは一層強くなる。そして、逢えない悲しみも。躬恒の歌。
われのみぞかなしかりける彦星もあはで過ぐせる年しなければ
(私だけが悲しい思いをしているのだ
あの七夕の彦星でさえ、織姫と逢わずに過ぎる年は無いのだから)
そして逢いたい想いは命よりも重くなる。友則の歌。
命やは何ぞは露のあだものをあふにしかへば惜しからなくに
(命なんて何だと言うのだろう。露のようにつまらないものではないか
あの人に逢えることに代えられるなら、惜しくなど無いのに)
たとえ相手の心が離れようとも、自分の中の恋の火が燃える限り恋に終わりは訪れない。たとえそれが、世間に振り回されるような恋であっても。




