しづくににごる(離別歌)
離別歌は最初に業平の兄、在原行平の歌が選ばれた。
立ち別れいなばの山の峰に生ふるまつとし聞かば今帰り来む
(出立してあなたと別れ、因幡の国に行く私ですが
因幡の山に生える松のように、あなたが私を待っていて下さると聞いたならば
たった今にも私は帰ってくるでしょう)
これは行平が因幡の国に赴任する時、おそらく送別の宴の席ででも詠まれたのだろう。赴任先とはいえ別れは寂しいもの。湿っぽくなりがちな送別の席で、このように言葉遊びを交えながらも赴任先の景色の情緒を詠んでいる。いつでも帰れるとばかりにささやかな強がりを込めて、見送る人々の心配を掻き消そうとするような、思いやりのある歌である。
「行平殿の人柄の伝わる、良い歌だ。この歌を詠んだ場が、心温まる席であった事がうかがえるな。……これは名歌と言っていいだろう」
貫之はそう言って、この歌を離別歌の一首目とした。
「こういう時の強がりは、すがすがしさを感じるな。紀利貞殿の歌も、すがすがしい強がりの歌だ」
古歌を続けて三つ選んだ後に躬恒が選んだ歌は、
今日別れ明日はあふみと思へども夜やふけぬらむ袖の露けき
(今日別れようとも、明日は「会う身」と呼ばれる「近江」に着くと思っていても
夜が更けると袖が露に濡れていた。この袖は涙で濡れたわけではない)
と、別れの涙をごまかそうとする歌だった。
「耐える心が美しいな。本来別れは悲しいもの。言葉でどんなに否定しても、悲しみが心の中に沁みていくものだからな」
そう言って貫之は自分の歌を詠んだ。
別れてふことは色にもあらなくに心にしみてわびしかるらむ
(別れと言うのは衣に染まる色という訳でもないのに
何故色のように心に悲しみが染みてしまうのだろうか)
「ほう。面白い詠み方だな。恋が心を染め上げるとは昔からよくつかわれるが、別れが心を染めるのか」躬恒はその表現の豊かさに心惹かれた。
「心と言うのは様々な感情が湧くものだが、一気に衝撃を味わうものでなければ、布に色が染まって行くように、心が染まって行くものだと思うのだよ。旅立ちの別れは初めから分かっている。出立が決まり、惜しむ気持ちが始まる。送別を行い、離れる寂しさを知る。そして見送ると、別れた後にも徐々に寂しさが心に広がる。まさに『しみる』と言う言葉が相応しく思えるのだ」
「そうだな。別れて後の寂しさの方が身にしみることは多い。いっそ付いていければ……などと思う事もある」
「そういう歌を我が主人、兼輔様も詠んでいる。これは大江千里殿の弟、千古殿が越の国に向かわれた時の歌だ」貫之は自分の主人の歌を指し示した。
大江千古が越へまかりけるむまのはなむけによめ
る
君が行く越の白山知らねども雪のまにまにあとはたづねむ
(あなたが「行き」向かう越の国の「白山」を私は「知り」ませんが
旅路が「雪」深くてもその足「跡」にしたがって、「後」を追いましょう)
「かけ詞と音の繰り返しが、知らぬ雪道を後を追うと言う言葉を強調している。実際に追えぬとは言え、心からの言葉でなくてはこのような歌は詠めない。我が主人の歌ながら、心のこもった良い歌だと思う」
貫之の言葉に躬恒も頷いた。
「兼輔殿の人柄がわかる歌だな。心があって初めて良い歌が詠める。引きとめる心が実に美しい歌を詠ませた歌もあるぞ。僧正遍昭殿の歌だ」
山風に桜吹きまき乱れなむ花のまぎれに立ちとまるべく
(激しい山風が吹いて桜が乱れ散って欲しい
帰ろうとする人が花吹雪に道を見失って、立ち止まってくれるように)
「道を見失うような花吹雪か。これはまた激しくも美しい光景が浮かぶな」
貫之は遍昭の管理する雲林院を思い浮かべる。もともと淳和天皇の離宮であるため、都からは離れた場所にある。僧とはいえ寂しい暮らしなのだろう。客人を引きとめたい思いがあふれた歌だと思えた。
人は状況によって、真っ直ぐに心を言葉に表せない事が多い。そんな時にこうして心を優雅に吐露出来るのは、やまとうたの美しくも優しい特性である。そうした「口に出せない思い」を多くの人々が分かりあえるのも和歌の持つ素晴らしさだ。そして、詠んだ者がどんなに身分であろうとも、美しい歌は多くの人々に受け入れられる。その時に感じた感激を、多くの人に伝える事も出来る。
「殿上人、僧侶、歌人。それぞれに立場も身分も違えども、良い歌はこうして皆、同じ心を持って共感し合う事が出来る。今更ながら、和歌は良いな」貫之はそう言って、歌を並べる。
「ああ。我々の思いも伝えることができる。ここにはもちろん、あの兼覧王様に謁見した時の歌も載せるのだろう?」
「当然だ。あの方の歌人に対する御理解の深さと、あの方の素晴らしさを多くの人に知らしめたい。我らのような者への、お優しい御返歌と共にな」
あの秋、時雨の中で行われた歌会の席にお声をかけられ、二人は後宮で兼覧王に謁見したことを思い出す。お目にかかった喜びが深かっただけに、別れを惜しむ心も深かった。貫之はたまらずに『秋萩の花をば雨にぬらせども君をばまして惜しとこそ思へ』と別れの辛さを詠み、それに兼覧王は応えて『惜しむらむ人の心を知らぬまに秋の時雨と身ぞふりにける』と返歌を贈って下さったのだった。
その場では躬恒も『別るれどうれしくもあるか今宵よりあひ見ぬさきに何を恋ひまし』と、別れの辛さよりお会いできたことへの感激を歌に詠み、兼覧王にお伝えした。
「まるで恋歌のような詠みようではあったが、私はそれほど感激したのだ。あの日の感激はこの表現でも表し足りないくらいだよ。それでも歌人の私が詠むには、これが精いっぱいだったんだ」躬恒は言い訳するかのようにそう言うが貫之は、
「いや。これで伝わるさ。下手な恋心を上回るほど、あの謁見は感激する出来事だったとね。あのような思いをした事のない人には、むしろ分かりやすいだろう。投影は物や背景にばかりする訳ではない。こうした心の動きにあっても良いはずだ。良い歌だと思う」と言った。
「良い歌と言えば、このお前の歌も良い歌だ。山間での別れの情緒を感じる。この「山の井」とはどこの湧水だ?」
躬恒がそう聞いた歌は、
むすぶ手のしづくににごる山の井のあかでも人に別れぬるかな
(すくう手の滴に濁ってしまい、飲み足りない山の湧水のように
飽き足りぬままあなたと別れてしまうのですね)
と言う歌だった。
「ああ、それは以前志賀の山越えをした時に寄った湧水だ」
貫之は何気なく答えたが、躬恒はその地名に春の歌で選んだ貫之の歌を思い出した。
「志賀の山越え……。確かそこで出会った大勢の遊女たちの歌をお前は詠んでいたな」
それを聞いて貫之は慌てたがもう遅い。躬恒はニヤニヤしながら貫之を見ていた。貫之の詠んだ歌とは、
志賀の山越えに女の多くあへりけるによみてつか
はしける
梓弓はるの山辺を越えくれば道もさりあへず花ぞ散りける
(梓弓を張る、春の山辺を越えて来ると
道によけきれないほどの花が散っていたのだ)
ここでの「花」とは遊女たちの例え。道いっぱいに大勢の遊女が広がっていて、よけきれないほど華やかだと詠んでいる。遊女の声かけに応じはしないものの、遊び心で彼女たちを喜ばせる歌を詠んで贈ったのだ。だが、同じ志賀の山越えで「飽き足りぬ」ほどの別れを惜しんだとなると……。
「なんだよ。結局捨て置けずに遊女と逢ったんじゃないか。こんな歌が詠まれるくらいだ。よっぽどいい女だったんだろう?」
躬恒は興味シンシンだ。こうなるとごまかしようがない。
「いや、この遊女はただ男の相手をするんじゃなく、話し上手で楽の音なども実に見事な腕前だったのだ。ちょっとした舞も舞えるし、人を楽しませることがとても優れていたんだよ。おかげで私も楽しい思いをさせてもらえた」
「それに美人だったんだろう?」躬恒はすかさず聞く。
「ああ。あれほどの器量は都でもそうはいないだろう。私が有名な歌人で無ければ、絶対相手になどしてくれなかったと思う」
「くそう、羨ましい。お前は冗談などもうまいからな。それほどなら思い切って口説いて、都に連れてきてしまえばよかったのに」
「おいおい。自分が女に会いたいからって、無茶を言うな。第一その女は本当に芸が素晴らしくて、本人も芸に身を投じるように磨いているそうなんだ」
そう、その女は本気で芸に身を捧げていた。その姿勢は内教坊で真剣に芸に励む妓女と何ら変わりは無かった。
「思わず母を思い出したよ……」貫之の言葉に躬恒もからかう気が失せた。
「そんな女を無責任に都に呼ぶわけにはいかないじゃないか。あまりに芸が素晴らしかったから、女を讃えるつもりで歌を詠んだんだ。妻を持ったり、遊女を長く面倒見たりすることのできない私には、そのくらいしかできる事が無かったから」
「ああ、もったいない。どうしてお前はそうなのかね。私のように気を回す必要がある妻がいるわけでもないのに」
「何を言う。お前は妻がいるおかげで羽目をはずす事も無く、低い身分でこんな所にいても殿上人から余計な目をつけられずに済んでいるんだぞ。妻に感謝しないと、罰が当たる」
「感謝はしてるぞ。それと、お前が羨ましいのは別だ。やっぱりお前は、妻を持て! 五位の地位なんか目指していたら、よぼよぼになって遊女にも相手にされなくなるからな!」
「そうしたら、私は空想の女と恋をするさ。思う存分恋の歌を詠み、恋を語ってやる」
貫之はそう言って笑ったが、その時ふと、
「本当に空想の恋を創り上げ、相聞歌を詠んだらどんな風になるであろうか?」
と、好奇心に駆られた。そしてそれは、後に彼に新たな発想の機会をもたらした。さらには晩年に「文学的女装」という突飛な発想へと開花していく。
ずっと後のことではあるが、そうした発想力が彼の歌に物語性や情緒を深める要因となっていったのだ。




