対峙
「レイラ嬢……!?」
伯爵邸に着いて早々、驚いた表情で出迎えたハーヴィス卿に私は余裕めいた笑顔を向けた。
「ごきげんよう、ハーヴィス卿。お変わりないようで何よりです」
「あんた、一体何を考えて……!」
「あら、私はただ伯爵へ依頼報告をしに伺っただけですよ? そんなに怖い顔をされる謂れはありませんが」
まだ何か言いたそうにしていたハーヴィス卿だけど、ライネル伯爵が現れたので閉口し後ろに下がった。
平民風情が事前連絡なしに伯爵邸を訪れるというのは失礼だと承知の上。けれど、伯爵は快く迎えてくれる確信があった。
相変わらずのキラキラオーラを眩しく思いながら向き合い、挨拶の礼をとる。
「突然に申し訳ありません。ご依頼の物が揃いましたので、お届けに参りました」
「それはそれは。ご連絡頂ければこちらから迎えを寄越しましたのに……」
「こちらを渡しましたらお暇致しますので、お気遣いなく」
笑顔を張り付けて、持っていた大きな鞄を見せる。
近くに控えていた執事さんに鞄を渡すと、彼は一礼してその場を去っていった。別室で中身の確認をしに行ったのだろう。
「せっかくいらしてくださったのです。立ち話も何ですし、こちらへ。依頼の件について話をしましょう」
「ええ」
「お連れの剣士様はこちらへ」
伯爵の後をついていくと、後ろでそんな声がして肩越しに振り向く。
一緒に来ていたクロード様は、メイドさんに促されているところだった。クロード様と視線が合ったので、頷いてから顔を戻して伯爵の背中を追い掛ける。
「ロズウェル卿は俺が案内する。飲み物は俺の部屋に持ってきてくれ」
「かしこまりました」
ハーヴィス卿とメイドさんのやり取りが聴こえて、私は内心ホッとしながらその場を後にした。
祈祷祭での被害が嘘のように元の綺麗な状態に戻った邸の応接間に入って、新品のソファへ腰を降ろす。さすがに家具は新調しなくてはならなかったみたい。
来る途中にあった町も復興が順調だったし、被害が少なかった分元の状態に戻るのにもそう時間は掛からなそうで良かった。
……それにしても、ライネル伯爵は近くにいたハーヴィス卿に声を掛けるどころか目を向けることさえしなかったわね。まるでその場にいることさえ気づいてないかのような、そんな距離感。
伯爵は本当に悪魔に操られているのか……いざ目の前にしてもわからない。
私の不躾な視線に気付いた伯爵は、首を傾けると目を細めて優しく微笑んだ。
「どうされました?」
「いえ……」
視線を外し、カップを口に傾ける。爽やかなレモンティーが疲れていた喉を潤して、ホッと息をついた。
「そういえば、弟君の姿がありませんが……」
「お仕事ですし、今回ディーネには留守をお願いしました。遊びたい盛りで伯爵にご迷惑をお掛けしてしまうかもしれませんからね」
「子供は元気が一番ですよ」
にこやかな笑みを返していると、ノックされ別室に行っていた執事さんが入ってきた。伯爵と短く言葉をかわすと一礼し、またすぐに部屋を出ていく。
「納品の魔石、確かに確認しました。短い期間にあの量を用意して頂き本当にありがとうございます」
「いえ。これで村の皆さんが助かるなら私としても喜ばしいことです」
「報酬は現在用意させております。ただ、急なことでお渡しは明日になってしまうので今日はこちらに泊まっていってください」
「いえ、突然の訪問でこれ以上ご迷惑は掛けられません。町の宿で構いませんよ」
「今回のお礼や祈祷祭でのお詫びも出来ていませんし、これくらいはさせてください。クロードさんの客室も用意してますので」
伯爵の誘いに逡巡し、譲る気がないとわかったので諦めて頷くと安堵の笑みが浮かべられる。
女性が見たら顔を赤くして卒倒する破壊力だけど、彼が優しい言葉を、笑顔を向ける度に私の心は沈んでいった。
***
広い食堂での豪華な夕食を終えてあてがわれた客室でぼんやり窓の外を見ていると、扉がノックされた。
返事をした後でドアが開き、ハーヴィス卿が入ってくる。
「夜更けに女性の部屋に訪れるなんて。何かご用ですか?」
「どうしてここに来た。手を引くんじゃなかったのか」
「そんなこと、一言も言った覚えがありませんが?」
私の言葉にハーヴィス卿はため息をつく。
「……わかった。ここまで来た以上は仕方ない、ついてきてくれ。地下に炎青達を待機させている」
「クロード様は?」
「後でちゃんと連れてくる」
ハーヴィス卿に促されるまま部屋を出て、薄暗い廊下を進む。彼の背中についていきながら、ふと視線を落として私はすぐ目を背けた。
「…………」
「レイラ嬢? どうかしたか」
「いえ……静かだと思って」
「夜だからな。人がいない方が移動しやすい」
長い廊下を歩いて、一階奥の部屋に入ると資料室らしく本棚が綺麗に並んでいた。歴史や他国の文化、教養についてなど様々な本がジャンル別に並び整頓されている。
ただ、水害の影響か下の段やいくつかの棚は空になっていた。
「ここに地下の入口が?」
「俺やユウェルくらいしか基本出入りしないからな」
言いながらハーヴィス卿は奥の本棚に手を伸ばし、一冊の本の背表紙を引く。すると、重い音がしたかと思うと横の壁が大きく開いた。
隠し扉が開き、中を見ると下へ続く石造りの階段がある。ハーヴィス卿はランプを取ると火を灯し階段を降りていった。その後に私も続き、明かりを頼りに螺旋状に連なった階段を降りていく。
「地下は無事だったのですね」
「何とかな」
何階分あるのかと思えるほど長い階段を降りる間、他に会話もなく靴音だけが反響していく。やがて終着点らしいところまで着くと大きな扉があった。ハーヴィス卿が手で押すと、すんなり開いて私に振り向く。
「中へ」
促されるまま扉をくぐると、中は真っ暗で何も見えなかった。ただ、冷えた空気の感覚で広い場所だということだけわかる。
後ろにいる相手を振り向くと、灯りが消えて姿が見えなくなった。




