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会場である広間に入ると、既に招待客が集まってきていて談笑している姿がいくつかあった。
久々の雰囲気に緊張しながらクロード様の手を借りて中へと進む。
「飲み物でも貰うか」
「そうですね……」
「あ、ケーキあるよー」
うう、ケーキ見ないようにしてたのに。無邪気さは時に残酷だわ。
ダイエット継続中だしコルセットもきつくしてあるから、ケーキや食べ物はダメなのよ……。せめて飲み物は美味しく頂こう……。
別室に用意された軽食でレモネードを貰って喉を潤していると、壇上にライネル伯爵が現れて祈祷祭の始まりを宣言した。
直後に参加者が伯爵の元に行き挨拶をしていく。その様子を遠くで見つつ壁際に後退していくと、数人の令嬢がこちらに寄ってきた。
正確にはクロード様の元に、かしら。
「初めまして、わたしマリー・レイネスと申します。見掛けないお顔ですが、伯爵のご友人ですの?」
「いや、俺は招待されただけで……」
「まあ、伯爵からご招待頂くほどの方ですのね。お名前は?」
「クロード・ロズウェルです……」
「出身はどちらから? 体格もよろしいですね、剣術を学んでいらっしゃるのでしょうか?」
おお、質問責めされているわ。クロード様もたじたじになっている……。
そっか、いつも一緒だから忘れてたけどクロード様も格好いい部類だったわ。線の細い美形とは反対だけど、男らしさを求める女性ならクロード様はドンピシャなはず。
上手くいけばこのパーティーでクロード様に彼女が出来るかもしれない。そうすれば私の死亡エンドも回避できるわよね。
よし、クロード様はご令嬢方に捧げて私はディーネとバルコニーにいましょ。
クロード様と視線が合ったので、私はハンドサインで頑張れ、とエールを送ってディーネと共にバルコニーに出た。
「クロード様、上手くいくといいわねー」
「ねー」
はー、夜風が気持ちいい、ここで時間潰してよう。
遠目に見える街も光で照らされ賑やかな様子がわかる。年に一度のお祭りだから、テンションも上がるわよね。
このまま終わるまでバルコニーに居座るつもりだったけど、他の男女が現れたので私は渋々会場に戻ることにした。
腰に手を回してラブラブな雰囲気で来られたら、さすがに私だって遠慮するわよ。
「クロード様はどうなったかしら?」
「あ、今度は別の女の子といる」
大きいから見つけやすいわね。さっきの令嬢もクロード様の側にいるし、三人くらい女の子が増えている。
向こう側ではライネル伯爵も女性に囲まれているしモテモテねー。あの一角だけキラキラしてるわ。
私はどこにいようかと隅の壁を探していると、一人の女の子がこちらに近寄ってきた。ディーネと同じくらいの年代の可愛らしい女の子は、顔を赤くしてもじもじしながら私の方を見上げる。
「わ、わたし、リリィ・コーネルと申します」
「初めまして、レイラと申します」
「弟のディーネです」
私に倣ってディーネも丁寧に挨拶すると、天使の笑顔に当てられたリリィ嬢ははにかんだ笑顔を浮かべた。
「ディーネ、様。その、少しお話しませんか……?」
祈祷祭だから通常の夜会と違い、子どもの出席も認められている。きっと、社交界デビュー前に経験を積ませようと家族が連れてきたのだろう。それでも子どもは少なく、同じ年頃の子はディーネを含んでも数える程度だ。
残念ながら貴族のコネは作れないけど、うちのディーネは可愛い上にそこらの貴族よりも貴族らしい子息に見えるしね! とても見る目があるわ、この子。将来有望よ。
「お姉ちゃん……」
私の様子を窺うディーネに小さく頷き、リリィ嬢に向けて軽く肩を押す。
「行ってらっしゃい。私は大丈夫だから」
「……ん」
ちゃんとエスコートするのよー、と応援しながら初々しい二人を見送って……。
何だか、一人になってしまったわね。
ま、まあ二人と同じ会場だしクロード様も遠くに見えるから大丈夫か。
いそいそと壁際に向かうと、ふいに声が掛かった。振り向くと見知らぬ男性が爽やかな笑みを浮かべて立っている。
「驚かせてすみません。あまりの美しさに声を掛けずにはいられなくなってしまいまして」
「……勿体ないお言葉ですわ」
デジャヴね……いや、もう社交界ってこんな感じだったけど。
爽やかな笑顔、だけど伯爵ほどではない。キラキラオーラは感じないもの。とはいえ、無下に出来るわけもないしここは諦めて付き合うしかないわよね……。
「伯爵の招待客でしたか。てっきり高貴な令嬢かと」
「そんな、私など場違いすぎて恐れ多いですわ」
「しかし、この会場で一番目を引いたのは貴女だけです。よろしければ、テラスでご一緒に……」
「おいおい、こちらが先に声をお掛けしたんだ。貴方は次だろう」
……人、増えてる。
どうしよう、一人だから適当に話を終わらせて逃げようと思ったのに横から何人も湧いてきて逃げ道が塞がれてる……。
男性達でクロード様は見えないし……ああ、でも令嬢達との邪魔は出来ないんだった。ディーネはどこにいるか見えないわ。
どうしようかと考えを巡らせていると、急に目の前にいた男性が固まった。私を囲んでいた他の男性も気付き、後ろの壁を見つめてひきつった声が洩れる。
「ひっ!」
「え?」
私の後ろは壁だからクロード様が立って威嚇しているということはないはず。それなら一体、と振り向くと二十センチくらいはありそうなトカゲが壁に張り付いていた。
「あら」
「レ、レディ! 危ないです、毒があるかも……!」
「え、衛兵を! 早くこれを排除してくれ!」
ちょっとした騒ぎになり、後ずさる男性達を見て私はここぞとばかりに逃げ道を確保した。
壁に張りついたトカゲを掴み、そのまま走り出す。
「レディ!?」
「この子は私が外に放してきますので!」
私は爬虫類大丈夫なのよ、むしろ好き。毒がなければ蛇も平気だしイグアナにカエル、ミミズも触れるのだから。
中庭に出ると、誰も追ってこないのを確認して足を止め、両手で掴んだままのトカゲに視線を落とす。
手袋してたから特に考えず持ったけど、確かに毒があったら大変だわ。今さらながら思ってしまった。
赤っぽいたてがみみたいな突起に黒のまだら模様……見たことない種類だけど、どこから来たのだろう。
「……と、いきなり掴んでごめんなさいね。おかげで助かったわ」
大人しくしてくれてて良かった。暴れられて衛兵に処分されてしまうのは居心地悪いもの。
地面にそっと降ろすと、オレンジの瞳と目が合って首を傾ける。
「どうしたの? 早く逃げないと他の人に見つかるわよ」
じっとしているトカゲを見つめていると、不意に影が掛かった。無意識に振り向こうとした途端、鼻と口が塞がれ覆われた布から甘い香りが押し込まれる。
「んっ! んんー!」
後ろから抱かれる格好で拘束されて、暴れても片手でなんなく押さえ込まれる。
次第に意識が遠くなり、体の力が抜けていくのを感じていると耳元で囁く声が届いた。
「ごめんね、レイラさん」
この、声は……私、知ってる。
それが誰だったか答えを導く前に、私の意識はぷつりと途切れた。




