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ライネル伯爵の屋敷に滞在して五日目。精霊祈祷祭当日となり、街は活気に溢れ賑やかな様子が屋敷の中からでも遠目にわかった。きっと商業都市シヴィアでもドンチャン騒ぎになっているだろう。
むしろ、地方から色々な人が集まるシヴィアの方はもっとすごいのかもしれないわね。
私はというと、今夜のパーティーに着るドレスが届くというので大人しく部屋で待機中。
いや、支度を手伝ってくれるメイドさん三人に湯あみ、肌のマッサージなどの手入れからのパックやらなんやらエステ対応をされるがまま受けていた。
やりすぎではと思い遠慮しようとしたものの、どうやら女主人となる人物が屋敷にいない為に女性を着飾る機会が滅多になく、メイドさん達は物足りなさを覚えていたらしい。
そんな中に客人とはいえ女の私が来たので、闘志に火がついたみたいで物凄く張り切られている。
「レイラ様は美しいので腕の奮い甲斐があります!」
「きめ細かな白い肌に滑らかな曲線美! ほっそりした二の腕にデコルテから覗く鎖骨のさりげない主張、胸の形も綺麗な卵型でお尻も――」
「わっ、わかりましたから! 口に出さないでくださいっ!」
あああ、恥ずかしい……! 令嬢時代で見られているから大丈夫かと思ったけど、やっぱり恥ずかしいものは恥ずかしいわ。前世庶民が全裸見られるのはきつい……! ダイエットで戻したとはいえ、太ってたるんだ皮膚がなくて良かったわ。
「そういえば、女主人がいないと言うことは……伯爵のお母様は……」
「はい……十歳の頃に家族旅行の際、馬車の滑落事故でご両親を亡くされたと聞いております」
「家族旅行……ご兄弟も一緒だったのですか?」
「ええ、旦那様と奥様に庇われた状態で発見され、一時期兄君のユウェル様は心身を患っていたとか」
「そうでしたか……」
十歳の頃に愛するご両親を同時に喪うなんて……。普段のライネル伯爵からは想像も出来ない程に辛い体験をされているのね。
だから、領民を守りたいという思いも人一倍強いのかもしれない。私もリーゼ村にいる以上はライネル伯爵の領民でもあるのだし、少しでも力になれるように魔石作り頑張ろう。
……弟のハーヴィス卿は、よくわからない。ライネル伯爵を信用するなと言ったのはどういうこと? 私達は伯爵と食事をご一緒しているけど、ハーヴィス卿とは一度も食卓を共にしたことがない。兄弟で話をしているところも見たことがないし、顔を合わせた場面を見たのは客室での一件だけだ。
もしかしなくても兄弟の仲が悪い……?
いきなり求婚してくるし、恋愛感情はないけど血が欲しいからとか馬鹿正直に伝えるし、かと思えば真剣な顔で忠告してくるし。自己中心的で何考えてるか全然わからないわ。
私にちょっかいかけるのも、お兄さんへの当て付けかしら? 迷惑だわー。
「レイラ様! ドレスが届きましたよ!」
「え、あ……」
本人以上に嬉しそうに受け取って鼻息荒く準備するメイドさんを遠い目で見守りながら、私は彼女達の着せ替え人形のごとく身を任せた。
……きっと、抵抗するだけ無駄なのよ。
「ああ、もうこんな時間……」
ドレスと装飾品に合う髪型でかなりのパターンで迷って、完成した頃にはパーティーに行く時間になっていた。
私としては何でも良かったけど、妥協はしたくなかったようなので余計な口出しはしなかった。でも、長時間鏡の前で座っていたからさすがに疲れたわ……。
「す、すみませんレイラ様! 本当なら余裕を持って準備するべきでしたのにわたし達がこだわったせいで……」
「い、いえ……大丈夫です」
壁と同化して休憩するので。
とは言わず、固まった体でぎこちなく立ち上がり、改めて姿見で全身を見る。
淡いスカイブルーのマーメイドドレスに白百合のコサージュが胸元にあしらわれ、露出した首元にはアクアマリンの宝石が煌めくネックレスが飾られている。髪は三つ編みされたものを後ろにまとめて小さな花が連なるプラチナの髪留めでアップにされた。
普段と違ってうなじが出てるから首がスースーするわ。
青基調なのは水精霊の祈祷祭だからよね。街の飾りも寒色系だったし。
髪も青系だし全身青で寒々しくないかと思ったけど、髪留めやコサージュ、小物類は別の色を使ってアクセントにしているので見れるようになっていた。
さすが女性の着飾りに飢えていたメイドさん、出来るわ……!
マーメイドドレスだから体の線が出てるのが気になるところだけど、まあいいか。会場に入ったらクロード様捕まえてテラスに居座ってよう。
「あ、レイラ!」
「ディーネ、クロード様も」
廊下で待っていたらしい二人に気付くと、ディーネが笑顔で駆け寄って抱きつこうとして――クロード様に止められた。
「うー! クロードがいじめるー!」
「いじめてない、ドレスがシワになるから抱きつくな! パーティーでは態度を弁えろとたった今教えたばかりだろう!」
「ぶう……」
頬を膨らませるディーネがハムスターみたいに可愛くて頬をつつくと、一気に機嫌がよくなったようで天使の笑顔が向けられた。
「レイラきれー」
「ありがとう。ディーネも可愛いわよ」
正装したクロード様も素敵だと思うけど、口にして恋愛フラグが立つのは困るから心に留めておこう。クロード様も特に言わないし、問題ないわよね。
「レイラ……」
「はい?」
「……き…………を、つけろ……」
どうしてそんなぎこちないのだろう……。顔を押さえて言うことなのかしら。
「ええ、気をつけます」
よくわからないけど、注意を怠るなという意図は伝わったので頷いて返した。
長い廊下を歩きながら、私は自分の頬を指で軽く摘まんでムニムニと動かす。
それを不思議そうに見ていたクロード様が首を傾げた。
「どうした」
「笑顔の練習です。上手くできてないと困るので」
一応、必要な時は笑っているつもりなのだけど本当にできてるかはわからない。公の場で愛想よく笑えない女なんて鼻つまみものよ。
魔法の影響で感情の起伏が薄れてるとはいえ、他人はそんなの知らないし関係もないし見た目くらいは何とかしないと。
「伯爵に会う前も鏡の前でむにむにしてたね」
「だって、確認しないとちゃんと笑えてるかわからないのだもの……」
前世を思い出してから、心の底から笑ったことってないかもしれない。追放の未来がわかっていたからそれどころではなかったもの。
その後はもう陛下から罰を受けて、追放されて色々あって今こうなっているわけで。
……私、今後もリアルで笑えない人生を歩んでいくのね。
「でも、レイラは心の中でいっぱい楽しんだり笑ったりしてるよ? ボクはちゃんとわかるよー」
「ありがとう、ディーネ」
ふと、黙ったままでいるクロード様の反応が気になった。見上げると、憐憫を帯びた目とかち合い軽く手を振る。
「あ、自業自得なのはわかってますので!」
「……」
いけない、同情心を誘ってるように見えてしまったかもしれない。以前のレイラなら、こんな風に良心につけこんで悪巧みしたかもしれないわね。
私はそんなことしませんよ、特にクロード様でそれやったら死亡エンドにいきそうだわ。
「さ、早く行きましょう」
可哀想な女だと思われるのも嫌なので、私はさっさと話を切り上げて会場に急いだ。
「レイラ嬢」
会場に向かう途中でライネル伯爵に声を掛けられ、一礼する。
「ライネル伯爵。この度は素敵なドレスと飾りをありがとうございます」
「こちらこそ、私の我が儘を受け取って頂きありがとうございます。予想以上の美しさで目を奪われましたよ」
「お上手ですね」
「偽りのない本心です」
あははうふふと笑顔を張りつけて対応し、主催のライネル伯爵は執事に呼ばれて礼をするとその場を去っていった。
……はあ、社交辞令の応酬は疲れるわ。さっさと会場行って壁と同化していよう。
パーティーの最後に中庭に設置された祭壇へ魔結晶の奉納がされて、祈祷祭終了となるのよね。
私の作った結晶が奉納される瞬間を見るのが楽しみだわ。
「さ、会場に行きましょう」
「ああ」
ふと、ディーネが立ち止まった。感情を消した顔にクロード様が気付き、私も振り返ると……。
「うん、行こー!」
普段と変わらない無邪気な笑顔で返され、私は何も気付かないまま会場に足を向けた。
「ディーネ……どうした」
「何でもないよ」
「…………」
言葉とは裏腹に、彼女には絶対に見せないその瞳の奥に過った感情にクロードはそれ以上聞けなかった。




