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「どけ」


 この、ドスの効いた声は……。

 男達の後ろに立つ、頭一つ以上抜けた高い背に燃えるような赤い髪、褐色の肌。鋭い目付きは昨日見たときより迫力が段違いに違う、目が合っただけで殺す勢いの眼力だった。


「ぁっ……!!?」


 男達は固まったまま動かない……と、いうより動けないのかもしれない。壁についてる手と足が震えてる。

 そんな二人に、眉間にシワを寄せてもう一度。


「失せろ。ブチ殺すぞ」


 ……その一言で二人は我に返った様子で体を跳ねて、五秒後には私とサラムさんだけが残った。


「ありがとうございます。助かりました」

「助けたつもりはねえ。あいつ等が邪魔だっただけだ」


 この先は行き止まりなのだけどね。睨まれるから何も言わないでおこう。


「……けど、俺が声を掛けなくても自分で何とかしただろ」

「え?」

「魔法、使う気だったな」


 あ、バレてた。でも、よく考えたら街中で魔法なんて使ったら大事よね。止めてくれて良かったわ。


「サラムさんは……お買い物されてたのですね。帰りですか?」


 手に持っている紙袋を見ると、サラムさんは答えずじっと私を見た。どうしたのかと見返すと、ふいに顔が近付く。


「わっ、な、何ですか?」

「お前、魔法とは別の……何だこれ? 何かを隠してるような……」


 に、匂いを嗅いでる? サラムさん、私の匂いを嗅いでるの? え、私臭いの?


「か、隠してるってなんです? 私、特に何も……」

「薄くてわっかんねえな。……だが、これは……? この辺りか?」

「ちょ、ちょっと、あの……!」


 胸に顔を近付けないでください……! どういうこと、薄いってなんの話? いや、もう何でもいいから離れて欲しいです、胸に触れそうなくらい顔が近い! この絵面は恥ずかしいわ……!

 拒否するにも近すぎて戸惑っていると、下から可愛い声が聴こえた。


「にゃ……さらむさま、おねえちゃんこまってる……」

「あ……り、鈴ちゃん」

「ん……ああ、悪い。つい気になってな」


 サラムさんの足下から顔を出した鈴ちゃんの声で顔が離れてホッと胸を撫で下ろす。

 鈴ちゃん、いたのね……サラムさんの存在感が半端ないせいで全然気付かなかったわ。

 それにしても、サラムさんは何が気になったのだろう……?


「お前も、ここにいるってことは炎青に会いに来たんだろ」

「はい」

「ごはん? おいしかった……です?」

「ええ、とても。また食べたくて来たの」


 私の言葉に鈴ちゃんの尻尾が嬉しそうに揺れているのがフードマント越しでもわかった。可愛い……鈴ちゃんも炎青さんの作る料理が好きなのね。

 踵を返して道を戻るサラムさんと鈴ちゃんの後に続くと、すぐに店に着いた。

 ……の、だけど……。

 何故か店の屋根が一部吹き飛んでいた。


「あの……屋根、どうされたんです?」

「にゃう……さらむさま、おこった」

「あの馬鹿が悪い」


 ……サラムさんがやったの? 原因は炎青さんみたいだけど……。

 まるで爆発したみたいだわ。焼け焦げてるもの。


「サラムさんも魔法使いなんですか?」

「違ぇ」


 でも、これは火魔法よね。魔法以外でこんな力なんて――。


「……え?」


 魔法ではない魔法と似た力……私はそれを知っているわ。だって、その存在と契約してるもの。

 なら、サラムさんの正体は……。


「うん、火の精霊サラマンダーだよ」


 私達の会話が聴こえたのか、店内に入るなりそんな応えが返ってきた。

 声の主はもちろん炎青さんだ。


「いらっしゃい、レイラさん」

「こんにちは……」


 人当たりのいい笑顔を浮かべる炎青さんだけど、感情はわかりにくい。

 サラマンダーと契約してるのは、もちろん炎青さんよね……。


「炎青さんは火魔法の使い手なんですか?」

「いいや、僕自身は魔法を使えないしサラムとも直接契約してるわけじゃないんだ」

「そうなんですか。そんな関係もあるんですね……」


 二人のやり取りから、長い付き合いっぽいのはわかる。精霊と契約しなくても一緒にいるケースって珍しいのではないかしら?


「それにしても、サラムとレイラさんが一緒に来るとは予想外だったな。サラム、やっぱり彼女のこと――あだっ!」


 ニヤニヤする炎青さんの顔に紙袋が叩き付けられる。鈍い音がして、サラムさんは顔を押さえる炎青さんの頭を乱暴に掴んだ。


「クソくだらねえこと抜かすとそのちっちぇ脳ミソ潰すぞ!」

「あだだだだ! 指めり込んでる! マジ痛い、ギブギブ!」


 ……仲、良いのよね。あれでも。そうでなきゃ一緒にいないだろうし。

 ディーネとクロード様といい、この関係性は私にはわからないわ……。


「にゃ……でもさらむさま、おねえちゃんクンクンしてたよ……」


 鈴ちゃんの言葉にサラムさんの動きがピタリと止まる。それを炎青さんが聞き逃さず、手の緩んだサラムさんから素早く逃げると鈴ちゃんに駆け寄った。


「え? なに? サラムが何をしたって?」

「鈴! 余計なこと言うな!」

「こらこら、いい年した偉大な火の精霊様が、あどけない無垢な少女を睨むなんて大人げないと思わないか~い?」

「うるせぇよ! ほんっとムカつく物言いしやがるな、てめえは!!」

「で? サラムがレイラさんに何をしたの?」


 怒鳴り散らすサラムさんを物ともせず鈴ちゃんに訊ねる。鈴ちゃんはびくびくしながらも炎青さんに耳打ちして、さっきのことを教えているようだった。

 聞き終えた炎青さんは怖い顔で睨んでいるサラムさんを振り向くと、わざとらしく細い目を開いて顔を歪める。


「うっわ……女性の体の匂い嗅ぐとかないわ~。しかも首とか胸とか一番ダメじゃん、普段は異性に興味なさそうにしといて超むっつりじゃん」

「…………」

「はっ! まさか僕のいないところで鈴にも何かしてるとか……!? お前、幼女もいけるとかストライクゾーンやばくない!?」

「……ふっ……」


 あ、嫌な予感がするわ。黙って静観していたけど、私にもわかるくらいサラムさんがキレてる。……口だけ笑った顔が余計恐怖を煽ってるわ。

 ビリビリとした殺気で店内が震えて、怯えきって半泣きで縋りつく鈴ちゃんを抱きながら、この二人には関わらない方がいいのかも……と私は遠い目をした。



「あーはっはっ。いや、やかましくてごめんねえ。サラムってば全然冗談通じなくて!」

「いえ……」


 ……三十分後。

 店内は所々焦げていて細い煙が立っている。カウンターにいる炎青さんも全身真っ黒に焦げており、私は自分が無傷でいる奇跡に心の中で感謝した。

 ……たぶん、サラムさんが私と鈴ちゃんだけ避けてくれたんだろうけど。


「昨日に続いて今日も迷惑掛けたからご飯ご馳走するよ。メニューもあるから好きなの頼んでくれる?」

「いえ、さすがに連日ご馳走になるのは……。今日は客として来てるので、きちんと払わせてください」


 それに、また次も似たようなことが起きそうだわ。それで迷惑料としてご馳走ループを続けていたら、私は一生炎青さんにお金を払うことはない気がする。

 その前にお店がなくなってそうだけど。


「こんな奴に金なんざ払う必要ねえ! むしろ請求しろ!」

「あはは、確かにー」

「笑い事ではないような……」


 やや黒くなったカウンター席について渡されたメニュー表に目を落とす。

 焼魚にとんかつ、生姜焼き定食、天丼に親子丼……見事にご飯ものメインだわ。どうしよう、どれも食べたくて目移りしてしまう。

 お肉かお魚、私のお腹はどれを欲しているのかしら……。


「……悩みすぎじゃねえの?」


 サラムさんに呆れた感じに言われてしまった。そう言われても悩むものは悩むわ。定食なんてここでしか食べられないし、街を出たら魔石の納品までここに来る機会もないし。

 もしかしたら、次に来た時はお店が吹き飛んでいて営業してないかもしれないし。

 一期一会って言葉もあるし、後悔しない選択をしなければ……!


「肉料理でいいなら、特別に少量ミックスで提供しようか?」

「えっ、いいんですか?」

「うん。鈴も今日は肉が食べたいって言ってたし。一緒に出してもいいよね、鈴?」

「ん、きょうはおにくのひ……!」


 隣にいた鈴ちゃんの尻尾が嬉しそうに揺れる。昨日みたいに何も話せないこともなくなってるし、さっきの炎青さんとサラムさんのやり取りでも抱きついてくれていたのよね。単に他に縋りつくものがなかっただけかもしれないけど……。

 それでも、昨日よりは慣れてくれたのかしら?

 そういえば、昨日会った時は鈴ちゃんもお買い物してたのよね。拾った道具は装飾品の材料っぽくて、料理で使うようなものではなかった。

 ちょっと気になってたのだ。


「鈴ちゃん、昨日私が拾ったものって何に使う物だったの?」

「あ、あれは……えと、かざりのざいりょう……です」

「飾り? 炎青さん、料理以外も細工物も作れるんですか?」


 多才だわ……と感心していたけど、サラムさんは軽く首を横に振った。


「炎青も作れるが、昨日のは鈴が自分で作るために買ったやつだろ。一人で街に行くなっつったのに」

「ご、ごめん、なさい……」


 あ、鈴ちゃんの耳と尻尾が垂れた。昨日は単独行動だったのね。この街は獣人に冷たいから……。きっと、普段は炎青さんやサラムさんが一緒にいて守ってあげているのだろう。


「鈴ちゃん、物を作れるの?」

「ん、はい……えんにおしえて、もらったです……」


 えん……炎青さんのことね。まだ小さいのに、もうもの作りができるなんてすごい。

 どんな物を作っているか気になったけど、厨房からいい匂いが立ち込めてきた。サラムさんに注意されてしゅんとしていた鈴ちゃんも、猫耳をピンと立てて垂れていた尻尾も隠れるように左右に揺れている。

 やがて両手にお盆を持った炎青さんが現れ、私と鈴ちゃんの前に出来立てのお肉ミックス定食を置いてくれた。

 ほかほかの白米やお味噌汁に、レタスや千切りキャベツで仕切られて生姜焼きやとんかつ、唐揚げが並んでいる。少量と言っていたけど、三種類も並んでいると十分な量だと思う。


「いただきます」

「い、ただき、まふ……」


 両手を合わせる私を見て鈴ちゃんも真似ている。……言えてないところも可愛いわ。


「はい、どうぞー」

「炎青もよくやってるが、それがお前達の国での食前の祈りなのか?」

「そうだね。日本では、神様というより作ってくれた人と食材になった生き物に対しての感謝を込めての意味合いが強いかな」

「ふぅん……肉になった奴に感謝するなんて、律儀なもんだな」

「まー、そこまで考えずにいただきますって言うのが普通って人がほとんどだろうけどね。それで言うと食前の祈りと変わらないよ」


 そんな二人のやり取りを聞きながら、私と鈴ちゃんは目の前のお肉を黙々と咀嚼していた。口に入れたまま話すのはマナー違反だもの。鈴ちゃんはご飯に夢中なだけかもしれないけど。

 生姜焼きもとんかつも唐揚げもどれも美味しいわ。違った味のお肉が一度に楽しめるって、なんて贅沢なのかしら。とんかつは肉厚で衣もサクサクだし、ソースに絡めてキャベツと一緒に食べるともう……! 唐揚げも胡椒とレモンが別に用意されていたから好きな味を楽しめるし。どれも揚げたてだから肉汁と混ざって噛む度に口の中に広がっていく。どれも白米に合うからいつまででも食べられそう。お新香もあるから、口の中をリセットしたい時にとても有難いわ。


「ごちそうさまでした」


 はあ、今日も満足。緑茶も最高ね。


「いや~、見てて気持ちいい食べっぷりだね。作った身としては嬉しいよ。よっぽど米に飢えてたんだね」

「そ、それもありますけど美味しいんですもの。炎青さんって本当にお料理上手なんですね」

「お、胃袋掴んじゃったかな? お嫁さんになっちゃう?」

「もう、からかわないでください」


 料理の腕はいいけど、からかい癖があるのは難点ね……。付き合いが長いとはいえ、サラムさんを怒らせても気にしないメンタルはもはや尊敬レベルだわ。


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