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「っ……ディーネ、もういいわ。術を解いて」
「どうして? こいつらはレイラだけでなくリーゼ村も襲うつもりだよ。殺しても問題ないでしょ?」
「そ、そうかもしれないけど……でも、襲う理由は知った方がいいと思うの。もしかしたら他にも協力者がいるかもしれない」
「……じゃ、人間だけね」
水の球体から魔獣使いだけが落とされ、彼は倒れるなり大きくむせこんだ。
「げほっ、げほっ! はっ、ぁぐ……!!」
男を警戒しながら、私は一緒に落ちてきたウサギを拾い上げる。私の手のひらに収まるぐらいの小さな体は濡れてグッタリしているけど、何とか生きているようだ。お腹が上下に動き、鼻をひくつかせている。
「苦しませてごめんね……」
ウサギを胸に抱きながら男に向き直る。フードの取れた男の顔は思ったより若く、二十代半ばくらいの青年だった。黄色が強い金髪に新緑の瞳、痩せぎみで頬も少しこけている。
けれど、弱々しさは感じられずギラついた眼光と相まって表情は忌々しげに私を睨むことで、酷く歪んで見えた。
「この、高度な水魔法……貴族か? どうしてこれ程の力を持った魔法使いがこんなところにいるんだ!?」
「……貴方の目的はなに? リーゼ村を襲って何をしようとしたの?」
「俺の質問が先だ。貴様ら、何者だ!?」
この男、自分の立場がわかっているのかしら。使役していた餓狼は取り上げられて、自分も満身創痍、たった今殺されそうになって戦意はだいぶ削られたはずなのに。
この余裕はなに? 他に何かを隠し持っているの? 餓狼以外の、魔獣がどこかに――。
「……はっ!?」
「遅い!」
私が手を離そうとしたのと同時に男が叫ぶと、抱いていたウサギの耳から光が走った。身体中に電流が走り、火花が散ったような音と共に激しい痛みが全身を襲う。
「きゃあああっ!」
「レイラ!?」
倒れそうになった体は男に受け止められ、朦朧としていると首に腕が回され喉を締め付けられた。
「馬鹿が、見た目に騙されたな。雷ウサギを知らなかったのか?」
「ぅっ……」
「だが、あれを直に食らって意識があるのはさすがだな。高位の魔法使いは無意識に身体に障壁を張っていると聞くが……」
体が痺れて動けない……。目の前がチカチカして、何がどうなったの……。
「そこのガキ、さっさとその水魔法を解け! 女の首をへし折るぞ」
「……」
男を睨みながらもディーネは術を解き、餓狼が次々と崩れ落ちていく。半数は溺れ死んでいたけど、数匹はふらつきながら立ち上がった。
「ちっ、これだけか。村を襲わせるには足りないな」
死んだ餓狼を悼むことなく舌打ちし、男は私達を見ると歪んだ笑みを浮かべる。
「まあいい、魔法使いの姉弟が手に入ったのは収穫だった。貴様らの正体は帰ってからじっくり聞かせてもらおう」
「……無理じゃない?」
「ああ?」
不敵な笑みを浮かべるディーネを男が睨み付ける。
「俺に向かって偉そうな口をきく無知なガキにはお仕置きが必要だな」
男が指笛を吹くと、餓狼達はディーネに飛び掛かった。ディーネは笑みを崩さないまま微動だにしない。
「ディー、ネ……!」
私が手を伸ばすと、不意にディーネの背後にあった茂みから黒い影が飛び出した。
直後、飛び掛かった餓狼の全てが剣で凪ぎ払われ、切ない声を上げて地面に打ち付けられる。
一瞬の出来事に私も、男でさえ反応する前に相手は眼前まで距離を詰めたかと思うと、男の顔面を拳で殴り付けた。
「がっ……!」
ゴキ、と鈍い音を耳に残しながら、私は目の前の人を瞠目して見上げた。
押さえつけられていた体が自由になり、彼の胸へと支えられる。
「クロード、様……」
「……大丈夫か?」
息を切らせながら呟いた声に目を見開いたまま小さく頷く。
状況がわからず固まっていると、ディーネが肩を竦めて寄ってきた。
「来るの遅いよねー」
「これでも、全速力で走って来たんだ……! まったく、お前がついていながら何をやっているんだ……!」
「はーい、ごめんなさーい」
全然反省してないディーネに脱力し、クロード様は次に私に顔を向ける。
……怒ってる、わよね。眉を寄せて睨んでるもの。
ああ、逃げたいけどまだ体が痺れてるから上手く動けない……。
「俺は家にいろと言ったはずだが?」
「はい……聞きました……」
「どうしてこんなことを?」
「情報収集だけでも出来ればと……」
「結果、見つかって捕まりそうになったわけだが?」
「以後気をつけます……」
観念して答えていると、クロード様は深いため息をついて私を木陰に座らせた。
「そこは“もうしません”と言って欲しいところなんだがな。まあ、言われても信用しないが」
「う……」
次に同じことがあっても、私はまた同じように行動する自覚はある。それはクロード様にもお見通しなのね……。
「まだ痺れが残っているな? あとはやるからここで休んでいろ」
「はい」
あれ、どうして私の体が痺れていることを知っているんだろう? 貰った指輪のせいかしら。
不思議に思っていると、隣にディーネが腰を降ろして私の肩に頭を預けた状態で寄り掛かった。
「レイラ、大丈夫? もう痛くない?」
「大丈夫よ、助けてくれてありがとう。油断してごめんね」
「レイラが無事ならいいよ」
さっき魔獣使いと対峙してた時とは全然違う、私が知ってるディーネに戻ってる。
考えたら、餓狼に襲われてもディーネだったら簡単にやっつけられたわよね。結局私が足を引っ張ってしまったわ……。
「……ディーネ、暇なら手伝って欲しいんだが」
「レイラとイチャイチャするから暇じゃないもんー」
イチャイチャって、ディーネ……一体どこでそんな言葉を覚えたの……?
クロード様も呆れながら手際よく魔獣使いを縛り上げてる。どこにロープを持っていたのかと思ったけど、よく見たら木に巻き付いている蔦を使って縛ったみたいだった。
「……よし、賊は捕らえた。あとはあの餓狼だが……」
荷物のように転がされた魔獣使いは、顔に拳の形を残したまま白目を剥いて気絶している。
それを見た後で離れた場所で唸る餓狼に目を向けると、ディーネが前に出た。
「殺しちゃう?」
「えっ……」
ディーネの言葉に思わず声を上げてしまう。二人に注視され、私は口を押さえた。
そ、そうよね。人を襲うのだから放っておいたら危ないものね。現に、リーゼ村に向かっていたわけだし。
……可哀想だなんて私が気安く言える立場ではないわ。でも、殺すところを見たくないから視線を逸らすくらいは許して欲しい。
「仕方ない、レイラが嫌なら見逃しちゃおう」
「え? でも、餓狼は……」
「もちろん、ただでは見逃さないけどね。要はもう人間を襲わないようにすればいいんでしょ?」
「出来るのか?」
怪訝な表情で訊ねるクロード様に同調しながら私もディーネを見る。すると、ディーネは屈託のない笑顔を肩越しに見せると餓狼の方に向き直った。
それと同時に餓狼達が毛を逆立てたかと思うと、尻尾が垂れて股の間に入り込む。腰も引けて、数歩下がっていく。
「……バイバイ、ね?」
ディーネがそう呟くと、餓狼は弾けたようにその場から走り去って行った。散り散りになって消えていく姿を呆然と見送っていると、隣にいたクロード様の喉が鳴る。
「……敵に回したくないな」
「?」
切実に呟かれた言葉に、私は首を傾けるしかなかった。
「よし、村に戻るか」
私の体が完全に戻ったのを見計らってクロード様が言い、ディーネは私の腕に抱きつきながら宙に浮き上がった。
「あっ!? ま、待って、自分で飛べるから」
「そーゆーわけで、ボクとレイラは飛んで帰るねー」
ディーネ……本当にクロード様相手だと冷たいわ。悪気がない……と思いたいけど。
「もう、クロード様だけ徒歩で帰すなんて出来ないでしょ。助けに来てくれたんだから」
「だって、クロード魔法使えないじゃん? 歩いて帰るの?」
「一緒に飛べばいいのよ」
クロード様の周囲に風を起こし、魔獣使いごと持ち上げる。驚きの声を上げながら同じ位置まで浮き上がったクロード様は、戸惑った様子で私を見た。
「い、いつの間にここまで使えるようになったんだ?」
「練習しましたから」
「いや、だがこれは……」
「すみませんが、普通より集中が必要なので私に話し掛けないでくださいね。未熟者なので落としちゃいます」
「わ、わかった」
緊張した表情で頷くクロード様を確認し、魔力配分を維持しながら風を操って進み出す。
「……これは普通に魔法使いができることなのか?」
「普通は無理。普通じゃなくても、魔力が少ない人間に魔法を纏わせて飛行させるなんて難しいと思う」
「さすが侯爵家の血を受け継ぐ者……か」
「人間には勿体ないよね~」
……何だか二人でヒソヒソ話してるのが気になるけど、集中を切らすわけにはいかないわ。まあ、喧嘩してるわけではなさそうだし、仲良く話してるならいっか。
「……ふぅっ」
リーゼ村の近くで降下し、クロード様の足が着いたのを確認して私達も降り立った。
飛んでる間、ずっと気を使ってたからさすがに疲れちゃったわ。人を運ぶのも初めてだったから、緊張感もあったし。
でも、無事に着いて安心。
大きな怪我もなかったし、クロード様もリーゼ村の平和も守られたわ。何だかんだあったけど結果オーライね、グッジョブ私!
「では、私とディーネは家に帰りますね。あとはクロード様にお任せします」
一般人設定の姉弟が餓狼退治に関わったなんて村の人に知られたら大変だもの。ここはクロード様のお手柄ということにしてもらわないとね。
これでラナさんはますます惚れてしまうわね。二人の進展を期待してます。
「……」
「クロード様? どうかなさいました?」
無言で見つめる相手にどうしたのかと首を傾げる。何だか生暖かい視線に思えるのは何故だろう……。
「名前を呼ばれてニヤニヤする男って気持ち悪いよねー」
「し、してないだろう!」
「え? 名前……?」
…………あ、あれ?
私、無意識にクロード様の名前呼んでた!? いつから!?
「ご、ごめんなさい! 間違えました、騎士様でした!」
「名前でいい。今さらそんな呼び方するな」
「けど、それでは立場的に……」
「様もいらない」
「それはダメです! 様付けは譲れません!」
「名前呼びまでは譲れるんだな?」
あああ、揚げ足とられた……!
何なの、このやり取り。何でクロード様は嬉しそうに笑っているの。私をからかうのが楽しいの? ドキドキするからそんな笑顔向けないでください。
「……わ、わかりました」
「約束だぞ」
「そこまで念押しします?」
「明日になったら、しれっと騎士様呼びに戻してそうだからな」
「…………」
バレてた。
顔に出てるのかしら……いや、表情の変化はあっても微々たるもののはず。私の感覚、ディーネだけでなくクロード様にも繋がってるの?
お互いの小指が絡められて、指切りげんまんまでされてしまったので否応なしに名前呼びは決定してしまった。
……約束破ったら何かされるのかしら。針は飲みたくないわ……。
そっと離れた小指に、いつまでも熱が残ってる気がした。




