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「餓狼の群れだと!?」
身を乗り出すクロード様にディーネは眉を寄せ手で払う仕草をする。
「そうだよ。昨晩見たから間違いない」
「餓狼って……?」
首を傾ける私に厳しい表情でクロード様が教えてくれた。
「魔獣の一種だ。狼より一回り大きく、鋭い牙と爪で襲ってくる。単体ならそれほど驚異でもないが、群れでいることが多いためルミナートでは騎士団と魔法師団が小隊を組んで連携し討伐が行われている」
「でも、確か群れで現れるのは野犬と聞きましたが……どう違うのでしょう?」
「見た目で言えば大きさだな。あと、角が生えていて魔法を使えるやつもいるらしい、加えて凶暴で人を喰らう」
……聞いただけで怖いわ。魔法を使う狼なんて、聞くとカッコいいけどそれが襲ってくるってなると恐ろしいとしか思えない。
「村に戦える人はいないんですよね? 騎士様お一人では……」
騎士団と魔法師団が連携しなきゃいけない程の相手をクロード様一人でなんて自殺行為だわ。
彼もそれは充分わかっているだろう、苦い顔をしている。
「……村長に応援要請を頼もう。餓狼はいつ頃到着する?」
「距離的に、今夜から明日の間くらいかな」
「間に合わないか……」
舌打ちし、クロード様が走り出す。私も急いで後に続いたけど、全力の相手と私では体力と足の速さが違いすぎてすぐに見失った。
それでも何とか家に着くと、クロード様は騎乗した状態で出る頃だった。
「レイラ、お前は家にいろ。絶対に村には来るな」
「でも、一人では……私の、魔法が……使えれば」
息が整ってないけど、クロード様が行ってしまいそうなので途切れながらも伝える。
私の魔法があれば、多少でも戦力になれる。遠距離から撃てば問題ないはずだ。
「いくら魔法使いでも、戦場を知らない女が一緒にいたら足手まといだ」
「っ……」
「監視対象に何かあれば責任問題になる。……俺が戻るまで大人しく待っていろ」
それだけ言うと、クロード様は急ぎルーシアを走らせて去っていった。
残った私はクロード様が見えなくなった後もそこから動けず佇んだまま。
「レイラ、家に入ろ?」
ディーネに促され、私は家に戻った。
彼がくれた水を飲み、カップを見つめる。
「……ディーネ、私……」
「餓狼を追い払いたいの?」
頷くと、ディーネは困った表情で息をつく。繋がってるからか、私の考えは筒抜けみたい。
「確かに、いきなり戦えるなんて思わないけど……私にしか出来ないこと、あると思うの」
それに、ルーリエ侯爵家は有事の際の要だ。こんな時の為に私の力があるわけで、今ここで動かなかったら私の……ルーリエ家の存在意味がない。
「私はレイラ・ルーリエだもの。私の知る彼女なら、恐れることなく敵を凪ぎ払うわ」
言い聞かせるように胸に手を当て、自分を奮い立たせる。
本音は怖い。今、平静を装えているのはきっと魔法で抑えられているからであって、これがなかったら恐怖心が勝ってまともに立つことさえ出来なかったかもしれない。
それでも、リーゼ村の人達のことを考えたらここで待っているだけなんて出来ない。それに、いくらクロード様が強くても生きて戻ってこられる保証はないもの。
「はあ……行かせたくないけど、無理そうだね。この辺はボクの領域でもあるし、手伝うよ」
「ありがとう、ディーネ」
「でも、どうするの?」
「正確な位置を把握しておきたいわ」
外に出て、大きく深呼吸。集中して体全体を覆うように風魔法を行使する。
湖で訓練した時と同じ要領で足下へ魔力を多めに集め、体全体にも魔力を行き渡らせる。その状態で地面を蹴れば、空を飛べる。
「わおっ」
手を繋いでいたディーネの楽しそうな声を隣で聞きながら、私は下を見た。
家の屋根が下に見える位置に私の体は浮いている。この高度は初めてだけど、イメージ通り空中飛行は出来た。
腕輪の制御でこれ以上の高さは無理だけど、地上を歩き回るよりは敵も見つけやすいし安全だ。
「ディーネ、慣れるまでこのまま繋いでもらっていていい?」
「もちろんだよー」
笑顔で応えるディーネに頷き、状態の維持に気を付けながら空を進む。魔力を足せばその分スピードが上げられるから、クロード様より先に村の状態がわかるかもしれない。
「レイラは上達が早いなー」
「昨日は頑張ったもの」
「それもそうだけど、他の魔法使いはもうちょっと掛かったような?」
私の場合、元々のスペックが良かったのよ。こればかりはレイラの才能のおかげね。
クロード様に見つからないよう気を付けながら迂回して、村が見える位置で止まる。まだ状況が伝わってないからか、村はいつも通り平和だ。
その様子に安堵しながらディーネに顔を向ける。
「餓狼はどこから?」
「北西から。数は二十頭くらいだったかな」
「……多いわね。とりあえず行ってみましょう」
「案内するよ、こっち」
ディーネに引かれるまま森の上空を滑空する。余裕があればもっと飛行の感動と景色を眺めたいところだけど、集中力を切らすわけにもいかないし、状況的にも今はそれどころではないのが残念ね。今の私じゃ、ディーネの手を借りないとこんなにスムーズに飛べないもの。
「ん~と……あ、いたいた」
森を見ていたディーネが一点を指す。その先を辿ると、木々の陰に複数の黒い物体が密集しているのが見えた。
「あれが、餓狼……?」
「うん。で、ここからじゃ見えないけど人間の男がいる」
「……え?」
「あの男が飼い主みたい」
「え? え?」
さらっと、とんでもないこと言ってないこの子? 餓狼の飼い主?
「ちょっと待ってディーネ。飼い主ってどういうことかしら?」
「え? あの人間が餓狼を使って村を襲おうとしてるってことだよ?」
「はい!?」
「あっ、集中しないと!」
「きゃ……!」
驚きすぎて集中が途切れ、体が傾く。ディーネが支えてくれたので、すぐに魔法で体勢を整え森の中へ降りた。
き、気付かれてないわよね?
「レイラ、大丈夫?」
「ええ……それより、あの餓狼は人に操られてるってこと?」
「うん。あの男は魔獣使いみたいだね。それがどうかしたの?」
どうもこうも、餓狼が群れで襲うのと人間が餓狼を操って襲わせるというのじゃ、意味合いが違ってくるわ。
餓狼だけなら運の悪い偶然で片付けられても、悪意を持った人間が襲わせるとなったら後々のことを考えて相応の対処が必要になる。ただ餓狼を倒せばいいだけではないもの。これってどういうこと……?
「ディーネ、リーゼ村を落として誰が得をするかわかる?」
「うん? んー……どうだろう」
……精霊のディーネに人間の損得を聞いてもわからないわよね。
第三者が村を襲って何を得るか……リーゼ村にはこれといって目立つ特産や資源はない。そうなると必要なのは……場所? リーゼ村はリディオント王国とルミナート王国の国境に近いけど……まさか、ルミナート王国に攻め入る拠点にするつもり?
いやいや、そんな無謀なこと考えるなんて余程の大国でないと無理だわ。王都を囲う巨大結界は、名のある魔法使い百人以上集めても壊せないほど強力って話なんだから。魔獣なんか結界に弾かれておしまいよ。
「だとすると、狙いは別の場所……?」
東はルミナートがある。それ以外で私が知っているのは、西にあるという商業都市シヴィアだ。ディーネの話だと、餓狼は北西から来たっていうし……。
あの魔獣使いは、商業都市を狙っているの?
「うーん……商業都市に何かあるのかしら? でも、村を襲うメリットがこれくらいしか思い付かないし……」
あれこれ考えても仕方ない。とにかく、あの魔獣使いを何とかしないと。操ってる男を何とかすれば餓狼も止められるわよね。
問題は、どう捕まえるかね……。まず、相手に気付かれないようにしないと。
「レイラ!」
ディーネの言葉と同時に背後から一匹の餓狼が襲いかかってきた。私が反応するより早くディーネが引いてくれたおかげで何とか避けられたけど……。
気付いたら私達は餓狼に囲まれていた。
離れた場所にいたつもりだったけど、犬の嗅覚を忘れていたわ。しかもここって風上じゃない。いきなり気付かれてるし、散々ね……。
唸り声をあげる餓狼の後ろから、黒いフードを深く被った男が現れる。顔はわからないし不気味な印象だけど、肩には可愛いクリーム色のウサギがちょこんと座っていた。
「何だ、貴様」
「……それは、こちらのセリフよ」
ウサギの可愛さに見とれて一瞬状況を忘れていたわ。
見つかってしまったなら、正面から対峙するしかないわけだけど……どうしよう、これ。
「リーゼ村の人間……ではなさそうだな。雇われた魔法使いか?」
「貴方こそ、こんなに餓狼を連れて何をする気なのかしら?」
「……問うているのは、こちらだ!」
男が手にしていた杖を振るうと、餓狼が一気に向かってきた。風魔法を使い、ディーネと一緒に上空へとかわす。
「風魔法の使い手か。それで餓狼から逃げられたつもりか?」
「!」
数匹の餓狼が額に伸びた角を向ける。その先から炎の塊が集まって、私に向けて放った。熱風が近付いた時、ディーネが私を守るように水の壁をつくって炎を呑み込む。
「ちっ、そのガキは水魔法の使い手か……!」
正解は水の精霊なのだけどね。今は人間の姿だし、まさか精霊だとは思わないわよね……。
「……レイラに何すんの?」
初めて聞く低い声に思わずディーネを見る。
紺碧の髪が揺らぎ、無表情で男を見下ろすその瞳は冷めた怒りを湛えていた。
「ディーネ……?」
「邪魔だね、こいつら。ムカついたからボクが始末するよ」
「えっ……!?」
すると、男達を囲うように水が吹き出したかと思うとあっという間に餓狼達を呑み込んだ。巨大な水の球に閉じ込められた魔獣使いと餓狼は手足をばたつかせながらもがいている。
「このまま溺れ死ねばいい」
地上に降り、水の中で苦悶の表情を浮かべる男を見上げる。フードが外れた男は目を開いて何かを訴えているように見えた。




