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「どこに行く。掃除をするんじゃなかったのか」

「水場を探しに。拭き掃除にも必要だけど、生活する上でも欠かせませんから」

「……なら、俺も行く」

「どうぞ、ご自由に」


 家の裏手にあった納屋にバケツがあったので助かった。長年使われなかったのか比較的綺麗だけど、放置された分劣化していそう。穴は空いてないので漏れたりはしないはず。

 森の中に入ると、相変わらず背後から視線を感じた。犯罪者だから仕方ないし彼も仕事なのだが、こんな不躾に女をガン見するものだろうか。騎士なら気配を消すことも可能だろうから、せめてその威圧的なオーラを消してほしい。


(……言ったところで無駄よね)


 心の中で何回ついたかわからないため息をつきながら、辺りを見回しては進む。


「……あ」


 覚えのある草を見つけ、屈みつつポケットから折り畳んだ紙を取り出す。それを見ながら摘み取っていると、彼が上から覗き込んできた。


「何をしている?」

「食べられる野草があったので、ついでにもらっていこうかと」


 これは出ていく前に買った植物図鑑の野草ページを手書きで写したもの。絵を描いたり特徴を書き写すのは手間だったけど、さすがにこの世界では貴重な本を切り取ったり破ったりするのは著者に申し訳ないので遠慮した。ちなみに、分厚い図鑑を持ち歩くという選択は除外。

 それはともかく、早速発見するなんて運がいい。寝る間を惜しんで書いた甲斐があったわ。


「……草を食べるのか?」

「食べられる草もあるんですよ? 薬草もありますし」

「野草なら俺も食べるから知っている。そういうことではなく……」


 戸惑いを見せる相手に首を傾げて、少し間を置いてから何が言いたいかわかった。

 元侯爵令嬢が野草なんて食べるのか?――そう言いたいのだ。


(それは、確かに驚くわよね……。レイラは野草なんて存在も知らないし、まして口にするなんて考えもしなかっただろうし)


 前世の私も野草を摘んで食べたことなんてなかった。ただ、テレビでやっていたのを観てちょっと興味があった程度だ。

 けど、今はろくにお金もなく自分の力だけで何とか生きていかないといけない状況。野草でも何でもタダで手に入れられる食べ物があるなら持っておきたい。

 ……昆虫食は最終手段だ。


「お前……本当にあのレイラ・ルーリエなのか?」


 困惑の声を聞きながら軽く埃を払って立ち上がる。

 怪しまれている。確かに私はレイラ本人だが、中身はほとんど前世の頃に戻ってしまっているのだ。それでもこの世界の人物である以上、元侯爵令嬢レイラでなければいけない自覚もある。

 逡巡した後、相手を見返すと彼は眉を寄せて私の顔を凝視した。その表情に一瞬緊張が走ったのが私にもわかった。


「私が私以外の何に見えると言うの?」


 侯爵令嬢だった頃の高圧的な笑みを向けて言い放つと、戸惑っていた騎士様の瞳が嫌悪の色に変わった。

 感情は希薄だが、表情は作ろうと思えば作れるのだ。この反応から、上手に再現できたらしい。

 何とか誤魔化せたと安堵しつつ改めて進むと、後ろから低い呟きが聞こえた。


「ああ、お前はやはりお前のまま――何も変わらない。これからも、ずっと」

「……」


 吐き捨てるような言葉を背中に受けても、私の心には何も響かなかった。


 程なくして川を見つけ、家からあまり遠くなかったことにホッとした。バケツ一杯に汲んだ水は重くて帰りの足取りが覚束なかったものの、今まで重いものを持ったことがなかった令嬢の腕力では仕方ない。


(体力作りしなきゃなあ……これじゃ職につくのも難しいかも)


 薪割りもしなきゃいけないし、家事も自分でやらなきゃならない。その上で仕事もこなすことなど本当に出来るのだろうか。


(不安しかないけど……これも自分が招いた結果だから仕方ないよね……)


 家に着く頃には既に陽は傾き、空はオレンジ色に染まっていた。木々の隙間から見える夕日が赤く染まり、来た時に見た日差しの掛かった色より鮮やかでつい見入ってしまう。

 ぼんやり立っていると、馬が鼻を鳴らしたのが聞こえて愛馬に跨がった騎士様が去っていく背中が見えた。


(……だいぶ嫌われたみたいね)


 さっきのやり取り以降、一切会話もなく最初はやけに近くに感じた視線もかなり遠くからになった。

 令嬢らしくない言動をしたからか少し動揺していたようだけど、やはり私は傲慢な女なのだと再認識したのだろう。悪役令嬢の笑みは破壊力が抜群だ。

 前世の記憶もあるとはいえ、今の私は元侯爵令嬢レイラ・ルーリエ。令嬢として過ごした時間もきちんと覚えているし、罪を犯したのも事実。ちゃんと報いは受けますとも。


(何もしないから国に帰ってくれればいいのに……なんて言ったところで絶対信じてもらえないよね)


 考えるのも面倒くさくなり、私は掃除するべくバケツを持って家の中に入っていった。


 ***


「あふ……」


 窓から差し込む朝日が瞼に刺さり、大きなあくびをしながら渋々起き上がる。

 昨日は簡単な掃除しかしてないのに体力がなくなってご飯も食べずに寝てしまった。

 ベッドのシーツも埃っぽくてその上で寝る勇気もなく、結局三脚並べた椅子の上で昨日は就寝。おかげで筋肉痛だわ体が固くなるわで寝起きは最悪だった。


「はあ……唯一の救いは寝相が悪くなかったことね」


 肩や腰を叩き、大きく伸びをして軽くストレッチ。うん、ちょっとマシになった。川に行った時になったであろう筋肉痛は諦めるしかない。

 あとは昨日汲んだ水で顔を洗って身支度を済ませる。顔を洗いに川まで歩くのは辛い。掃除用以外に残しておいて良かった。

 今ので使いきったからまた汲みにいかなきゃいけないけど……。ダルいとかそんなこと言ってられないのが悲しい。


(荷馬車くらいは欲しいなあ……馬なんて贅沢は言わないからロバが欲しい。いや、ロバも贅沢よね……)


 それでも、手持ちがこのバケツ一つで何度も往復しなくてはいけないのは手間と時間が勿体ない。けど、水がないと生活が成り立たないから汲まないといけない。ここ、井戸ないの!?

 ああ、もう。どうしてこの世界には魔法があるくせに蛇口がないのかしら。一捻りで水が出るなんて、魔法よりすごいわよ!

 ……魔法?


「あ!」


 そう、魔法! 私には魔法があるじゃない。これで水を出せばわざわざ汲みに行く必要なんてない。

 ――の、だけれど。


(水は、出せる……けど)


 大きな問題がある。

 レイラ・ルーリエは強力な攻撃魔法の使い手だ。魔法の撃ち合いで私に敵うものはそういない。それは自他共に認めている。

 威力が強いものは問題なく出せる。魔力を上乗せすればいいのだ、魔力量によって魔法効果は増幅される。レイラの強さの秘密は圧倒的な魔力量なのだ。

 ――その反面、弱い力が出せない。

 日常生活で使える小さな魔法がレイラは扱えない。魔力の加減が出来ないのだ。


(これは……今、水魔法なんて使ったら家が水浸しになってしまうかも……)


 あり得ないとも言いきれない想像に顔をひきつらせる。そこまでにならないにしても、確実に自分はずぶ濡れになるだろう。

 寝起きで水なんて被りたくない。


(くっ、宝の持ち腐れ……! 魔法使いの意味ないじゃない……)


 魔法のコントロールなんてどうやったらいいのかわからない。皆はどうしていたのだろう。

 魔法は強い方がいいのだと言われていたから、加減なんて考えたことなかったのだ。


(薬も魔法も強ければいいってもんじゃないわよね……)


 大きなため息をついて、諦めて水を汲みに行こうと歩き出す。すると、奥から悠々と闊歩する馬の姿を見つけた。騎乗している相手は仏頂面のまま現れ、私の前まで来ると馬から降りた。

 慣れた動作で降りる姿は騎士らしく凛々しい。こんな表情でなければ女子人気はありそうね。いや、クール系好みならこの仏頂面もありなのかもしれない。

 そんなどうでもいいことを思いながら顔を見上げ、首が痛む前に軽く会釈する。


「おはようございます。朝から大変ですね」

「……」


 無言なのは私と話したくないのか、それとも“お前のせいだろ”のどちらかだろう。もしくは両方。

 話したくない相手に挨拶もされたくないと思うけど、前世でどこ行くにも挨拶は基本だと骨身に染みている。学校でも仕事でも元気に挨拶すれば大体何とかなったのだ。


「……川に行くのか」

「ええ、掃除ですぐ無くなってしまったので」


 それだけ伝えて森の中に入ると、馬を繋いで騎士様もついてきた。仕事とはいえ毎日監視しなきゃいけないなんて、騎士って大変なのね……。


 話すこともないので黙々と歩いていると、道を覚えたおかげか昨日より早く川に着いた。バケツ一杯に汲んで戻ろうとすると、大きな手に取り上げられ思わず相手を見上げた。

 冷めた色で見下ろす瞳とかち合い、無意識に肩が跳ねる。


「……どうした」

「水を、掛けられるのかなと」


 そう言うと、騎士様は眉をしかめ呆れた様子で息をついた。


「そんな下らないことするわけないだろう」

「ですよね……」

「お前は俺が近くにいるのに、どうして何も言わないのか不思議だ」

「私が何を言っても無駄でしょう? 監視がお仕事なんですから」

「そうではなく……ああ、調子が狂う! 本当にこれがレイラ・ルーリエなのか……!?」


 苛立たしい口調で一人ごちながらガシガシと頭を掻く様に、何を怒っているのかと首を傾げる。

 すると、私に向いた騎士様は不機嫌な表情で指差してきた。


「昨日、馬車から降りて徒歩で家に向かった時、隣にいた俺は馬を引いていたな!」

「そうですね」

「家に着いた時、お前は自分で鍵を使いドアを開けようとしたな!」

「そうですね」

「家も、自分で掃除すると!」

「そうですね」

「質素な服に着替えて!」

「そうですね」

「野草も食べるとか……!」

「ちゃんと煮沸消毒はしますよ?」


 結局、この人は何を言いたいのだろう。

 そんな疑問が首の傾きでわかったのか、彼は大きく息を吐き出すと男前の顔を歪めて改めて私を見下ろした。


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