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「俺の知るレイラ・ルーリエは我が儘で傲慢で卑劣で狡猾で独善的で自分勝手な女だ」
「はい」
同感です、と思いながら頷くと彼は「でも」と言葉を続けた。
「お前は屋敷を出てから文句の一つも言わないばかりか疲れたから馬に乗せろとも、家を掃除しろとも、水を汲んでこいとも言わなかった。他人を使うことしかしないお前が、騎士という使い勝手がいい俺に命じることをしなかった」
「……はあ」
「今もだ。お前は自分の足で川まで歩いて、重さで手が震えて足下だってふらついていたくせに、男の俺に持たせようとしなかった」
どうしてだ、と一気に捲し立てられ目で返答を求められる。私は自分のことをしようとしただけだから……としか言えない。
けど、やっぱり元のレイラと今のレイラが違いすぎて混乱しているようだ。
私としては嫌いなレイラのイメージを保ちたいが、普通の生活をしたいので常に見られてる以上は無理があるだろう。かといって前世を思い出した今、令嬢レイラとして振る舞うのは精神的に疲れるし今後の生活にも困るので遠慮したい。
どう切り抜けるかとしばらく悩んで――閃いた。
「私が変わったように見えるのは、きっと罰を受けたからでしょう」
「罰……陛下の魔法か」
「陛下の制裁によって罰を受けた影響で、ご覧のように私の心は閉ざされました。そして、その魔法は以前の私とは違う私を生み出したのかもしれません」
「魔法の影響で人格が変貌した、と……?」
無理やりなこぎつけだけど、無限の可能性を秘めた魔法の力ということで納得してくれないかしら。王様を担ぎ上げておけばいい方に解釈してくれるはず。
「私には陛下のお力によるものだということしか想像ができません。陛下による魔法の作用が私の悪しき面を押し込めて下さった。……どうかこれで納得して頂けないでしょうか?」
「魔法による干渉……確かに、そうとでも考えなければ説明がつかないが。だが、それだけでこうも別人のように……」
「……」
考え込むようにぶつぶつと言いながら、陛下のお力なら、とか魔法とは一体、とか思索に耽っている。
それを黙って見ていると、落とし所を見つけたのか肩の力を抜いて私を振り返った。どうやら納得してくれたらしい。
助かった。何でも魔法のせいにしておけばなんとかなるものね。
これでもう、変に勘ぐられたりしなくなるかな?
ホッと胸を撫で下ろしていると、気が抜けたせいかお腹が盛大に鳴り響いた。
「…………」
静かな森の中で沈黙が流れ、咄嗟にお腹を押さえる。
めちゃくちゃ恥ずかしい……! たぶん表情には出ていない。けれど、顔が熱いのは気のせいだろうか。
「くっ……」
騎士様はきょとんとした目で見たかと思うと、次の瞬間には顔を背けて肩を震わせていた。
絶対笑ってる……!
「き、昨日ごはん食べそびれたんです。 お腹が鳴るのは元気な証拠ですから」
「ああ、そうだな……見た目によらず豪快な腹の虫だな……!」
「声が震えてますよ、女性に対して失礼ですから!」
ああ、もう恥ずかしい。男の人にこんな風に笑われたの初めてだわ。
ジト目で見ているのがわかったのか、彼は口元を震わせながらも腰に下げていた小型のバッグから小さな包みを取り出すと私に差し出してきた。
「なんです?」
「騎士用の携帯食だ。味は薄いが栄養価が高く腹持ちもいい」
「……ありがとう、ございます」
おずおずと受け取り、包み紙を捲る。薄茶色のそれは大きめのクッキーに見えなくもない。
前世にあった栄養補助食品に似てるので、どこか親近感を抱きながら一口頬張る。サクサク感はなく、しっとり系クッキーのような食感。
確かに薄味ではあるけど空腹の辛さの方が大きく、味の不満なんか微々たるもので私はあっという間に完食した。
「小動物みたいだな」
そんなこと言われても、さすがに大口開いてがっつくわけにはいかない。形状もあって品位を損なわない程度に食べようとすると、リスみたいな食べ方になってしまうのだ。
そんなやり取りがあったからか、来た時と違って帰りはどこか和やかな雰囲気になった気がする。
私の腹の虫がよほどおかしかったのか、彼の見る目が幾分か柔らかくなった。
家に着いてバケツを置いた時に礼を言うと、くすぐったそうに私を見た。
「昨日も、お前の口から礼を聞いた時は心臓が飛び出るくらい驚いた」
「貴方の私に対する評価は散々ですね……わかりますけど」
「だが、今の……侯爵令嬢ではないただのレイラは、悪くない」
「……」
不意の言葉に思わず目を瞬かせる。
言った側も気恥ずかしかったのか、軽く咳払いすると急に話題を変えてきた。
「と、ところで水汲みで思ったんだが……」
「?」
「魔法で水を出せないのか?」
「……」
痛い質問に言葉を詰まらせ、視線を逸らす。
これで魔法のコントロールが出来ないなんて言おうものなら、また笑われる気がする。いや、絶対笑う。
どう言おうか考えていると、ふと手が差し出された。その手のひらには銀製の腕輪がある。
「それは?」
「魔法を制限する腕輪だ。昨日、渡し忘れていた」
魔法が使える犯罪者には着ける義務があるらしい。そんな大事なことを忘れて何かあったらどうするのか、意外と抜けている相手に呆れていると、心を読んだかのようにムッとした顔をされた。
「腕を」
「はい、どうぞ」
自首してきた犯人のような気分で両手を出すと、私より一回り大きい手がぎこちない動きで左手に腕輪を通した。
手首に通った途端、腕輪が一瞬淡い光を放った。不思議に思いながら見ると、三つの飾りがありその二つに黄色と赤の宝石が填められている。
説明によると、この腕輪には三段階の魔力制限が掛かっていて宝石が三つすべて填められたものは魔法が封じられた状態、二つなら日常生活が出来るくらいの小魔法、一つなら中程度の魔法が行使できるという。
自らが腕輪や宝石を外すのは不可能で、これを通した者しか外せないとのこと。だからこれを持つのは信頼のある人物に限られる。
「二つの宝石があるということは、日常生活での使用はできるんですか?」
「さすがにこの森の中で女一人が暮らすには魔法がないと不便だろう」
「お気遣いどうも……」
制限が掛かっているということは、コントロールしなくても威力が激減するということよね?
それなら水魔法を使っても水浸しにさせないし、火魔法を使っても大火事にはならない。わざわざ水汲みに行かなくていいし、火打ち石を使って火を起こさなくてもいいということになる。
犯罪者用とはいえ、威力だけのノーコン令嬢としてはこれ以上嬉しい便利道具はない。全力でありがとうと叫びたいくらい嬉しい。
「試しに魔法を使ってみても?」
「ああ」
喜びが顔に出ないのが残念だけど、心の中でワクワクしながら両手を突き出し水魔法を行使する。
足下から水が巻き上がると、魔力を感知した腕輪が白く光り出した。普段なら周囲に大量の水が集まるが、腕輪の力で抑えられているのがわかる。
止めると、中空に浮いていたバケツ二杯分くらいの水が力を失ったように落下し地面を濡らした。
「さすが、侯爵家の魔力量だ。制限してもそれほど行使できるとは」
感心しているらしい相手に振り向き、早足で向かった私の両手は騎士様の手を取った。驚いた顔をされたけど、構わず握った手を上下に振るう。
「素敵な道具をありがとうございます! 大事に使わせてもらいますね!」
「あっ……ああ……」
私の表情に変化はないけど、喜んでいるのは伝わったようで彼は困った様子で握られた手元に視線を落とした。
それに気付き、慌てて手を離す。
「あ、ごめんなさい」
「いや……」
異性の手を握るなんて、淑女としてはしたない。私の中の令嬢がそう言っているのを聞きながら反省する。
その中でふと、思った。
……少し、この騎士様に近すぎたかもしれない。自分が悪いことをして、嫌われている自覚をちゃんと持たないといけないのに。
甘えるつもりはないのに、面倒見がよくて優しい面を見せるから無意識に絆されていたのかもしれない。
――私はこの人の名前すら知らないのに。
その事実が、私達の心の距離を示している気がした。




