菫と奈瑠美(後)
菫は泰助が奈瑠美に興味を持っているのは知っていた。だが奈瑠美自身が泰助をどう思っているのかは当然分からない。だから出来ればいつもの様に泰助のオッパイ好きを見て嫌気をさして離れて行って欲しいと思っていた。
それに奈瑠美には言えないが、奈瑠美のおっぱいを観察して焦っている気持ちもある。
(私はあのおっぱいに勝つ自信がない…)
だから菫はそんな奈瑠美に泰助のことが大好きだと言われることを最も恐れていた。
だが、菫が奈瑠美に向かって「泰助のことを好きにならないで」なんてことは言えるわけもない。
泰助と菫はただの幼馴染… クラスの誰もがそう思っている。
だからいつ誰が泰助に迫っても、菫にはそれに関してとやかく言う権利は無い。
こうなった原因ははっきりとさせなかった自分… そんな自分が一番悪い…
菫はそのことをよく分かっていた。
泰助は放っておいてもオッパイばかり追いかけて誰にも相手されない… だから無理して泰助に迫る必要もない… それにいつも傍にいるのは私… 泰助もいつかは私の元へ来る。
菫の心の中には何となくそう思って安心している部分があった。
それに… 菫だけが知っている事実もある。
『泰助は本気で女の子を好きになったことがない』
今まで付き合った女の子もそうであり、菫自身に対してもそうであった。
泰助は今まで自分から女の子に気に入られようとする行動をとったことがない。
それが分かっていたからこそある意味安心していた。
だが、奈瑠美を見る泰助の目を見たとき、初めてヤバいと感じ始めた。
あれは本気で好きになろうとしてる目だ…
泰助は今まで一度も女の子をそんな目で見たことがなかった。
そして今、泰助が好きになった相手である奈瑠美本人から泰助のことが好きだと宣言された。
菫は唇をきつく結んで悔しさを噛み締めている…
そして感じている… 多分これで泰助は私の元から本当に離れて行ってしまうんだろう…
でも私にはもうどうしようもない。
自分の気持ちを正直に行動に移せなかった自分に対する苛立ち…
泰助を失うことに対して感じる絶望…
この二つの感情が菫の心を覆い尽くしている。
「烏丸さん… 私はもうすぐ泰助君に告白します」
心が砕けそうになっている菫に追い打ちをかけるような言葉が聞こえてくる。
もう菫は何も言えない状態となってしまっていた。
「………だけど、もし烏丸さんが先に告白するんだったら私はそれを待ちます」
その奈瑠美の言葉に菫は驚いた。
…どういうこと?
尾賀さんは私を呼び出して泰助に告白することを告げた。
そんな尾賀さんなら知っているんだろう… 私は泰助が好きであるということを…
だったら何故私にチャンスを与える? どうして自分のものにしたいと思わないの?
もし私が泰助に告白して上手くいったら、尾賀さんは泰助を失うことになるのよ…
本当にそれでいいの?…
菫にはどう考えても意味がわからない。そんなことをして一体何の得になる?
「どうして尾賀さんは私を待つの?」
「それは泰助君があなたの事も好きだからですよ」
それを聞いた菫はその理由がわからず釈然としない様子でいた。
泰助とはずっと一緒にいる… その私が思う… 泰助は私に関心を示さない。
そんな泰助が私の事を好きだと思っている… なぜ?
「なぜ尾賀さんはそう思うの?」
本当に聞きたかった。私自身でも分からない…
なぜ泰助が私の事を好きだと分かるの? 私はそれを感じたことがない。
「それでは… 逆に聞かせて欲しいんですけどなぜ泰助君は烏丸さんから離れないんですかね?」
「………そ、それは… 都合がいいから…」
「それだけじゃないですよね… 泰助君ならその顔を利用すれば都合のいい女の子なんて他でも作れますよ」
「………」
「泰助君は今でも烏丸さんのことが心配なんですよ… きっと」
「…どうしてそれを知ってるの?」
菫は驚いている。まだ小さかったとき、菫が精神的に弱くいつも泰助に頼っていたことなど誰も知るはずがない。それを泰助本人が言うはずもない。
「何故わかるのか… それは今の私がそうだからです。私は今泰助君に守ってもらっています。泰助君は私の傍にいてくれて、いつも見守るような眼差しを私に向けてくれています。だけどそれと全く同じ眼差しで見守っている人が私以外にもう一人います。それが烏丸さんです」
菫はそれを聞いてもまだ釈然としない。そんな目で泰助が私を見ている… いつ?
確かに小さかった頃はいつも傍に泰助がいて守ってくれていた。
でも、大きくなっていくと泰助は私の傍から徐々に離れていった。
だけど… そう言えば決してある程度以上距離が広がることもなかった。
大喧嘩したり泰助に彼女が出来たりしても、泰助が私から完全に離れたことは一度もない。
泰助は傍にはいないが手が届く距離には必ずいる… それは今も変わっていない。
今までの事を冷静に考えていくと、奈瑠美の言うように泰助が絶対に菫から離れないことがわかる。
長く一緒にいる菫から見ればそれは当然のことかもしれないが、外から見る奈瑠美からすれば普通ではないことがよく分かっていた。
「泰助君はよく烏丸さんのことを見てます… そして烏丸さん…あなたもよく泰助君を見てますね…。私の席はあなた達の間に挟まれている… だからどちらの視線も私にはよく分かります」
菫は奈瑠美の2つ隣の席… 泰助が奈瑠美を見れば、奈瑠美の後ろに菫が見える。
奈瑠美は泰助と喋っているとき、時折泰助がどこを見ているのか不思議な時があった。
自分ではなくその後ろの方を見ている。 その時に泰助が見ていた人… それは菫だった。
奈瑠美はふとしたことからそれに気付いた。そして同じように菫が泰助を見ている事にも…
そんな二人を見たからこそ奈瑠美は思うようになった。
私が邪魔しちゃいけない… 多分二人はお互いのことを大切に思いあっている。
そのことは当事者の泰助と菫より、客観的に外から見ていた奈瑠美の方がよく分かる事だった。
菫の様子を何となく眺める泰助、泰助の様子をじっと見る菫、だがお互いに目を合わせて見つめ合うことはしない。二人がそうしているのを知っているのはその間にいた奈瑠美だけ…
そして奈瑠美がそれに気づいたのは泰助に近付こうとしていたから。
奈瑠美は男性への恐怖心を治すために泰助を利用しようとした。そうしているうちに菫と泰助の関係に気付いた。だから奈瑠美は恐怖心を克服出来たらそのお礼に菫と泰助の間を取り持とうと考えた。
そして今、それを実行に移している。
だが、二人を付き合わせようとしている自分は張り裂けるような心の痛みを感じている。
「烏丸さん…泰助君はあなたのことが好きです。烏丸さんもそうですよね?」
「ええ、私は泰助が好き… ずっと…ずっと前から…」
「泰助君は私の事が好きです… でも気づいてないだけで烏丸さんのことも好きなんです」
「本当に?…」
「ええ、間違いないですよ。だから先に白黒つけてください。そうじゃないと私は安心して泰助君と付き合うことが出来ないんで…」
「…尾賀さんは… 本当にそれでいいの? 私に取られちゃうかもしれないのに…」
「仕方ないじゃないですか… だって泰助君が先に好きになったのは烏丸さんですからね」
そう言って奈瑠美は菫に向かって微笑む。奈瑠美の表情にライバルを見るような敵意は一切ない。
菫も奈瑠美の表情を見ていて、少しずつ何を言いたいのかがわかるような気がしてきた。
「…仕方ないんだったら先に行かせてもらおうかな… クスッ… 後悔しないでね」
「後悔はないですよ。泰助君はもともと烏丸さんが好きだったんですから…」
「本当かな… 私にはとても信じられないけど…」
「長く近くに居すぎたからじゃないですか? だから普通のことに気付かない…」
「そうかもしれない… 何もかもあたり前と思ってしまっていたのかもね…」
「それに… 烏丸さんが失敗したら私が貰っちゃいますんで」
奈瑠美は悪戯っぽい表情をして微笑みながら菫に言う。
「いいわよ、私が失敗したら泰助を貰ってやって… クスクス…」
そんな奈瑠美の言葉に菫も笑顔でそう答えた。
「…でも不安だな… 今の泰助は尾賀さんに夢中だから…」
「じゃあ、先にもらっちゃいますよ?」
「ダメダメダメ~ 絶対ダメ!」
最初は真剣だった二人も、今は笑いながら楽しそうに喋っている。奈瑠美の思いを理解できて来た菫は奈瑠美に感謝していた。そしてその気持ちに応えるためにもはっきりとした態度で泰助に気持ちを伝えようと決心した。
「でも烏丸さん、…いくら幼馴染でもはっきり言わないと何も伝わりませんよ…」
奈瑠美は心配そうな表情で菫を見る。今のままでは絶対に何も変わらない… だからもっと気持ちを伝えるように前に出て欲しい… 奈瑠美はそんな思いを込めて菫にいった。
「それは分かってる… もう迷わないから」
菫もその気持ちを汲み取って答える。
「………烏丸さん 本当に頑張って………」
奈瑠美はそう言った言葉の途中で声を詰まらせてしまう。
どうしたんだろう…
そう思って菫が奈瑠美をよく見て見ると、奈瑠美の頬からは涙が伝わり落ちていった。
それを見た菫は奈瑠美の気持ちが痛いほどよく分かった。
「尾賀さん… 本当にありがとう…」
菫は涙を流す奈瑠美の手を取ってしっかりと握り奈瑠美に感謝した。
そして菫は決心する…
もし失敗して幼馴染の関係を無くしてしまっても構わない、前に進んでいく。
そして泰助を絶対に振り向かせて見せる…




