菫と奈瑠美(前)
9月に入り夏休みも終了、今日からまたいつもの学校生活が始まる。
あと一週間ぐらい勝手に夏休みを延長してやろうと泰助は思っていたが、菫がきっちり迎えに来て嫌がる泰助を半ば引きずるような感じで一緒に学校へと向かった。
下駄箱付近で秀雄とばったり会ったので、二人で喋りながら久しぶりの教室に入っていく。
教室の扉を開けて中に入るとなんだかいつも違う雰囲気に気付いた。
………なんなんだ? あの人の集まりは?…
泰助が自分の席の方を見ると何故だかそこには多くのクラスメイトが集まっている。
しかもみんな口々になんだかんだと言ってて非常にやかましい。
俺の席付近にアイドルでもいたっけ?…
泰助は訳が分からないがとりあえず自分の席に向かった。
はいはいごめんなさいね… そんな感じで人混みを押しのけて席まで辿り着くと、いつものように隣の席には奈瑠美が座っていた。
ただし、そこにいたのは眼鏡をはずし、髪をオシャレなショートカットにして、おまけに髪色も少し明るくしたスーパー美少女奈瑠美だった。
奈瑠美の変貌は凄まじく、普段のお洒落をした奈瑠美を知っている泰助でさえ最初は分からなかったくらいの美少女に変化していた。
(奈瑠美って… もしかしてプリティーでキュアな戦士じゃねーよな?…)
泰助でさえそうなのだから、クラスの皆は別人としか思えないだろう。
「本当に尾賀さん… なの?」
「いったいどうしたの?」
「凄く可愛くなったね…」
みんな口々に奈瑠美の変貌ぶりに驚嘆し、美しくなったその風貌を褒めたたえている。
なかには、
「お、尾賀さん… やったの? やっちゃったの?」
やたら鼻息を荒くして興奮しながら訳の分からんことを聞いている女子もいる。
何をやっちゃったと言うのか… 主語を言ってみろ!
泰助もどうしちゃったのか聞きたかったが、ギャラリーが多すぎてとてもじゃないが聞けない状況。
その内にチャイムが鳴り朝のHRが始まる時間となったので、ようやく周りの生徒たちは自分の席へと戻っていった。
先生が来てHRが始まり今日の予定が伝えられるが、そんな時でもまだ教室はざわざわとして落ち着かないでいる。HRも終わり先生が出ていったのを見計らって直ぐに泰助は奈瑠美に聞いた。
「それにしても変わっちゃったね… もう大丈夫なの?」
大丈夫とは男に近寄られても大丈夫なのかということである。
こんな格好をすれば男共が集まってくるのは目に見えている。
「うん、泰助君のおかげで何とかできそう。本当にありがとう」
明るい笑顔で奈瑠美は泰助にそう言うが、そんな奈瑠美を見て泰助は凄く複雑な気分でいた。
男への恐怖心が無くなってきたのはいいことだが… 余計な心配が増えちゃったよね。
あ~あ… これでライバルが増えちゃうぞ… 俺だけのSランクおっぱいだったのに…
みんな…可愛くなった奈瑠美の顔を見て喜ぶのはいい。それは許す!
だが奈瑠美のオッパイを見ることは絶対に俺が許さん! あれは俺だけのもんだ!
泰助は勝手に自分の彼女でもない奈瑠美のおっぱいの所有権を主張するが、そんなものを誰も認める奴なんていないことも泰助は分かっている。
さて、突然変化した奈瑠美をみんなはどう見るか?
こんなに可愛くなった奈瑠美をみんなが放っておくわけがない。
急に降ってわいたように現れた美少女… 当然だが完全なるノーマーク。
早い話が取ったもの勝ちである。 クラスの男子も相当浮足立っている。
通常は可愛い子には既に彼氏がいたり、その子を狙っている男がいたりと完全にフリーな可愛い女子は殆どいない。奈瑠美は誰にも目を付けられていない貴重な可愛い女の子として注目される。
そんな理由で夏休み明け初日というのに男子生徒だけやたら活気に満ち溢れていた。
今日は休み明け初日なので通常の授業はなく、クラスで掃除や雑用などをみんなでやって昼前には終了となる。
そんな訳で取り敢えず掃除が始まったのだが…
みんな分担された掃除エリアをほったらかして奈瑠美のそばへやってくる。
奈瑠美が掃除を担当している場所だけは馬鹿みたいに男子生徒が集まるカオスな空間が発生した。
ダサい格好で根暗な女生徒を演じていた時には見向きもしなかったクラスの男子も相当現金である。
奈瑠美は泰助にもう大丈夫とは言ったが、当然こんな状況を想定していない。
徐々に男子と接近するならまだしも、男子がみんな一斉に奈瑠美を取り囲んでいる。
普通の女子でもドン引きしそうになるレベルだ。
泰助はそんな状況にいる奈瑠美を心配そうに見ていた。
そして実際のところは、奈瑠美も相当焦っていた。
まさかここまで集まって来るなんて当然思っていなかったので、一気に限界に近付く。
仕方がないので奈瑠美は自己暗示をかける…
あれは全部ジャガイモ… あれは全部ジャガイモ… 私を取り囲んでいるのは全てジャガイモ。
何とか頑張ってみたが、さすがに限界が来たので奈瑠美は泰助の元へ逃げ込んだ。
泰助の傍にへばりつき、その後ろに隠れてしまう。
泰助と尾賀さんは何故か仲がいい… それは夏休み前から何となくクラスの人たちも知っていた。
その時は誰も奈瑠美や泰助に何も言わなかったのに、奈瑠美が変貌するといきなり男子たちはやっかみを入れる。
「柳瀬は尾賀さんが実は可愛いと知ってたんだぜ」
「だから自分だけ尾賀さんと仲良くしてたのか…」
泰助はそれを聞いても何も思わない。一部は当たってるが、メインは外しているからだ。
(俺は可愛いから仲良くしてたんじゃねーよ… オッパイに惚れたから仲良くしてたんだよ)
泰助が何も言わないからクラスの男子もさらに好き放題言いはじめる。
男子生徒たちが勝手なことをがやがやと言っていると、急にクラス中に聞こえる大きな声が響いた。
「柳瀬君はそんな人じゃない! あなたたちみたいに急に態度を変える人じゃない!」
奈瑠美は我慢できなくなって大声で叫んでしまった。
一瞬で静まり返るクラス内…
(このままじゃ奈瑠美が何を言われるか分からん)
そう思った泰助はすかさずみんなをからかうように言った。
「おめーら気付くのが遅いんだよ。恋愛なんて早い者勝ちだ… バーカ」
泰助にバカにされて男子たちは奈瑠美に言われたことをすぐに忘れて泰助に怒りを集中させる。
そんな連中を泰助も煽りまくる。
クラス内の雰囲気が殺伐としてきたところで秀雄が出てきて、
「みんな… 誰が誰を気に入ってもその人の自由だろ? 変なやっかみ入れてると見苦しいぞ」
クラスで人望の厚い秀雄にそう言われて誰も反論できなくなった。
文句を言っていた男子たちもあちらこちらへ散っていく。
「泰助もあんまり煽るな… みんなは羨ましいって妬んでるだけだから…」
「ウザい事言ってるのは俺じゃねーよ。勝手に噛みついてくるあいつらに言ってくれ」
そういって秀雄の言葉に全く耳を傾けない。
そんなどたばたした様子をクラスの皆が見ていたが、一人だけ奈瑠美のことをじっと見つめている女子がいた。その目はただ奈瑠美を見ていた。呆然としたような何とも言えない表情で…
そしてその少女の目線にいち早く気づいた女子がいる… それは見られていた奈瑠美本人。
その目線に気付くと奈瑠美もしっかりとその相手を見つめた。そして少しの間お互いに見つめ合う…
秀雄のおかげで騒動もおさまり、掃除や雑用も終了して今日はこれで学校終了となる。
終了となった後、男子たちは奈瑠美に話しかけようと思っていたが、気が付けばもう奈瑠美は教室にいなかった。泰助も教室内を見回してみたが奈瑠美は見つからない。
急いで帰って本屋で仕事かな… 泰助はそんなふうに思いあまり気にしない感じで、自分もそろそろ帰ろうかと帰り支度をしいる時にふと気付いた。
そういや菫は何処へ行った?
泰助が菫のことを思い出した時、菫はあまり人の来ない屋上手前の階段付近でいた。
連れ出したのは奈瑠美…
奈瑠美は掃除が終わる前に菫に近付き、話をしたいと菫にいった。そして菫も直ぐにそれを了承した。
そして今は屋上付近の階段で二人だけでいる。
「急にごめんなさい… 烏丸さん…」
「気にしないで… 私も話したいと思ってたし…」
菫は冷静に淡々と話す。
「話は当然泰助君の事です」
その言葉を聞いて菫は一瞬驚いた。 柳瀬君ではなく泰助君なんだ… いったいいつから?
「余計なことは言わずに端的に言います。私は泰助君が大好きです」
菫はそれを聞いて沈黙した。
尾賀さんが面と向かって宣言してきた… 尾賀さんは本気なんだ…




